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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第四章 全てを知り、全てを能う
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第29話 夢が終わる

『私、この場所で造られたの』


 このまま降りて。その言葉に従い螺旋階段を下る。先へ進む毎に上層からの灯に少しずつ陰りが差す。

 ゆっくりと闇に堕ちていっているようだった。奇妙な冷たさが体中を包んだ。


 そして、階段を全て降り切った時、外周の室内灯から強烈な光が俺目掛けて集約する。

 現れたのは、無機質な空間と一枚の自動扉。


「先へ行けと?」


 返事が来ない、自分で決めろってか。溜息を零し先へ進む。

 扉が開くとそこには一本道の通路が続いていた。両脇にはガラス張りされた壁が、そしてその奥には試験管がぎっしりと巨大な棚に陳列されている。


「これは……」


 試験管の中でふわふわと浮く小さな肉塊。全部のカプセルに入っている訳ではないらしい、まばらに詰められている。


「チッ」

 

 舌打ちした。そんな自分に驚いて、いつの間にかガラス張りを突き破ろうとしている自分にさらに驚いた。

 自覚してみれば言葉にし難い強烈な気色悪さだ、今すぐにでも壊してやりたくなる。怒りに近い衝動が脳内を埋め尽くすのを感じると、


『先へ行きましょう』


「……わかってる」


 不安定な心理を察したのだろう。幻聴さんは前へ進むことを促した。その言葉に従い通路を抜けると、一つの部屋に繋がっていた。そこは何かの研究室のようだった。


 机と一体になったコンピュータ、床にぶちまけられた専門書の数々、横たわるパイプ椅子、そして壁一体を埋め尽くす巨大な液晶。黒く塗りつぶされていて、電源は入っていないようだった。

 

『ここが私の生まれた場所、そして――』

 

 その言葉を皮切りに液晶が光る。真っ白な領域は直ぐに何かを映し出した。

 

「ニアと、俺?」


 燦燦(さんさん)と照らすお日様の下、村はずれの広場で追いかけっこをしているのは2人の少年少女。

 満面の笑みで走り回るブロンドの髪を二つ結びにした女の子と、やれやれと言いつつも追いつかないように加減して後ろを走る黒髪の少年――俺の記憶だ。

 

 そして、スクリーンに映る俺の記憶を傍観する二つの視線。内、片方は黒髪を刈り上げた壮年の男。もう片割れは癖の強いブロンド色の髪を一つに束ねた女の人の姿。女の人はどことなくニアに似ていた。

 

 研究者なのだろうか、白衣を着た二人はパイプ椅子に腰かけ、互いに労いの言葉を並べた。けれど、その瞳は言葉とは裏腹に随分と濁り切っていた。


『遂に、完成したわね』


『ああ。この日を迎える為にどれだけの犠牲を払ったか』


『これで、この理不尽な世界も変わってくれる。なんて、そう都合よく事が運ぶと思う?』


『知らないね。どうあがいたって未来はなるようにしかならない。俺達が何かを願ったところで大衆に受けなければ、歴史の闇に消えるだろうよ』


『夢がないわね。ほんと、つまらない男』


『お前が言えたクチか?』


『それもそうね。もっと利口だったならこんな愚かな事はしなかったわ』


「何だ、これ」


「私の記憶。というよりも、植え付けられた借り物の記憶と言ったほうが正しいかしら」


 垂れ流される光景に呆然とする俺に、幻聴さんが答えた。声につられるように振り向くと、映像の中の女と瓜二つの姿をして立ち尽くしていた。その憂いを帯びた寂しげな瞳も画面の向こう側にそっくりだった。


 言葉に詰まった俺は無言でやり過ごす。その間、幻聴さんが何かを口にすることはしなかった。時の流れに身を任せて、ただ目の前で繰り広げられる何かを見続けるしかできなかった。


『これが、私達の希望なのよね?』

 

 映像の女性が疑うように指を差す。その先には、培養液入りのカプセルの中で浮く二つの肉塊。お世辞にも希望と呼ぶには随分とグロテスクなものだった。それを男は惚けた顔で、


