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お化け屋敷アパートの同居人

作者: ウォーカー

 これは、古いアパートに住み始めた、ある若い女の話。


 「おかしいわね。

 また、部屋の明かりが勝手に点いてるわ。」

夜。

その若い女は、

自分が住んでいるアパートの前で、

自分の部屋の窓を見ながら、そう言った。

その言葉の通り、

その若い女の部屋の窓からは、

消したはずの明かりが、煌々と漏れていた。


 その若い女の部屋では、

部屋の明かりを消してから出かけたはずなのに、

帰宅してみると部屋の明かりが点いている、ということが度々あった。

それだけではなく、

点けた覚えがないテレビが点いていたり、

自分宛てではない郵便物が届くことがあったり。

その部屋に住むようになってから、そのようなことが続いていた。

アパートの部屋を紹介してくれた不動産屋曰く、

このアパートでは、

いるはずがない人の気配がしたり、

いるはずの人が消えたりすることがあるのだとか。

古いアパートの建物と相まって、

近所では、お化け屋敷アパートと呼ばれたりもしているらしい。

そんな不気味な噂があるボロアパートなので、

敷金礼金無しで家賃も格安。

そんな破格の条件に釣られて、

その若い女は、このアパートに入居したのだった。

「私には、病気の妹がいる。

 勉強したいこともある。

 妹の手術代と、進学するお金を貯めるために、

 今は少しでも倹約しないとね。

 このアパートはオンボロで、

 まるでお化け屋敷みたいだけど、我慢しなきゃ。

 勝手に明かりが点いたりするのも、

 きっと、無線の混線か機械の不具合よね。」

その若い女は、

病気の妹の手術代を貯めるため、

それと、進学するお金を貯めるために、

そんなボロアパートでも我慢して生活しているのだった。

それはともかく。

その若い女は仕方なく、出かけたばかりの部屋に戻った。

それから、時間を確認する。

「いっけない。

 もうこんな時間だわ。

 のんびりしてたらバイトに遅れちゃう。

 夜は時給がいいからシフトを入れて貰ってるのに。

 遅刻なんてしたら、給料を減らされちゃう。

 急がなきゃ。」

その若い女は、

点いていた明かりを消すと、

部屋を出てアルバイト先へと急いだ。


 それから数時間後の深夜。

その若い女は、予定よりも早くアルバイトを終えて、

自宅への帰路についていた。

「バイト先の都合で、

 急遽バイトが早上がりになったわ。

 給料はちゃんと全部もらえるそうだから、得しちゃった。

 夜も遅いし、早く帰って明日に備えよう。」

そうして、

その若い女がアパートの前まで戻ると、

またもや、その若い女の部屋の明かりが点いているのが見えた。

「また、部屋の明かりが勝手に点いてる。

 さっき消しに戻ったはずなのに。

 困るなぁ。

 電気代もばかにならないんだから。」

その若い女は、

無警戒に部屋の中に入ってしまった。

すると、

部屋の中には、

いるはずのない、見ず知らずの人影があった。

一瞬、

何が起こったのか理解出来ず、思考が凍りつく。

それから、

その若い女は金切り声を上げた。

「キャー!誰!?」


 その若い女の部屋の中には、

見ず知らずの人影が入り込んでいた。

その人影は、その若い女と同年代くらいの女の子。

その女の子は、座布団に座って、

テレビを見ているところだった。

そこに突然、

その若い女が部屋に入ってきて金切り声を上げたので、

その女の子は、腰を抜かしそうになっていた。

女の子が、

わたわたと床を這いながら言う。

「な、何!?

 何の騒ぎ?」

「それはこっちの台詞よ!

 痴漢!

 泥棒!

 住居不法侵入!」

自分の部屋に人が勝手に入っているのを見つけて、

その若い女は唾を飛ばしながら罵った。

それに対して、

部屋に入り込んでいたその女の子が、負けじと反論する。

「人聞きの悪いこと言わないで!

 何も盗んだりしてないわよ。

 それに、あたしだって女よ。」

売り言葉に買い言葉。

その若い女と女の子は、しばらく罵り合いをしていた。

それから、

やっと落ち着いたふたりは、事情を話し合うことができた。

その女の子の話は、こうだった。


この近辺では、

既に誰かが住んでいるアパートの部屋で、

住人が留守にしている時間にだけ部屋を間借りする行為が、

しばしば行われているのだという。

住人の生活様式を調べると、絶対に家にいない時間帯が割り出せる。

その時間帯だけ、寝床を使わせてもらう。

場合によっては、複数の部屋を掛け持ちして使う。

そうすることで、安く生活することが出来るのだという。

それを斡旋する業者までいるのだとか。

業者によって自分の部屋が勝手に貸し出されていたり、

その逆もあったりするらしい。


 そんなことを説明を聞き終わって、

その若い女は思い返していた。

「そういえば、このアパートを借りる時、

 部屋を空けることが多い時間帯とか、妙に詳しく尋ねられたわ。

 まさか、こんなことをしていたとはね。」

その女の子が頷いて話を続ける。

「あたしの場合は、

 いくつもアルバイトを掛け持ちしてるから、

 家にいられる時間が短いの。

 家には、寝るために帰れるだけでいい。

 だから、

 同じく留守がちな、

 きみの部屋を使わせてもらうことにしたの。

 もちろん、

 きみが部屋を使う時間帯の帰宅は避けてるわよ。

 きみがいない時間帯に帰れるようにシフトを組むの、大変なんだよ。」

その女の子は、自分の言葉にうんうんと頷いている。

しかし、その若い女は、

憮然とした表情で言い返した。

「私は、そんなの頼んでないわよ。

 そもそも、それって不法行為よね?

