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59話 水族館デート


「お祖父ちゃん、お久しぶりで――」

「おお、詠。久しぶりだな」



 見合い当日、祖父と空港近くのレストランで待ち合わせをしていた詠は、既に到着していた祖父とお見合い相手の姿を見つけて声を掛けようとした。



「え?」



 ……のだが、振り向いた見合い相手の顔を見た瞬間、詠はぽかんと口を開けて固まった。そして振り返った当人もまた、同じく驚き大きく目を見開いた。



「な、なんで二階堂先生が!?」

「おお、詠も彼を知っていたか」

「知ってるも何も担任の先生だよ!」

「ほう、それは偶然だな」



 祖父の目の前に座っていた見合い相手、その人物が昨日も顔を合わせていた担任だと知った詠は混乱しながらにこやかに頷いた祖父に向かって叫んだ。



「……あの、真宮寺さん。まさかとは思いますが、今回紹介したいといったのは……」

「勿論この可愛い孫娘の詠だ。詠、知っているらしいが彼は二階堂潤一君。お前の新しい婚約者候補の一人だ」













「どうしてこんなことに……」

「ああ……」



 肌寒い風が吹き荒れる中、詠と潤一は揃って何とも言えない表情を浮かべながら水族館の前に立ち尽くしていた。

 困惑が全く消えぬまま殆ど詠の祖父が話すだけで終わってしまったレストランでの食事。しかしそれが終わると彼は早々に「私はこれから仕事がある。後で迎えを寄越すからここで一、二時間くらい親睦を深めてくれ」と告げて二人を近くにあった水族館へ送っていなくなってしまったのである。


 まるで嵐が去ったように静まりかえった二人はしばらく放心するように立ち尽くしていたが、やがてどちらともなく顔を見合わせた。



「まさか相手が二階堂先生だったなんて……」

「真宮寺の関係者の誰かなんだろうとは分かっていたが、まさか、な?」



 詠の祖父は学園の出資者の一人であり、潤一は学園長を通して知り合った。そんな彼に紹介したい女性がいると言われて断れなかった潤一だったが、その相手が一回り年下の教え子であると誰が想像するのだろうか。

 まさかまさか、と連呼して肩を落としていた二人だったが、ややあって気を取り直した潤一は「とりあえず寒いし中入るか」と水族館を指差した。



「そうですね。すみません先生、少しの間よろしくお願いします」

「いや、こちらこそ私ですまないね」

「むしろ緊張しなくていいのでラッキーですよ」



 見合いと言ってもこれで二人が婚約する訳でもないのだ。むしろ見知らぬ相手よりも潤一の方がよかったのだろうと気持ちを切り替えた詠は、「行きましょう」と潤一を促して水族館へと足を進めた。












「……」



 水族館の入り口に向けて歩き出した詠と潤一。そしてその二人の背中を密かに見つめていた六人は全員何も言えずに視線を交わし合った。



「……ねえ、今の、詠の隣って」

「兄貴、だな」

「なんで潤一さんが……」

「まさかの相手過ぎるだろ」



 上から華凛、怜二、時音、御影である。詠の見合い相手が自分達のよく知る人間だったことに全員が困惑を隠せない。



「……」

「……」



 そして四人を除く二人……甲斐と亜佑はもはや言葉も出ずに絶句していた。甲斐の顔色は酷い有様で、亜佑も亜佑で今にも地面にしゃがみ込みそうになっている。


 ちなみに何故ここにこの六人が揃っているのか。それを説明するにはまず昨日にまで遡らなければならない。




「皆ー、詠のお見合い、気にならねえか?」



 詠が見合いの準備の為に帰宅許可を取って学校を出た直後、すぐに友人達を集めた御影が開口一番そう言ったのが始まりだった。



「相手がどんなやつか気になるしさ、皆でこっそり着いて行ってみようぜ!」

「確かに気にはなるけど……」

「だろ?」

「でも尾行とか、詠が嫌がるんじゃない?」

「悪趣味だ」

「そう言うなって。ほら、詠が知らないおっさんに迫られてたらどうするんだよ。あいつが嫌なことされないように見張ってやるんだって。なあ、甲斐もそう思うだろ?」

「……」



 御影に返事を促された甲斐がいつもの無表情の中に険しい色を混ぜる。ぎこちない動きで彼が頷くと「ほら、多数決で決まりな」と御影がぱん、と手を合わせた。



「でも、そもそも詠がどこ行くのか知らないよ?」

「そうだよね、むしろ詠が居てくれたら他の誰かが見合いでも場所分かったのに」



 情報収集と言えば詠の十八番である。彼女が居れば簡単に分かることだが、時音達にはそれを知る術はない。無理だと分かっていながら空を見上げた時音は、今更ながらの星属性の凄さを改めて思い知った。


