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64話 タイムマシン

 時音の居場所が判明すると、潤一はすぐさま周囲へその連絡をし、彼女の救出の手筈を整え始めた。



「お前達はもうホテルに戻りなさい。誰かに言って送ってもらうから、連絡が来るまで大人しくしておいてくれ。それから――」

「兄貴」



 そして潤一自身も時音の元へ向かう為に手早く準備をし、詠達に早口で後の指示を出す。しかしそれを途中で遮ったのは、酷く真剣な表情で頭を下げる怜二だった。



「頼む。俺も、連れて行ってくれ」

「……怜二、お前」

「時魔法を必要としているのなら時音は殺されることはないかもしれない。けどタイムマシンなんてものを使うんだ、相当な魔法力を奪われるはず。時のあいつに魔法力を渡せるのは光だけ。この時間から緊急で他の光属性の人間を連れて来るよりも、俺が行った方が早い。時音が無事だったらそれでいいんだ。ただ、万が一の保険でいい。一緒に行かせてくれ」



 潤一は怜二を凝視して言葉に詰まった。普段感情的なこの弟がこんな態度で頼み事をして来たことなど一度もない。きっと感情的になって連れて行けと喚いても断られるだけだと分かっていたのだろう。論理的に、それでいて絶対に断られないように。そうして何としてでも時音の元へ行きたいのだ。



「……俺が、あいつの手を離したんだ。だから」

「怜二」

「先生、俺からもお願いします!」



 一瞬判断を迷った潤一に、今度は畳み掛けるように御影が声を上げて頭を下げた。そしてそんな彼を姿を見た怜二は、酷く驚いたような表情を浮かべる。



「椎名……」

「怜二を時音の元へ連れて行ってやって下さい。お願いします」

「二階堂先生……」



 御影に続いて、華凛も懇願するように潤一を見上げる。そしてぐったりとした詠も、彼女を支える甲斐も、同じように真剣な眼差しで彼を見つめた。

 そして彼らの視線が集中した潤一は、未だに頭を下げ続ける弟を前に、小さく嘆息してから低い声で告げた。



「今回の事件はとにかく周防の保護が優先だ。たとえお前がそれで危険な目に遭っても、誰も助けてやれない」

「分かってる、自分の身は自分で守る。何かあっても、責任は自分で取る」

「……確かに、一刻を争う事態で今から他の光属性を確保して都市部から離れた森の廃墟まで連れて行くのは時間が掛かる。お前の言い分は正しい」

「! じゃあ」

「今回ばかりはあの子の命が最優先だ。絶対に勝手な行動を取らないと約束しろ」

「ああ、分かった!」

「それから、先ほど言い掛けたことだが……椎名」

「はい」

「学園にいる真宮寺さんからお前を連れて行くようにと要請があった」

「え? 俺?」



 怜二に続いていきなり同行を求められた御影は、きょとんと目を瞬かせる。勿論時音を助けられるのならば行くことに異議はないが、どうして彼が突然名指しされたのか。


 学園の事務員である真宮寺――詠の祖母は近い未来が見える。つまりそこで御影が居なければならない事態が起こったということだ。

 とにかく、自分が必要となる未来がある。ならばと御影は迷うことなく即座に頷いてみせた。



「行きます。俺も連れて行って下さい」

「御影君、二階堂君……気を付けてね」

「ああ。必ず、あいつを無事に取り戻す」



 大きく頷いた怜二と御影は、すぐに部屋を出て行く潤一を追って走り出した。



「……時音」



 苦しげに彼女の名前を呼んで、怜二は強く拳を握りしめた。













 ふわふわと心地よく漂っている意識が、不意に覚醒する。



「……え、」



 体が痛い。時音がゆっくりと目を開けるとそこは薄暗い見知らぬ部屋の中だった。固い床に寝かされていた彼女が怠い体を起こすと同時にジャラリ、と金属の音が耳に入って来る。



「うわ……」



 音に釣られて足下を見た時音は、その片足首に鎖が巻き付いているのを見てさっと顔を青ざめさせた。そしてようやく、彼女はこれまでに起こったことを頭の中で思い出したのだ。


 影人討伐の実戦訓練で学校を離れていたその現場で、影人がいきなり大量発生した。教師や魔法士達が対応に追われている中、時音はまたあの闇によって浚われたのだ。



「逃げないと……!」



 さっと辺りを見回すがこの部屋には誰もおらず、ただ乱雑に物が置かれ埃が舞っているだけだ。扉は二つあり、時音は足に付いた鎖を引き摺りながらその内近い方の扉へ向かった。

