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67話 探し求めて来た人

 義嗣を殺しても現実はどうにもならない。それを分かっていても彰人はやらずにはいられなかった。


 体だけではなく心も闇に侵食されつつあった彼が憎悪のままに義嗣を殺した後、彰人が行ったのは自らが破壊したタイムマシンの修復だった。死ぬことは予期していなかった義嗣は修復に必要なものは全てこの家に置きっ放しにしていた。一度自ら作り上げたものであるため、あっさりと修復は完了した。




 そしてそこからが、彰人にとって苦痛で長すぎる日々の始まりだった。タイムマシンを修復したのは勿論過去に戻ってあやめを取り戻す為だ。だがタイムマシンが完成しても、肝心の時属性がいなければどうにもならない。

 他の時属性が居ないという訳ではない。だがそれは海外であったり、日本でも時属性の人間は政府によって厳重に保護されていたりする。闇によって変質した顔と体では表に出られない彰人が彼らに接触するのはほぼ不可能と言ってよかった。


 そしてもう一つ必要なことは、あやめが掛かった病を治す治療薬を手に入れることだ。だが現状、彼女の病気に効く治療法は発見されていなかった。

 治療薬と新たな時属性が生まれるのを待つ。その間にタイムマシンの改良や他の時属性に何とか接触出来ないか試みる。いつ終わるかも分からない時間はその後十何年も続いた。


 気が狂いそうな――きっともう狂っていた――時が終わりを迎えたのは、つい半年ほど前のことだった。

 十五歳の時属性の少女が現れたという情報と、あやめの病気に回復傾向が見られたという治療薬の発明の知らせ。それらはほぼ同時に彰人の耳に入ってきた。

 ろくにオカルトを信じない科学者の彰人でさえ、そのタイミングは運命だとすら思った。



 その少女――周防時音は藤月学園にいる。他の時属性よりは遙かに警備が甘いが、それでも学園内に忍び込むのは容易ではない。だからこそ課外授業で魔法研究所へ向かった時を狙って、そこいらの犯罪者を唆して彼女を連れ去ったのだ。

 彰人は顔を晒せない。闇に侵食され人間離れした容姿と、そして残された自分の顔すらも時音の傍にいるクローン体と同じもの。すぐに何者か特定されてしまうのだから、潜入は他の人間に任せる他なかった。


 だが、治療薬を奪うことは成功しても時音を誘拐することは失敗した。おまけに手痛い攻撃を受けてしばらくは動けなくなってしまったのだ。元々の気質からか、裏の――後ろめたい職業を行う人間に光属性は居ない。すぐに治療するのは困難で、彰人は再び潜伏を余儀なくされた。

 そして一度誘拐に失敗したことで警戒を強めた学園は時音を外に出さないようになった。余計に厳重になった警備にどうするべきかと考えていた彰人だったが、ちょうどその頃学園に別の脅威が襲いかかったのだ。


 これはチャンスだった。混乱している学園から時音を連れ出す。だが、彰人は更に念入りに計画を練った。万が一失敗した時のことを考えた彼は、影人のクローン技術を応用して自らの手足を培養したのだ。

 成功すれば儲けもの、失敗しても追い詰められて自殺したと見せかければ時音に対する監視も甘くなる。彰人の目論見は当たり、時音は外出を許されるようになった。


 狙うのならば夜だ。彰人の容姿が目立たず、闇がより扱いやすい夜の方が都合がいい。彼が狙いを付けたのは、彼が在学時よりもずっと早い影人討伐の実地訓練の時だった。


 裏世界に堕ちてからあの影人の近くに居た彰人は、多少ならば影人を誘導することが出来るようになった。あやめが居た頃からタイムマシンの実験を行っていた所為であの家の傍には裏世界との狭間が生まれており、以前からそこから出てくる影人を追い払うことに使っていた。

 それを使って彼は一カ所に影人を集め、そして誰の目も向かなくなった時音を浚ったのだ。何としてでもあやめを取り戻すという彰人の執念が、十数年、三度目にしてようやく実を結んだ瞬間だった。












「やっと、お前を」



 タイムマシンが起動し、それと同時に時音の悲鳴が響き渡る。酷く苦しむその様から、彰人は目を離さなかった。この苦しみを、本来はあやめが受けることになっていたのだ。


 瞬く間にモニターに表示されている数値が変化していく。過去へと向かって変わり続ける数字は彰人の理論通りに動き、そして数秒後、大きなブザー音と共にがたん、とタイムマシンが大きく揺れた。



「ここが……」



 唸りを上げていた機器が静まりかえる。悲鳴を上げていた時音も、ぐったりと倒れ伏してひゅうひゅうと苦しげに小さな呼吸を繰り返している。彰人はそれら全てに見向きもせずにタイムマシンの外へと飛び出した。

 強い日差しと暑い空気が肌に触れる。辺りを見回してみると、そこは小さいながらも整えられた懐かしい庭と白い壁の家があった。季節は夏、彰人が居なくなって一ヶ月ほど経った頃のはずだった。


