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番外 誕生日プレゼント

 それは、異様な光景だった。


 狭く圧迫感を覚える室内には二人の男が無言で顔を合わせていた。片や凍り付く様な冷たい表情を浮かべ、そしてもう一人は何かを企むような意味深な笑みを浮かべている。

 ましてやその正反対な表情の二人が同じ容貌をしているのだから、居合わせた監視官は思わず二度見してしまった。



「……それで、何なんだお前は」

「あ、そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。俺は椎名御影――」

「それくらい知っている」



 へらっと笑って名乗り始めた御影に対峙する男――彰人は苛立たしげに舌を打った。

 面会に来た人間がいると言われてやって来たというのに、現れたのはちっとも予期していなかった少年――しかも、よりにもよって自分と同じ顔の男だった。

 自分に会いに来る人間などもうこの世には一人しかいないと思っていたのに一体何の用かと御影を見るが、彼はただ楽しそうに笑うばかりで話が進まない。自分と同じ顔でにやにや笑うのが不愉快で、つい眉間に皺が寄った。



「やだなあ、何でそんな怒ってるんですか?」

「顔が癇に障る。その顔で笑うな」

「それはちょっと理不尽じゃないですかね……」

「それで何の用なんだ。とっとと用件を済ませて帰れ」

「いや、実は別にこれと言って用事は無いんですよね」

「は?」

「ただ一度くらいはちゃんと会っておこうかなと。一応は父親ですし?」



 一応、御影の戸籍上の父親はこの男だ。だが彼自身は彰人を特別父親として見ていないし、彰人も無論そうだ。

しかしそれでも彼が御影の元となった人物であるのは間違いないことで、更に言えば友人の父親だ。ならば一度くらい顔を合わせておこうかな、と何となく思い立って御影はここに来た。



「お前に父と言われる筋合いはない」

「ははあ、成程。時音なら大歓迎ってことです?」

「……」



 視線が更に冷たくなるのを感じながらも、御影は軽口を叩くのを止めない。



「ところで知ってます?」

「……何がだ」

「明日、時音の誕生日なんですよ」



 時音の誕生日。

 その言葉を聞いた途端、彰人は無意識に唇を噛んで眉を顰めていた。


 時音が生まれた日。それはつまり、彼女が――














「時音、誕生日おめでとう!」



 翌日の放課後、食堂では友人達が集まり時音の誕生日を祝っていた。



「皆、ありがとう」

「ほらこのケーキ、あたしと華凛で作ったんだよ!」

「美味しいといいんだけど」

「うわあ、すごい!」



 時音は目の前に差し出されたシンプルなイチゴのショートケーキに目を輝かせた。お世辞ではなく店で普通に売っていそうな見た目だ。時音の反応に詠と華凛が満足げに頷き合っていると、傍に居た御影が「俺も俺も」と手を上げた。



「俺と甲斐も手伝ったんだぞ」

「あれは手伝ったと言えるのか……。殆ど味見だけだろう」

「味見だって立派な調理の一部だって!」

「あはは……二人もありがとね」



 時音は御影達にもお礼を言って「それじゃあ頂きます」と配られたケーキを食べ始めた。

 フォークをケーキに入れるとふんわりとした感触が手に伝わって来る。中にもイチゴ以外に桃が入っていたようで、口に入れるとクリームと一緒に瑞々しい甘さで口の中がいっぱいになる。



「すごく美味しい……!」

「ホント? よかった。あ、そうだこれも」



 時音が夢中になってケーキの甘さを味わっていると、それに喜んだ華凛が鞄からラッピングされた袋を彼女に差し出した。



「私と詠から……ほら、時音ちゃんタンブラー欲しいって言ってたでしょ?」



 時音がそっとラッピングのリボンを解いて中身を取り出すと、薄いピンク色の可愛らしいタンブラーが現れた。ケーキもあるのにタンブラーまでいいのかと時音が二人を見ると笑顔で頷かれる。



「二人とも、本当にありがとう! 寮に戻ったら早速使ってみるよ」



 嬉しくて口元を緩ませながら時音がプレゼントを抱きしめるように抱える。前日には両親からのプレゼントも郵送されており、そして当日の今日はこうして皆に祝ってもらっている。



「時音」

「ん?」

「プレゼント。開けてみろ」



 こんなに幸せでいいのかな、とぽつりと零した所で今度は怜二が時音に何やら袋を差し出して来た。反射的に彼女が手に取ると何かふわりとした感触がした。



「あ、膝掛け」

「最近寒そうにしてるし、昔やったやつこっちに持って来なかったんだろ」



 怜二のプレゼントはオレンジと赤色が混ざった温かそうな膝掛けだった。確かに彼の言う通り最近は授業中足が寒くて仕方が無かったのだ。何も言っていなかったのにそれに気付かれたことに時音はますます頬を緩めてしまう。




