情報源
「ねえ、新しいのってさ、これとどう違うの?」
と妹が自分のを差し出すと、
「ああ、それはね──」と兄は切り出した。
彼女自身がスマートフォンに詳しいわけではなくて、兄の受け売りであった。電子機器全般についてもそうで、興味がないことはないのだけれど、気になるには何かキッカケがいる。
で、必要なときには兄に甘え、兄妹仲は悪くないものの普段はそう喋るわけでもなかったが、訊けば優しく教えてくれたし、その日も、質問すると期待以上に答えてくれたのだった。
自分でも調べてみることはした。
──ふーん。
全部を理解するつもりはもとからなくて、新機種の注目ポイントを記したところや、紹介記事の最後にあるまとめの箇条書きなどのわかりやすそうな箇所を中心に、何度か読み返した。
それでも読んでいる最中は知識が増えてゆくような気がしたけれど、読み終ってからしばらく経つとほとんど頭に残っていない。言葉の響きを覚えているばかりである。
「進化した」、「最も先進的」、「最も賢い」、「最もパワフル」、「夢中になれる」等のキャッチコピーは、眼や耳には心地良いが、それだけでは何のことだがわからない。
でもそれらの言葉は嫌いではないし、むしろ惹かれもして、最上級をそのまま信じるだけでも良かったが、その理由も気になった。
──夢中になれる。
どこにでもありそうなフレーズにもやっぱり惹かれてしまう。お兄ちゃんなら知っているかもしれない。
柚菜も自分の好きなもの、ファッションやメイク、外国語のことであればいくらでも頭に入って来たし──ことにメイクは校則に引っかからない方法や、校外活動のための知識をいろいろ仕入れていて──話は違ってくるのだけれど、いずれにしろ、スマートフォンについては兄の意見に従った方が速いのである。彼女はそう勘定していた。
初歩的なところから始まった様子の講義は、これまでの機種の機能と対比させつつ、具体例も引きながらの親切なもので、彼女にもわかりやすかった。
が、少しずつ専門用語が増え始めたあたりから、話は抽象性を帯びてゆき、柚菜はある地点でつまずいてしまうと、その後はもうついて行けなくなった。
それでも妹は兄の話を遮ることはしなかった。
解説する顔はどこか誇らしげでもある。話し方もいつもより丁寧だし。言っていることはよくわからないけれど。柚菜は先生を思い出してちょっと可笑しかったが、難しいことを言葉そのもので理解しているらしいことや、自分にはまったく閉ざされている知識が兄には開かれているのかと思うと、素直に尊敬した。
講義が終わると、頭が良くなったような気がしたものの難しいところは依然わからずにいて、彼女はその考えを避けていたけれども、自分で調べたときからさほど進んではおらず、初心者のままだった。
──お兄ちゃんには簡単なことなのかな。
執筆環境が不透明なウェブサイトの情報も、同じことを身近な人から聞けば信じられたし、自分の知識になったとはいえないまでも、周りに話してもいいような気がした。
『ねえ、それってどういう意味?』とは訊かなかった。自分でいろいろ知っている必要もない。知りたいことは眼の前にインプットされている。新たな情報が生まれればすぐにアップデートされるだろう。欲しいときに引き出せばいいのだ。
柚菜は兄の話を聞きたかっただけだし、流暢に説明してくれるその人が、喋っていることを本当に理解しているのか、とは考えなかった。
──それにしても。
こうも知り尽くしている兄が、その最新機器を使わずに、どうして古いので済ませているのかと疑問ではあった。親への遠慮? 契約期間? 違う気がする。しかしそれを訊ねたところで、納得できる答えはくれそうにもなかった。
以前、日本の一都市に妙に詳しかった兄に、
「旅行にでも行くの?」と訊いたところ、
「何で? 行かないよ」と返されて、それで終わったことがあった。
──あの時の感じに似ている。
不思議ではあったけれど、自分がスマートフォンを選ぶのとは別のことであるし、それ以上踏み込んでも前と一緒と思って、追求はしなかった。