第27話 全てを知り
俺、キール・シュナイダーの故郷は、人口30人位の集落で大人や老人ばかりの小さな村だった。
特徴的なモノと言えば村にぽつんと置かれた時計塔。あとは、そのテッペンに立つ赤子を抱えた女性のオブジェくらい。
消極的な気質もあって友達なんて殆どいなかった。しかし盲目なもんで、家族仲が良かったお陰でさほど苦労は感じず、違和感も持たずに呑気に日々を生きていた。可愛い妹と心優しい両親がいるだけで十分満たされていた、というのもあるかもしれない。
昔から母さんが作ってくれたご飯が好きで、適当に言い訳をして盗み食いを働いては怒られてたっけ。食い意地を張っては父さんによく呆れられていたのを思い出した。
そんな日常が俺は好きだった。
ずっと続くんだろう、否、続いてほしいとすら思っていた。けれどそんなヤワな願いは、たった数時間の出来事で全て消し炭にされた。
耳を貫く破裂音。突然の騒音にベッドから飛び上がると、両親に事前説明もないまま家の外へ追い出された。
そして、見てしまった。目の前に広がるのは、言葉にするには余りに辛すぎる景色。
村が、燃えていた。
さっきまで遊んでた村はずれの広場も、両親が愚痴をこぼしてた村長の家も、時々おやつをくれた隣の家のおばあちゃんの家も、全部。
『な、なんだよ。これ……』
『立ち止まるな。走れッ!』
父さんの叱咤で我に返り、慌ててその場を離れようとした時だった。
背後から踏み潰されるみたく軋む音が鳴る。直後、はっきり何かが折れる音がした。振り向くと、俺達の家は炎を纏ったまま跡形も無く崩れ、瓦礫と炭の山になっていた。
『あ、ああ……』
もう、意味が解らなかった。夢を見ているみたいだった。体の芯が冷えて、少しずつ自分が自分じゃ無くなっていくような、そんな奇妙な焦りさえ芽生える程に。
初めての出来事にどうしていいかわからず、その場で立ち尽くしていると、
『お母さんとお父さんが付いているから、もう少し我慢してね』
何か暖かいものに包まれるような肌触りを感じた。それが母さんだとわかった時、恐怖が少しずつ静まるのが解った。
それと同時に、抱きしめてくれた体が俺なんかよりもずっと震えていることを理解する。
『行くぞッ。もう時間がない!』
父さんに呼ばれてからは、とにかく村から脱出することを考えた。しかし、周りには侵略して来たであろう兵士達がうろついている。
ギリギリ形が残っている建物の影に身を隠しつつ、周囲の様子を確かめる。
『このままやり過ごそう。絶対に物音立てるなよ』
父さんの剣幕に圧され、俺達は頷く。それからはとにかく兵士達が居なくなることを祈った。もう、こんな地獄さっさと抜け出したかった。
気の遠くなるような時間をひたすら見張りに徹する。けれど、中々生まれない隙に皆の心労も限界に近づいていた。それでも、生きる為に湧き上がる弱音を黙らせ、今か今かと奇跡が起きるのを願い続けた。
『見つけた、生き残りだ』
『へ?』
目の前の兵士と同じ格好をした奴が、背後に立っていた。
俺達を始末する為に、ギラリと光る長剣が振り下ろされ――
横から誰かに突き飛ばされて尻もちをつく。その正体が誰かを気付いた時には、
『父さあああああああああああああああああああああああああああん!』
『にげ、ろ……』
振り下ろされた剣には血がこびり付いていた。そして、俺を尻目に父さんは力なく崩れ落ち、その場に倒れてしまった。
『逃げなさい、キール!』
朦朧とした頭で、不気味な程鮮明に聞こえた母さんの声。それに押し出されるように、俺はニアを連れて走り出す。
遅れて母さんの悲鳴が聞こえた。思わず振り向くと、さっきの父さんのように崩れ落ち、動かなくなってしまった。
無性に叫びたくなる衝動を唇を噛み締めて必死に押し殺し、村はずれの森の中を走り回った。
追手を巻くためだった。息を潜める為だった。木と木の隙間を抜けるようにとにかく走って走って、肺が焼けるような感覚を堪えひたすら走った。
そんな地獄を経て、俺は帰ってきた。
「また、ここに来るなんてな」
あの日の轟音が嘘みたいに静かだった。もう、のどかな村の姿は焼け落ち、誰も住んでいる気配はない。残されたのは禿げ散らかした土地の上でポツポツと伸びる雑草たち、燃えカス、屋根が崩れ中が剥き出しになった廃墟群のみ。
それにしても澄んだ空気だ。今までここに根を張っていた俺達が異物扱いされているとすら思える。
「……もう、誰もいないんだな」
嫌らしい程の快晴だ。その景色に思わず苦笑いが出てしまう。そんな中散策を始めた訳だが、そうしている内に、ぽつぽつとかつての記憶達が呼び起こされた。
ニアと一緒に公園で遊んだ記憶。
父さんと母さんに村はずれまで連れられて、綺麗な夕日を見せてもらった記憶。
家族全員で机を囲い、飯を食べながら談笑した暖かさすら感じる記憶。
その一つ一つが、強く胸を締め付ける。振り払うように、夢中で前へ前へ歩き続けた。
『お兄ちゃん!』
『待て、ニア!』
『キール、あまり遠くに行くなよ!』
『わかってるって!』
かつての俺とニアが走り抜けて、その後ろ姿を父さんと母さんがやさしく見守って、今の俺は見向きもせず通り過ぎていく。そして追いかけようとすると、夢から醒めたみたいに霧散して、消えて無くなってしまった。
「……こんなの耐えられるわけないだろ」
『誰かに付いてきてもらうべきだったわね』
それが無理だとわかってる癖にそんなことを言うんだな。畜生だよ、アンタは。
「久しぶり、だな。幻聴さん」
『一年ぶりかしら。長いようで短い……そんな事もなかったわね。気の遠くなる時間、ずっとこの日を待っていたわ』
「こんな思いするなら、今日を迎えるなんてしたくなかった」
『それが貴方に託された業。だなんて無責任な言葉、私も使いたくなかった』
リスクを冒してまで一人で来た理由、それは幻聴さんの存在。
話した所で信じてくれるとも思わないが、それでも俺は誰かに幻聴さんを知られたくなかった。しょうもない理由だ、本能的に外部に漏れることが怖いと思ったから。
でも、それすらもプロジェクトによって生み出されたただの行動原理だとしたら……死にたくなるな。どこまで操られてるんだ、俺は。
「こうなったのも、アンタの差し金か?」
『言葉にするより、貴方の目で直接確かめるべきね』
「そうやって大事な事は丸投げか。ほんっとう、どいつもこいつも……」
目の前に現れたなら今すぐにでもぶん殴ってやりてえ。そうすれば多少スッキリするだろ、それだけで清算するつもりは微塵もないが。
『誰にも聞かれない場所に行きなさい』
「どういうことだ?」
『聞かれたくない話がある、貴方にも関わることよ』
「……わかったよ。どうすればいい?」
運命っていうのは、一度進みだしたら二度と元には戻れない。
これまでの人生が幸せだったと思えてしまう程、取り返しのつかない事態になることは往々にして存在する。
この日がその分岐点で、俺にとっての最期の戦いの幕開けとなる。それを俺は無意識の内に自覚していたのかもしれない。
俺の意思を汲み取り、標は地獄へと誘う。
『貴方の家に行きなさい。答えは全てそこにある』
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