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66話 喪失と執念


「まだ開発は途中です! このままタイムマシンを使う訳にはいきません!」

「何を言っている。今の段階でも十分使えるのだろう」



 あやめがいる家ではなく羽月の本家で義嗣に呼び出された彰人は、高い革張りのソファから立ち上がってそう声を上げていた。


 対する義嗣はそんな彰人を煩わしそうに見ながら、手にした資料を何度も叩いて「タイムマシンは私が依頼したものだ。あれの所有権は私にある」と主張する。



「だから私が使うことに異を唱えることは出来ないはずだが?」

「……! 何度も説明しましたが、今の段階では燃料となる時属性の魔法力が膨大過ぎる。娘さんの魔法力は少なく、このまま使用すれば彼女の命の保証はありません!」

「構わん」

「は……?」

「あやめが死のうが構わんと言っているんだ」



 思考が停止し固まった彰人を見上げた義嗣は、表情を僅かにも変えることなく平然とそう口にした。



「私が過去に後悔しているのはただ一つだけ。十年前の商談を成功させることが出来ていれば、今頃うちはもっとより財力も権力を得ていた。その過去さえ変えることができるのなら、あとはあやつがどうなっても一向に構わん。むしろ他の人間に使われて余計な改変をされても困るのでな、そちらの方が都合がいいかもしれん」

「あ、あなたは何を言っているのか分かっているんですか!? あの子はあなたの娘じゃないですか!」

「ただ少し血が繋がっただけの他人で、私の道具だ。それにどうせあの体だ、元々長くは生きられん」

「……人の命よりも金や権力を得る方が大事だと、本気で言ってるんですか」

「金や権力は大事ではないと? 君の研究資金がどこから出ているか知っているだろうに」



 義嗣はつまらなさそうに足を組むと、どこか彰人を馬鹿にしたような表情を浮かべた。



「そもそも椎名君、君だって私と然程変わらない」

「何を言って」

「知的好奇心を、自分の欲望を満たす為だけにタイムマシンを作ったのは君だろう。そしてその結果タイムマシンを使って過去が変わることは分かっていたはずだ。過去が変われば現在が変わる。その影響で元々生きていた誰かが死んでも、君はそれを覚悟の上でタイムマシンを作ったのではないのか?」

「それは」

「とにかく、タイムマシンが完成したことで契約は完了した。商談を成功させる為に過去の私に渡す資料もすぐに作られる。数日後にはもうあのタイムマシンを使用することは決まったのだ。もう君が口を挟む権利はない」

「……」

「報酬は予定通りの額を支払う。それで君との契約は全て終了だ」














「あやめ!」

「彰人さん? そんなに急いでどうしたの?」



 玄関で彼を出迎えた平田を半ば押しのけるようにして一目散にあやめの部屋に向かう。転がり込むように彼女の部屋へ入ると、ベッドの上で体を起こして本を読んでいたあやめがその剣幕に驚くように目を瞬かせた。

 彰人はそんな彼女の様子に構わず両肩を掴むと、視線を合わせるように膝をつく。



「彰人さん……?」

「タイムマシンは完成した。だから約束通り、お前の行きたい場所に連れて行ってやる」

「え?」



 完成した。そう告げた彰人の表情はしかし、酷く険しく苦しげだ。



「……だが、本当はまだ改良が足りない。あやめの魔法力では一度使うだけで命に関わる。だがあの男はそう忠告してもそのまま使おうとしている」

「……」

「だからその前にここを出るんだ。あの爺さんに気付かれる前に、この家からお前を連れ出す」

「でも、そんなことをしたらあなたが」

「俺のことはいい、何があってもただの自業自得だ。深く考えずに好奇心でタイムマシンなんて作ろうとした、俺の責任だ。だけどあやめ、お前は違う。ただ勝手に利用されて巻き込まれたお前が、あいつや俺の所為で死ぬなんて駄目に決まっている!」



