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63話 彼女の居場所

 時音が浚われた。


 影人を全て討伐し終えた潤一は、生徒達を宿泊予定だったホテルへ向かわせるとすぐに時音の行方を探すべく各所へ連絡を入れた。


 学園には時音の居場所を探るべく真宮寺への協力を頼み、警察には逃走した犯人を捜索するのと同時に、椎名彰人についての情報提供を求めた。影人に斬られ倒れた亜佑はすぐに他の魔法士に頼んで近くの病院へと搬送してもらっている。意識はないが命に関わる怪我ではないらしく、不幸中の幸いであった。



「しかし、椎名彰人か……」

「間違いないと思います。あれは確かに、俺のオリジナルだ」



 ぽつりと零れた潤一の言葉に答えたのは御影だ。生徒をホテルへ行かせる際に星詠みをしてもらう詠と犯人に近しい御影は留まらせたのだが、この場には他にも怜二、甲斐、華凛が残っている。「お前達は戻れ」と告げたものの頑なに動かない三人に潤一も早々に説得を諦めてしまった。そんなことに時間を掛けている暇はないのだ。



「だが彼は裏世界に落ちて死んだはずだろう? ……それを言うなら誘拐犯だってそうなんだが」



 死んだ人間が何故生きて現れたのか。仮面で顔が見えなかったのだから別の人間と入れ替わっていた可能性もあるが、背格好は同じでかつ稀少な闇属性であることを考えるとそう簡単に身代わりが用意できるとは思えなかった。



「いえ、あいつは少なくとも表には戻ってきています。俺の戸籍を作ったのはあの男でしょうから」

「表に戻るなんて、可能なのか」

「まあそもそも俺は裏世界出身ですしね」



 御影が肩を竦める。行き来自体は不可能ではないのだ。ただ毒々しいほどの闇に適応し、影人が蔓延る中を無事に生きられれば、の話だが。



「……でも、御影君のお父さんって風属性って言ってなかった? ほら、春に行った魔法研究所で」

「研究所?」

「ああ、椎名彰人はあそこで以前働いていたそうで、それで職員の人が俺の顔を見て話してくれたんですよ。まあ属性が違うのは裏に落ちたからだと思います。あの男の顔、闇に侵食されていたでしょう?」

「……ああ、確かに普通の人間ではあり得ないものだったな」



 そもそも今言った通り、裏世界に落ちた人間が生き残った時点で異常なのだ。闇に適応したのなら、必然的に属性が変化していてもおかしくはない。御影とてクローンだというのに彰人の元の属性と異なっているのは闇魔法から作り出された存在だからだ。奇しくも最終的にオリジナルと属性が重なることになってはいるが。



「確かに、正体不明の闇属性の男というのはそれで理解できる。が、仮にそうだとしても彼はあの時の爆発で……ああいや、今はどうして生きていたかはもういい」



 考えをまとめるように自己完結した潤一は、顔を上げると続いて詠に視線を向けた。あの男がどうやって生き延びたかということよりも、今どこにいるのかということの方が余程重要なのだ。



「真宮寺、何か分かったか?」

「……すみません。森の中の廃墟ってことは分かったんですけど、それがどこかは……」



 先ほどからずっと窓際で祈るように夜空を見上げていた詠が悔しそうに拳を握りしめる。学園長が要請した他の真宮寺の人間も同じような結果だったらしく先ほど連絡が来た。星詠みは便利だが、目的地の住所を直接人間の言葉で教えてくれるものではないのだ。場所の映像が頭に思い浮かんでも、それが具体的にどこを示しているのかは知らない場所ではそう判断つかない。

