序章
きっと、彼は骨から美しい。
容姿の美醜の基準なら国や文化によって異なり、時代とともに変遷を繰り返している。そのうえ個人の嗜好如何で良し悪しに差がつく、あやふやで流動的な感覚にすぎない。
しかし幸子は、目の前の愛人に初めて抱かれた今、彼の血肉の奥に軋む骨の美しさから感じずにはいられない。
あお向けにされた彼女は、覆い被さる雄々しい裸体におずおずと手を回した。――タケシは背が高い。二の腕は逞しく足はすらりと長く、引き締まった首のつけ根のくぼみから、左右に伸びた鎖骨が隆起している。背中に張り出した肩甲骨と筋肉のしなう動きに合わせて、思いのほかきめの細かい皮膚は青く濃い匂いを毛穴から放つのだ。いくら鍛えあげたところでこうはならない。圧倒的な肉体美は、均整のとれた骨格があるからこその賜物である。
彼女のほうからせがんだというのに、幸子は今さら下半身を毛布で隠そうかと躊躇っている。腰まわりならタケシのほうが細く、まるで不釣合いな対比に怖気づいた彼女の焦りはしかし興奮と絡まりあい、こらえきれない欲求が開いた襞を敏感にさせる。
間接照明がぼんやり灯った部屋の中、彼は微笑むと、貧相な乳房のつぼんだ先端に唇をよせた。
「幸子さん」
低く湿った声は、咽喉と高い鼻梁で反響させているに違いない。
僅かな明かりを弾いて汗が光る。潤みをえぐった長い指に悲鳴をあげると、彼女はたまらず愛しい頭部を抱きよせた。日本人離れした小振りの顔によく似合う長い睫毛が、幸子の耳朶に触れてはくすぐる。恍惚として痺れかけた彼女の脳裡に、いじらしいほどに白く、象牙のように艶めいて硬質な彼の中身が浮かび上がった。
しかし希有な姿を鮮明に思い描けたとしても、悦びに気が遠のく瞬間決まって彼女の眼にかすめるのは、赤茶けた顎を開けた、いびつな骸骨なのだ。
濡れた土の詰まった眼窩が、幸子と向きあう。
「ねえお願いタケシ愛してる」
たまらず叫んだのは骸骨をふり払いたいためだけではない。
「僕もだよ。幸子さん」
愛人の声を合図に、闇が瞼を覆った。