 彰人はゆっくりとあやめの肩から手を離す。そして膝にやった拳を強く握りしめた彼は、懺悔するように彼女に向かって頭を下げた。



「すまない。俺がタイムマシンなんて作ろうと思わなければ、お前は」

「……私はずっと、この家で寂しく暮らしてただろうね」

「! あやめ……」

「言ったでしょ? 私は彰人さんに会えて、本当に嬉しかったんだよ。色んな話をして、魔法の練習をして、くだらないことで笑い合って……人を好きになることが出来て、本当に今が幸せ」



 ベッドから下りたあやめの手が、握りしめられた拳を包み込む。はっとしたように顔を上げた彰人が見たのは、どこか少し照れたような、幸せそうな微笑みだった。



「彰人さん。私、あなたと一緒にいる時が一番幸せ。だから……二人とも一緒に居られる場所に、連れて行って」

「……分かった」



 頷いて、彼女の手を取った。













 彰人はあやめを連れて家を出た。向かう先は藤月学園だ。学園に逃げ込んで彼女が時属性だと告げれば、今まであやめの存在を隠していた義嗣はそれがばれて手出しができなくなる。

 国に時属性のことを知られるのもまたリスクがあるが、少なくとも彼女の命は保証される。それに彰人の知る学園は良心的だった。今の彼女の境遇を知れば、きっと手を貸してくれるだろう。


 逃亡は上手く行ったと思った。だが……所詮現実はそう都合よくはならなかった。



「やはり来たか」

「羽月……!」



 突然彰人が運転する車の前に他の車が何台も立ちはだかったかと思うと、そこから義嗣がしたり顔で二人の前に現れたのだ。

 辺りはまだ森の中で、狭い道を塞がれれば逃げる場所はない。



「早すぎる……」

「なに、簡単なことだ。お前の監視者が密告して来ただけのこと」

「……平田さん」



 あやめがぽつりとその名前を口にする。平田は本家からあやめの世話をする為に派遣されて来たが、それだけではなく彼女を監視する役目も担っていた。そのことに薄々気付きかけていた彼女は、何も言わずに俯いた。



「しかしやってくれたな、タイムマシンを破壊するとは」

「……」

「まあいい。今お前が持ち出した資料と照らし合わせれば修復するのは他の科学者でも可能だろう。……連れて行け」

「っいや!」

「あやめ!」



 二人を取り囲んだ義嗣の部下が車からあやめ達を引きずり出す。咄嗟に魔法を使いあやめを掴む男を風で切り裂くが、その瞬間彰人は別の部下によって地面に縫い付けられた。



「あやめは家へ連れて帰れ、こちらの男は私が処理する」



 土魔法によって体を拘束された彰人に義嗣がゆったりとした足取りで近付く。射殺さんばかりの視線で老人を見上げた彰人は、その手に見覚えのある筒状の物体を見つけて思わず目を見開いた。

 次の瞬間、筒から黒い霧のようなものが溢れた。



「それは」

「これも君が開発したものらしいな」



 闇属性の魔法力が一気に彰人の周囲へ流れ込んでくる。義嗣が持つそれは、不眠症や怪我などの痛みで眠れない人間の為に彰人が開発した魔法装置だ。薬とは違い人体への影響は最低限で済む為、医療機関で既に導入が始まっている。だが犯罪に使われる可能性を危惧して一般には出回っていないものなのだ。

 羽月の権力を使って手に入れたのか、わざわざ彰人自身が作ったもので邪魔をされて、彼は酷く苦々しい表情で必死に意識を保とうとした。



「あや、め」


 しかしそれも長くは持たない。

 どんどん落ちていく意識の中で、再び拘束されたあやめを見上げる。必死に自分の名前を呼ぶ彼女の声もすぐに遠くなっていく。










「……こ、こは」

「何だもう目が覚めたのか。このまま眠っていれば気付かぬうちに死ねただろうに」



 薄らと目を開けた彰人の視界に入って来たのは、天井でもなく青空でもなく、深い森の、薄闇の中だった。


 顔を上げた彼はすぐに自分の状況を理解する。見えない何か――自分もよく知る風に拘束された体。傍でその魔法を操る義嗣。そして目の前、足の先にあるのは小さくも裏世界へと繋がる狭間だった。