 警察に突き出されてもおかしくない。」

「それはそうだけど・・・。」

その若い女の子は、

真剣な表情になってその若い女を見つめた。

「あたし、病気の妹がいるの。

 手術のためには大金が必要で、今は少しでも多くお金が欲しいんだ。

 そのために、進学も後回しにしてる。

 それでもお金が足りなくて大変なの。

 でも、

 よくない商売をしたり、借金を作ったりしたら、

 妹や両親を悲しませちゃう。

 だから、

 少しでも倹約しようと、

 きみの部屋を間借りすることにしてしまったの。

 ごめんなさい。」

その女の子は、

両手を合わせて、上目遣いで目をうるうるとさせている。

そんな健気な様子に、

その若い女は思わず、同情の念を抱いてしまった。

病気の妹がいるというのは、その若い女も同じだった。

進学に苦労しているところまで同じ。

その若い女には、

その女の子の苦労が、痛いほどよく分かる。

かくいう自分も、

家賃の安さに惹かれて、

こんな曰く付きのボロアパートに住んでいるのだから。

目の前にいる女の子は必死で、悪い子には見えない。

もしも、

何か良からぬことをしようと思っていたのなら、

今まで見つかっていなかった間に、窃盗でもなんでも出来ただろう。

それをしなかったのはきっと、根はいい子なのではないか。

その若い女が、思っていたことを言葉にして漏らす。

「あなたにも、病気の妹さんがいるのね。

 私も同じよ。

 実は私も、病気の妹がいるのよ。

 私も、病気の妹の手術費用と進学費用を貯めている最中なの。

 私達、お互いに似た境遇なのね。

 ・・・仕方がないわね。

 分かったわ。

 あなたも、この部屋に住んでいていいわよ。」

自分と似た境遇の女の子を、黙って追い出すわけにはいかない。

その若い女は、

元来の人の良さも手伝って、

とうとう折れてしまった。

その返事を聞いて、女の子は飛び上がって喜んだ。

「本当!?

 ありがと!

 これでもう、寝床に困ることは無くなるよ。

 きみも早くお金が貯められるよう、あたしが協力するからね!」

そう言って前のめりになる女の子の顔の前に、

その若い女がピッと指を立てた。

「ただし!

 私のプライバシーには踏み込まないでね。

 女同士でも、他人に知られたくないことだってあるんだから。」

「しないしない。

 プライバシー侵害なんて、考えたこともない。」

女の子は、にこにこと笑顔で応えた。

その若い女は、軽くため息をついた。

「勝手に人の部屋に住み込んでおいて、調子が良いんだから。

 それと、条件はまだあるわよ。

 家賃と光熱費、いくらか入れてもらうからね。

 その代わり、

 もう隠れて生活しなくてもいいわ。

 私が部屋にいる時に帰ってきてもいいわよ。」

「うん、ありがと。」

そうして、

その若い女と女の子のふたりは、

同じアパートの部屋で、共同生活をするようになった。


 そんなことがあって。

その若い女と女の子が、

同じ部屋で生活するようになって月日が経った、ある日。

明かりが灯ったそのふたりの部屋に、

玄関の鍵を開けて入ってくる人影があった。

その人影は、部屋の中に入ると、

眩しそうに辺りを見渡しながら、しわがれた声を出した。

「・・・また、

 勝手に明かりが点いてるわねぇ。

 確かに消しておいたはずなんだけど。」

玄関から入ってきたのは、

その若い女でも女の子でもない、

このアパートの大家である、老婆だった。

老婆は、鼻をスンと鳴らして、

部屋の中を見渡した。

「明かりが点いてるけど、

 他に荒らされた形跡はなさそうだねぇ。

 この部屋の住人の女学生さんふたりが、

 手術を受けるためにしばらく留守にするっていうんで、

 部屋の鍵を預かったんだけど。

 この部屋に、

 自分たち以外にも人がいる気配がするっていう話、

 あながち、気の所為でもなさそうだねぇ。

 こんなことがあるから、

 ご近所から、お化け屋敷アパートなんて言われちゃうんだよねぇ。

 大方、

 どこかの隙間から野良猫でも入り込んだんだろうけど。」

そんな言葉を漏らして、

それから老婆は、目元を拭いながら言った。

「それにしても、

 ふたりとも揃って手術を受けられることになって、よかったねぇ。

 なんでも、ふたりとも、

 亡くなったお姉さんの名義で、

 手術費用を遺してくれてあったのが、

 最近になって突然、見つかったんだとか。

 そのおかげで、

 こうして手術を受けられるようになるだなんて。

 病気を抱えた女学生ふたりが、

 同じアパートで共同生活するようになって、

 そのふたりがふたりとも、

 亡くなったお姉さんから手術費用を工面して貰っただなんて。

 これも何かの縁かねぇ。

 あの子達がいつ退院してきてもいいように、

 部屋を整えておかないとね。」

それから、

大家である老婆は、

部屋の明かりを消して出ていった。


 大家である老婆が出ていったその部屋で、

誰もいないはずの部屋に、また明かりが灯る。

その若い女と女の子が暮らすその部屋からは、

今日もふたりの楽しそうな声が聞こえてくるのだった。


終わり。


 出かける時に部屋の明かりを消したはずなのに、

家に帰ると点いている。

よくある体験を元に、この物語を書きました。

十中八九、ただの消し忘れですが、

もしかしたら、

自分の他に誰かが住んでいるのかもしれません。


お読み頂きありがとうございました。


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