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ワタシは孫たちを罪滅ぼしに利用している悪い人間だ。

作者: 庚午澪

 学校から帰って来た孫娘に、味噌の焼おにぎりを乗せたお皿を出す。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 鞄をそこら辺に置き、手を洗いに行く孫娘。その間に急須で煎れたお茶も用意する。

 手洗いから戻って来た彼女は、部屋の片隅に置かれたベビーベッドを覗き込み、ただいまと囁いて離れる。

「葉桜ちゃん、今日も良い子だったわ」

「良かった。毎日、何事もなくて安心する」

「そうね。もう少し活発になっても構わないくらい良い子ね」

 小さな頃は元気過ぎるくらいの方が、子供の成長や様子が分かって心配しなくて済む。

 何をやらかすか目が離せなくなるけれど、それで手をかけさせられると子育てをしている実感が湧く。

「小腹空いたでしょう」

 言ってテーブルに用意した物に目を向ける。

 ありがとうと焼おにぎりを用意してもらった事に一言かけ、孫娘はテーブルに腰を下ろした。

「いただきます」

 小さく手を合わせた彼女は、おやつ代わりの焼おにぎりに手を伸ばす。

 若干まだ背は低いけれど、身長に見合った健康的な体付きの孫娘。

 小柄という感じではないが、葉桜がいるのでそれほど成長は期待出来ないのか、どれくらい成長するかは誰にも分からない。

 今時の子と比べて大人しい印象ではある。おしゃれやダイエットなどとは無縁そうな、清楚としてしっかりした雰囲気も感じられる。

 塗った味噌に砂糖を加えた焼おにぎりを食べ終え、お茶で一息ついた孫娘が顔を上げた。

 さらさらの黒髪が顔を上げた時に毛先を揺らす。

「ねぇ、お祖母ちゃん。兄さんとも話し合ったんだけどさ。サプライズみたいなの、私たち得意じゃないので聞きます」

「なにかしら?」

「敬老の日、お祖母ちゃん私たちにして欲しい事とかない?」

 去年まで映画だったり外に連れ出したり、手の込んだ夕飯を作ったり、プレゼントだったりしたけれど、毎年同じ様な事しか思い浮かばないのだと言う。

「そうね。でも、いつも通りでいいわ」

「そう? だけど樹も私も、お祖母ちゃんにはちゃんと感謝の気持ちは伝えたい」

 だってもしお祖母ちゃんが助けてくれなかったら、樹も私も葉桜だってどうなっていたか分からないと話す。

 瞳に真っ直ぐ見つめられ、じんわりと胸に嬉しさが生まれて微笑み返す。

「良いのよ。気持ちはちゃんと伝わってるわ。なんてったって今日も幸せなんだから」

 本心が口から零れる。

「ワタシを頼ってくれる優しい孫がいて、かわいいひ孫までいるのよ?」

 自分も娘も子供を産むのが遅かった事もあり、ひ孫が見られるなんて考えもしなかった。

 そっとひ孫が眠る部屋の片隅にある、帰って来た孫娘が覗き込んでいたベビーベッドに目をやる。

「こんなに幸せな事はないわ」

 シワだらけの手を伸ばし、孫娘の手を包むように取る。

「ワタシのために……悩んでくれるだけでも十分。二人には悪いけど、ひ孫の成長を一番先に見られるなんて幸せよ」

 ひ孫の成長を親より先に見られるなんて、これが幸せ者でなくてなんなのだろうか。

「さ、晩ごはんの準備をしなくちゃね」

 手を放してテーブルに手をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 すると後を追う様に孫娘も立ち上がった。手に焼おにぎりが乗っていた小皿と湯飲みを乗せて。

「私も手伝う」

「そう? 学校の宿題をしていても良いのよ? じゃあ、一緒にお願いするわ」

 宿題は大丈夫と答えた相手に、手伝いを許すと彼制服を着替えて来ると彼女は一度部屋に戻った。

 孫娘を見送り、そろそろ役目を終えるベビーベッドに近寄る。

 本当に良く眠るひ孫を見下ろし、今日の献立を考えながら台所へ足を向けた。


 孫たちが思うほど自分は良い人間では無い。二人が両親から勘当を言い渡された時、昔の罪を償うチャンスなのだと勝手に確信して、夫に先立たれて一人暮らしをしていたウチに迎えた。

