8話 魔法力と属性
「裏世界の侵攻はゆっくりだが徐々に広がって来ている。今は数が少ない影人だが、それがより増えることも今後勿論想定されることだ。その為に、影人と戦う力を求めて政府は魔法力を持つ人間をこの学園へ集めた」
大きな講堂で執り行われている藤月学園の入学式。その中で学園長と名乗った老人は、真面目な表情で生徒達を見ながら、まるで演説をしているように身振り手振りを交えてマイクに向かって訴え掛けていた。
政府の命令で魔法士を集め影人と戦わせるという学園長は、しかしそこで一旦言葉を区切り、真剣な表情を崩して優しい笑顔を作った。
「だがそれだけではない。君達の力は影人を倒す為だけではなく、君たち自身の為に使っていいんだ。その才能を伸ばし君達の望む将来の為に役立てるように、この藤月学園は全力でサポートしよう。君たちの可能性は、無限大だ。――改めて言おう。皆、藤月学園へ来てくれてありがとう」
自然と講堂に拍手が響き始める。時音も釣られて手を叩きながら、これからの三年間のことを思って心臓を高鳴らせていた。
入学式が終われば全員の移動が始まる。新しくできたクラスメイト達と一緒に研究棟を訪れた時音は、ざわざわと騒がしい周囲の中で集められた部屋の中を観察した。
部屋の中は様々な機械に取り囲まれており、広い部屋だというのに妙に圧迫感を覚える。そして一番目を引くのは、目の前に鎮座するまるで電話ボックスのような形状のガラス張りの大きな機械だ。二つあるそれはそれぞれがパソコンに繋がっており、時音は一体何をするものだろうかと首を傾げた。
「皆、待たせた」
「あ」
と、話し声でいっぱいになっていた部屋の扉が開き、二人の男女が入って来た。途端に生徒達は静まり返り、入って来た教師に一斉に視線が向く。その中で時音は最初に入って来た男性教師を見上げて小さく声を上げていた。
「今日から君達のクラス担任になる、二階堂潤一だ。よろしく」
朗らかに人好きのする笑みを浮かべて名乗ったのは潤一だった。反射的にちらりと人混みの中で怜二の方に視線を向けると、想像通りだが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「それからこちらは、副担任の伊波先生だ」
「初めまして、新任の伊波亜佑です! 教師としては未熟だけど、頑張ります!」
そして潤一の後ろから入って来た若々しい女性教師は、彼に場所を譲られて緊張しながら、しかし大きな声で挨拶をした。
「これから魔法力の測定を行う。新たにうちに入って来た生徒は当然、中等部から上がって来た生徒も魔法力の増減が見られる可能性があるため、全員受けてもらうことになる」
潤一はそう告げると、「じゃあまず持ち上がり組から先に測定を始める」と言って目の前に居た男子生徒を一人指名して電話ボックスのような機械の中に彼を招いた。
「ねえ、魔法力の測定って?」
二階堂家で一度血圧計のようなものは着けたが、今回とは違うようだ。そう思った時音が新しく知り合ったクラスメイト達に疑問を投げかけると、「そっか、時音ちゃんは初めてなんだ」と頷いた華凛が機械の方を振り返って話し始めた。
「あの機械の中に入って全身のデータを取るんだけど、そうすると自分の持っている魔法力の量やその属性が分かるの」
「属性って……えっと、何か風とか水とかあるんだっけ?」
「そうそう。魔法力は遺伝するけど、属性は遺伝しないから測ってみないと分からないの。ちなみに私は水属性で……あ、私呼ばれたから行くね」
常盤、と潤一に呼ばれた彼女はひらひらと手を振って機械の中へ入っていく。そのまま扉が閉められてガラスの中に光が瞬いたかと思うと、ピピ、と音を立てて機械の上部に水色のライトが点灯し、更にその隣の細長いバーの光が横に伸びていく。よくみればそれには目盛りが付いているようで、恐らくそれが魔法力の量とやらを計測しているのだろうと時音は思った。
半分よりもやや手前でバーの光が止まる。時音がそれを見ていると、傍にいた詠が気付いて「あれはね」と説明を始めてくれた。
「横長のバーの方は魔法力の量、それから水色の光は属性を表示してるの。華凛は水属性だから水色、後で甲斐が入れば火属性だから赤色が光るはずだよ」
「へー、華凛は水で、甲斐は火属性なんだな! じゃあ詠は何属性なんだ?」
時音が成程、と頷いていると、傍でその話を聞いていたらしい御影が興味津々と言った様子で身を乗り出して来た。初対面で華凛を呼び捨てにしたのを初めとして、他の面々も同じように早速名前で呼ぶ御影は、見るからに人懐っこい人間のようだ。
「あ、あたし? ……いや、その」
しかし同じように快活な雰囲気の詠は、御影の質問に一瞬言葉を詰まらせて黙り込んだ。そしてちょうどそのタイミングで「真宮寺さん!」と亜佑に呼ばれて慌てたように時音達から離れて行った。
