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美しい指  作者: 糸木あお
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第八話

 生まれ育った街を離れて思ったのは、世の中には意外と親切な人が多いということだ。鏡を見て確認をしたらちゃんと元の姿に戻っていた。黒い瞳と灰色の髪、前よりも少しふっくらとした顔は美人ではなかった。でも、卑屈になるほどではないと思えた。老婆が言っていたように美しい思い出のおかげかもしれない。


 街を出る馬車の中で隣の席に座ったおばさんからお菓子を貰った。少し焦げた焼き菓子をありがたく食べる。ジョセフの家で出てくるような上等なものではなく手作りのほんのりと甘かった。


 お金があまりないので食事代わりになってとても助かった。姪に会いに来た帰りだそうでそのお菓子も彼女の手作りらしい。当てもなく街を出たという話をすると狭いところで良いなら家に置いてくれるという。レイチェルは渡りに船でその話を受けた。


 彼女の名前はニーナといって夫と3人の子どもたちと暮らしていた。遊び相手になってあげてと言われていたのでもっと小さい子どもを想像していたのだが16歳の長女と13歳の双子の次女三女はとてもしっかりしていてむしろレイチェルが教えてもらうことも多かった。

 

 特に長女のリーゼは高等教育も受ける才女でいつも難しそうな本を読んで眉間に皺を寄せていた。急な居候であるレイチェルに対してみんな親切であたたかかった。どうやらあの街に住んでいるニーナの姪にレイチェルが似ているらしい。それを知った時にこんなに良くしてもらえるのはそういう理由だったのかと納得した。


 ある日、レイチェルが嵌めている指輪を双子が見たがったので外して渡すと横目で見ていた長女が珍しく驚いた顔でそれを見せてと言った。


「良いけど、リーゼがこういうのに興味あるの珍しいね」


「この石、魔石よ。しかもすごく価値のあるものだわ。調べないとわからないけど身を守るような効果があるんだと思う。こんなに小さいのに透明度が高いなんてとても高価なものよ。なくさないように気をつけなさいよ、レイチェルってばぽやんとしてるんだから」


「ねえ、こんな素敵な指輪を送ってくれるなんてやっぱり恋人?良いなぁ」

「この間肉屋のフレディにも口説かれてたよねぇ?意外と隅におけないんだから」


 リーゼと双子の言葉にあははと笑ってレイチェルは誤魔化した。肉屋のフレディは元気が良くてまっすぐな性格で良い人だ。レイチェルの顔が美しくなくても好きになってくれる奇特な人だ。

 

 美しさにばかりに拘って誰かに好かれたいと思っていたけど、その考えを捨てたらとても楽になった。それに気付けて本当に良かったとレイチェルは思う。


 ニーナと一緒にこの街に来てから2ヶ月、レイチェルは近所のパン屋で働いている。余ったパンをもらえるのでなかなか良い仕事だ。ニーナと三姉妹もこの店のパンが好きでとても喜んでくれる。


 あと2ヶ月くらい働けばお金が貯まりそうなので一人暮らしの家を借りると言うとみんなが心配した。レイチェルは今まで自分はしっかりしていると思っていたがこの一家からするとそんなことはないらしい。


「レイチェル、本当に出て行っちゃうの?ずっとここにいて良いのに。お父さんは出稼ぎが多いからいないこと多いしレイチェルが来てくれて楽しかったのに」


「そうそう、妹が増えたみたいで楽しいよ」

「年齢で言えば姉だけどレイチェルは天然だからね」

「あっ、そういえばエミリーさんから手紙が来てたよ」


 エミリーには少し前にこちらから手紙を出した。ジョセフには黙っていて欲しいと書くと彼が探していることや水くさいという内容が書かれていた。


 あと、騎士団のゴドリーさんとは上手くいっているらしい。結婚式をする時は絶対に来てねと書かれていた。あの街に戻ることはもうないと思っていたけどエミリーの結婚式があるなら出席したい。でも、騎士団の所属ということは絶対にジョセフが来るはずだ。


 もしかすると今のレイチェルは美人だった頃とは全然違うから気付かれないかも知れないと思い至った。髪や瞳の色が似ていてもわからないだろう。指輪さえ外せばジョセフがレイチェルを見抜くことは出来ないだろうと考えた。


 でも、まだ先になるだろうからご祝儀を貯めないといけないな、と思った。きっとウエディングドレス姿のエミリーはすごく綺麗だろう。彼女がゴドリーさんと幸せになれますようにとレイチェルは祈った。ゴドリーさんがどの人かはわからないけど筋肉がすごいらしいので頼り甲斐がありそうだ。そうか、良かったと思うと涙腺が緩んだ。


 手紙を読んでうるうるしているレイチェルを見て三姉妹はあきれた顔をしていた。


「またレイチェルの感動屋が始まったわね」

「感受性が強いんだから」

「ま、きっと良い知らせだったんじゃない?」


 その日は売れ残りが多かったのでレイチェルが持ち帰ったパンでパーティーをした。美味しいのに売り上げが悪かったのはふたつ先の通りにライバル店が出来たかららしい。店長はぼやいていたがきっとまたお客さんは戻ってくるだろうと予想した。


 レイチェルは忙しく働いて、三姉妹といろんな話をして、ニーナと服を買いに行ったりしてこの街に馴染んでいった。季節がいくつか過ぎて、レイチェルは20歳になった。今も指輪を見るとジョセフの事を思い出す。


 でも、だんだんと顔がぼんやりとしてきていつか忘れてしまうことを考えると寂しかった。愛した記憶も、愛された記憶も消えないけど少しずつ細かな部分を忘れていく。それでも美しい思い出はあたたかく心に火を灯してくれた。


読んでくださってありがとうございます!評価やブックマーク、感想などをいただけるととても励みになります。


後半の話の転機の回からタイトルが変わります。

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