第十話
エドが着替えている間にゴドリーが帰宅した。初めて会う妻の親友と謎の老婆、そして何故か自分の服を着ている兄を不思議に思った。
「なあエミリー、なんで兄さんは俺の服を着ているんだ?」
「うーんと、なんかお兄さん呪われちゃったらしいのよ。喋れないんだって」
「えっ、兄さん大丈夫なのか?」
あまりにも素直はひと言にエドは石板に大丈夫じゃないと書いた。レイチェルはまあそうだろうなと思ったけれどとにかく兄弟が無事に再会できて良かったなと思った。
「それじゃあ、わたしはそろそろお暇します。エミリー、結婚式楽しみにしてるわね」
「うん、気をつけてね。披露宴で美味しいものいっぱい出すから楽しみにしてて」
レイチェルがエミリーの家から出ようとするとルナとエドがついて来た。
「おばあさん、もしかして宿を探していますか?」
エドの目があるのでレイチェルはルナの名前を呼ばないようにした。ルナはそれを聞いてうんうんと首を縦に振った。そして、エドは石板に魔女殿が行くなら俺も行くと書いた。
レイチェルは宿に着くと持ってきたドレスのシワを伸ばすためにハンガーにかけた。ルナとエドも同じ宿に空き室があり泊まれるようだった。ルナはエミリーの結婚式に誘われたので折角だから祝福の魔法もかけていくそうだ。そして、エドの呪いが無事に解けたらまたしばらく東にある魔法使いの国に戻るらしい。
レイチェルもエミリーの結婚式が終わったら北の街に戻る。仕事もあるし、生活もある。この街には思い出が多すぎて気を抜くと涙腺が緩むのだ。明日、ジョセフは来るだろうか。念のため指輪は外しておこうと思うけれど、もしかしたら気付くかもしれない。
ジョセフは自分のことを恨んでいるだろうか、それとも忘れてしまっただろうか。気付いてほしくないけど気付いて欲しいという無茶苦茶なことを考えてしまった。あの美しい人にまた会えるかもしれないというのは、怖いけれど少しだけ楽しみでもあった。
その後、3人で宿の近くで食事をした。エドは少年の姿の時も良く食べたが大人の姿だともっと良く食べた。気持ちの良い食べっぷりでレイチェルも釣られてたくさん食べた。ルナも年齢のわりに良く食べるのでテーブルには空の皿が積み上がった。揚げた鶏肉に甘辛いソースが絡められたものが特に美味しくて3人で5皿も食べた。明日の朝が早いからとお酒は飲まなかったが苦しくなるまで食べたのでドレスがキツくなっていたらどうしようと思った。
起きてからドレスに着替えて髪を編み込んで上に纏めた。マーサほどではないけれど三姉妹の面倒を見ているうちにこういうことも出来るようになった。エミリーからプレゼントされた赤い髪飾りに深緑のドレスを合わせた。あまりお金がないレイチェルにニーナが昔着ていたものを直してくれたのだ。
光沢のあるすべすべした生地が気持ちよくてとても気に入った。ニーナはデザインがちょっと古いかもしれないけどと言っていたが、落ち着いた雰囲気で大人っぽいし、何よりもレイチェルの灰色の髪に良く似合っていた。宿の外に出るといつも通り黒いローブのルナと灰色の礼服を着たエドが立っていた。
「あらぁ、お嬢さん。とっても素敵だわ。でも何だかその色合いだと騎士様と夫婦みたいね」
「えっ、あっ、色は確かに似てるかも。偶然ですね」
レイチェルがそう声をかけるとエドは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。そんなに嫌だったのかと思ったけれど替えのドレスもないしこれで出席するしかない。
「エドさん、なんかすみません。お嫌ですよね、わたしなんかとお揃いみたいで」
エドは頭を左右に勢いよく振って否定し、いつの間に用意した小さい石板に似合っていると書いた。レイチェルはそれを見て少し驚いたあと、ありがとうございますと言った。そんな2人をみてルナはにこにこと微笑んでいた。
レイチェルが教会に着くとたくさんの人が集まっていた。多分ゴドリーの所属する騎士団の人たちなんだろう。見覚えのある人もちらほらといて不思議な気分になった。彼らはレイチェルを見ても結婚式を途中で退場したジョセフの妻だとは思わないだろう。教会に向かって歩いていくと彼らの視線がレイチェルの方に集中した。正しくは、レイチェルの隣にいるエドにだったが。