「……俺、何か悪いこと聞いたか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
不思議そうな顔をした御影が首を傾げると、甲斐が無表情を僅かに崩して眉を顰めた。何かあるのだろうかと時音も甲斐を見上げていると、測定を終えた華凛が戻って来るのが見えた。
「ただいま、何かあったの?」
「何でもない」
「そう?」
首を傾げた華凛が先ほどまで自分が入っていた機械を振り返る。ガラス越しに詠を見つけた彼女は「あ」と小さく声を上げ、機械の光が点灯するところをじっと見つめる。
属性が表示されると先ほど詠に教えられたそこは、何故か扉が開かれるまで一度も点灯することはなかった。
「あれって何属性なの?」
「あれは……特別なものだよ」
「特別?」
「基本的な属性は火、水、風、土の四つなんだけど、たまに珍しく光属性と闇属性の人がいるの」
「特別っていうのは、その光か闇のどちらかってこと?」
「ううん、詠の場合それよりも珍しい属性で、六つの属性以外の場合は光らないんだって」
「?」
「あいつは……星属性だ」
「星?」
「星詠み……まあ、簡単に言えば占いや未来予知ってとこ!」
「あ、詠」
いつの間にか戻って来たらしい詠が甲斐の言葉を補足するように明るい声で話に入って来た。
「うち……真宮寺は魔法士とかが発見される前からそんな体質でね。普通の属性は遺伝しないんだけど、うちには必ず一人は星属性の人間が生まれるの。……まあ! あたしは去年発現したばっかりで全然使いこなせてないんだけどね!」
あはは、と笑う詠は今日初めて会った時音ですら見抜けるくらいの作り笑いだった。
周囲の視線が詠へ向き、口々に何か噂されているのが分かる。それが良い噂なのか悪い噂なのかまでは、時音には分からなかったが。
「まあ、あたしのことはいいじゃん。……ところでさ、二階堂先生ってかっこいいよね!」
「う、うん。そうだね。中等部の時から色々と話も聞いてたし」
強引に話題を変えた詠に乗っかるように華凛が頷くと、更に甲斐が続けて「魔法の扱いが教員の中でもずば抜けているらしいな」とぽつりと呟いた。
やはり潤一はこの学校でも相当優秀な人なんだな、と時音が潤一の方を見ていると、ふと隣に居た御影が「あれ、二階堂って……」と考えるように口元に手を当て、突然ぐるりと後ろを振り返った。
そして少し離れた場所で眉間に皺を寄せている怜二に、御影は大きな声を上げて尋ねたのだ。
「なーなー、怜二の苗字って二階堂だったよな。ってことは先生の弟なのか?」
「っ誰が! 誰があんなやつの弟だって!?」
「あ、やっぱりそうなんだなー」
御影に負けないくらいの大きな声で怒鳴る怜二に、「あの馬鹿……」と、時音は消え入りそうな声で呟いて頭に手をやった。怜二は兄弟だということを隠したがっているようだが、その発言ではどう考えても兄弟だと認めているようなものである。
案の定御影は怜二の怒鳴り声にも全く怯まずに頷いており、そして他のクラスメイト達も「先生の弟だって」と話しながら怜二に注目している。
「鈴原……これで持ち上がり組は最後だな」
怜二がぐぬぬ、と顔を歪めている間にも潤一はさっさと測定を続けている。最後に甲斐が呼ばれて機械の中に入ると、先ほど詠が言っていた通りライトは赤く光り、そして魔法力は半分よりも少し伸びた所で止まった。
「二階堂君」
そして次からは高等部からの生徒の測定に移行する。すぐに亜佑に名前を呼ばれた怜二は不満げな表情のまま、しかし潤一に呼ばれるよりはましだと思ったのかさっさと機械の中へと入っていく。
電車の中で怜二は珍しい属性だと言っていたことを思い出しながら時音がライトが点灯するのを見ていると、ぱっと明かりがついたのは白い光だった。そして魔法力の数値は……半分を大きく越えてバーの終わり直前まで大きく伸びる。今まで見て来た中で一番の魔法力だった。
周囲がざわつく中で、時音は少し驚いた顔をしている詠達へ再度疑問を投げかけた。
「白って何の属性?」
「白は光だよ」
「光って珍しいって言ってたよね」
「ああ、光と闇は一学年で大体一人いるかいないかぐらいの確率らしい」
「へー、怜二ってすごいんだなー!」
そうこうしているうちに扉が開き、怜二が出てくる。属性の希少さと魔法力の高さに生徒達はざわつき、そして傍で機械を操作していた亜佑が驚いた顔をしながら「二階堂君!」と彼に駆け寄った。
「すごい魔法力、流石二階堂先生の弟君ね!」
あ、地雷踏んだ。
時音が頭を抱えた瞬間、怜二の顔が怒りで真っ赤になった。しかし教師の亜佑に怒鳴ることも出来なかった彼はぎりぎりと強く歯を噛みしめながら鋭い視線で潤一を睨み付ける。そしてそんな弟に潤一は小さく苦笑するだけだった。怜二に睨まれるのはもう慣れ過ぎている。