「相変わらずワンパターンな人ですね」



 と、その時呆れた様な声が食堂に入って来た。



「三葉君」

「委員会で遅くなりました」



 高等部の食堂に現れたのは事前に御影達が呼んでおいた三葉だった。時音が意識不明の時に病室で何度も顔を合わせて他の面々とも親しくなったらしい彼は、すたすたと早足で時音達の元へやって来るとその常に冷静な双眸で一つ上の兄を一瞥した。



「一昨年は手袋、去年はマフラー、今年は膝掛け。三年でローテーションしてますよね。毎年毎年芸が無いというか」

「何だと!」

「ちなみに僕はこれです。時音さん、誕生日おめでとうございます」



 相変わらず仲が悪い、と時音が呆れていると今度は三葉がプレゼントを差し出して来た。



「三葉君ありがとう。あ、これって……」

「卓上型の小型加湿器です。寮の個室ならそのサイズでいいかと思ったので。時音さん毎年喉痛めてますよね」

「確かにそうだけど……でも高かったんじゃないの?」

「そうでもないですよ」



 小型とはいえ一体いくらしたのか。時音が若干不安になって尋ねたものの、三葉は涼しい顔で首を横に振った。



「それじゃあ俺と甲斐からはこれなー」

「これ……チケット?」



 次にプレゼントを差し出して来たのは御影だ。封筒に入っている訳でもなくむき出しで渡された二枚の紙に視線を落とすと、それは今度近くで行われるオーケストラのクリスマスコンサートのペアチケットだった。



「知り合いの先輩がついこの前彼女に振られたらしくてさー、使えなくなったからって安く買い取らせてもらったんだ」

「そ、それはご愁傷様……」

「それで、だ。時音、このクリスマスコンサート俺と甲斐とどっちと行く? 好きな方選んでいいんだぞ?」

「は……?」

「椎名貴様っ!」



 にやり、と笑って自身と甲斐を指差した御影に、時音が疑問を口にするよりも早く怜二が掴み掛かった。しかしそれはますます御影の笑みを深めるばかりだ。



「怜二、どうした? 何か文句でもあるのか?」

「お、お前には常磐が居るだろ! それに鈴原だって真宮寺が――」

「ちょ、二階堂! あたしと甲斐はそんなんじゃ」

「……」

「とにかく! お前らと行くのは絶対に認めねえからな!」

「素直に二階堂君が時音ちゃんと行きたいって言えばいいのに」

「な」

「お、華凛も言うようになったなー」

「誰かに似たのかもね」



 珍しい華凛からの一撃に怜二が顔を赤くして絶句すると、御影が「冗談に決まってるだろ」と一笑して襟を掴んでいた怜二の手を退かした。



「時音、怜二と行って来いよ。クリスマスデートでもして来い」

「怜二はいいの?」

「……別に予定はない、から……仕方ないし行ってやってもいい」

「甲斐、通訳」

「他のやつと行くな、俺と一緒にコンサートに行って――」

「だからお前それやめろ!」



 淡々とした甲斐の言葉を怜二が大声で遮る。こうやって真顔で人を揶揄うから詠に信じてもらえないんだろうな、と時音は密かに心の中で思った。



「それじゃあ、プレゼントも渡したので僕はこれで」

「え、もう?」

「ケーキあるけどいいのか?」

「すみません、僕甘い物は……それに来週模試があるので」

「そっか。三葉君、来てくれてありがとね」

「いえ」



 そう告げて三葉は早々に食堂を去ろうとする。が、その直前に一度足を止めた彼はちらりと背後を振り返り、そして一瞬迷った後に口を開いた。



「……兄さん、少しいいですか」

「何だよ?」

「こっちに」



 珍しい弟の言葉に怜二は首を傾げたが、然程気にすることなく続くように食堂を出る。

 放課後で他の生徒も通らない廊下を少し歩いた三葉はすぐに立ち止まると怜二を振り返る。その表情はいつものような冷めたものではなく、どこか怜二を睨み付けるような剣呑なものに見えた。



「それで、何なんだ?」

「時音さんと付き合い始めたらしいですね」

「げほっ」



 突き刺すように告げられた言葉に、ちょうど息を吸おうとしていた怜二が変に空気を飲み込んで咳き込んだ。



「な、なんだよいきなり! っていうかなんでお前が知って」

「椎名先輩達が言っていましたし、そもそもさっきの話を聞いていればそれだけで分かります」

「……ああそうだよ、付き合ってて悪いか」

「悪いと言いたくなりますけど、聞きたいのはそこじゃありません」

「あ?」

「兄さん……本当に、時音さんのこと好きなんですか」



 三葉の視線が鋭くなる。普段の冷静さを取り繕えなくなっている感情的な弟に、怜二は少し驚きながらも告げられた言葉を一度頭の中で繰り返した。



「……それはどういう意味だ」

「時音さんが自分を好きになってくれたから、だから兄さんも時音さんを好きになったと勘違いしているんじゃないかと言っているんです」

「はあ!? ふざけんな、そんな訳」

「違うんならいいんです。時音さんの感情を抜きにして、兄さんがあの人のことを好きなら、それで」



 三葉が一歩、怜二に近付く。そして彼は不意に勢いよく兄の胸ぐらを掴み上げた。



「おい、何を――」

「時音さんはずっと兄さんのこと好きでした。昔からずっと、あの人は兄さんのことばかり……僕だって昔から同じくらい時音さんを見てきた。だからあの人がどれだけ兄さんのことを好きか、嫌と言うほど知ってます。だから、もしそんな時音さんの気持ちを裏切るようなことをしたら……傷付けて泣かせるようなら、僕がすぐに奪ってやる」

