ちょっとイライラ
神田律子は派遣社員。まだ仕事ができないでいる。
一人娘の雪は学校が再開しており、夫の陽太もリモートワークから出勤に戻った。
そのせいで一人で家にいて、ボーッとしてしまう事が多くなっている。
(いかん、いかん。何かしないと)
掃除、洗濯、スーパーへ買い出し。それでもすぐにする事がなくなる。
幾人かできた派遣友(律子はそう呼んでいる)にLINEをすると、皆仕事中で、会話ができなかった。
(仕事を選び過ぎなのかな?)
大きな溜息が出てしまう。
母親に電話をしても、GOTOトラベルを利用して実家の旅館に行ったらしく、すぐに切られてしまった。
律子達は結局出遅れたせいで、予約ができなかったのだ。
(親戚なんだから、それはそれとして、受け入れてくれてもいいじゃん)
そんな時だけ血縁関係を主張する身勝手な律子である。
派遣会社のサイトにアクセスして、仕事を探してみた。
しかし、自分にできそうな仕事がない。いいなと思うと九時六時で、時間的に無理。
勤務時間は相談できるとは言え、実際にはフルで出られる人が優先的に採用される。
それは仕方のない事だとは思うが、やはりちょっと納得できない。
「あ」
ふと気づくと、三時になっていた。慌てて夕食の献立を考える。
夫は帰りが遅くなり始めたので、温め直すだけでいいおかずがいい。
雪は育ち盛りだから、栄養満点のものがいい。
悩ましいものだ。
「ただいまあ」
しばらくすると、雪が元気よく帰ってきた。
「お帰り」
律子はようやく話を聞いてくれる人が現れたと思い、
「夕飯、何がいい?」
「何でもいい」
「何でもいいが一番困るの。何でもいいから、何か決めて」
「だから何でもいいよ」
雪はイラッとした様子で自分の部屋に行ってしまった。
「ああ……」
毎日これの繰り返しなのを思い出し、律子はまた大きな溜息を吐いた。
(面倒だから、レンチンで済ませちゃおう)
律子は冷蔵庫からレンジで温めるだけの食材を取り出して、調理を始めた。
皿に盛り付けると、いい匂いに誘われたのか、雪が部屋から出てきた。
「さっきはごめん」
律子が言うと、
「何の事?」
キョトンとされ、拍子抜けした。
「おかず、それでいいよね」
「何でもいいって言ったんだから、文句は言わない」
雪はニッコリした。
「可愛いねえ、雪は」
律子が頭を撫でると、
「ああ、もう、やめてよ!」
ムッとされてしまった。
夕食をすませ、二人で風呂に入っていると、陽太が帰ってきたらしい物音がした。
「風呂入ってるのか? 不用心だぞ、玄関の鍵、開いてたからな」
陽太の声に律子はギクッとした。
「あたし、閉めたよ」
雪が言う。律子はますます不安になった。慌てて風呂を出て、陽太に問いかけた。
「ホントに鍵開いてたの? 雪は閉めたって言ってたよ」
「そんな嘘吐くかよ。開いてたよ」
律子は浴室から出てきた雪を見た。
「だって、閉めたもん!」
雪は泣きそうになっている。
「雪が閉め忘れたとは言ってないよ。どうせ、ママが忘れたんだよ」
雪を溺愛している陽太が猫撫で声で言ったのを律子は聞き逃さなかった。
「どういう事よ!? 私が忘れたって言うの?」
律子が詰め寄ると、陽太は封書を見せた。
「これが玄関の靴箱の上にあったぞ。ママが郵便受けから取ってきたんじゃないのか?」
律子はあっと言ったきり、固まってしまった。
「ほら、やっぱりママが犯人だったろ?」
陽太は雪にドヤ顔をしてみせた。
「ホントだ」
雪がクスクス笑う。バツが悪くなった律子は、
「ごめんなさい」
口を尖らせたままで仕方なさそうに謝った。
「ママ、気をつけてよね」
雪に念を押され、
「はい」
ますますしょんぼりしてしまう律子であった。