亜佑と同じような感想を呟く周囲を全て敵視するように睨みながら怜二が戻って来ると、御影が笑顔で「すげーな怜二!」と苛立つ彼を全く気にせずに話し掛けた。
「黙れ! どうせ俺は――」
「二階堂君、光属性なんだね。私光属性の人って初めて見たよ」
「……そ、そうか? ま、まあ俺はすごいからな!」
御影の言葉には噛み付いた怜二だったが、続いて華凛が話しかけると彼は途端に機嫌を直して笑い始める。
「……」
「時音、どうかした?」
「え? いや、なんでも……」
怜二の機嫌を直すのはいつも時音の役目だったというのに。無意識に機嫌を急降下させた時音を不思議そうに見た詠と甲斐に時音は、あはは……と乾いた笑みを浮かべながら首を振った。
「次、椎名君」
「あ、俺呼ばれたから行くなー!」
続いて御影がわくわくした様子で機械へと向かう。時音達と同じく高等部から入った彼も測定機を使うのは初めてなのだろう、亜由に促されて扉の中に入った御影は興味津々できょろきょろと機械の中を眺めている。
「椎名君はどんな属性なんだろうね」
「どうだろう……あ、測定始まったよ」
機械が駆動音を出し始める。時音達が一体何色になるのかと思いながらそれを見つめていると、突然ガガ、と機械が異音を発した。
そして次の瞬間、紫色のライトが点灯すると同時に、ピィィィィッ! とまるで薬缶の湯が沸騰したような甲高い音が室内に大きく響き渡った。
「うわっ」
「何だこの音!」
思わず誰もが耳を押さえる中潤一は慌てて立ち上がると、あわあわと焦る亜佑の元へ急ぎ、機械を操作してその音を止めた。そして御影が入っていた機械の扉を開け放った。
「えーと……先生、何だったんですか?」
つんざくような音が鳴り止むとその後には逆に耳が痛くなる程の静寂に包まれる。そんな中首を傾げて機械から出て来た御影は、きょとんとした顔で傍にいる潤一を見上げた。
「……属性は闇、魔法力は……測定不能、だ」
「測定不能って」
「つまり、通常の装置では測ることが出来ないほど椎名の魔法力は高いんだ」
闇属性、光と同じくらい珍しいものだ。そして何よりも、機械がエラーを起こしてしまうほどの魔法力。
「ただいまー。なあ、何か俺も結構珍しかったみたいだ」
「黙れ!」
「ん? 怜二、何怒ってるんだよ」
つまりそれはある人物の劣等感を刺激するにはうってつけだった。属性の希少さは同じでも、先ほどまで怜二が一番高かった魔法力でこうも差を見せつけられれば当然こうなる。
戻って来た御影はそんな彼の態度を見ながら「お前よく怒るなー」と呑気に感想を口にしていた。
「周防」
平然としている御影に少しずつ周囲のざわめきが戻って来ると、ようやく時音の名前が呼ばれた。少し緊張しながら潤一の元へ向かうと、そんな時音に気付いたらしい彼は「そんなに緊張しなくていいから」と小さく笑う。
「ただ機械の中に居ればいいんですよね?」
「ああ。リラックスしてればいいよ。すぐに終わるから」
潤一に促されてガラスの扉の中に入った時音は、少し不安げな表情を浮かべながら自分を見るクラスメイト達を見返した。
この期に及んでも、時音はまだ本当に自分が魔法を使えるかなんて確証も持っていない。御影は力が強すぎて測定不能だったが、むしろ以前の測定は間違いで全く魔法力が測定できなかったとしたら。
時音がそんなことを考えていると、突然目の前の生徒達の顔色が変わった。
「え?」
時音が首を傾げるが外の音は聞こえないので分からない。一様に驚いたような顔を見せる生徒達に時音の不安が煽られる。もしかして本当に魔法力なんて無かったのではないかと。
時音の動揺をよそに扉が開かれる。すると急に周囲の音が戻って来て、彼女は一体何を言われているのか気になりながらも傍にいる潤一を見上げた。
「……二階堂先生、結果ってどうだったんですか」
そして潤一もまた、他の人間と同じく驚いたような顔をしていた。「今年の一年は……」と小さく呟いたのが時音にも聞こえて来る。
「あの、先生!」
「あ、ああ。時音ちゃ……じゃない、周防。結果だが」
潤一が言い間違えるなど相当動揺している証拠だ。時音はそんな潤一に一体何があったのかと思いながらも、無意識のうちに助けを求めるように怜二の方へ視線を向けていた。
「え――」
時音の方を見ていた怜二とすぐに目が合う。しかしその時の彼は以前時音に魔法力があると言われたあの時のように、酷く歪んだ顔で彼女を睨んでいたのだ。
「魔法力は平均。ただ……属性は」
潤一は暫し言い澱むように黙り、しかしすぐに時音の目を見てはっきりと告げる。
「時。――今までの魔法士の中でも数人しか発見されていない、特別な属性だ」