 これが学生の頃に親友だった彼女の心中を止められなかった過去を持つワタシの贖罪だと思っているから。

 その心中をした親友は、恋人の彼との交際を親に反対されていた。

 同じ様に彼も親に彼女と付き合うのを反対されていて、自分に力になって欲しいと親友は言い助けを求めて来た。

 家族以外で言えば一番長い付き合いだったし、大抵の悩みは話し合える仲だった親友。

 ケンカしても気づくと互いに忘れて仲直りしてたり、親友との思い出は悲しい物と楽しい物で言えば、断然楽しい思い出の方が多いくらいだ。

 彼との交際を応援して欲しいとも言われたが、どうしても首を縦に振ってあげられなかった。

 親友の交際相手の彼は自分の憧れの人だった。

 恋愛感情ではなくても憧れがあり、嫉妬心からどうしても助ける気になれず、彼女を突き放す様に背を向けてしまう。

 それは見捨てたも同然で、亡くなった後ではつまらない意地を張らなければ良かったと後悔がある。

 助けて欲しい、応援して欲しいと言われてから数日ーー彼女は行方不明になった。

 さすがに行方不明となっては心配になったワタシの耳に、彼も行方不明になっているのだと人づてに聞いた。学生なので駆け落ちの可能性は低いが心配で堪らなくなった。

 当然、仲の良かったワタシは関係者から話を訊かれたが答えられずに気まずい思いもした。

 意地を張ってから、大切な者の大事さに気づかされて後悔し、無事に顔を見せてくれることを祈った。

 もし、今度会ったら謝ろうと何度も頭の中でシミュレーションを重る。落ち着かない気持ちを仲直りした後のことを考えたりして誤魔化しながら心配する日が続いた。

 そして一週間も経たない内に親友と彼の遺体が水からあげられたと教えられた。

 彼女が亡くなったと聞かされた翌日の新聞には心中があったと記事が載っていた。けれども親友の記事は小さく片隅に追いやられ、他の記事よりも目立たず簡素な物だった。

 だから余計にしばらく彼女が亡くなったのは嘘ではないかと思い込もうとした。

 でも、否応なしに二人が命を落とした事実を学校や周囲の反応で目の当たりにしてしまう。

 親友の死に流す涙は枯れ、ずっともしもを繰り返し考えて、手を伸ばせなかった事を悔やんだ。

 嫉妬したくらいで突き放した自分を責めても、後悔の念は消えてはくれない。忘れられないから、ふとした瞬間に痛みが胸を過る。

 一生後悔を抱えて生きて行くと諦観していたところに、親に勘当され、事情を知ったなら誰も味方しない孫たちが現れた。

 自分しか孫たちを守ってあげられないという思いから、今度は絶対手を伸ばして助けたいという気持ちから、見放した親友の罪を償うチャンスなのでは? という許されたい思いから、二人ないし三人を受け入れた。

 だからワタシは孫たちを罪滅ぼしに利用している悪い人間だ。


 台所に並んで立つ孫娘は、包丁を握り煮物の野菜を切る。

 ウチに来る前から両親が共働きだった事もあり、二人とも簡単な食事くらいは作れるので、料理の基礎は心配ない。

 その共働きの家庭が今回の原因だった。

 稀なケースであっても、両親からしたら子供のために頑張っていたのだ。娘たち夫婦からしたら、怒りや失望、裏切られたと感じていてもおかしくない。その結果、二人が勘当される事になっても。

 安心して任せられる包丁の音をさせながら、タイミングを図っていたのだろう孫娘は再び聞いて来た。

「本当に無いの? して欲しい事。お祖母ちゃんがやりたい事でも良いし、食べたい物とか欲しい物とかさ」

 繰り返し問われた質問に少し間を置き、味噌汁の鍋に手のひらで賽の目にカットした豆腐、乾燥ワカメと加える。

 余り断り続けるのも、孫娘たちの気づかいに対して失礼になる。

 なので、何気ないけれど凄く短い間しか感じられない要望を返す。

「それじゃあ、みんなでお出かけしましょう」

「そんな事で良いの?」

 たまにの休日に一緒に出かける事も珍しくないので、変わり映えしない提案に孫娘は首を傾げる。

「えぇ、構わないわ。それに、そんな事じゃないと思うの。天気が悪いと出かけたくなくなり、一人だと寂しいでしょ? だからみんなで公園でもいいし、見晴らしの良い高台でも構わない。お昼にレジャーシートを広げて、のんびりお弁当を食べたいの」

