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9話 授業初日

 魔法力測定の後は更に五教科の実力テストが待っていた。藤月学園は入試がない為それぞれの生徒に学力の差が大きい。まずはそれぞれの生徒がどのくらいの学力があるのか調べる必要があり、中等部からの生徒も含めて全員でテストが実施されたのだ。


 そして長く辛いテストが終われば今日の授業は終了だ。時音は他のクラスメイト達と共に寮へと向かい、預かってもらっていた荷物を手にこれから三年間を過ごす部屋の扉を開けた。



「うわ……すごい」



 寮の部屋は思わずそう感嘆の声を上げてしまうほど設備が整っていた。

 トイレは勿論浴槽のある風呂も完備、簡易キッチンに冷蔵庫やテレビ、パソコンなどの家電も置いてある。これで一人部屋である。寮生活は初めてだったが、本当に一人暮らしをするような感じだ。

 学校の設備も整っており、これで学費が公立高校と変わらないというのだから恐ろしい。



「藤月ってすごい……そういえば、何か政府がどうのって言ってたもんなあ」



 逆に言えばここまで躍起になって魔法士を集めたいということだろうか。時音はそんなことを考えながら重たい荷物をカーペットの上に置くと、そのままごろりとベッドに横になった。

 途端に思い出したかのように体に疲労感がのしかかる。彼女はそのまま目を閉じると、先ほど潤一に言われた言葉を改めて頭の中で繰り返した。






「影人の動きを止めた時にまさかとは思ったが、本当に時属性だったとは」



 測定も全て終わりテストが始まるまでの間少し残るように言われた時音に、潤一はやや動揺しながらそう言って状況をいまいち理解していない時音に説明をしてくれた。


 時音の魔法力の属性は時。一般的な火風水土、および少し珍しい光闇とも全く違いその属性は詠の星属性と同じくらい希少な存在らしい。

 ただ星属性と違うところもある。あちらは真宮寺家の一世代に一人は必ず星属性が生まれるのだが、時属性は遺伝もせず滅多に発現することのない属性だということだ。


 時属性とはその名の通り、時間の流れを操ることが出来る力だ。以前影人を止めたのは、影人のみの時間を完全に停止させてしまったからだろうと潤一は話した。

 特別な属性だと言われ、クラスメイト達からも驚かれた。すごい力だと潤一にも言われた。しかし時音にはまだそんな自覚もなく、今の彼女にはそんなことよりもずっと大きな問題が心に突き刺さっていた。



「怜二……怒ってたなー」



 時音が自分よりも特別な属性を持つと知って、魔法力を大きく上回った御影と同じように強く睨まれた。電車内での喧嘩、時音の嫉妬によってそれが悪化し、更に今回の属性によって怜二との関係に止めを刺されてしまった感じだ。タイミングが悪すぎる。

 今までは時音が謝れば怜二はすぐに許してくれて仲直り出来たが、今回は少し違う。怜二は自分よりも優れた人間を毛嫌いしている。今の時音が謝ってもきっと「俺を憐れんでいるのか!」とキレられること請け合いだ。

