第28話 全てを能え
「……しんどいな」
この場所に来てからとにかく胸が苦しい。忘れた筈の記憶達が次々と呼び起こされるからだ。
そんな俺を追い詰めるように、沢山の思い出たちが家族を模倣した幻影となって、現れては置き去りにしていく。
皆笑っている、昔の俺もそこにいる。今の俺だけが付いていけない。
ここはお前の居場所じゃない、そう言いたいのか?
かと思えば、今度は幻影たちが擦り寄ってきた。引き剝がそうと振り払うが、すぐに纏わりついて離れようとしない。やめてくれと思えば思う程、幻影はより形を鮮明にした。
かつての思い出は、血の滲む思いで積み上げた覚悟を簡単に解かす。
『お兄ちゃん、もう疲れたでしょ?』
「やめろ」
駄目だ。幻影をかき消そうと突き放しても、直ぐに群がって俺の歩みを止めようとする。
『キール、顔色悪いわよ。少し休まない?』
「やめてくれ、頼むから」
『キール。ここに居ていいんだぞ? 父さん達と一緒に』
「いなくなれッ、いなくなれよおッ!」
振り払うように、どこに向かっているかも忘れてひたすら走った。あの日の記憶達がずっと頭の中で鳴りやまない。割り切った筈だ、だから俺は冒険者になった。それなのにずっと頭から離れてくれない。
誰も俺みたいな目にあって欲しくないから、ずっと、ずっと、ずっと血反吐を吐きながら走り続けて来たんだろう。
それなのに今ここで止まってしまったら、もう俺は無理だ。立ち上がれなくなる。
『私に従って。目は瞑って、私の声以外は聞かないように、ただ走る事だけ考えて』
「……え?」
『いいからっ!』
言われるがままに目を瞑り、夢中で走った。
引き止める家族の声をかき消すように、幻聴さんは強めの言葉で俺を誘導した。それなのに心が無いと言った奴とは思えない程の優しさを感じてしまった。少しずつ胸の痛みが治まった気さえした。
『答えなくていい、何も見なくていい。ただ私の声を聞いて』
「信じて、いいのか?」
『例え何があったとしても、これから先どんな事があったとしても、私は貴方の味方よ。あなたはひとりじゃない、その為に私がいる』
俺が今何を思っているのか、アンタにはわかってるんだろ。
「裏切ったら、一生呪ってやる」
『ありがとう、それで十分よ』
それから俺は闇の中を夢中で走り続けた。本来なら遮蔽にぶつかって悶絶してもおかしくないのに、しばらく走って一度もぶつかっていない。そのうえ、ご丁寧にも足場の悪い場所は避けてくれているらしい。転ぶことすらなく前に進めた。
『もう、目を開けて大丈夫』
言われた通りにすると、そこにはかつて目の前で焼け落ちた大切な場所があった。
「俺の、家……」
『この瓦礫の山を全て消してちょうだい』
「何言ってるんだ。出来る訳……」
『貴方にはもう大切な人達がいる。思い出も全部胸の中に締まってる。なら、形が消えたって前に進めるでしょ?』
「できるわけ……っ」
『全部私のせいにして。その力も苦しみも悲しみも。だから一思いに、おねがい』
何でそんな言い方するんだよ。勝手に腹括るなよ、蛇の叡智の化身だろ。折衷案位思いつけよ。
「……どかすだけだ。そうすれば消えずに済む。瓦礫がここから消えればいいだけなんだろ?」
『……取り乱したわ。そうしてちょうだい』
「任せろ」
両腕を液化させ、瓦礫の山を覆う。粘着させて持ち上げ、隣の空き地へそっと置いた。
その後、表面の土を剥がし現れたのは、鉄製の地下扉だった。
「これは……?」
『地下シェルターへの防火扉。ここを開くにはパスコードが必要になる』
「パスコード……ひょっとして」
『そうよ。この場所も旧世代の文明を使っている。詳細は中で話すからまずは言う通りにして欲しい』
「何をすればいいんだ?」
『今から指示を出す。パネルにはその通りに入力して』
「わかった」
それからは、指示通りに幻聴さんの言葉に合わせてパネルを押してみる。文字の種類はクオンタム研究所で見たものと同じ奴だ。それらの文字をポツポツと押していき、
「なんだこれ。アンーー」
『声に出さない。誰かに聞かれてる可能性を捨てないで』
ええ、何でそんな慎重なの。誰かに知られたらマズい奴なのか?
