第16話 知ってください、この世界を。
研究所を探索してしばらく経った。
道中、いくつかの通路と研究室を見かけたが、あみだくじみたいに絡みあっているせいで迷路の上を歩かされているみたいだった。都度印を付けて対策してないと余裕で迷う。
「ここ、どこ?」
「わからないです!! がんばりましょう!!」
ごめんなさい、見栄張りました。もう既に何回か迷ってます。
げんなりしながら熱反応モードに切り替えて探索。
八方塞がりの連続にうんざりしつつ、とりあえず周辺をうろつく。
なるほど、この区域には沢山のコンピュータが据えられているらしい。
それらが何かしらを調べ上げ、出来上がった記録をガーッ、ガーッという音と共にパネルへ表示。人がいようがいなかろうが記録に纏め続ける。
一度文明が滅んでも根強く生きているわけだ。
一番目を覆いたくなったのがこれ。
思い出したくもないが、システリア城の実験施設で見つけたカプセルと似たものがあった。これがこの施設にも何台か用意されている。
中身は空で、何かが入った形跡は見られなかったのは本当に不幸中の幸い。
良かった、本当に良かった。
「この機械のこと、知ってるんです?」
里長さんへ尋ねると、知らない。と返って来た。カプセルを眺める俺が気になって声をかけたそうだ。
「いや、人間界で似たものを見まして。詳しい事はわからないんですが」
「そうですか、残念。少しでも情報が手に入ればと思ったんですが」
「お役に立てずすみません」
……言える訳ないだろ。あんたの仲間が実験動物にされていた、だなんて。
あんな人の道を外れた行為、見た奴だけで留めておかないと残された人達が惨すぎる。
人に言えないことをしている奴らってのは、本当に都合の悪いものをうまく隠しやがる。
さっきのパスワードだなんて俺がいなけりゃ絶対見つからなかっただろ。カモフラージュで透明にされて、どうやって見つけられるってんだ。
何をしたいのか知らないけどよ、そこまでして成し遂げたいものだってのか? 『プロジェクト・ユピテル』って奴は。
キナ臭さが尋常じゃない。
「そう言えば、里長さんはこの建物に何回か来た事あるんですか?」
「はい。何度かあります。その時はこんなに奥まで入ったことはなかったのですが。さっきのあの四輪車もここの外で拾って来たんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ここは機械の宝庫。日常生活で欲しいものが大抵眠っているのですっ」
里長さんが言うには、研究所周辺には機械の残骸が多く転がっている。里に置いている便利品も大抵この辺りから拾ってきたそうだ。この場所以外にも調査ポイントはいくつかあるらしいが、ここ程は見つからないらしい。
にしてもキラキラしてる。目がとてもキラキラしてる。
ああ、これはさっさと話題を変えて専門用語の地獄から抜け出さないと面倒臭いことになる。
「……一通り探しましたね」
「そうですね。残るはあと一部屋ですっ」
厳重に閉じられた鉄製の扉が目の前に立ちはだかる。
扉の真上に配備された人感センサーが俺達をキャッチすると、ランプは赤から緑に点灯。
地鳴りのような音を立てながらゆっくりと開き、密集した空気が俺達へと流れてくる。
遂に本丸へ到達。
内装はやはりシンプル。装飾など一切なく、眩しいライトが部屋一体を照らしている。
中には横長のパネルが机上に何台も用意され、その中で生きているかのように文字の羅列が書き連ねられていく。
周辺には机上のパネル達を囲う様に隙間なく並べられた金属製のタンク達。タンクの中身は封されて見えず、それがより不気味さを演出していた。
「お、これいいですねえ」
警戒する俺をよそに里長さん達はピクニック気分の様子。
室内の機械達で持ち運びできるものは全て回収。仲間達は楽しそうに車へ詰めに行ってた。
「これは? これもコンピュータなんです?」
「液晶モニターって言うんですよ!! 電源さえつければ……」
調査隊の一人が配線の端に電撃を加えた。
するとモニターと呼ばれた板の幾つかがブゥーンと音を立て、真っ青に輝き始めた。
「このままだと使えないんですけど、コンピュータと繋げると中身を映し出す優れものなんです!!」
「へぇ……」
こんな昔の文明なのに良く知ってるなこのおっさん。相当マニアじゃん。
「そんなこんなで、見つけましたよ。お目当ては、これですっ」
引き出しの下にあったコンピュータを机の上にドスンと置く。結構な重さするんだな。
説明を一通り聞くと、どうやらこの機械同士を繋げれば中の情報が分かるらしい。
調査隊の皆さんが手早く配線を繋ぎ終え、もう一度電撃を加えると、再びモニターがうっすらと光り出した。
「……あれ?」
さっきみたいな青一色ではなく、文字の羅列がダーっと上から下に流れていく。何もない空間に俺達の知らない何かを作り上げているようだった。
そんなことを数秒し続けて、文字の羅列がパタリと消える。その瞬間――
『ようこそ、クオンタム研究所へ』
「く、クオンタム研究所?」
「救世主様。この文字が読めるのですか?」
「え? 読めないですか? 見慣れた文字かと……あれ?」