 そもそもこれじゃあ最初から手詰まりだ、と時音が思った瞬間、机に身を乗り出した御影が皆を見回してにやりと笑った。



「それは俺に任せろ。すでに手は打ってある」

「……」



 今度は一体何を企んでいるのかと、その瞬間御影以外の全員の心が一致した。







 そんなこんなで訪れた当日、御影達は詠を追ってここまで来ていた。


 一番の問題である詠の居場所に関しては、あらかじめ彼女が学校を出る前に御影がこっそりと自分の“影”を詠のそれに潜ませておいたことで発覚した。今の御影の魔法力では一度につき一人、それも場所が分かるだけのことしか行えないが、むしろそれだけしか出来ないことに御影自身が一番ほっとしている。


 そしてここには御影達以外にもう一人、亜佑がいる。端的に言うと移動の足がなかった為に彼女も巻き込んだのである。お嬢様である詠がお見合いに行くのに電車を使うとは思えないので、どうしても車の方が都合が良かった。

 最初は亜佑も邪魔をするのは、と反対したのだが、そこは御影がちらちらとわざとらしく甲斐を窺いながら何かを告げるとすぐに折れてくれた。……ちなみに、何故かその後甲斐は亜佑から同情するような視線を向けられた挙げ句「お互い頑張りましょう!」と肩を叩かれた。御影が亜佑に告げた言葉を大体理解した甲斐による無言の一撃が御影を襲ったのは言うまでもない。


 そして実家から亜佑が借りてきてくれた大きな車に乗って影を追いかけた御影達だったが……その見合い相手はというと、本当にまさかの相手だった。



「伊波先生、何か潤一さんから聞いてなかったんですか?」

「……お見合いするという話は聞いたけど今日だとは知らなかったし、それに相手も……」



 亜佑も詠の話を聞いた時に一瞬たりとも考えなかった訳ではない。だが普通に考えて生徒はないだろうとすぐにその考えを打ち消したのだ。潤一がそれを受けるとも思えなかった。



「多分先生も詠みたいに相手を知らなかったんじゃ……詠も正式なお見合いじゃないって言ってたし」

「そうでなければ俺は兄貴の性癖を疑うぞ」

「……とにかく、ここに居ても仕方がないから早く追いかけようぜ」



 御影が注目を集めるように手を叩くと困惑気味に話していた一同がはっと我に返る。確かにここで立ち止まっていても仕方がないと理解した六人は、急ぎ水族館の中へ入りチケットを購入して詠と潤一を追いかけた。




 休日の昼間とあって、水族館は多くの人でごった返していた。

 薄暗い館内には大きな水槽が所狭しと並べられており、その中を数え切れないほどの魚達が自由自在に泳いでいる。

 きょろきょろと辺りを見回しながら詠を探していた時音だったが、不意に視界に入った怜二を見て「今更何だけどさ」と彼に向かって口を開いた。



「怜二が来るなんて珍しいよね」

「……何か文句でもあるのか」

「そうじゃないけど、珍しいじゃん」



 普段の彼の性格を考えれば詠の見合いを覗き見したいとはとても考えにくく、そしてわざわざ御影達に付き合って着いてくるほど付き合いがいい訳でもない。「勝手にやってろ、俺を巻き込むな」とでも言いそうなものだ。

 時音がそう思って指摘すると、怜二はふん、と鼻を鳴らして時音を見下すようにした。



「どうせお前のことだ。初めて来る場所で色々と気を取られて迷子になったり、ぼさっとしているうちにまた誘拐されたりするのが落ちだと思ったから俺がわざわざ見張りに来てやったんだよ」

