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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第三章 再会と別れ
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第5話 ひとりでは、できないもの

「貴方が、魔王様ですか」


「ウム、ワレが魔王ヴェルズであるぞ」


 子供の頃習ったっけ。人が今苦しんでいるのは魔王による侵略のせい。

 魔王が現れなかったら、誰も争うことはなかった。

 そんな魔王を倒す為に、人々は力をつけて戦ってきた。


 これまで教えてもらった歴史に、必ずと言っていいほど出てくる人類の敵が、今目の前にいる。

 それなのに、不思議と全く怖くない。きっと魔王様の配慮かもしれないけど、目の前にいる人は本当に魔王なのかと不思議な気持ちになる。


「ふむふむ、信じられないといった様子だな。君の兄も同じ反応をしていたよ」


「お兄ちゃんが、ですか?」


 お兄ちゃんでも、そんな風になるんだ。ちょっとお兄ちゃんの面影を掴んだ気がして嬉しくなる。

 ってそんなことよりも!!


「あの、グレイスくんっていう灰色の肌をした少年がいるんですけど、あの子は……」


「ああ、心配するな。話はつけて、他の部屋で休んでもらっている」


 体からどっと力が抜けた。と、同時にまた後悔が湧きたつ。

 本当ならあたし達が保護して、魔王様に話しなければいけなかったのに気を使ってくれたんだ。


 グレイスくんのこと、お兄ちゃんのこと、あたしのこと。

 全部思い出して、全部嫌になる。


「あたし、本当に最低だ……」


 リーダーとか息巻いて、何も出来てない。あたしが全部やらないでどうするんだ。

 全部誰かに助けてもらっている。それどころか、自分の問題すら解決できていない。

 本当に自分が嫌になる。


「話を聞かせてくれないか?」


「へ?」


「ワレは人間というものと関わって、日が浅い。なのでまずはキサマの話を聞こうと思ってな」


「あ、いや。そんなささいなことですよ。ちょっとそんなお偉い方には……」


「悩んでいるのだろう? ワレはこう見えて数千年生きている。少しは役に立つ知識を語れるかもしれんぞ」


 すっかり興味を持ってしまったらしい。

 流石に断ろうと思ったけど、目をキラキラさせながらまだかまだかと待っている。そんなキラキラしたものじゃないんだけどな……


「全く面白い話じゃないですよ?」


「構わん! ワレが聞きたいのだから!!」


 キラキラがさっきの二割増しになった。もう眩しくて見てられなくなりそう。

 ああ、もうこれは逃げられないな。しょうがない、腹を括ろう。


 あたしは全てを話した。

 お兄ちゃんの静止を振り切って、冒険者になったこと。

 お兄ちゃんとムーちゃんをメンバーに旅をしていること。

 そのメンバーの中で、あたしがリーダーになっていること。

 

 リーダーに自分から志願したのに、振り回されてばかりなこと。

 日々辛そうな顔が増えていくお兄ちゃんに、何もできないこと。

 お兄ちゃんに何があったのか、何も知らなかったこと。

 人に怒っておきながら、操られたとはいえ自分もお兄ちゃんを刺してしまったこと。


 そんな自分も、どこかでお兄ちゃんを怖がっていること。


「本当は皆を引っ張っていきたいのに、誰かの負担になりたくないのに、それが何一つ叶ってない。勝手な事をしてきながら」


 本当、ダメダメな自分が嫌になる。

 そんな待ってるだけの自分が嫌で、こうやって旅に出たのに。あたしの本質はまるで変わってない。


「なるほど、大体はわかった」


 魔王様はちょっとだけ何か考えるそぶりを見せた後、あたしの目を見てこう言った。


「そうだな。キサマは何もできていない」


 やっぱり他の人からしても、そう思うよね。

 あたしのやってきたことは間違っていたんだろうか――


「ワレですら、何もできていないがな」


「えっ」


 そんなことあるわけない。

 あれだけいろんな人たちを従えて、王になっているんだ。そんな人が何もできていないなんて謙遜しすぎじゃないか。

 でも、これまた不思議なことに、そう言った魔王様から嘘をついている様子は全く感じられなかった。


「確かニンゲンの寿命は5、60年だったか……あまりにも短すぎる命だ。だから『何もできていない』、なんて思うのかもしれないな」


 魔王様はちょっとだけ目を細めながら話を続ける。


「一人では何もできないさ。ニンゲンも、魔王であるワレも、その他もしかり。それをするには、この世界は広すぎるからな」


 魔王様はあたしに質問した。『仲間』という言葉を知っているか、と。


 そんなもの誰もが知っている言葉なのに、この時のあたしは偉そうに『知っている』なんて言えなかった。何も言えず、黙る事しかできなかった。


「ワレの夢はな、この世界から争いを無くすことだ。ただ、そんなもの一人でどうにかできるものじゃない。どんなに力を持っていても、この世の全てを支配することはできない。それに支配するだけでは、必ず反発が生まれる。そして、それは争いとなって見える形で現れる」

 

「わかっているんだ。誰だって、夢は夢でしかない事を」


 断言したその顔に、一瞬だけ悲しみが生まれる。

 魔王様ですら、そうなんだ。


「そんなありもしないものを、無理を通してでも形にしたい。キサマにはそういうモノがあるんじゃないか?」


「……あります」


 いつか、かなえたい夢。

 お兄ちゃんが、もう戦わなくてもいい世界。

 自分が、ムーちゃんが、お兄ちゃんが、隣で笑っているーーそんな日常。


「だから、ワレらは仲間という概念を作った。一人じゃなければ叶うかもしれない。そんな淡い期待を込めたんだ」


「そして、そんな夢の一つ一つが形になって、今がある」


 この世界は残酷だ。大切な人だって簡単にいなくなるし、当たり前のようにあった街並みとか幸せだった思い出も嘘みたいに消えて無くなってしまう。

 でも、そんな光景も、大切にされていた人達も、ずっと何かを願って形にしたから生まれたものなんだ。


「……ひとりじゃできないから、仲間がいる」


「そういうことだ。そして、お互いに仲間だと思えるようにすべきことは、たった一つ」


「……それは何ですか? 魔王様」


 考えても、考えても分からないから、すがるしかなかった。

 魔王様は、そんなあたしをいたわる様にそっと優しい声で教えてくれた。


「それはな、ーーだ」


「えっ。すみません、今何と……」


「そういうわけで、もう一度考えてみたまえ」


「ええっ」


「ではな!!」


 そう言って、魔王様はさっさと部屋から出て行ってしまった。

 残ったのは嵐のような出来事に呆けきったあたしだけ。


 ちょっと待って。こんな大事なところでおあずけってアリ!?


「ああ、もうっ!!」


 すごくしてやられた気分だった。

 でも、何かはわからないけど、心にぽっかり空いていた穴が塞がった気がする。不思議と悪いものではなかった。

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