 一応外出時には時音に身に着けさせていたブレスレットは既に破壊されたらしく反応もない。



「あたしが見つけないと、時音が……あたしの所為で」

「詠、少し落ち着け」

「落ち着ける訳、ないでしょ……」



 酷く焦りを強くする詠を甲斐が宥めようとするが、彼女は弱々しく首を振って再び空を見上げた。

 あの男はどこへ向かったのか。何か手がかりはないのか。潤一も焦りを滲ませながら必死で思考していると、不意に彼の携帯が単調な電子音を奏でた。



「……警察からか」

「見つかったのか!?」

「いや、違う。頼んでいた椎名彰人についての情報だ」



 国内唯一の魔法学校ということもあり、藤月の教師には一定の権限が与えられている。本来警察に任せる誘拐事件に介入したり、こうして情報提供を求めたりと色々なことが許されているのだ。


 今までずっと唇を噛み締めて黙り込んでいた怜二ががばりと顔を上げるが、潤一は静かに首を振って届いた情報を確認するべく視線を落とした。



「椎名彰人、四十二歳。魔法士で属性は風。十四歳で魔法力が発現し、藤月学園へ編入。卒業後は魔法研究機関へと就職し、魔法装置の開発を担当する。いくつかの特許も取得済みで、行っていた研究は主に効率の良い体外での魔法力の貯蔵方法や各属性における新たな魔法装置の考案、それから――」



 はっと息を詰めるように、潤一が動かしていた口を止めた。



「タイムマシン、の研究も」

「あ!!」



 御影が思い出したように大きな声を上げる。そして以前研究員に聞いた話を改めて鮮明に思い出した。



「そういえば確かにタイムマシンの研究してたって言ってた!」

「……と、なると犯人の目的は」

「タイムマシンを使う為に、時音ちゃんを誘拐したってこと……?」



 犯人の目的。甲斐と華凛の声を耳にした潤一は、ふと少し前に時音から聞いた言葉が脳裏に過ぎった。



「……取り戻したい人がいる」

「ん? 先生何の話ですか」

「あの子が、周防が犯人からそう聞いたと言ってたんだ」



 時属性を使って取り戻したい人。聞いた時は深く考えなかったものの、今考えれば男の目的が分かったような気がした。助けたいではなく、取り戻したいという言葉からもそれが窺える。


 時音が連れて行かれた理由は分かった。ならば彼女が居るのは、そのタイムマシンが置かれている場所だろう。



「……その後、二十五歳の時に突然退職届けを出し、研究所を辞める。それから先の足取りは掴めていない、か。……真宮寺」

「はい」

「今詠んでいるのは周防の居場所について、だな?」

「勿論そうですけど……」

「一旦それを止めて、あの男……椎名彰人について調べてもらえるか」

「え、でもそれは今警察が調べたんですよね?」

「警察の調査はあくまで書類上で分かっていることだけだ。人に聞き込みしている暇もなかったしな。だが星の情報なら、また違うことが分かるかもしれない」

「……やってみます」



 詠は言われるままに星に向き合い、そしてそっと目を閉じた。対話をするのは先ほどとは違う星。人捜しから個人情報の入手へ、こうして調べる内容をすぐに切り替えることが出来るのは多くの星に好かれる詠の利点だ。


 それから一分ほどだろうか、ずっと黙って動かなかった詠が不意にゆっくりと目を開けた。



「――見えた」



 その目は焦点の合わない、まるでどこか別の次元を見ているようにすら感じた。



「……あの魔法研究所で働いてる所、それから……誰か、知らないお爺さんと一緒に居て……綺麗な女の人と会ってる所。……あ」

「どうした」

「その女の人と会ってる場所、きっと今時音がいる廃墟です」

「本当か!?」



 身を乗り出すように詠に詰め寄った怜二に、詠も驚くことなくしっかりと頷く。



「うん、多分今見てるのは大分昔のことだと思う。その椎名って人も若いし、家もまだ綺麗なまま。ただ、庭とか周囲の感じがそっくりだから間違いないと思う。後は……」



 詠の目が再びここではない景色を捉える。全員の視線が集中するのも気付く様子はない彼女は、どんどん頭の中に映し出される映像を見えるままに話した。



「窓の無い狭い部屋で大きな機械……丸い、鉄の塊みたいなものを整備してる所。ここにもさっきの女の人が居て、何か楽しそうに話してる。恋人なのかな……? それから――」