よく見ると俺の知ってる字じゃない。人間が使う活字とは別の形式だ。どちらかというと、こう……ここに入る前の看板に書かれた文字と似ているような。
『本日は晴天。お日様てかてかおはようございます。何を見ていきますか?』
モニターから男の音声が流れるといくつかの選択肢が現れた。
「地域活性運動の経過報告、大気汚染に対する取り組み、あとは……何だコレ」
「何と書いてあるんです?」
何だこれ。えーっと、あん、あん……
「あん、ぶろしあ?」
里長さんの顔色が変わった。
「ッ。それ押してもらってもいいですか!?」
掴みかかる勢いでモニターに張り付く。無邪気なおじさんは恨みを募らせた鬼になっていた。おっかない殺気だ、昔の俺なら余裕で失神している。虚勢を張りながら内心及び腰で言われた通りに操作する。
表示が切り替わった。
選択肢が消え、一個の写真が現れる。フォルムは何の変哲もないイチゴだが、干からびた血のようにどす黒い。
「こ、これだ。探していたのは」
「え?」
「――神威餌。これこそが……これこそが我々を奈落へ落とした元凶ッ……」
何年もの昔、里長さん達は迫害に遭い、追手から逃げ続ける日々が続いたと言っていた。その元凶がこんな小さな果物? けど、様子がおかしい里長さんによって信ぴょう性は高い。
とにかく見るしかないか。
とりあえずいじってみてわかったが、どうやらこのパネルは指でパネルに触れることで操作するものらしい。
写真に触れると早速アンブロシアの効能が表示される。どれどれ――
アンブロシアをその身に宿せば不退転の力を得る。故に劣勢である現状を打破する貴重な対抗策となるだろう。
効果は身体能力、潜在能力の超強化。一つ口に含めば兵士として特級戦力に名を連ねる程の力を得る。クオンタム研究所の誇る最高傑作……
「何が最高傑作だッ。この悪魔の果実によって何人が犠牲になったと……!!」
「……続けていいですか?」
「は、はい。お願いします」
画面を下になぞると次の情報が現れ、製品概要の下に小さく注意事項と書かれた文字が。内容は――
単品で服用する場合、副作用により以下の事例が多発するとの報告あり。
一.能力上昇に身体が耐えられず体組織の崩壊。
二.精神錯乱、認知機能の異常。他、精神的な疾患の発症。
三.自我の喪失。体組織の変異。
その為、当事象については一次対応として以下処置を施す。なお、当処置を実施しなかった場合、心身の健康は保証しないものとする。
一.当副作用を抑える装備の着用。
二.一の着用をしていない状態での神威餌の服用。
副作用抑止装備については当研究室周辺の無菌カプセルに保管。使用する場合は当説明の最終行に解除コードを用意。カプセル付属の操作タブレットに以下手順で入力すればカプセルのロックが解除される為、任意に使用可能。配置された装備は受け取り次第直ぐに着用可能。
以下、操作手順。
一.無菌カプセルにクオンタム社のエンブレムを添付。上記に手をかざすと操作パネルが出現。
二.出現した操作パネルの『*』を10回押下。
三.解除コードを入力。
四.解除コードの末尾に操作パネルの『Σ』を入力。
五.操作パネルの『Go』を入力。
「里長さん、アンブロシアの副作用対策で専用の防具を付ける必要があるみたいなんですけど、聞いたことあります?」
「いや、ないです」
なるほど。この情報を知っているのはごく少数ってことか? もしまおうサマが知らないなら、知っている奴はこの『プロジェクト・ユピテル』に関わっている可能性が大いに高い。まおうサマの平和主義の理由がこれなら今すぐにでも報告に帰る必要がある。
それに、厄介事に首を突っ込むのが習性の俺。今すぐ引けと頭の中でアラートがうるさいけど、友達の命運が掛かっている以上ここまで知ったら見過ごす訳にはいかない。
「里長さん。この調査が終わった後今すぐ寄りたい場所があります。そこまで連れてってもらうことはできますか?」
「任せてください!! 守神様を救ってくれた御恩、新しい情報を得る援助。お好きなだけ私達を使ってください!!」
「ありがとうございます。この恩は何かでお返しさせてください」
調査隊メンバー他全員も俺のお願いに二つ返事で了承。これで魔王城へ帰る手段は確保できた。後はここの調査だな、さっさと終わらせよう。
おそらく無菌カプセルっていうのは周辺に置かれているこのタンク達のこと。
ならエンブレムはこれか? 人が雷みたいな槍を携え仁王立ちする絵が見つかった。
試しに触れてみるとバシュウンと空気の抜ける音と共に、隠された小さな液晶パネルが出現。操作手順に書かれた文字も全部含まれている。
あとは手順の通りに動かせば……操作手順の内容を上から順番に入力。それらを終えて最後の手順にある『Go』のボタンを押す。
バシュゥゥゥゥゥゥゥン。
カプセルの正面が縦に開き、その中身がゆっくりと顕現する。
「――嘘だろ」
何でだよ、何でよりにもよってここで繋がってくるんだよ。
こんなことってあってたまるかよ。
無菌カプセルが完全に開ききった。
現れたのは二つの装備。傷一つない真っ白なプレートアーマー、汚れ一つない真っ白なローブ。
アランとカトレアが着けていた物と全く同じだった。
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