 ピン、と鎖が伸びる。その位置から何とか届いたドアノブに手を掛けると、呆気なくノブは回った。



「無駄なことはするな」

「! あ……」



 しかし扉を開く前に背後から聞こえてきた低い声に時音はぴたりと動きを止めた。彼女が手を伸ばしたのとは違うもう一つの扉が開かれ、そこから一人の男が姿を現したのだ。


 振り返った先に居たのは四十代程の男性。時音を止めたその男は無表情のまま彼女に近付くとすぐに時音の手をドアノブから遠ざけ、そしてじっと彼女を見下ろした。

 時音も彼を見上げる。その表情は何を考えているのか読み取れない……つまり、その男はもう仮面を被ってはいなかった。


 僅かに白髪が混ざった黒髪、長身痩躯の彼の顔はその半分が人間とは思えないような闇に染まっており、そしてもう半分は時音がよく知っている少年と酷似している。



「椎名、彰人さん……?」

「知っていたか」



 気絶する前に耳にしたその名前を口にすると、男は驚くこともなく淡々とそれを肯定した。


「椎名君の、オリジナルの」

「……そんなことまで分かっているのか。確かにあれは俺のクローン体だが」

「どうしてあなたが……それに、前に誘拐しようとした時に死んだって」

「そのくらいの偽装、どうとでもなる。……無駄話をしている暇はない」



 どういう理由かは定かではないが、生きているのは確からしい。男――彰人は時音の腕を逃がさぬように強く掴むと、片手で足に繋がれていた鎖を外した。



「とま――」

「無駄なことをするなと言ったはずだ」



 鎖が解放された瞬間に魔法を使おうとした時音の口を、予測していたとばかりに闇が塞ぎにかかる。じたばたと抵抗しようとするものの、彼はそれを軽々とあしらって時音を先ほど彼が入ってきた方の扉へと連れて行こうとした。



「そちらの扉から逃げようとしても命は保証しない。度重なる時魔法の実験で次元にひびが入っている。そこから出てきた影人に捕まって殺されるのがオチだ」

「っ」

「お前に死なれたら困る。ようやく手にいれた時属性だからな」



 引き摺られるように入った部屋は、先ほどの部屋よりも僅かに明るく、そして狭い部屋の中央には目を引く縦長の楕円形に見える大きな鉄の塊が鎮座している。

 これは一体何なのか。時音が疑問に思っている間に、彰人はそれに近付き、そしてそこに取り付けられていた扉を開いた。



「入れ」



 鉄の内部は空洞になっていた。それは何かの機械のようで、人が余裕で入れるほどに広い。その中に一緒に入らされて扉が閉められるとすぐに内側に明かりが点され、暗かった内部の様子がよく見えるようになった。


 内側の壁一面には様々なボタンやパネル、そしてモニターが設置されており彰人はすでに時音に目もくれずそれらを真剣な表情で操作している。扉が閉められた途端に腕も口も自由になった時音がこっそりと脱出しようとするものの、扉は何やら仕掛けがあるらしく普通に開こうとしてもまったく動いてはくれなかった。むしろ逃げられる心配がないからこそ彼女を解放したのだろう。



「ようやく……ようやく、この時が来た」



 よどみない手付きでモニターに理解できない文字列を打ち込んでいた彰人が、無意識のような独り言を零した。それを耳にした時音は、あの時の言葉の真意を尋ねるべく恐る恐る、刺激しないようにそっと彼に声を掛けた。



「あの……前に言っていた、取り戻したい人って」

「……」



 振り向いた彼が無言で時音を一瞥する。睨むでもなく、相変わらず何を考えているのか分からない無表情でプレッシャーを与えられた彼女は思わず謝りそうになったが、けれどその前に彰人は前を向き、再び手元に視線を戻した。



「大事な人が居た」

「え?」

「温かくて、少し無邪気で、優しい人だった。……俺が居ない間に、病気で亡くなっていた」



 時音がはっとして男の後ろ姿を凝視する。機械を操作し続けながら、彼は口を動かし続ける。



「あれからずっと、彼女を取り戻すことだけを考えて来た。彼女の病気の治療薬が出来るまで待って、時属性の人間を探して……そして、このタイムマシンを完成させた」

「タイムマシン……これが」



 だから時属性が必要だったのだ。春に訪れた研究所で告げられた彰人が行っていた研究の内容を思い出した時音は、全てが繋がったと改めてその機械――タイムマシンの中をぐるりと観察した。



「あやめ……やっと、お前の元へ行ける」



 最後に小さな声でそう呟いた彰人は、振り返って時音の元へ来るとコードの付いたバンドを両手首に巻き付けた。時音は一瞬抵抗しようとしたものの、彰人の言葉と声を思い出してそれをしなかった。“彼女”について口にした彼の声は、今までにないほど切ない感情が込められていたのだから。

 病気で亡くなった大事な人を救う。たとえ誘拐されていたとしても、そんなことを言われたら時音だって力になりたいと思ってしまったのだ。



「転送、開始」

「!?」



 彰人がそう言って一際目立つ大きなボタンを押した瞬間、時音の体中に電撃が走るような衝撃が襲った。



「あ、う、あああああっ!!」



 全身から急激に体温が抜き取られていくような感覚。そしてそれと同時に脳が掻き回されているような強烈な不快感が畳み掛けるように時音を苦しめる。陸に打ち上げられた魚のように体を跳ねさせ悶え続けるが、苦しみは一向に終わらない。


 誰か、助けて。時音が言葉にならない呻き声を上げても、それが届くことはない。唯一その声を聞いていた彼は、苦しみ続ける時音を、感情が読み取れない表情で目を逸らさずに見つめ続けていた。


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