 詠の言葉が、一瞬詰まった。



「さっき見たお爺さんが……」

「詠?」

「そのお爺さんに、世界の狭間に……突き落とされた」

「な、」



 そこまで言うと、詠はふらりと体を揺らして倒れかけた。慌てて甲斐と華凛が横から支え、彼女を椅子へ座らせた。顔色が悪い。先ほどからずっと星詠みを続け、なおかつ衝撃的なものを見てしまった彼女は、気力も魔法力も酷く消耗していた。



「先生、これ以上は詠が……」

「ああ。真宮寺、ありがとう。助かったよ」



 詠に礼を言いながら、潤一は今詠が見た情報を頭の中でまとめ始めた。

 大きな機械、それはタイムマシンだろうか。確信はないが、現在廃墟になっている――かつ、恐らくタイムマシンがあるであろう家、そしてその機械の傍には同じ女性が居たという共通点がある。



「その女性というは、彼の協力者なんだろうか」

「……先生、もしかしたらその女の人」

「何か心当たりがあるのか?」



 御影が小さく片手を上げる。彼もまた考えるように難しい表情を浮かべながら、「確証はありませんが」と続けた。



「羽月あやめ、かもしれません」

「羽月あやめ?」

「御影君、羽月って」

「ああ、弥子先輩の叔母に当たる人で……戸籍上、俺の母親となっている人物です」



 いきなり出てきた新しい名前に、その場に居た全員が驚いたように御影に視線を向けた。



「ちなみに、もう亡くなっています」

「……それは、つまり」

「多分そうだと思います」



 主語も具体的な単語もなく、しかしお互いの考えていることが分かったように潤一と御影が頷き合う。

 彰人と親しげだったらしい女性。彼女が故人である羽月あやめだとすれば、彰人が取り戻したかった人物というのも恐らく。



「……少し待ってくれ」



 それを確信に変える為に、潤一は携帯を操作して警察へ電話を掛けた。個人的に伝手のある人物に頼み事をして電話を切ると、時間を置かずに携帯が着信を告げる。

 すぐに画面を確認した潤一は、それを詠の前に差し出した。そこには穏やかそうな髪の長い女性の写真が表示されている。



「さっき見えた女性というのは、この人か?」

「あ、そうです! この人!」

「やはり羽月あやめか。……なら、お爺さんというのはこの老人のことか?」



 続いて見せられたのは和服の気難しそうな老人の写真だ。詠はそれを見た瞬間、はっと息を呑むようにして目を見開いた。



「……! はい、このお爺さんです!」

「先生、この人は」

「羽月あやめの父親、羽月義嗣だ。となるとあの男は、羽月の家と直接関わりがあった。……真宮寺の星詠みから考えると、周防が居る廃墟は羽月が所有する物件である可能性が高いな」



 羽月は一昔前まで強い権力を有していたが、しかし一代で財を築いた義嗣が亡くなるとあっという間に力を失ったのだ。その際に多くの物件を手放すことになり、そして維持も出来ずに放置され廃墟と化した建物も結構な数存在している。


 再び潤一が警察に廃墟になっている羽月の持ち家を探してもらうように頼むと、また次々と廃墟の写真が潤一の携帯に届けられた。

 それを一つずつ順番に詠に見せていく。真剣に食い入るように写真を見つめていた詠は、四枚目に差し掛かった瞬間に「これ!」と大きな声を上げた。



「この家です! 家も、周りの感じもこれで間違いないです!」



 見つけた。


 詠が示したのは木々に囲まれた小さな一軒家だった。壁は所々外装が剥がれ庭の草ものびに伸びているいかにも、という廃墟だ。



「ここにあいつが……」



 睨み付けるように写真を見る怜二が、ぎりぎりと音がするほどに歯を噛み締める。


 あの時手を離してしまった彼女が、この場所にいる。 



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