『ああ。これが俺達の希望で、俺達の罪だ』


 白衣のポケットからリモコンを取り出し、肉塊に照準を合わせ、ボタンを押した。

 

 試験管の中に沢山の細く透明な管が現れると、次々と肉塊へ纏わりつき、突き刺していった。そのおぞましい光景に何故か既視感を覚えていた俺は、それが肉塊に養分を与えているんだと、本能的に理解していた。

 そんな自分に気持ち悪くなり、思わず口から零れる。


「……何だ、コレ」


「これが、あなたの真実。いいえ、私達の真実」


 今ならまだ引き返せる。本能が逃げろと訴える。けれど、俺は既に虜になっていた。瞬きをする暇もなく、目の前の異常を見せつけられても尚、逃げることは出来ない。


 俺はもうおかしくなっていた。


 状況に追い付けない俺をあざ笑うように、残像は時を進める。そして、頭によぎる最悪の仮説は、最悪の形で答えを示した。

 

 肉塊はゆっくりと膨れ上がった。泡が沸き立つようにボコボコと形を変えては傷が刻まれる。それらは直ぐに塞がり新しい傷が生まれる。そうやって自傷と回復を繰り返して、埋め尽くす程に膨張。


 それが収縮して一つの形になった時、


『誕生だ。これが、俺達の希望』


『ごめんなさい。こんな形で産んで、本当にごめんなさい』


 その成れの果てに、頭が真っ白になった。


「これが、貴方の生まれた理由」


 形を成して生まれたのは9歳前後の少年。肩まで伸びた黒髪が揺らめき、縮こまるように体を丸めている。昔の俺と瓜二つの姿で。


 そして、もう片方は子供時代のニアの姿になった。それで、ようやく理解した。


 かすれた声で喜ぶ男に、女は寄り添う。


『ありもしない思い出、ありもしない倫理を植え付けて、私達は大切な我が子達を戦争を止める道具に変える。こんなものが、私達の夢だって言うの?』


 涙を浮かべぎこちなく笑う女を、男は抱き寄せた。


『仕方がないんだ。弱い人間に配られた選択肢は、限りなく少ないのだから』


「これは茶番か? 何故俺に見せた?」


「見せたかったの、夢物語を。平和を愛する者達が掲げた希望の物語を」


「希望? こんなものが?」


「ええ、希望よ。狂った計画を止める為だけに生み出された、狂った希望。それが私達の存在理由であり、存在意義」


 ああ、理解した。してしまった。

 嘘なんだと、誰かの妄想なんだと疑えば良かったのに、そんな事も出来ず、頭は正解だと認識してしまった。


 いつか言われた事を思い出す、能力は遺伝すると。それを裏付けたのは、俺達兄妹に発現した力がまるで別物だという現実。そうだった、毒を持っているのは俺だけじゃないか。

 

 全部、嘘だった。

 俺の過去も、俺の意志も、家族も、ニアも。


 何もかも、全部。

 

「は、はっはっは。あは。ああ、ッああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 そこら中に毒液をぶち撒けまくった。ひたすら氷柱をぶっ放した。それでも機械達には傷一つつかない。はは、無敵の力ってのも嘘かよ。天下の夢幻技術(オリジナル・スキル)様はこんな鉄クズ一つすら壊せないのかよ。


 全部デタラメだった。争いを無くすという夢も。それを誓ったあの悲劇も。

 父さんも、母さんも、ニアも、全部、ぜんぶ、ゼンブ。


 じゃあ俺は何者なんだ?

 そんなの決まってる、俺は殺し合う為の兵器だ。


「俺は、ただの道化だったんだ。ひひひ」


 衝動的に首を切っていた。視界が逆さまになる。

 死ぬのは怖く無かった、むしろ待ち遠しかった。そんな俺を歓迎するように闇が迫り、奇妙な浮遊感が体を包む。


 痛みはなかった、まだ楽になれなかった。

 直後べちゃり、と音がした。いよいよ俺の頭は地面に堕ちたんだろう。このまま意識も遠のけば楽になれる。

 

