第７話 冒険者には向いていない
受付嬢さんが机の上で一冊の書類を広げる。
一枚一枚の用紙を束ねに束ねた結果、そうなっているらしかった。
その書類はずっと前から管理されているようで、所々シミが出来て黄ばんでしまっているものもちらほら。
中にはくしゃくしゃの皺だらけだったり、文字が滲んで見えなかったり、酷いものでは血痕があったりと様々だった。
が、それよりも目を奪われたのは表紙の内容にあった。
「これは……」
「見たことあるでしょ、『死亡届』よ」
そういって、受付嬢が紙束から一枚の容姿を抜き出して指差す。
……俺の名前だ。
「送り主、アラン・ハーパー。１年も前から送られているわ。これは一体どういうことなの？」
アランの文字は特徴的だ。ミミズが這ったような癖の強い書きぶりで、慣れてなければ何を書いてあるのかすらわからない。
でも、俺はその筆跡を昔から知っている。
見慣れた奴なら、それがアランによるものだとわかってしまうんだ。そんな字体がこの書類の全てをきっちり埋めていた。
俺が旅に出たのは三年前で、アラン達と仲間になったのは旅に出ておよそ半年後。
当時俺達がいた場所から考えると、書類がターミナミアに届くのは約半年。それが一年前に届いたという事は、今から一年半以上も前から計画を立てられていたことになる。
つまり、仲間になって半年で俺は捨てられる予定だったということだ。
俺は正直に身の回りで起きたことを話した。
魔王城に辿り着く前に敵への生け贄にされたこと。
そこでスキルが発現して命からがら生き延びたこと。
俺を見捨てた三人とはそれ以来会っていないこと。
発現した能力や時系列の詳細は、かなり伏せてだが。
「何点か不可思議な所はあるけど……アランの文字で書かれた書類に偽装は無い。けれど、貴方は生きている。そして少なからず関わりのある私から見ても貴方が偽物には見えない。だとすると、貴方の話は筋が通っている。ひとまずは信じるわ」
「いろいろありがとうございます」
「構わないわ。余計な詮索はしたくないもの」
受付嬢さん、本当に敏いな。
もしここで俺が時系列について突っ込まれて、今日までの事をゲロっちゃったらどうなるか。
全世界に公表されたシステリアの亡霊だとバレて、ギルドがシステリアに俺の身柄を献上して、資金が集まり大団円。
当然俺に一銭も入らない、がめられて終了。
それだけじゃない。
あの号外の写真は真っ黒な俺が竜に跨っている姿を写していた。それはつまり、人間が竜と交流していることが世界中にバレるということだ。
野次馬が信じられない位増殖して、あげく魔族との交流までバレて――うん、考えただけでも嫌になるディストピア。
それを見越していたのかまでは知らない。
でも、昔の俺を知っている彼女は、何のためらいもなく俺の急所を突いた。
「貴方、まだ冒険者やるの？」
ここまでされて、こんな目にあってまで、まだやるのか。
彼女はそう語っているんだ。
「はい、そのつもりでここに来ました」
俺の応えに、そう。と一言言うと、表情に不機嫌さを存分に滲ませた。
「もう冒険者はやめなさい」
この人は仕事に関して極めて冷徹。どんなに人が死のうが表情すら変えずに淡々と手続きを終わらせ、死ぬかもしれないクエストへ赴く冒険家を毎日のように送り出してきた。
そんな人が、感情をむき出しに怒っている。
「貴方は以前に言ったわね、平和を望むと。その為に冒険者になったのだと。それが高尚で讃えられるべきなのは解っているし、冒険者ギルドの存在意義の一つでもあるわ。でも、申し訳ないけどはっきりと言わせてもらう。貴方は冒険者には向いていないし、それを達成させるのが貴方である必要はない」
正論だ。
争いを望む奴なんて権力に魅入った愚か者か、戦場で喜びを感じる死にたがり位だ。それ以外は皆争いなんて無くって欲しいと思っている。
それは、その志を持った誰かが必ずいるという事。その中の誰かが叶えればいいこと。
そのポジションに俺が居る必要はない。
足手まといにしかならなかった俺がそれをやる必要はない。
この人は入団当初からずっと俺を気に掛けてくれていた。
アラン達と組む前に、独りで低ランククエストばかりをやっていた俺をずっと見てくれた。当然、無力な俺も知っている。
「竜から逃げられたことはすごいことだと思う。でも、魔王城の近くまで来れたのはパーティの尽力があってのこと。理由はどうあれ、仲間がいなくなった以上無能力者が生き続けられるなんて奇跡に等しいわ」
「それは、そうですが……」
「竜を倒せる人間だって指で数えられるかどうか。だから仮にスキルに目覚めたのが本当だとしても、こうして生きているのは奇跡でしかない。次また同じ真似をすれば確実に殺されるでしょう」
竜と出会った時は同じことを思ったな。
こうして生きているのは奇跡で、竜が本気を出せば間違いなく殺されるだろうって。
だからこそ、次に言われた言葉で自分がいかにバカなのか、身を持って知った。
「貴方には家族がいる。側にいてやることだって、家族にとっての平和の一つだと思うわよ？」
心臓を鋭利な剣で貫かれた気分だった。
一番大事な家族なのに、それを勘定に入れていない自分が居る事を知ってしまった。
その事実に茫然とする俺をよそに、受付嬢さんは旅を辞める迄のプランを伝える。内容は以下の通りだ。
①キール・シュナイダーは死亡扱いとして引き続き処理をする。
②死亡扱いされた冒険者は自動的にギルドメンバーから抹消されるので、それに倣う。
③新しい戸籍は自分が用意する。
④実家でのんびり暮らす。二度と冒険はしない。
「俺は――」
「もう、貴方は休みなさい。これ以上無意味に傷つく必要なんてない」
言葉を発する前に有無を言わさずシャットアウト。
受付嬢さんは、無理を言って勝手に死のうとするバカを案じてくれている。仕事で見せちゃいけない優しさを、たった一人のしょうもない人間に向けてくれているんだ。
それなのに、自分でも情けない事に俺の耳にはこう聞こえてしまった。
お前なんていらない、と。
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