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美しい指  作者: 糸木あお
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第四話

 早歩きでジョセフは控室へと入り、レイチェルのドレスをゆるめて靴を脱がせた。その瞬間彼女は大きく呼吸をして顔色も少し赤みが戻った。足は靴擦れで真っ赤になっていてとても痛そうだった。


「どうして言ってくれなかったんだい?ヴェールを外した瞬間顔色が紙みたいに真っ白だったから心臓が止まるかと思ったよ」

「いやぁ、良いところだったので水を差すわけにもいかないので頑張ったら限界が来ちゃいまして…。でも倒れる前で良かったです。倒れたらもっと大騒ぎになっちゃいますし」


「そんな些細なことよりも君の方がずっと大切だ。かわいそうに、指先だってこんなに冷たくなってしまって。早く屋敷に帰って休もう。披露宴は中止にしよう、無理をさせてしまってごめんね。でも、神の前で誓ったから私たちはもう正真正銘の夫婦だよ。さぁ、私たちの家に帰ろう」

「それって大丈夫なんでしょうか?」


「君より大切なものなんてないよ。よし、身体が弱いから社交はできないという設定にしよう。うん、君はあの屋敷でのびのび過ごしていこうね、一生」

「あっ、あのジョセフ様、のびのびの意味ご存知ですか?」

 

 ジョセフはにっこりとそれ以上何もいうなという顔をした。この人は笑顔で人を黙らせる力があるのだ。そういえばさっきその笑顔を見たエミリーはどうしているだろうか。


 急に主役の新郎新婦がいなくなったら困惑するだろうなと思った。レイチェルが少し身動きを取るとひらりと青いカードが落ちた。それを拾い上げたジョセフはまるで嫌な虫を見かけたような表情をした。


「レイチェル、このカードはもしかして君の昔の恋人からかい?」

「いえ、知り合いのお婆さんです。字はすごい癖字ですけど女の人です」


「ふぅん、なるほどね?それなら良いけれど」

「それにしても結婚式が無事に終わらないかもっていう予想が当っちゃいましたね、皆さんに迷惑をかける結果になってしまって申し訳ないです」


「いや、そもそも結婚式なんてしなくても2人で神の前で愛を誓って誓約書を書くだけで良かったんだ。それなのに、周りが煩かったというのもあるけれど美しい君のウエディングドレス姿がどうしても見たいと思ってしまった私が1番の元凶だ。すまない、これからは君に苦しい思いを絶対にさせないと約束するよ。手始めにコルセットは全部燃やそう、あんなものが無くてもレイチェルは世界一美しい。そうだ、今日の結婚式が中断してしまったのは君が美しすぎるから女神たちが嫉妬したんだろう。ああ、なんて罪深いひとなんだ」


「いや、燃やさなくて大丈夫ですしジョセフ様、発想が飛躍しすぎですよ」


「そんなことはない、ああ、でも顔色が良くなってきたね。帰って美味しいものを食べよう、その方が君は元気が出るだろう?」

「はい、ジョセフ様良くわかっていますね。でも、会場に戻らなくても大丈夫なんでしょうか?」


「火消しは頼んであるから大丈夫だよ。それに、緩めることはできてもこのドレスを着付け直すのは私には難しいな。だからそんなに心配そうな顔をしないでおくれ」


 ジョセフがあまりに優しいのでレイチェルはちょっと泣きそうだった。彼はとても美しくて強引で身分のある優しい人だ。だからこそ魔法の力で美しくなったレイチェルは自分がズルをしているような卑怯者に思えた。元に戻ったらきっとジョセフはレイチェルのことがわからないだろう。だって、何もかも今のレイチェルとは違うのだから。


 美人になる前のレイチェルは灰色のパサパサした長いだけの髪で肌も綺麗じゃなかった。唇だってガサガサで黒い目がギョロリと不気味だった。唯一美しいのは手だけで、そんな事に気付いてくれる男性は1人もいなかった。

 だから、見た目が変わってちやほやされるのは最初は嬉しかったけど途中から怖くなってしまった。自分よりも力のある相手からの好意というのはこちらにその気がないならとても恐ろしい。

 

 でも、初めて会った時からジョセフは他の人とは違った。じっとりといやらしい目をせずに真っ直ぐにレイチェルを見てその手を握った。彼の大きな手は何故かちっとも怖くなかった。その青い瞳は宝石のようにきらきらと輝いていて、駄目だと思ってもレイチェルはつい見惚れてしまった。


 屋敷に半ば拉致されるように連れて来られてからも、彼は優しくお姫様みたいな扱いをしてくれて、夢のような暮らしでこのままずっといられたら、と何度も考えた。でも、魔法がいつまで続くかわからない。


 いつかジョセフのことを本当に愛してしまった時に魔法が解けて、彼から嫌われて捨てられるなんて事になるのは耐えられなかった。一度それを知ったらきっと元には戻れないとレイチェルはわかっているのだ。

 それでも、いつか覚めてしまう夢でも今はこうしていたいと思ってしまった。それはとても罪深い事だった。


「すみません、ジョセフ様、何だか胸がいっぱいなので少し休んでも良いでしょうか?」

「ああ、勿論だよ。疲れただろう?ゆっくり休んでおくれ。お腹が空いたら食事にしよう、隣の部屋にいるから落ち着いたらおいで」


「ジョセフ様、わたし、結婚式ちゃんとできなくてすみませんでした」

「良いんだよ、だから泣かないで私の愛しい人。君の涙は美しいけど、できれば嬉し泣きで見たいと思うんだ。君は一生懸命頑張ってくれたよ。とても立派な私の妻だよ」


 ポロポロと涙をこぼすレイチェルの頬をハンカチで拭いながらジョセフは言った。彼にとっては結婚式が中断してしまうことよりもレイチェルの体調の方が大事だし、彼女が泣くことの方が辛かった。


 最初は彼女の美しさに惹かれたけれど、一緒に過ごすうちにその穏やかで優しい性格が好きになった。彼が生身の女性を好きになったのはレイチェルが初めてだった。それだけレイチェルは彼の理想そのものだった。

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