 そう願っているのに、別で野垂れた体が勝手に液化し、俺の元に擦り寄って来た。欠損を癒すようにじわじわと宿主の俺に繋がる。人としての自我を餌にして。


「殺せよ。もう殺してくれよッ。俺を早く解放してくれッ。なあ、何で俺ばっかりこんな目に遭う!? 俺が何かしたか、何かやったんなら教えてくれよ。なあ、なあッ」


『解凍率30%、精神汚染を検知。緊急解凍機能、起動』


「駄目よ、キール。お願い、正気を保って」


「こんなんでどうやって正気を保てってんだよ。お気楽だよなぁ、俺が死んだらお前も死ぬんだぜ。ふはっははははっははははははっ、はあああああああああああああああああああああああああああああッ」


『解凍率40%、バグ発生率0%』


「こんな思いさせたくなかった。貴方にこんな思いして欲しくなかった」


「被害者面かァ、最高に気持ち悪ぃなァ!? テメェらが仕組んだんだろうが、何被害者気取ってんだ、アァ!?」


 なんだよ、こんな長台詞吐いてる間にさっさと死ねよ俺。延命なんて望んでねえんだよ。


『解凍率50%、バグ発生率0%』


 これが当たり前だと思っていた、でも冷静に考えればわかる話だ。

 こんなの人な訳ないだろうが、これのどこが人間だ。

 言葉では人じゃないとか言っておいて、人であることを嫌って、その実俺はまだ人であると信じてたんだ。


 夢から覚めればどうだ。これが本当の俺じゃないか。

 人の姿も保てず地べたを()い、水みたく崩れた体で(うごめ)く化け物。それが本当の俺。


『解凍率60%、バグ発生率0%』

 

「ああ、これが本当のやり直しなんだ。俺の生まれた理由を全うする、本当の」


「駄目よキール。ソレに呑まれてはいけないっ!」


 全部思い出した。

 俺の生まれた理由、それはプロジェクト・ユピテルのアンチテーゼ。人類による命の循環の管理を蔑視した人間が、それを阻止する為に作り出したもう一つのプロジェクト。その象徴であり、遂行者。

 

 故に他の夢幻技術(オリジナル・スキル)を忌み嫌い、殺そうとした。平和主義という隠れ蓑は最高に居心地の良いものだった。自分が正義だと信じて他者を排斥する行為は、自分がこの世界を救う鍵であると錯覚する程に。


「キールッ、話を聞いて!!」


 でも、そんな繭はもういらない。羽化の準備は出来たのだから。


『解凍率70%、バグ発生率0%。外的要因による障害なし。最終調整に移行』

 

「もう、終わりにしよう。こんな世界」


「キール、お願い。どうか吞まれないで。私は貴方の味方よ、だから――」


 ゴゥーン、ゴゥーン、ゴゥーン――。

 鐘の音が聞こえた。アイツに喰われた時と同じ音色だ。けど、そんな事はもうどうでもいい。これが本当の始まりなのだから。

 

 さあ選べよ、もう一人の俺。言っただろ、とびきりキツい難題を用意してやるって。


『解凍率85%、異常なし』


「そうだな。こんな終わってる世界、あってもしょうがないだろ」


 消えてしまえ、こんな世界。


『解凍率90%、異常なし。95%到達時、被験者に選択肢を掲示』


 機械的な音声の後、視界に浮かぶ命題と2つの選択肢。YESかNOかのシンプルで無駄のない問い。

 そうだ、YESを選べば良い。そうすれば楽になれる。さあ、早く押せ。後はその手で触れるだけだ。だから――


「見誤った、こうなって当然だわ。人の身で抱えられる運命じゃなかった、私ではどうにもならなかった。ごめんなさい、本当にごめんなさい。


 ――お兄ちゃん」



 彼の前に現れた最後の命題、それは『世界をやり直すか』。

 この問いは彼にしか見えない。他の誰にも見えず、聞けず、理解されず、ただ佇むのみ。


 五感が絶たれた中、闇に具現化されるは内から湧き出る怨嗟の数々、偽物の善行。

 全てを理解した彼は歪んだ笑みを浮かべ、答えにそっと触れた。



 夢は終わり、潜んでいた幻が現実となる。


 第四章 『全てを知り、全てを能う』……完

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