俺氏、覚悟を決める。
燦燦と照らすお日様の下、村はずれの広場で追いかけっこをしているのは2人の少年少女。
満面の笑みで走り回るブロンドの髪を二つ結びにした女の子と、やれやれと言いつつも追いつかないように加減して後ろを走る黒髪の少年。
一見似てないながらも、大変仲良しな兄妹である。
「わー、にげろー!」
「まてまてー。早く逃げないと掴まえちゃうぞー」
そう、少年は外に出て遊びたいという妹の駄々に答える為、こうして広場まで連れて来た。
「おにいちゃん、おそーい!」
「……元気すぎだろ、6歳。お兄ちゃん、もう疲れたぞ」
9歳の少年にしては随分とくたびれた物言いだった。
無理もない。性格上、好んで外に出る事をしない。家でのんべんだらりと過ごすことが至福と感じるじじいっぷりである。
雲を眺めながら「人は家に居れば皆幸せ」と嘆けば、近所のおばちゃんに「若いのにおじいちゃんみたいだねえ」と言われる。
床に転がりながら「寝てるだけでいい。それが至福」とこぼせば、両親に「どうなってしまうんだろう、この子」と嘆かれる。
仕方がない、そういう性分なのだから。
では、何故こんな好きでもない陽の光を全面に受けているのか。
それはひとえに家族愛という奴である。
この少年、妹であるニアの為であれば、老体(自称)にだって平気で鞭を打つ。
ニアが地の果てまで行きたいと言えば、無理だと外面を保ちつつ、その裏、本気で地の果てへ行く算段を計算する。
その強烈な何かに突き動かされた家族思い(という名のシスコン)の少年は、いつも通り何の抵抗も無く重い腰を上げた。
居心地の良い家を出て、妹を連れて颯爽と外へ繰り出す。
熱い熱い日差しを受ける覚悟を完全に決めたわけだが――
「あっ」
力の抜けた声と共に、ニアは尻もちをついた。
足をくじいたらしい。呆けた顔もそこそこに、次第に顔をくしゃくしゃに歪めて、
「うわーーーーーーーーん!!」
「大丈夫か、ニアッ!?」
血相変えてニアの元に駆けつける少年。すぐにハンカチを取り出し、血が出てしまった膝小僧を押さえた。
そのまま泣いてしまった妹をあやしつつ、おんぶしながら体を休める場所まで連れて行く。
「おにいちゃん、いだいーっ」
「心配するな、お兄ちゃんがついているから。もう少しだけガマン、な」
そう言ってしばらく背中をさすってやる。
経験則から知っていた。ニアはすぐ泣くが、背中をさすると落ち着くのが早くなるんだ。
すると、あれだけぐずっていた妹はすぐに落ち着きを取り戻して、
「もっとあそぼー!!」
元気を取り戻した。若者って凄い。
しかし、それを容認する程時間という奴は空気を読む気がないらしい。
「だめだ。空を見てみろ」
そう言って真上に指を差してやると、晴天はすっかり夕焼けに変わっていた。
休ませている間に結構な時間が経っていた。そろそろ帰らないと真っ暗になってしまう。
が、はしゃぐことが仕事であるお子様のニアは、
「だめー! もっとあそぶ……あっ」
ぐぅ。と気の抜けた音がした。
声の主であるお姫様はもう食を求めているらしい。奇遇なことに兄の方も頃合いだった。
「お兄ちゃんもお腹減ったし、お家に帰ってご飯食べよう。な?」
そう言うと、まだはしゃぎ足りないのか目をキョロキョロと泳がせていた。このまま遊ぶか、家に帰るか勘定に掛けている様子。
うー、とうねりながら少しして、固まった。けれど空腹には勝てなかったようで、
「しょうがない! おにいちゃん、おなかすいてるからかえってあげる!」
「そ、そうだなあ。お兄ちゃんを気遣ってくれるなんてニアはなんておとななんだろうなー」