「放せっ……ぐ」

「少し黙ってくれ」



 拘束する風を打ち破ろうと魔法を使い掛けた彰人の喉がすぐに締め上げられる。呼吸が出来ない。魔法を使えないどころか苦しさにもがくことしな出来なかった。



「裏世界とは便利だな、いくらでも証拠隠滅ができる」



 あっさりと彰人の体が風で浮き上がり、そして狭間の真上まで抵抗も出来ずに連れて行かれる。

 最後の抵抗とばかりに彰人が義嗣を呪うように睨んだ瞬間、体を拘束していた風が全て消滅した。



「死ね」



 落ちる。

 彰人の体は裏世界との狭間に放り出され、そして重力に従って下へ下へと落ちていく。


 薄暗い空がどんどん遠ざかり、彰人は無意識のうちに縋るようにその小さくなる空へと手を伸ばしていた。













 裏世界に堕ちた彰人を待っていたのは、どろどろとした濃密な闇と数え切れないほどの影人だった。

 自分を取り囲む影人に殺され掛け、痛みに意識を取り戻した彰人は無我夢中で影人を倒し始めた。体がどんどん闇に呑まれていくのを感じるが、それでも構わずに魔法を――いつの間にか風が真っ黒に染まり、闇を使い幾重もの影人を消し去っていく。


 あやめを殺そうとするあの男を絶対に許さない。どんな手を使ってでも表に戻り、今度こそ彼女をあの家から解放する。彰人の頭にあったのはそれらに対する執念だけだった。


 そして彼は、あの影人と出会ったのだ。

 意志のある影人と交渉し表に戻る為の手段を整えた。その時にはもう体の半分が闇に染まっていたが、彼は気にしなかった。ただ少し表世界で動きづらくなるなとは思ったものの、裏に堕ちた今そんなことは些細なことだったのだ。自分の体がどうなろうと、彼女を救えればそれでいいのだから。





 だが、決死の思いで表に戻った彼を迎えたのは、非情な現実だった。



「あやめ……? 居ないのか」



 彰人が表世界に戻ると既に半年の時間が経っていた。そしてその間にあやめは、病でこの世を去っていたのだ。

 戻った彼女の家にはもう誰も住んでいなかった。ただ僅かに修復しようとした形跡のあるタイムマシンが地下に置かれているだけで誰の気配もありはしない。


 彰人が居なくなって三ヶ月で、あやめはあっという間にこの世界から居なくなった。その事実を知った彰人は放心し、どれだけの間かずっとその場に立ち尽くしていた。



 あやめが死んだ。誰よりも大切な人が居なくなった。



 ――けれど、まだ彼女を取り戻す方法がない訳ではなかった。


 彰人が顔を上げた先にあったのは、壊れかけのタイムマシンだ。これがあれば、まだあやめを救う手立ては失われた訳ではない。


 虚ろだった目に僅かな力を取り戻した彰人は彼女を必ず取り戻すと決意し……そのまま家から出て羽月の本家へと足を向けていた。


 その前にまず、やらなければならないことがある。












「……し、椎名!? 何故お前がここに」



 夜中に闇に紛れて義嗣を浚った彰人は、あの時自分が堕とされた狭間へと向かった。既に魔法装置を介さなくても使えるようになった闇で眠らせていた義嗣が目覚めるのを待った彼は、驚愕と恐れをその顔に貼り付けた老人を見下ろして、彼がやったように魔法で男の首を絞めた。



「っうぐ……」

「俺とあんたは然程変わらないと、そう言ったな。確かにそうだったよ」



 必死に闇から抜け出そうとする義嗣に、彰人は酷く冷徹な表情と声でそう言い、彼を裏世界へと叩き落とした。




「自分の欲望の為に誰かを殺すことを厭わない所なんか、な」



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