俺の杞憂を増長するように、幻聴さんは何も考えず『UnLock』を押すように促した。
押してみると地下扉の溝からプシュウと白煙が沸き上がり、俺達を隠すように包み込む。
ご丁寧に前は見える仕様にしているらしい。その後、ゆっくりと扉が開き始めた。
「階段……こんな場所に隠れていたなんて」
『煙が出ている内に入りなさい。決して音は立てずに』
「わかった」
『中に入ったら、直ぐに閉めて』
「親か」
言われた通りに扉を閉めると、光が完全に閉ざされて一面真っ暗になる。
「何も見えん。熱検知使うか」
『右側に一つだけ反応があると思うわ。そこに左手で触れてちょうだい』
「右手じゃダメなのか?」
『指紋認証なのよ。認証が通れば全ての灯りが付くわ』
「よく分からんが、とりあえず左手で触れればいいんだよな?」
『そういうこと』
言われた通りに左手で触れる。すると、ゴゥウーンと機械の起動音が響き渡った。
直後、次々と照明が点灯。暗闇に隠された空間が鮮明になり、現れたのは――
「なんだ、これ」
一言で言うなら、別世界だった。
地上よりも何倍も広い空間を、石灰を慣らしたような壁で覆い、壁伝いで設置された螺旋階段が延々と下に続いている。そして、その奥は闇で塗りつぶされて何も見えない。高所に不得意を感じない俺ですら、余りの深さに足が竦む。
『このまま最深部まで進む。到着までには時間があるから、その間に貴方の疑問を全て解消しましょう』
「アンタ、ここに来た事あるのか?」
幻聴さんに尋ねる。しかし、反応が返ってこない。
「……流石に答えてもらうぞ。ここまで来てだんまりは無しだからな」
『わかってるわ』
そして、幻聴さんの口から出た答えは、
『この場所は人目に触れないよう、秘密裏に作られた研究施設よ』
「ちょっと待て、それってどういう……」
『夢幻技術を専門に扱っていた研究機関、通称リベリオン。遺伝子を研究することでスキルの発現パターン、能力強度の統計を取っていたわ。しかし、それは公式に認められたものではなく、有志によって立ち上げられた団体』
いつか幻聴さんが言ってたスキルというものの特性。確か遺伝子によって強さと性質が決まるとか、そんな話をしていたな。それを調べていたってことか。
「一体何の目的があってそんなことを?」
『反逆——プロジェクト・ユピテルという悪魔の所業を阻止する為に集まった』
「ん? 話がおかしくないか、プロジェクト・ユピテルって夢幻技術を作って人口制御をしようとしていたんだよな。どうして止めようとしてるのに似たような研究してんだ?」
『力には力で対抗するしかない。色々対策を考えたけれど、結局それしか思いつかなかったのでしょう。滑稽よね、ミイラ取りがミイラになっているようなものじゃない』
「ミイラ……?」
『同族に成り下がる、ということよ」
そういうことか、往々にしてある。圧政に苦しんだ市民が国のトップを失脚させ、その代表が国を統べる事になったら結局殆ど変わらなかったって奴。
「本質的には今と昔、何も変わらないんだな」
『そうね。その成れの果てが私』
「え?」
その後、幻聴さんの発した言葉は、あまりに衝撃的な内容だった。
『私、この場所で造られたの』
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