「っ三葉……お前、まさか」

「そうされないように、精々気をつけてください。――姉さんを、頼みます」



 驚く怜二がそれ以上言う前に手を離した三葉は怜二から数歩距離を取って踵を返す。そのまま背を向けて廊下をどんどん進んでいく弟の背中を、怜二は何も言えずに立ち尽くして見ていた。

 三葉の姿が完全に見えなくなってから、彼はようやく息を吐いてぽつりと呟いた。



「……ぜってえ奪わせねえから、安心しろ」












 怜二が食堂に戻ると、相変わらず騒がしく五人が喋っていた。



「時音」

「あ、怜二おかえり。はい、怜二のやつ」



 時音の隣に腰掛けると、テーブルに残っていた怜二の分のケーキを目の前に差し出される。

 それに礼を言ってフォークを手に取った怜二だったが、彼はケーキに手を付ける前に再度時音の顔をじっと観察するように見つめ、そして訝しげに目を細めた。



「怜二?」

「お前、どうかしたか。何か気になることでもあんのか?」

「……」



 ぴくりと時音の肩が揺れる。どこか笑い方に違和感を覚えた怜二が指摘したことに、時音は肯定も否定もせずにどこか複雑な表情を浮かべた。



「あのね……皆が誕生日をお祝いしてくれて、すごく嬉しいの」

「ああ」

「だけど、私がこうやって誕生日を迎えられるのは……それは、お母さんが」


「確かによく見れば結構似てる!」

「え?」



 突然、詠が声を上げて時音に近寄って来た。一瞬考えていたことが頭から飛びかけた時音が何の話だと詠を見ると、彼女は時音と御影を交互に見て「二人が案外似てるなって」と話し始めた。



「ほら、目の感じが一番似てるかな」

「私と椎名君が?」

「そういえば、ではないがDNAで考えるとこの二人は親子か」



 御影は時音の父親のクローンで、顔は同じだ。必然的に時音と似ていてもちっともおかしくはない。

 御影が時音の隣に来る。彼はまじまじと時音の顔を観察した後、何か思いついたようにいつもの笑みを浮かべた。



「怜二、俺に娘さんを下さいって言ってもいいんだぞ?」

「誰がお前に言うか!」

「もうこれ以上父親はいらないんだけど……」

「でも同い年だし、御影君と時音ちゃん、どっちかって言うと兄妹に見えるかも」

「あの人には父と言われる筋合いはないって言われたけどな」

「え……椎名君、会ったの!?」

「昨日面会して来た。あ、そうそう。時音にまだ渡すもんがあるんだ」



 御影は鞄の中を漁ると、すぐにそこから白い紙を取り出して時音に渡す。四つ折りにされたそれは何の変哲も無いノートの一ページのようだったが、御影が「とある人から匿名で」と告げたことで時音はその紙を開くことを一旦躊躇した。

 今このタイミングでそんなことを言われたら、該当する人物など一人しかいない。一体何が書かれているのかと不安と期待に晒された時音は、心臓を落ち着かせるように大きく深呼吸をしてから恐る恐るその紙を開いた。



「……っ」



 その中に書かれていたものを読んだ瞬間、時音の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。



「時音!?」

「椎名貴様! 時音に何を読ませた!?」

「お、俺だって見てないから知らないって!」



 怜二が御影に食ってかかる中、時音は涙が止まらずに顔を両手で覆った。そしてはらりと床に落ちた紙を拾い上げた甲斐は、すぐに目に入ってきた文字を見てその内容をそのまま口にした。



「……“誕生日おめでとう”」

「え?」

「この紙に書かれていたことだ」



 几帳面で綺麗な字で書かれていたのはそれだけだった。それは今日、何度も時音に掛けられた言葉だ。


 御影を問い詰めていた怜二がそれを聞いた途端に口を閉じる。先ほど時音が言い掛けていたこと、そしてその文字で彼女の気持ちを理解した怜二は泣いている時音の頭を撫でるようにそっと手を置いた。



「よかったな」

「……うん」



 あの人――彰人からのメッセージ。それは普通の人からすれば何の変哲もない言葉だ。

 だが時音は彼の大事な人の命と引き替えに生まれた。けれどその誕生を肯定して、祝ってくれたその言葉は、彼からの何よりも最高のプレゼントだった。



「……ありがとう。お父さん」



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