「エド様!お久しぶりです」
「エド様!お会いしたかったです。是非、稽古をつけてください」
「相変わらず素晴らしい筋肉です!」
「エド様が辺境に異動になってとても寂しかったんですぅ」
どうやら彼らはエドとも面識がある、というかとても慕われているらしい。前に見た時はそんな風には感じなかったけれど騎士団の人たちはみんな結構賑やかなんだな、とレイチェルは思った。そして、そんなレイチェルの方を見て若い騎士が目を光らせた。
「エド様!もしかして婚約者様ですか?」
「もしかして奥様ですか?」
「兄弟揃ってやりますね!」
彼らがわいわいと騒いでいるとエドがとても険しい顔をしていた。その顔を見て彼らは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。エドは石板にすまないと書いてレイチェルに頭を下げた。それから、おずおずと手を差し出してきた。彼のエスコートを受けるかどうか悩んでいると後ろから声をかけられた。レイチェルの良く知る声だが、思い出の中よりも低く、とても冷ややかだった。
「ねえ、レイチェル。もう、私のことは忘れちゃったのかな?」
「ジョセフ様…」
「エドとどういう関係なんだい?」
「いや、エドさんとは昨日会ったばかりでどういうと言われても説明できないって言うかなんていうか…」
「エドさんねぇ?私のことはずっと様付けだったのに昨日会ったばかりの男をそんなに気安く呼ぶんだね、私のレイチェルは」
「も、もうあなたのものではありません」
「私のものだよ。この先もずっと。信じて待っていたのに君は残酷だよ。置いていかれて、忘れられて、私がどんな気持ちだったと思う?君のいない日々をどうやって過ごしてきたと思う?」
記憶の中よりもさらに凄みのある美しさにレイチェルは思わず息を止めた。そんなレイチェルを庇うようにエドが前に出た。
《彼女に何かしたらジョセフ様でも許しません》
「そんな口の利き方を許したつもりはないよ。ああ、口は利いていないか。でも、黙りなさい、エド」
「ジョセフ様、エドさんは関係ないんです。だから許してください」
「レイチェルはこの状況が許しを乞わないといけない、と思うのかい?」
「あの、だって、ジョセフ様すごくお怒りになられてるので…」
「それは私のレイチェルにちょっかいを出す男がいたら怒るよ。君は、私だけのものだったのに、どうしてなんだ。どうして、私を捨てたんだ」
ジョセフの顔がくしゃりと歪むとその瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れた。それを見てレイチェルはとても驚いた。止めどなく流れる彼の涙に酷く胸が痛んだ。レイチェルはジョセフに再会してから気になっていることがあった。そして、それを口にした。
「あの、ジョセフ様、そもそもどうしてわたしだってわかったんですか?」
「何のことだい?」
「見た目とか、全然違いますよね?」
「何ひとつ変わっていないように見えるけど?」
ジョセフは本当にわからないようだった。この場に鏡はないけれど、レイチェルの顔は元のままだと思う。指輪だって外しているのに、彼は後ろ姿だけでレイチェルだと分かったのだ。ジョセフはレイチェルの手を両手で掴んで、真剣な顔をした。
「レイチェル、私は確かに最初は君の美しさに惹かれた。いや、今も君の美しさに惹かれているけれど、それだけじゃないんだ。君が隣にいると、とても幸せだった。君が美味しそうに食べていると嬉しかった。君が真剣に本を読んでいる姿を見るのが好きだった。私は、自分でも良くわからないけれど、君じゃなきゃ駄目なんだ。だから、君が帰ってくるのを待った。北の街のパン屋で働いているのも知っていた。君の心が変われば指輪の色も変わったはずだ。ねぇ、レイチェル。君がそこに隠し持っている指輪の色は何色だい?」
「……青色です」
「どうして、私から逃げたんだい?」
読んでいただきありがとうございます!ストック分が無くなったので更新が遅くなります。
次話からタイトルが変わります。