「ふふーん、ニアおとなだから!」
ふてえやろうだ。
なんて突っ込みは心の奥に押し込み、ご機嫌を損ねないよう適当におだてながら家路に付く。
「ただいま」
「ただいまー!」
「おかえり。キール、ニア」
家に帰ると母さんと父さんが出迎えてくれた。
既にご飯の準備をしてくれたらしく、甘くて旨そうな匂いが鼻にツンと来た。早速欲に従って飯にありつこうとしたが、
「まずはお風呂に入りなさい」
おお、おれも泥んこだった。無意識の内にはしゃいでいたらしい。結局カッコつけたところでおれもお子様だったわけだな。
少年は母さんに諭されるまま直ぐ体の汚れを洗い落とし、椅子に座る。横にニアが座って、対面に父さんと母さんが座った。
四角い机を4人で囲いながらの談笑。
ずっと続いて欲しい日常。
それが少年にとっての幸せであり、
俺にとっての幸せだった。
「これは、夢だ」
ああ、言ってしまった。
これでもう、忘れたかった現実が帰ってくる。
楽しかった家族の姿は戦場の風で焼け落ち、黒い煤へ成り果てた。
頬を伝う涙も何もかも全て蒸発して、覚醒する。
広がるのは、焼き付く感覚すら幻となった冷酷な夜の世界。
「帰ってきちまったな」
鎧を外して肌着のまま寝てしまったらしい。随分と肌寒く感じた。油断すると心すら凍ってしまいそうだ。
重い体を起こし野宿用の寝具を取ろうとした。直後、そよ風が吹き、肩まで伸びた黒髪がふわりと舞った。
ずっと切ってなかったな。女顔ってよく言われたけど、この長さじゃそう見られてもしょうがなかったりして。
自然と溜息が零れる。
仲間の皆は寝床に付いたらしい、俺だけ起きてしまったのか。相変わらずの間の悪さに嫌気がさす。
故郷が消えて7年、ハッシュ村を出て冒険者になって3年。
けれど、時間を持ってしても、この風を持ってしても、火傷のような心の痛みを消し去ってはくれない。
妹を除いて、全部燃えてしまった。その事実を不幸中の幸いだと割り切れる程、大人に成りきれていなかった。
そうしてくすぶった結果、俺は今、死の目の前にいる。
冒険者ギルドというものに属して4人パーティを組み、ここまで来た。
この開けた盆地の先に待ち構える洞窟を、さらに超えてようやく辿り着く魔族領。
生きて帰った奴はいない。人間が作った地図は全てこの場所で途絶えている事が証明。
けれど俺はその先を目指す。
噂でしか耳にしたことのない魔王城。その主である魔王と話してみたかった。
淡い期待と違和感だけを頼りにここまで来た。
それでいい。一刻も早く終わらせたいんだ、こんな悲惨な時代を。
戦争。
人と人、群れと群れ、集落と集落、国と国……自分の主張と権威を正当化する為の滅し合い。
是が非関係なく排斥し、侵略し、虐殺し、焼き払う。まともであれば止まるはずの一線を平気で超え、やさしかった人達も血を求める鬼に変わる。
刃物みたいに光る銀色の鎧を纏った兵士達が、我が物顔で俺達の村を荒らした。無抵抗な人達を追いかけては斬り殺し、見つけては刺し殺す。それを繰り返し、作り上げた地獄の上を徘徊する。どこの誰かなんて知らない、いきなり現れては土を間引くみたいに全部壊していったんだ。
夢を見ているみたいだった。しかし、それもほんの僅か。
感覚さえ追いつけば死の恐怖と肉の焦げた悪臭が諸手を上げて差し迫り、一気に現実へと引き戻される。
母さんと呼んでいた女の人が、兵士によって斬り捨てられた。
父さんと呼んでいた男の人が、兵士によって斬り捨てられた。
『逃げろ』
