表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/71

62話 仮面の正体

 影人討伐の実戦訓練、その当日。



「影人、いつ来るんだろう……」



 時音達一年生は、朝から集まって各クラスごとにバスに乗って学校を出た。目的地は影人が現れる表世界と裏世界の狭間、その傍に建てられている影人対策支部である。

 表と裏の狭間というものは大きなものから小さなものまで県内だけでも複数存在し、その狭間ごとに影人討伐を担当する魔法士の常駐施設が作られているのだ。


 今日は昼頃に対策支部へ到着して、影人が現れ始める夕方までは施設の中を見学していた。その後討伐担当の魔法士、そしてここに内定済みの三年と教師陣に続いて狭間の傍まで連れて行かれた生徒達は、影人がいつ現れるかと緊張と少々の興奮を抱きながらその時を待っていた。



「影人って毎日出てくるの?」

「ここの狭間は比較的大きな方だから、現れない日は基本的にないとさっき兄貴が言っていた」



 時音がぽつりと零した質問に答えたのは怜二だ。時音が危ないことをしないように見張ると宣言した彼は先ほどから彼女の傍で気を抜くことなくじっと影人が出現するその時を待っている。



「あの時みたいにお前が影人に襲われたら堪ったもんじゃない」

「魔法士の人や先生達だっているんだから大丈夫だって。怜二こそ勝手に戦おうとしないでよ?」

「それくらい分かっている」



 勿論時音達一年生の所まで影人がやってくることはほぼないだろう。時音達の前方には既に戦闘準備をしっかりと整えた討伐専門の魔法士達がおり、そして更に彼らの背後には万一を考えて潤一と亜佑が控えている。

 が、だからと言って時音達が呑気に構えていると潤一に睨まれるであろう。時音がそう思って改めて神経を張り詰めてじっとしていると、そんな彼女をちらりと見た怜二が僅かに口を開きかけ閉じかけ、やっぱり開いた。



「……時音」

「何?」

「お前、来月誕生日だよな?」

「へ? うん、そうだけど」

「その時、言うことがあるから覚えとけ」

「……今じゃ駄目なの?」

「駄目だ」



 ふい、と時音からわざとらしく視線を外しながらそう言った怜二に、彼女は一瞬にして緊張が解けそうになってしまった。

 いきなり誕生日の話である。それをしっかり覚えていてくれたことも嬉しいが、妙にそわそわした様子で言いたいことがあると言われ、そしてそれがどうにも悪いものに思えなかった。時音の心に期待と僅かな不安が過ぎり、まだ誕生日は来月だというのに落ち着かない気持ちになって来る。



「来た!」



 しかしそんな風に緩みかけた空気を切り裂くように、突然誰かが叫び声を上げた。途端に周囲がざわりと騒がしくなると同時に、時音は寒気がして肩を揺らす。遠目に見えたその真っ黒な人影がゆらりと動き出すと実際に体感温度が下がったような気さえした。

 影人が、以前時音達を襲ったそれが、今ここに現れたのだ。



「討伐を開始しろ」

「了解」



 前方から小さく聞こえてきた魔法士達の会話に、先ほどまで今か今かと影人を待っていた生徒達の間にも緊張が走った。見える限り影人は三体だ。それぞれが真っ黒な手を凶器に変えたかと思うと、一気に魔法士達に向かって飛びかかる。


 刹那、いの一番に魔法士に迫った影人の全身を真っ赤な炎が包み込んだ。既に日は落ちた暗闇の中でその炎は鮮やかに映え、影人はあっという間に掻き消されていった。

 そして炎に続くように、他の二体の影人もすぐにするどく研ぎ澄まされた水と風によってばらばらに切り裂かれ、闇の中に霧散する。



「討伐完了」



 現れたばかりの影人三体は一分立たずに被害なく倒された。思わず周囲が示し合わせたように安堵のため息を吐き、時音も同じく力の入っていた肩を落として懐中時計に触れた。



「倒したね」

「あれくらいは当然だろう。俺だってやってみれば」

「駄目だからね」



 怜二に釘を刺しながら、時音は気を取り直して再び前方に目を向けた。魔法士達は相変わらず気を抜かずに影人が現れないかと警戒しており、彼女もじっと世界の狭間と呼ばれるその場所を見つめていた。



「今日はやけに少ないな」



 しかし、それから一時間ほど経ったが影人はあれ以降一体も現れなかった。待っている生徒達の気も緩み始め、潤一と亜佑がそろそろ生徒を引き上げさせた方がいいだろうかと話し合っている。



「これ以上留まっても生徒達も集中力が切れるだろう。実地訓練としては微妙だが仕方がない。伊波先生、予定よりも早いが生徒達を今日泊まるホテルの方へ誘導してくれ。私は念のため一番後ろにつく」

「はい、分かりまし――」

「来たぞ!」



 亜佑が潤一に頷いて動き出そうとした直後、魔法士の鋭い声が響き渡った。

 即座に反応した教師二人が警戒を強めて前方を振り向く。しかしその二人の表情は、現れた影人を見ると途端に驚愕に染まって行った。



「な――」



 最初に見えた影人は一体だけだった。ゆらりとした動きで歩き出した影人に攻撃しようとした魔法士は、しかしその後方に次々と姿を現し始めた援軍の数に絶句した。

 まるで分裂したかのようにどんどん狭間から影人が増える。その数があっという間に二十を超えたのを目撃した魔法士は、慌てて潤一達を振り返って叫ぶように指示を出した。



「出来るだけ下がって距離を取れ!」



 それを聞いた瞬間、生徒達が一斉に逃げるように足を動かし始めた。周囲に焦りが感染し、走る足も縺れてたたらを踏む。思わず転びそうになった時音を、腕を掴んだ怜二が引っ張り上げた。