 何で自分はそんな男が好きなのだろうと時音が溜息を吐いて手にした懐中時計を手持無沙汰に弄んでいると、鞄に入れていた携帯が小さく音を立てた。



「……お母さんだ」



 携帯を取り出して画面に表示されていた名前を見た時音は少し安堵しながらそれを耳に当てる。するとすぐに今朝聞いたばかりの母親の声が聞こえて来た。



「もしもし」

『時音? 学校はどう?』

「さっき終わったよ、今寮にいるの。何かすごく綺麗だし設備も整ってるしマンションみたい」

『へー、いいわねえ』

「それに学校も広くて、友達もできて……」

『……ねえ、時音』

「何?」

『あんた、何かあったの?』

「……何で分かるの」

『何年一緒にいると思ってるの』



 当然のように言われた時音は少し泣きたいような気持ちで笑った。血が繋がっていなくても、やっぱり母親なのだ。



「怜二と、ちょっと喧嘩して」

『また?』

「またって」

『だってあんた達いつも喧嘩してるじゃないの』

「でも今回はちょっと酷くて……」



 いつもならば長くて二、三日で終わるが、今回はそんな簡単にはいかないかもしれない。

 時音が落ち込んでいると、電話の向こうから呆れたような溜息が聞こえて来た。



『まったく、あんた怜二君のことが好きなら怒ってばかりじゃなくてもっと素直になりなさい』

「うん……って、お母さん何言ってるの!?」

『分からないと思ったの?』



 さらりと当然のように言った母親に、時音が思わず声が裏返った。三葉といい潤一といい、そして母親といい、自分はそんなに分かりやすいのかと羞恥で顔が赤くなる。



『あんた昔から怜二君のこと好きだったもんねえ。怜ちゃん怜ちゃんってあの子の後ろちょこちょこついて回って』

「そんなことあったっけ」

『あったわよ』

「……まあいいや。でも、何であいつなんて好きなんだろうって度々思うけどね……」



 確証を持たれているのが分かり、もう隠すのもどうかと思った時音は諦めてため息交じりに呟いた。



『怜二君結構かっこいいじゃない。まあそう言ったら潤一君も三葉君もかっこいいし、あの二人でもいい気もするけどね』

「何で二階堂家縛りなの。それに潤一さんは流石に離れ過ぎてるって」

『そう? じゃあ三葉君は?』

「三葉君は弟みたいなものだし」



 本人に言ったら「こんな頼りない姉は嫌です」とかきっぱりと言われそうだが。



『まあでも、そんなに簡単に乗り換えられたらとっくに変えてるわよね』

「……うん」



 時音は怜二の悪い所などいくらでも知っている。絶対に自分からは謝らないしよく怒る。すぐに人を妬んだり僻んだりして、ちょっと褒めるとすぐに調子に乗る。

 それでも時音が困っているといつも文句を言いながらも助けてくれて、泣いていると嫌いなバイオリンを弾いてでも慰めてくれる。



「……出来るだけ、早く仲直りする」

『うん。頑張りなさい』



 優しい声を耳に入れながら、時音は電話をする前よりも随分と気持ちが軽くなっているのを感じた。













 翌日、前日のテストの結果がもう配られた。マークシートだと言っても随分と早い。



「……うん、まあ」



 こんなものだよね、と時音は五教科の点数を眺めて小さく呟いた。可もなく不可もなく、と言ったところだ。特別成績が悪い訳でもなく、かと言って上位争いに参加できるような学力もない。



「うわー、相変わらず甲斐はすごいね」



 時音が鞄にテスト結果をしまい込んでいると、少し離れた場所に居た詠が歓声を上げた。どうやら華凛と共に甲斐のテスト結果を覗き込んでいるらしく、釣られて時音も近寄った。



「どうしたの?」

「あ、時音。甲斐ってばすごいんだよ。一位だもん」

「一位……」

「鈴原君中等部の時からいつもトップだったんだよ」



 すごいすごいと詠と華凛に褒められている甲斐は相変わらず無表情だが、少々落ち着かないように視線を泳がせている。照れているのだろうかと時音が考えていると、すぐ後ろで「すげー!」と御影の大きな声が聞こえて来た。



「怜二二位じゃん、すげー頭いいんだな!」

「煩い見るな!」

「何だよ俺なんて殆ど最下位で――」

「お前の順位なんてどうでもいいっ! くそ……何でいつもいつも」



 ふるふるとテスト結果を持つ手を震わせながら怜二が唸り、そして詠と華凛に囲まれている甲斐の背中を恨めしげに見ている。



「……本当に二番に愛されてる」



 思わず呟いてしまった時音の声を聞き逃さなかった怜二は瞬時にぎろりと彼女を睨んだ。








 今日から通常の授業が始まる。この学園では現代文、数学などの一般的な教科に加えて、絶対に普通の高校ではあり得ないような教科まで存在する。そしてそのあり得ない教科の一つである「魔法・世界理論」の第一回目の授業は初日の三限目に行われた。



「高等部から入って来た生徒もいる為、最初の方は中等部の復習になる」



 中年の男性教師が第一声にそう言って始まった授業は、正直言って時音にとって物語でも聞いているかのような気分になった。


 この世界には表と裏が存在する。表世界が光ならば、裏世界は闇。どうして裏世界が作られたのかまだ分かっておらず、世界中で裏世界と繋がっている次元の裂け目が発見されている。

 そしてそこから裏世界の住人、影人は現れる。彼らは表世界を侵食しようと闇に紛れてひっそりと現れ、表世界の人間を殺したり攫ったりしている。物理的な干渉が殆ど出来ない影人を倒せるのは、彼らに対抗する為に特殊な力を持って進化した人間のみ。それが魔法士なのである。



「……」



 時音は教師の声に耳を傾けながらもまるで現実味がない、とぼんやりと考えていた。以前潤一からも少し聞いたが、それでも目を回しそうだ。

 しかし資料集を見るように指示されたページを捲ると、そこには前に一度だけ彼女も見たことのある人間の形に黒く塗りつぶされたような人影の写真が載せられていた。

 改めて写真で見ると、あの時の記憶が明確に思い出されてくる。



「これが、影人……」



 確かに時音もはっきりと目撃し、そして襲われたものだった。作り話のようでいて、しかし本当に存在するものなのだ。



「さて、そんな風に影人に対抗できる魔法士だが……力を持っていても上手く使いこなせなければ意味がない。次の時間、高等部から入学した生徒は特にしっかりと基礎を身に着けるように」



 教師の言葉に時音は壁に貼り付けてある時間割表をちらりと確認した。


 次の授業名は『魔法実技訓練』。つまり、実際に時音も魔法とやらを使わなければならない時間なのである。



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