血を吐くような叫び声を背に、俺は脇目も振らずニアを連れて逃げ出した。大人だと思いあがっていたのに、本物の狂気を前にしてしまえば俺なんて脆弱な餓鬼に過ぎなかった。
けれど、そんな自己否定に浸る暇はない。
俺にはやらなきゃいけない事がある。
『ニア、大丈夫だからな。お兄ちゃんがついているから』
そう言いながら、自分に言い聞かせた。
折れちゃダメだ。ニアを守れるのは俺しかいないんだ、と。
戦場となった故郷から逃げて、気の遠くなる時間を歩いた。
目指す宛てもなく無我夢中で森を越え、川を越えた。食えるかもわからない落ちた木の実を拾って凌いだ日もあった。
倒れる訳にはいかない、俺が死んだらニアが死ぬ。
そうやって一日一日を生き抜いて、いよいよもうダメだってなった時、ようやく村を見つけた。
死ぬ程喜んだ。飢えで声なんて殆どでない筈なのに、かすれた声で泣いて叫びまくった。
この村は、後に俺にとって第二の故郷となる。
運よく心優しい村人に拾われた俺達は、この村で半生を過ごし、この世界について勉強する。そして知る。
俺たちの村を燃やした奴らは隣国の兵士で、もう戦争に負けて滅んでしまった事。当時村の学び舎へ派遣された先生に調べてもらった結果だった。
やりきれなかったさ。
でもこんなもんだ、人生なんて。上手く行くことが珍しいんだ。そんな当たり前にガキの頃は納得出来なくて、どうすれば争いが無くなるか先生や村の人達に尋ねたことがある。
その時の答えは皆口を揃えて、
『魔王を倒せば全部終わる』そう言った。
魔王。
話によれば誰よりも残虐で、冷酷で、極悪非道。
この世界で戦争が止まない理由であり、こいつのせいで今も大勢の人々が殺され続けているという。中には魔族を扇動して人攫いをしている、なんて噂もある。
それを耳にした子供達は、大人達に倣った。
魔王は怖い、魔王を倒す。子供達の純粋な心に沁みつくように、乗っ取るようにすぐ常識として浸透していった。
俺には解らなかった。
本当に故郷が燃えたのは本当に魔王のせいなのか。
あそこにいたのは俺と同じ人間に思えた。話に聞く魔王よりも、あいつらが生み出した惨劇の方がよっぽど残虐で、冷酷で、極悪非道だったはずだ。
本当に大人達の言う通りなのか、自分の目で確かめたい。そして、今すぐにでもこんな理不尽を終わらせたい。
それに守るべき物も増えた。同じパーティの回復術士、カトレアの存在だ。
若葉のような緑髪を腰まで伸ばし、白色のローブを纏う彼女は優しい性格の持ち主だ。しかし、人見知りで常に俺の後ろに隠れる小心者でもある。前髪で目元まで隠しているのも、人と目を合わせたくないからという筋金入り。
そんな彼女がこんな危ない橋まで渡って、ここまで来てくれた。
ずっと一緒に居て欲しいと言ってくれた。
だからこんな所で終われない。
何よりこれ以上辛くて悲しい思いを、大事な人にさせたくない。
争いを完全に絶つ。それが今の俺の夢だ。
だって俺は――
「お兄ちゃん、だからな」
思い残したこともない。気持ちの整理も付いた。
遅ればせながら覚悟を決めた俺は、3人の後を追うように、もう一度眠りについた。
翌朝。
空は晴天、敵は皆無。決戦の日にしては随分と穏やかな朝だった。
「行くぞ」
リーダーの力強い音頭に、俺を含めたメンバーが応える。
この先へ進めば、何かが変わる。
そんな願いを胸に、俺達はいよいよ死の淵へと足を踏み入れた。
引き返す最期のチャンスとも知らずに。
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