第2話 腐っても王
竜は考えた。あれはおそらく主だと。
とはいえ、あの異質さは今まで知る姿とはまるで別人。演技にも見えなかった、主の纏う空気はあまりにも冷血だった。
そこで真っ先に浮かんだのはストーリー・テラー。何らかの形で乗っ取られたという線だ。
「……だが、アレはイモウト殿に寄生して今も行方知れず。そんな状況でリスクを冒して接触出来るのか?」
考えたところでラチがあかない、情報が少なすぎる。なら、少しでも多くの手がかりを集めよう。ひょっとすると生き残りがまだいるかもしれない。
一旦の動向を決めた竜は、とりあえず城内の散策を決定。しらみつぶしに見て回ることにした。
「やはり酷い有様だ。これも全てゴシュジンがやったんだろうか」
支柱が壊れ、上の階が倒壊していた。不自然に盛り上がった瓦礫の山を取り除くと、そこには額から血を流し、こと切れている魔族の兵士が。
「安らかに眠れ、後で必ず弔いに来る」
黙祷を捧げ、瓦礫を飛び越え上の階へと進む。下の階と同様、所々に死体が転がっていた。何かに吹き飛ばされたらしい、殆どが床に野晒し、もしくは力なく壁になだれかかっている。
「全部、ゴシュジンがやったのか」
信じるしかない。けど、信じたくなかった。
理性はソレを馬鹿だと笑う。本能もソレを否定する。
だが、言葉に出来ない何かが、その両者を否定をするように鬱陶しく警報を鳴らす。竜はまだ折れていない、折れたくない。
それから竜は城の中をくまなく探し回った。生き残りと思しき姿はなく、嗅覚でかぎ取れるのも血の匂い位。
優に想像できた、生存者がいる可能性は絶望的だと。そして、この場を荒らした者も絶望的なまでの強さを兼ねることを。
この魔族達は魔王が統括する軍隊の一兵士。一介の同族より遥かに鍛錬を重ねた者達が集められている。それをこうも一方的に破壊する奴なんて、並大抵の訳がない。そんな事が出来るのは、ゴシュジンやストーリー・テラーの持つ夢幻技術位。
最早、事実すら否定を如実に示してきた。
「ワシはゴシュジンを信じる。あの男がこんな真似をするわけがない、そんな訳がないだろうッ!」
独り言は空しく響いた。言葉は返って来ない。構うもんかと捜索を続行、やはり血の匂いで埋め尽くされている。現実の酷い有様は鼓舞一つで切り替わる程安くはない。
だからこそ、竜はしぶとく考えた。必死に過去や今から答えを探した。
「考えろ、何かあるはずだ。絶対に何かが……」
あの時のやり取りをじっくりと思い出す。目星になる情報は何もない、気になるのはあの時口にした『進化』位か。
その『進化』が何かを起こしたのか? 可能性としては十二分にある。しかし、それだけで目的を探すのは流石に無理がある。
「とりあえず手掛かりを探そう。焦っても仕方がない」
竜はもう一度廃城を念入りに探索した。しかし、結局隅々探し回って得られたのは誰一人として生存者はいない、という事実だった。
どうして自分はゴシュジンから離れてしまったのか、そんな後悔が過る。その度に頭を振ってそれをかき消し、前向きな精神を保とうとする。が、油断すれば陰りが生まれるのも事実。
標が無ければものの数分で精神が脆くなる、その事実に竜は唇を噛んだ。そうでもしなければ激情を抑えられなかった。
「きっと生き残りは上手く逃げる事が出来たのかもしれない。そう思わなければ――」
ふと、気になった。
「血溜まりが無い。それに、あれだけ荒らされて死体に欠損がない。そんな事あり得るのか?」
先入観で激しい争いがあったと考えていたが、それにしては死体の状態が異様すぎる。
「……一番の情報は、亡骸か」
気乗りはしない。腐っても竜の王、死に絶えた者の遺体を荒らすなど、求められる品格とは対極の行為だ。だが、それと主を天秤に掛け、自分を取る程掲げた忠誠心は安くない。
心の中で謝罪をしつつ、竜は兵士の死体を探った。所々血が出ているがやはり外傷は殆どない。
戦闘は無かったのか? だが、それにしては妙だ。外壁は酷く崩れ、死体も多くが何かに弾き飛ばされた形跡すらあった。
「うーむ、わからん。何か引っかかるんだが……」
外傷も殆ど無いのに血が出ているのは何故だ。それに、血がまだ出ているという事は殺されてまだ時間が経っていないのか?
「ぐぬぬぬぬぬ、わからん、全くわからん。ぬがああああああああああ!!」
必死に頭をこねくり回すが、肝心な部分が全く見えてこない。竜の頭は爆発寸前だった。
「これ、ひとりじゃ無理ないか?」
王と名乗るだけあって同族は多数存在する。しかし、王でありながら自由気ままに外を飛び回っている身。同族から心象良く映っているかとなれば、それはまた別の話。
とはいえ、ひとりでこの状況を調べ上げるのは困難であることもまた事実。
「も、もう少し考えよう。恥はかき捨てだと言うし」
それに今の主が道を誤りかけた時、仲間に頼れと進言したこともある。その手前、自分が体現できなければ、嘘を言ったも同然になる。
日頃の行いがこういう形で牙を向くと思っていなかったが、形振り構ってはいられなーー
「も、もう少し考えるか」
主は知らない、竜は想像を絶する程のチキンハートだった。
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