 時間はない。時音の魔法力はあやめよりは遙かに多いが飛び抜けている訳ではない。タイムマシンで過去に居られる時間はおおよそ十分から二十分程度と言ったところだ。彰人はすぐに家の中に入ると、あやめの自室に飛び込んだ。


 前に入ったあの時は、もう誰も居なかった。無意識にその時のことを思い出していた彰人はベッドに座って俯くあやめの姿を見て思わず涙が出そうになった。



「あやめ」

「……え?」



 彼女が顔を上げるよりも早く、彰人はあやめを強く抱きしめていた。


 相変わらず低い体温だが、それでも彼女は生きている。呼吸をしている。心臓が動いている。



「あ……彰人、さんなの」

「そうだ」



 惜しむようにゆっくりと体を離してあやめの顔を見る。年月が経ち、そして闇に侵食された所為で変貌した彼の顔を呆然とした表情で見つめ続けた彼女に、彰人はここ十数年浮かべていなかった微笑みを作った。



「お父様が、死んだって言って」

「ああ、裏世界に堕とされて俺も死んだかと思った。だけど這い上がってきた。そして……タイムマシンを使って、ここに戻ってきたんだ」



 あやめの目が大きく見開かれた。



「だから時間がない。あやめ、よく聞くんだ。……お前はもう数ヶ月で病死する。だからその治療薬を持って来たんだ。これがあれば、お前の病気だってもう大丈夫だ」

「……」

「あと半年待っていてくれ。そうしたら俺は必ず、お前の元へ戻って来るから」



 押しつけるように渡された薬の瓶を、あやめはぼんやりと見つめた。



「……」



 そして、ややあって彰人を見上げた彼女は……儚げに、笑ってその瓶を彰人の手へ返す。「ごめんね、彰人さん」と、そう言って。



「あやめ、何を」

「あなたが未来から来たのなら、私の病気がどんなものか知っているんだよね」

「ああ、この時代じゃあ治せない。だから俺は」

「嘘なの」

「……え?」

「私がその病気だっていうのは、嘘なんだ。病気なのは確かだけど、ちゃんと今の時代にある薬を飲んで手術をすれば生きられるってお医者様が言ってた」



 彰人の顔が驚愕に染まる。何故あやめがそんな嘘を吐いたのか、必死に思考を巡らせても答えには辿り着かない。


 生きられるというのなら、何故彼女は死んだ?



「どうして……じゃあどうしてお前は死んだんだ! 俺が裏世界から戻って、ようやくここに戻って来た時お前は居なかった! いつも寝ていたベッドにも、地下室にも、庭にも、どこにも……お前が居た痕跡は残っていても、お前が居なかった!」

「……彰人さん」

「どうして、どうして死んだんだ……」



 ベッドに拳を強く叩き付ける。何度も何度も振り下ろされるそれを、あやめは止めることをしなかった。



「彰人さん、ごめんなさい」

「……」

「それでも私はそれを選んだの。だってそうしないと……あ」



 あやめの声が途切れる。はっとしたように口元に手を当てた彼女は、さっと顔色を変えて立ち上がった。



「あやめ……?」

「彰人さん、あなたは何年後から来たの?」

「……十六年後だ。それまではその治療薬と時属性が居なくて過去に飛ぶことができなかった」

「時属性の人が、十六年後に現れたの……? それは、まさか」

「おい、何処に行くんだ!」



 彰人の声が背中に叩き付けられるのを感じながら、あやめは自室を飛び出した。廊下を走り、そして庭に見覚えのある大きな鉄の塊を見つけた彼女は大きな窓から裸足で庭に飛び降り、一目散にそれ――タイムマシンに近付いた。



「走ったら体が……」



 彰人が焦って後を追いかけると、彼女は扉が開いたままのタイムマシンの中へ入っていた。そしてそこで倒れ伏している時音を見つけると、あやめはすぐにその少女を助け起こすように細い腕に抱えた。



「あやめ……」





「――時音、なんだね」



 不意に呟かれた言葉に、彰人はぴたりと動きを止めた。そして時音もまた、虚ろな意識の中で自分の名前を耳にして、ぐらつく頭をゆっくりと動かしてあやめを見る。


 どうしてあやめが名前を知っている。一度も会ったことなどないはずだというのに。



「どうして知って」

「分かるよ。だって……」



 時音を抱えたまま、あやめが振り返る。ぐったりと彼女に体を預けた時音の首には、服の下に隠していた金色の懐中時計が掛かっていた。

 そして、彼女を支えるあやめの手にもまた、時音とまったく同じ金色の懐中時計――彰人が渡した、あの時計があった。


 彼が息を呑んだのと同時に、彼女は愛おしくて堪らないと言いたげに微笑んだ。



「この子の名前は私が付けた……私と、あなたの子供だもの」



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