第18話 ショーダウン
「冒険者たちに会う事はできますか」
交じり合ったそれぞれの視線が、一斉にこちらへ集中する。
何を言っている? さっきの茶番から嘘みたいな寒気。わかってる……けど。
「何か、おかしい。そう思いました」
「どういうことだ?」
一瞬だけ魔王様の瞳孔が開く。
底冷えする空気に息が詰まる程のプレッシャー。
これが王の圧力だっていうの? 目線を合わせて立つのでギリギリだ。
……けど、こんなところで屈するようじゃダメ。やるべきことは、やらないと。
無理矢理一息吐いて、平静を取り戻す。
「……全部、かみ合いすぎてるんです。なんというか、こう――そう思って欲しがっているような?」
「えらく的を得ないな、イモウト殿。何を言ってるのかさっぱりわからん」
ムーちゃんも首を捻る。当然よね、こんな回答じゃ。
けど具体的な言葉はまっったく思い浮かばない。歯抜けの落書きみたいなイメージと、頭に残る違和感をこれでもかとこねくり回し、どうにか言葉を組み立てていく。
「ええっと、魔王様が捕まえた罪人の中に、あたしと兄の幼馴染がいます。あの女は元々兄にべったりで引っ込み思案だったんですが、私が知っている人間とは別人に見えたんです」
「かつてゴシュジンの仲間だった輩の一人だったか?」
「そうよ」
「旅を経て関係性が変わったのではないか?」
ごもっともな意見だ。
戦闘力や貢献度が変われば、それに比例して旅の途中で上下関係が変わることも少なくないらしい。
けど、子供の頃から四六時中お兄ちゃんに張り付いていたあの女が、実力差だけでこうもあっさり掌を返すんだろうか。あやしい。
いや、擁護する気はないの。今でも腸が煮えくり返るし、もう一度目の前に奴らが現れたんなら全員もう一発……いや、二十発の二十セットはぶん殴ってやりたい。
でも、人目なんて関係なしにべったりくっつく程好きだった筈なのに、そんな簡単に好きな人を手放すなんてできるの?
うーん。もやもやする、もやもやするうううううううう!!
――んンっ!?
「どうして、お兄ちゃんってわかったんだろう」
「は?」
「何を言ってるんだ?」
魔王様やムーちゃんを筆頭に他の人達もうんうん、とうなづく。――いやいやいや!!
「ええっ。兄、見た目だけなら今、別人なんですよ!?」
お兄ちゃんは最近になって黒髪だったのを金髪に染めた。服装も大分変えてる。帰って来た時はいかにもザ・鎧って感じだったけど、今は軽装備で身軽だし。
そう、見た目だけで言うなら殆ど別人になったんだ。
「ワレらは別に見た目で判別しているわけではないからな。人間は違うのか?」
「はい。少なくとも人間の殆どが見た目や声で誰かを判断しています。凄い鍛えた人達ならひょっとしたらできるかもしれませんが、普通はできません」
「うーん、そんなこと考えたこともなかったぞ。ゴシュジンはゴシュジンって感じだし、イモウト殿はイモウト殿って感じだ。バカ王子はバカ王子だけどな」
「バカ王子ではない!! 立派なまおうである!!」
「やーい、おうじ、おうじ。バカ王子ぃ。うーん、バカァ」
「キサマァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「うっさい!!」
「ハイ」
いがみ合っていた二人はピシャリと直立。半ば白い目のあたしから、逃げるように目を逸らした。
この人たち本当に仲いいんだろうか。
「とにかく気になるんですよ。何か嫌な予感がするんですっ」
会わせてくださいと懇願したけど、魔王様はかなりシブい顔。ううん、まだ材料が足りない。もうちょっと一押しできれば行けそうなんだけど……
着々と時間が削られつつ、必死に記憶のゴミ箱からヒントを探していると。
「んんっ」
救いの手みたく、誰かの不自然な咳払いが。
「イモウト殿は裏があるとみているわけか?」
ナイスアシスト!