「怜二、ありがとう」

「礼はいいから気を付けろ!」



 怜二はそのまま掴んだ腕を離さずに距離が離れた狭間の方へ目を向けた。先ほどの時間は嵐の前の静けさだったのか、倒しても次々と現れる影人に魔法士達も必死で対抗している。



「くそ、こんな一気に出てきたことなんて今までなかっただろ!? なんでよりにもよって今日……」

「無駄口を叩いている暇があったら倒せ!」



 毎日影人と戦っている魔法士達でさえ驚愕が拭えない。異変が起こっているということはその場の誰もが、初めて現場に来る生徒達ですらすぐに分かった。

 どんどん現れる影人に、魔法士だけではなく潤一と亜佑もそれぞれ力を貸している。が、それでも手一杯な状態だ。



「……俺たちも戦った方がいいんじゃないか」



 そんな中、生徒の中で誰かがぽつりと呟いた。あまり大きな声ではなかったというのにやけに耳に入ってきたその言葉に、クラスメイト達は一瞬考え込むように静まりかえった。



「でも逆に先生達の迷惑になるかもしれない」

「けど俺達だって魔法がある。普段から授業で訓練だってしてるだろ」

「それはそうだけど……」



 静かになったのは一瞬のことで、すぐに肯定と否定の意見が飛び交う。時音もその声を聞きながらどうしたらいいのだろうと戦う潤一達を見て頭を悩ませた。

 下手に手を出したら余計に混乱を招くだろうか。魔法はコントロールを誤れば味方に被害が行く。そうレイに言われた言葉を思い出す。けれど、このまま何もしないのが正解なのだろうか。



「……時音、俺も兄貴の所に」

「怜二……でも」



 時音だけではない、怜二も同じように悩んでいた。そして考えた末に戦う選択をした彼は時音を掴んでいた腕を離した。



「だから、お前はここで大人しく――」



 離してしまった。それが、この先の運命を分けた。



 その瞬間、時音の体を覆うように地面から吹き出した闇が彼女を捉えた。



「え」



 外は真っ暗だ。闇が同化する中で時音も怜二もそれに反応するのが遅れた。そしてその僅かな間に、時音の体は闇に抱えられるように浮き上がり周囲から引き剥がされたのだ。



「時音!」



 怜二の声でようやく混乱していた周囲が時音に何が起こったのかを知る。再び掴もうとした腕は簡単にすり抜け、あっという間に時音は闇に引き摺られていく。

 時音を掴んだ闇が生徒達からも影人達からも離れた場所へ向かい、そしていつの間にか暗闇に紛れるようにひっそりと佇んでいた男の元で動きを止めた。


 この辺りで闇属性であるのは御影だけ。そして彼は少し離れた場所で怜二の声に反応して時音を捉えた男を凝視していた。



「お前は!」



 闇に捕らえられた時音を抱えたその男の顔は、いつか見たことのあるのっぺりとした仮面が覆っていた。

 その仮面は、藤月祭の後に捕まったはずの、あの誘拐犯が付けていたものと同じものだった。



「な、なんで……」



 抱えられてすぐ傍でその男を目撃した時音が大きく目を見開く。死んだと聞いていたというのにどうしてこの男がここにいるのか。

 しかし男は時音を一瞥すると、何も言わずにすぐに彼女の口を闇で塞いで身を翻した。



「周防さん!」



 そのまま闇に紛れて逃走しようとした男に向かって、一条の閃光が駆け抜ける。

 影人と戦いながらも時音の異変に気付いた亜佑が咄嗟に魔法を放ったのだ。その光は真っ直ぐに仮面の男に向かい、そして亜佑の魔法に気付いた男がそれを避けようと体を傾けた。



「伊波!」

「……え」



 男が避けきれずに光が仮面を貫いたその瞬間、亜佑もまた背後から影人に切り裂かれていた。


 何が起こったのか分からない顔をした亜佑が崩れ落ちる。それと同時に、男の顔からも割れた仮面が滑り落ちる。

 その仮面の中から現れた顔を見た人間は言葉を失った。 

 額から血を流したその男は四十代くらいに見える。そして痛みに歪めたその顔の半分は人間とは思えない真っ黒に――闇に染め上げられて、侵食されていた。



「あいつは……」



 そして特筆するべき所はもう一つあった。男のその容貌は、どこか酷く既視感のあるものだったのだ。一番近くでその男の顔を見上げた時音は勿論、クラスメイトや教師もその顔をよく知っていた。その顔は毎日見てきたとある生徒と、年齢こそ違うが瓜二つだったのだから。



「……椎名、彰人!」



 そのそっくりな彼――御影は初めて見るその男に向かって、確信を持って名前を叫んだ。


 御影の声に大きく舌打ちした男は、顔に血が伝うのを拭うこともせずに片手を上げた。瞬間、彼は時音ごと全身を闇に覆い尽くし、その姿を完全に消し去る。

 亜佑が倒れ、そして男の顔を見て動きを止めたその隙を突くように、彼はあっさりと時音を連れ去ってしまったのだ。



「時音!」



 怜二が追いかけようと走り出すもののとても間に合わない。しかも未だに影人の数が減らず、教師の戦力も減ったこの状況で他の誰も彼女を追いかけることも出来ない。


 あっという間に闇に溶けた時音に、何もできなかった怜二は唇を噛んで何もなくなった空間を睨み付けることしか出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