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竜に喰われてやり直し  作者: 木戸陣之助
第四章 全てを知り、全てを能う
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第26話 さよならの為のただいま

「妹に会った?」


「ああ。というよりも、正確には君の妹に呼び出された。偶像作家(ストーリー・テラー)の中でね」


「本当か……?」


「嘘をついたってしょうがないだろう。嫌と言うほど見せられたよ、君とこの世界の有様をね。そこで『お兄ちゃん』と来たら、親族と判断してもおかしくないだろう?」

  

 信憑性は高い。『偶像作家(ストーリー・テラー)』、『妹』、『兄』という三つのワードが一つの場面で同時に出るなんてそうそうない。後はコイツの言う見た目の特徴が俺の知っているニアとほぼ一致した。


 ぬか喜びはできないけど、生きてる可能性は十分期待できる。


「良かった。本当に良かった……」


「とはいえかなり危険な状態だ。このままだと完全に吞まれるまでそう時間は掛からないだろうね」


 ヴァルヘイムの話によると、ニアと出会ったのは真っ白な空間だったという。

 これはニアが自己防衛の為に作った隠れ家的なもので、ずっとそこに留まれる訳ではないらしい。タイムリミットを過ぎると解除されて、偶像作家(ストーリー・テラー)に完全に乗っ取られてしまうとのこと。


「それにしても意味が分からなかった。どうしてアレに何の力も持たない人間が対抗できているんだい? それに空間まで作り上げるなんて……」


「いや、こっちが聞きたい。ニアからそんな話聞いたことないぞ」

 

 どういう事だ、ニアがそんな力を?

 まだ俺の知らない何かが隠されてるのか?


「……まあいいさ。他にも色々情報を仕入れて来た。きっと君の役に立つと思う」


「えらく献身的だな。どういう風の吹き回しだ?」


「恩は返したい。たとえ落ちぶれたとしても、恩をないがしろにするのは僕の美学に反する。そう振舞いたいのさ」


 かつてのやつれて虚ろだった瞳に、ほんの少し光が宿ったように感じた。

 取り戻そうとしているのか、失った過去の自分を。前を向きたいのか、少しでも今と向き合う為に。


「その言葉、信じるぞ」


「そうしてくれ。これ以上罪を抱えたくない」


 頑張る奴は全力で応援する。それが悪じゃない限り、偽善だろうが何だろうが。


 それから俺は、ヴァルヘイムに事の詳細を確かめることにした。


 正直真っ白な空間の話だったり、黒い人影の話だったりおとぎ話が過ぎる内容だ。けれど、プロジェクト・ユピテルの存在、夢幻技術(オリジナル・スキル)の持つ呪われた特性、今日に至るまでの血生臭い歴史の数々。それらは俺の知る情報と(ことごと)く一致していた。

 嘘だと斬り捨てるには危険過ぎる要素が余りに多すぎた。


 中でも気になるのは、どうやらニアやヴァルヘイム以外にも幾つかの人影がいたという事。


「その人影ってのは、一体どういう存在なんだ?」


「話を聞くに、僕と同じような存在だと認識した。いわば被害者と言えば伝わるかな」


「十分すぎる程だな。という事はお前以外の被害者も生きている可能性がある、と?」


「それは無いんじゃないかな。僕よりも遥か昔に操り人形にされていたらしいからね。とうに死んでいると思う」


 ヴァルヘイムとは違って、救われなかった人達か。

 何かしらの思いが思念となって留まっていたんだろうか。もし、その人達も協力してくれているとしたら、何としてもニアを助け出さなきゃだな。


「一つ聞きたい」


「何だ?」


「どうして君は平然としていられる? 率直に言って人の身で手に負える代物じゃない。いつ壊れたっておかしくない筈だ」


「……平然な訳あるか。お前の言う通りいつ壊れたっておかしくない。実際そうなりそうな場面は何度もあった」


 けど、俺はもう心配していない。背中を任せられる人達がいる。アイツが居ないのは正直辛い所だが、これ以上未練がましい奴にはなりたくない。


 今のままでも、十分戦える。


「どうしようもなくなった時、支えてくれる人達がいる。だから今はしっかり前を向くんだ」


「……そうか。それが君の強さなんだな」


「ああ」


「真っ直ぐな目をしている。初めて会った時から何も変わらない」


「誉め言葉として受け取っておくよ」


「そのつもりだからね。じゃあ最後にこの言葉も贈らせてくれ」


 神妙な顔をしてすぐ、ヴァルヘイムは深く頭を下げた。


「僕は、あの場所でこの世界の闇を解らされた。……凡人の僕には身に余る代物だ。でも、全てを託された君達なら変えられるかもしれない。僕ごときがこの世界を代表して何かを語るつもりはない。けど、これだけは言わせて欲しい。


 君なら、何かを起こせるかもしれない。

 この世界を、頼んだよ」


「おう、任せろ」


 

 ヴァルヘイムと離れてしばらくして、俺は屋敷に戻り、自室で一人になった。


 結局、知りえた情報は仮説の裏付けにしかならなかった。今やるべきことも、これからやるべきことも何も変わらない。それでも、誰かに話すという事はして良かったのかもしれない。仕方ないと思いながらやるのと、自分の意志で動くのではモチベーションも変わってくるからな。


 せめて、これから起こす最後の精算が未来にとっていい結果となるように祈るしかない。


 誰もいない部屋が久しぶりに寂しく感じた。その中で俺は腹を括る為に机に置手紙を残す。その後、単身システリアを経由してあの異空間を目指した。


 そして、また戻って来た。


「こんな形で、来たくなかったな」


 こうして来るのは2回目。その度に力が抜け、どうしようもなく虚しくなる。どんなに慰められても、叱咤を受けても、ここに来るだけで俺そのものが真っ向から否定され、斬り捨てられる気さえした。


 それでも前を向くためだと発破をかけ、誰も俺みたいな思いをさせないと固く誓って、目の前の靄を潜り抜ける。


 言わずには、いられなかった。


「ただいま」


 誰にも共有していない残り二つの靄。内、一つはクオンタム研究所。あの時、皆に共有すべきか悩んだが辞めた。理由はしょうもない、不思議と絶対にそうしてはいけないと思ったから。でも、それは最後の一つを見て確信に変わった。

 

 この世界で起きている問題、そして俺らみたいな存在のルーツ。それがこの場所。


 正直逃げ出したいと思った、無かったことにしたいと思った。けど、それは叶わなかった。

 確かにプロジェクト・ユピテルを知って心が折れそうになったのもある。でも、本当の意味で一番堪えたのは……


「こんなのって、ないよな」


 何度見ても胸が締め付けられる。

 最後の靄の向こうに現れたのは、かつて戦争で燃えてしまった俺の故郷だった。

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