「そうよ」
何が目的なのか知らないけど、そう思ってほしいと言わんばかりの動き。よっぽど誰かが仕組んでないと起こるわけない。
こういう事をしてくる奴は大抵どす黒い何かを隠してるんだ。放っておくとマズイことになる気がする。
「あまり、客人に見せたくはないんだがな」
魔王様はやはり不服そう、けど少し揺れているっ。もう一押しというところでムーちゃんはあたしに尋ねた。
「イモウト殿、奴らは人間の中では英雄なのかもしれない。しかし、この国では当然犯罪者。それも一国の主の首を取ろうとした大罪人」
そういう立場である以上、どんな扱いも受けている可能性はある。当然それは国に関わる問題だから、あたしみたいな一介の冒険者ごときが口出しできるわけもない。
そういうことよね、ムーちゃん。
ここに来る前、お兄ちゃんに言われた。
これからは冒険者としての範疇を超える世界に足を踏み入れること。何が敵かもわからない状況で、それでも目的を果たす為に自分達は止まれないこと。
戦力にならないと判断したら、迷わず置いていく、と。
――ナメやがって。
いつまで、あたしが守られてるだけのかよわい妹と思ってるんだ。
腹ならとうに括っているんだよ。
「そこに何が待ってるかは知らないけど、何があろうと全部受け入れるつもりよ」
じゃなきゃ、ここになんていないわ。
ムーちゃんは回答に満足したのか、愚問だったなとやさしく笑う。
そんなことないよ。フォローありがとう、助かった。
「そういうことだバカ王子。イモウト殿はかよわい小娘ではない。一人前の立派な戦士だ」
「――わかった。かつての友がどういう状況にあっていても、ここは我が国。罪人の扱いについてはこちらの領分である。口出し手出し厳禁、これだけは理解してもらう」
「了解です。魔王様」
「では、向かうぞ」
こうして集まったのはあたし含めて全員で8名。
結構大所帯な気もしたけど、相手は国家転覆を狙った謀反人。そう思えば妥当な数字なのかもしれない。
あたし達が目指すは奴らのいる場所――地下牢獄。
同じ景色が続く直線上の廊下を歩きながら、何に足を踏み入れるのかを何度も考える。
もう、寺子屋で習った常識は通じない。魔王様や側近さん達は敵じゃない。
ムーちゃんのいう通り、これから会うのは人類の敵をあと一歩まで追い詰めた英雄なんかじゃない。一国を転覆させようとしたただの犯罪者。
下手な良心は機会をくれた皆への冒涜だ。冷静になろう。
ま、そんな勘定を抜きにしても、兄を裏切って殺そうとした時点で許せないけどね。
階段から地下へ進むにつれ陽の光は弱くなっていき、天井の灯りだけが室内を灯すようになった。
これから地下に向かうのだからそりゃあそうだけど、ここから先はおそらく人間が知らない世界。
冒険という綺麗事で蓋してきたその先なんだと、そう理解するのに時間はかからなかった。
厳重に閉ざされた扉が次々と開かれると、そこで待っていたのは王室とは真逆の、無機質な密閉空間と小さなの扉だった。
あたし達の足音とは別に、扉の向こうからごうんごうんと小さく鈍い音が漏れてくる。
始めは雑音だと聞き流していた。けど、扉を開けて分かった。
これ、人の声だ。
待ち構えていたもの。それは自分がちっぽけに思える程広い空間の端で、無数に連なる檻、檻、檻。
その檻達をぶっとい鉄製の柵でしっかりと封鎖。罪人が逃げる隙はかけらもない。
「も、もぅいやだぁあああああ!!」
「お、おれがわるかったよお!! もうゆるしてくれよお!!」
「ごめんなさいぃ!! ごめんなさいッ!! や、やめ――ぎゃあああああああああああああああああ!!」
檻の先は闇でシャットアウト。罪人たちの悲痛な叫び声しか聞こえてこない。何の罪を抱えたのかは知らないけど、とても人並みに生活できているとは思えなかった。
歩きながらいちいち身構えるあたしを除き、皆は凄惨な非日常を何事もなく通り過ぎる。
一方あたしはえらそうに啖呵を切っておいて、柵の向こうで苦しんでいるのは、それなりの理由があるからなんだと、無理矢理落とし所をつけるしかできなかった。
ここにいる間、嫌でも聞こえる叫び声をひたすら無視して先を目指す。早く終わってと願いながら気の遠くなる時間を超えて、ようやく先行する人達が歩みを止めた。
現れたのは、人ひとり入れる程度のこじんまりとした扉。
「ここが……?」
誰も答えない。その代わり魔王様がゆっくりとノブに触れる。
扉の中心にくっきりと魔法陣が浮かんだ。その陣がすぐ霧みたく散っていくと――
ゴゴゴゴゴ……
扉の中心が縦に裂け、隙間からうっすらと何かが見えてくる。窓もなく隙間すらない。さっきよりもずっと厳重に外と隔離されている。
「……ッ」
見つけた。
身ぐるみ全てはがされて、目隠しされた2人の姿。
英雄と賞賛されるはずだった冒険者は、両手に手錠を付け、吊るされて、震えながらみっともなく涙を流していた。
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