第十一話
「わたしの美しさは、魔法で得たものなんです。ずるしてジョセフ様の妻になったことにずっと罪悪感を感じていました。だから、元の姿になってやり直そうと思ったんです」
「元の姿と言われても君は何ひとつ変わらず美しいままだ。どうしてそんなことを言うんだい?」
「どうしてジョセフ様こそそんなことを仰るんですか?誰がどう見たって別人です」
「そんなことはない。君の美しい手や指は何ひとつ変わっていない」
「ゆ、指…?」
思いもよらない言葉にレイチェルはそう返すことしか出来なかった。確かに元から手は美しかった。でも、そんなところを見てくれる男性はいなかった。レイチェルが生まれ持ったそれに誰も気付いてくれなかった。
「初めて見た時、私の理想が顕現したのだと思った。夢のように美しい手、美しい指、初めて生きた女性に対してときめきを感じた。君との出会いを神に感謝したし、すぐに自分のものにしたいと思った。初めは強引だったかも知れないけれど、確かに君は私に好意を寄せてくれてると思った。つまり、君のすべてを手に入れたと思って私はとても浮かれていた。だから、次の日に跡形もなく君がいなくなって、私は言葉では言い表せないくらい悲しかった」
「ジョセフ様、わたしはあなたに嘘をついていることや身分が釣り合わないことが苦しくてあなたの元を離れました。でも、ジョセフ様がわたしの元から持っている手や性格を好きになってくれたのなら、あなたのそばにいたいです。わたしはわたし自身しか持っていません。それでもジョセフ様はわたしを望んでくれますか?」
「ああ、勿論だ。君も私も言葉が足りなかった。君の気持ちにもっと歩み寄れば良かった。君のいない日々はひどく寂しくて、孤独だった。君を無理矢理連れてくることは出来たけど、君の心が欲しかった。だから、指輪の色が変わらないうちはこちらから迎えに行くのはやめようと思ったんだ。でも、もっと言葉をつくして君と対話をすれば良かった」
「ジョセフ様…わたしも、勇気がなくてすみませんでした。いつの間にかジョセフ様がわたしの中で大切な存在になっていました。だから、怖かったんです」
「いや、良いんだ。後で、私の部屋に来てくれないか?見せたいものがある。恥ずかしいけど、それを見れば君も安心できると思う。さあ、今日の主役たちのところに行こう。勿論、私にエスコートさせてくれるね?美しい人」
レイチェルはジョセフのエスコートを受けると教会のチャペルへと向かった。自分自身の結婚式は台無しにしてしまったけれど、エミリーには素敵な1日にして欲しいな、と願った。
◇◇◇◇
白い花に囲まれて、幸せいっぱいの笑顔でエミリー白いリボンを持って歩いてきた。その後ろからゴドリーが神妙な顔をして着いて来る。光沢のある白いドレスのエミリーは輝くような美しさだった。
「エミリー、すごく綺麗」
「君もとても綺麗だよ。私たちの結婚式の時は眩しすぎて何度も倒れそうになったよ」
そういえば挙動不審だったジョセフのことを思い出してレイチェルは微笑んだ。
隠していた指輪はジョセフによって左指の薬指に嵌められていた。これで元通りだと、嬉しそうに笑っていた。そういう柔らかい笑い方が珍しくてレイチェルは思わずじっと見つめてしまった。ジョセフは視線に気付くと咳払いをしたけれど、その耳は紅く染まっていた。
エミリーとゴドリーが誓いのキスをしてから皆で披露宴会場に移動した。山盛りの料理を自分たちで取ってくるバイキング形式だった。ジョセフはレイチェルが好きなものを少しずつ盛ってそれを甲斐甲斐しく彼女の口に運んだ。その姿を見て騎士たちは氷のように固まってしまった。
「ジョセフ様、奥様のことは忘れてもう新しい女性を…?!」
「あの人、さっきエド様といたよな?」
「どういう事なんだ?」
ジョセフは静かに立ち上がると騎士たちの元に行き、私の妻はずっと変わらずレイチェルだと答えた。騎士たちは困惑しつつもそれ以上はその話題に触れることはしなかった。
遠くからエドが何か言いたげに2人を見つめていたがジョセフはじろりと睨むとその目を逸らした。レイチェルに惹かれていてもさすがに婚姻関係を壊そうとは彼は思わなかったようだ。
エミリーは騎士たちにもにこやかに対応していて流石は看板娘だなとレイチェルは思った。その中に一際大きな髭の男性がいて、きっとあれが団長なのだろう。レイチェルは見ることが出来なかったがまた腕相撲大会が始まったら面白いだろうなと思った。
宴が進んでお酒が回ってきた騎士たちはやはり腕相撲大会を始めた。それを興味津々で見ているレイチェルを見て、ジョセフは話しかけた。
「レイチェル、腕相撲大会に興味があるのかい?」
「はい。初めて見たのでとても面白いです。騎士様ってやっぱり力が強いんですね」
「あれに、私が勝ったら嬉しいかい?」
「嬉しいというか、すごいなって思います。でも皆さんすごい筋肉ですよ。ジョセフ様はどちらかというと細身なのでちょっと不利なんじゃないでしょうか?」
「よし、情けないところばかり見せたから君に勝利を捧げよう」
ジョセフは腕まくりをする仕草をしてその集団に飛び込んで行った。レイチェルは心配しつつ、その後を着いて行った。
ジョセフは席に着くと屈強な男たちを次から次へと屈服させて行った。汗ひとつかかずに騎士たちを倒していく彼の前に立派な髭を持つ筋肉隆々の男性が腰掛けた。
「ジョセフ、久しぶりに俺と勝負をしよう。俺が勝ったら奥さんを紹介してくれ。挨拶だってまだなんだから」
「私の天使はそこにいますが団長のような暑苦しい人には慣れていないので勝たせてもらいますね」
ジョセフは涼しい顔でそう言うと男性と手を組んだ。隣に立った騎士の始めという声で2人は力を入れたが完全に拮抗していた。レイチェルはジョセフの2倍くらいありそうな男性を見て、怪我をしないと良いなと思った。流石のジョセフでも勝てないだろうと予想した。
「団長、今日は花を持たせてくださいねッ」
「嫌だね、お前みたいな色男を負かすのが俺の生き甲斐なんだ」
「だから、奥さんに逃げられたんですよ」
ジョセフがそう言って美しい笑みを向けると男性はさらに力を込めたようだった。2人がずっと真ん中で動かないまま勝負をしているとエミリーとゴドリーがやって来た。そして呆れた顔で言った。
「団長、それにジョセフ様も何をやってるんですか、今日は俺たちの晴れの日ですよ?」
「ああ、だから勝者はゴドリーと戦う」
「え、絶対勝てないんですけど…」
「ゴドリー、わたしに格好良いところ見せてね」
「うっ、エミリーにそう言われたら頑張るしかないな。俺の勇姿を見届けてくれよな」
ゴドリーが2人の勝負の行方を真剣に見つめていたが思わぬところでアクシデントがあった。さらに時間が経過した時、それまで2人を支えていた机が真っ二つに割れたのだ。さすがに勝負は無効になり、ゴドリーの不戦勝という結果が残った。
読んでくださってありがとうございます。助けた老婆の魔法で美人になったら、初対面の伯爵様にプロポーズされま(以下略)から美しい指に改題しました。次話で完結予定です。