 孫娘たちが産まれた時も、娘たちと公園に行って外でのんびり過ごした思い出がある。

「だから、みんなでお出かけする。ただそれだけとしても、ワタシには悪くないわ」

 ささいな事だけれども、とても穏やかで幸せを感じられる時間でもある。それがまた体験できるかと思うと嬉しい。

「例えば好きな人と一緒に学校から帰るだけでドキドキしたり、仲良しの友達とお喋りや電話するだけでも楽しいでしょう? あとは葉桜ちゃんの様子を眺めているだけでも嬉しくない?」

「うん」

 今度の答えは腑に落ちたのか素直に頷く。

 すると玄関の方から扉の開く物音が聞こえて来た。

「帰って来たみたいね」

 ワタシの言葉に彼女は一つ頷いて手を止め、行って来るという眼差しを向けて来たので、目配せをして送り出す。

 孫娘の髪は毎朝かけ直す魔法の効力が薄れ、毛先から元の色に戻っていた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 まだ若い聞き慣れた声が返事をし、その口調や響きから落ち着きを感じられた。

 一般的な兄妹であれば、ただ帰って来ただけで玄関へわざわざ出迎えるなんてしない。

 しかし、そこを指摘する気はない。贖罪に利用している立場なので言えた義理ではないという理由を置いても、仲が悪くて喧嘩ばかりするよりは良いと思っていた。

 点けていたテレビのニュースの最後に流れる天気予報、その週間予報を目で追うと敬老の日は晴と確認できた。

 皆でお出かけする様子を思い浮かべるだけで、口元が緩むのを自覚する。

 するとベビーベッドのある方から、目を覚ましたらしいひ孫の声が聞こえた。

 孫娘が玄関からベビーベッドに戻り、起きたらしい葉桜を抱き上げる。

 もう抱き抱えるのも慣れたもので、顔はまだまだあどけないけれど、どこからどう見てもその姿や表情は子を抱く母親のそれだった。

「だだいま、葉桜」

 手を洗っていないので声をかけるだけに止める孫は、母親に抱かれる子に呼びかけた後こちらに顔を上げる。

「ただいま、お祖母ちゃん」

「お帰りなさい」

 落ち着いた雰囲気が垣間見える彼は、一度妹に目配せをし、視線を戻すと当時に口を開いた。

「澪から聞いたよ。敬老の日は二人……三人に任せて」

 言葉少なく足りないけれど、聞き返さずとも十分通じた。家族だから理解可能だった部分も、ちょっとはあるだろうけれど。

 料理の手を止め、母親に抱かれたひ孫に目をやり、次に二人に顔を向けて微笑で返す。

「分かった。楽しみにしてるわ」

 それはそれとして、立ちっぱ無しの孫に問いかける。

「疲れたでしょう?」

「まぁね」

「じゃあ、晩ごはん少し急いで用意するわ。澪ちゃんと一緒に作るから、それまで葉桜ちゃんの相手をしていて」

 帰って来た孫にお守りを頼むと彼は首を縦に振り了承した。

「手を洗って着替えて来るよ。でも、お祖母ちゃん慌てなくて良いからね。キャベツの千切りの時みたく指に怪我して欲しくないから」

 昔からの親しい知人にも言われるが、この歳になっても、ちょくちょくそそっかしい一面が覗く。

 千切りキャベツの時は、ちょっと孫の前で良いところを見せようとして空回りしたからだったけれど、そう正直に言えるはずはない。

「心配ないわ。澪ちゃんが手伝ってくれるもの」

 ワタシの言葉を受けて、心配そうな顔をしていた彼に葉桜を抱いたまま無言で頷く孫娘。

「そう。葉桜を見ていれば時間が経つのも忘れるから、お腹は空いてるけど大丈夫だよ」

 急がせまいとする気づかいの言葉を残し、彼は着替えと手洗いに出て行った。

 一つ息を吸い込み、孫娘に声をかけて手を止めていた料理に取りかかる。

「さ、始めましょう」



            了

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