第19話 不正
こうして対面するとやっぱりこう思う。
柵越しの2人、そいつらのやったことをついさっきのように思い出す。
お兄ちゃんを刺して、ボロ雑巾のように捨てた男。散々世話になったのに、兄を捨て、踏みつけた女。そんな憎き奴らが目の前に吊るされている。
「……う、うう」
全身傷だらけ、男はお腹のうっ血も酷い。女はあたしに殴られまくって顔が膨れ上がっている。胸元には血のように真っ赤な紋章が刻まれて、2人はすっかり衰弱しきっていた。
魔王様からの事前説明はこう。
罪人の胸元には烙印を付けるのが通例。烙印を付けられた者は、この檻に居る限り殆どの力が失われる。逃げようにも強烈な激痛と倦怠感で満足に動けず、のたうち回るので精一杯になるらしい。
つまり、2人は余程の事がない限り冒険者として戻る事は出来ない。
看守のムチ打ちにより女は絶叫。痛みに顔を歪ませて、虚ろな目を開けた。
「……だれ?」
「あんたが散々足蹴にした人間の妹だ」
「……にあ? にあ、にあっ、にああっ!! ああああっ!! うわあああああああああ!!」
うわごとのように名前を呼んであたしを見ると、恐ろしいものを見るようにガタガタと震え出した。
誰かに裾を引っ張られて気づく、ムーちゃんが『止めろ』と首を横に振っていた。
そっか。あたしまだ感情的になってるんだ。
「わたしは、いったい……」
今すぐはっ倒して謝らせたい。でもダメだ、我慢しろ、我慢しろ。情報を引き出すんだ。
溢れそうなフラストレーションをどうにか抑えていると、その横でずっと冷静だった魔王様が先に質問をした。
「何故ワレの首を狙う。何が狙いだ」
女はギラついた眼で凝視。顔を真っ赤にして
「お、お前は、魔王……そうだ。わ、わたしはお前を倒すため此処に来たんだ。――皆は!? 皆をどうしたッ!!」
「ワレが貴様に質問している。質問を質問で返すな。もう一度問う、貴様は何故ワレの首を狙う?」
「煩いッ。魔族に応えるもの等ないッ!!」
この女はお兄ちゃんを見捨てたのに、この期に及んで仲間を心配するフリをしているのか? 一体何がしたいんだ?
その『皆』という枠の中に『キール・シュナイダー』がいないってこと、あたしは知っているんだぞ。
「一人は貴様の横にいる。もう一人は貴様等をおいて逃げたようだが、直に捕まるだろうな。仲間か、聞いてあきれる」
魔王様がそう告げると、女は歯をむき出しにしてこちらへ威嚇してきた。
「今すぐこの手錠を離せ。わたしが殺してやる!!」
天井と手錠を繋ぐ金具が鈍い音で何度もぶつかり合う。その度に金具に血が滲む。自分に正義があるんだと訴えるように。
正気を疑う。
「カトレア」
手負いの獣から媚売るクソ女に戻った。
「ニア……お願い、この手錠を開けて。早く魔王を倒さないと、わたし達人間が……」
「兄を裏切った理由を教えろ」
「どうしたの? 何でそんな冷たい眼をしているの? いったい何に怒って」
指先に風を凝縮。作り上げた直径1cm程度の球体を女の脇腹目掛けてぶっ放した。
柵の隙間を抜け体に直撃。はじけた時、女は絶叫をあげてもだえ苦しんだ。
「裏切った理由を、言え」
「おい!!」
慌てて魔王様が止めに入った。
何を焦っているんですか、魔王様。致命傷は避けてますよ。殺すわけないじゃないですか。ちゃんと必要なことは吐かせますって。
「ニ、ニア。どうして……ごほっ」
「や、やめてくれ!! 俺達は同じ人間だろう!? どうしてこんな酷いことをするんだ!!」
何でそうなっているかも理解できず困惑する女と、ようやく目が覚めたかと思えば、芋虫みたいに体を揺らして助けを求める男。
正気か? このバカ共。
あり得ないものを見せられて皆引いている。皆同じこと思ってるんだよ、一体何見せられているんだって。
「き、君。カトレアの友達ならどうしてこんな仕打ちができる。それでも友達かッ!?」
自分が散々世話になってきたのに平気で裏切る。そのうえ頭に足を乗せてバカにしたんだ。こんなクズ、友達な訳がない。過去、少しでも心を許した自分が本当に嫌になる。
「兄を裏切った理由、そして魔王様を狙った理由。これが知りたいのよ、さっさと吐け」
「人間の身でありながら魔王に与したというのか!?」
男は血走った眼で怒り狂い、叫んだ。
さっきからこの2人、全く話にならない。
自分の主張しかせずこちらの質問に全く受け答えできてない。人の話を聞き流しているどころか、理解すら出来ていないように見える。
お兄ちゃんは、こんな奴らと旅をしていたの? もし、そうならどれだけのストレスを抱えて続けていたんだろう。そもそも、こんな状態で旅なんて続けられるものなの? ちょっと信じられないんだけど。
皆も同じことを思ったようで、2人の奇妙な振舞いを気味悪がっていた。
それからしばらく問答を繰り返したが、最後まで2人は満足に会話のキャッチボールもできずただ魔王を殺すことだけを主張し続けた。
これ以上続けてもラチがあかない。そう思った側近さんの一人が、いよいよ魔王様に面会を辞めるか打診した。
魔王様は首を縦に振らなかった。
代わりに、深くため息をついて天を仰いだ。その顔はどこか焦りに満ちているようだった。
魔王様は少しだけ考えるそぶりを見せ、再び国を統べる王に戻る。
「キサマの推測が当たったかもしれん。用心しておけ」
淡々と告げられた応えは、ゆっくりと体から血の気を奪い去っていった。
いつも閲覧頂き誠にありがとうございます!!
高評価、レビュー(厳しいものも含め)、お気に入り登録大大大大大大募集中です!!