「はあ? 失礼な!」

「まあまあ時音、落ち着けって。甲斐ー、通訳ー」

「……自分の目の届かない場所で何かあっても困るし心配だから、いざという時に助けられるように傍にいることにした……という感じだろうか」

「鈴原貴様! 適当なこと言ってんじゃねえ!」

「もー怜ちゃんってばツンデレさんだなあ」

「死ね!」

「二階堂君押さえて押さえて!」



 甲斐に続いて畳み掛けるように煽る御影に怜二が殴りかかるが、それを慌てて亜佑が止めに入った。こんな場所で騒ぎを起こしたら尾行どころではなくなってしまう。

 時音はそんな騒がしい状況に少々呆れながら、甲斐が言ったことが本当だったらいいなと密かに考えた。


 思わず見入ってしまいそうな沢山の水槽を振り切って順路に沿って進んでいく。未だに一方的に御影に噛み付いている怜二の声をBGMに目的の人物を探していると、三部屋ほど通過した所でガラスの向こうを覗き込んでいる詠と、そしてその隣に立つ潤一の姿を見つけることが出来た。



「お、いたいた」

「あんまり近寄ったら見つかっちゃうよね……何話してるんだろう?」



 家族連れが多く、きゃあきゃあと大きな声を上げる子供の声に紛れて二人の会話は聞こえない。しかし楽しげに魚を眺めながら潤一と話す詠は見るからに楽しそうで、潤一も穏やかに微笑んでいる。



「なんか、思ったよりもあの二人悪くないかも?」

「と、時音ちゃん!」

「え?」

「……そう、かもな。二階堂先生はいい人だから……」



 年は離れているが潤一の人柄の良さは知っている時音はいっそこの二人がくっついてもありなのではないかと考える。が、すぐにそれを咎めるように華凛が声を上げた。


 詠から視線を外した時音が振り返ると、華凛の隣で甲斐と亜佑が項垂れるように暗い表情を浮かべていた。亜佑は潤一が好きだと知っていたのでその反応は分かる――とはいえ彼女の気持ちを忘れてうっかり口にしてしまった――がそれと全く同じ甲斐の態度を見た時音は「あれ、まさか」と呟いて口元に手をやり、甲斐の傍に寄った。



「鈴原君って詠のこと好きだったの……?」

「……」



 そっと耳打ちすると、甲斐は何とも言えない表情で時音を見下ろし、やがて小さく頷いた。

 成程、と納得していると、時音はその直後にぐい、と背後に腕を引かれ思わずたたらを踏んだ。



「時音、何の話だ」

「あ、えーと……」



 腕を掴んだのは怜二だ。珍しく食いついてるな、と感じながらも勝手に言って良いものかと先に甲斐を窺う。と、甲斐は疲れたようにため息を着いて「俺が言うから」と怜二を振り返った。



「俺は、詠のことが好きだ」

「……」

「全然知らなかったよ、ホントに」



 拍子抜けしたような顔をした怜二と、まだ少し驚いた顔をしている時音。そしてそんな二人を順番に見た御影はしみじみと頷いて口を開いた。



「この二人は鈍いよなあ……俺は勿論華凛だって察してたっていうのに」

「え、華凛そうなの!?」

「うん、まあ……」

「……」



 華凛の答えに甲斐が複雑な表情で押し黙る。御影はともかく華凛にも気付かれていると知らなかったのだ。

 しかし長年時音の気持ちに気付かなかった怜二はともかく、自分はそこまで鈍くないと時音自身は否定したかった。……が、別の人物に殆ど同じ年月想われていたというのにまだ気付いていないことを彼女は知らない。













「先生、もうすぐはじまるみたいですよ」

「ああ」



 ぐるりと一週水族館の中を回った詠と潤一は、その後イルカショーを見るために屋外の会場に来ていた。広いプールに沿うように設置された観客席は広く、そして一番前の席はプールぎりぎりに置かれている。

 水が掛からないようにと真ん中ほどの席に腰を下ろした二人は、わくわくと楽しげにイルカを待つ親子連れの声を聞きながらショーが始まるのを待っていた。



「……真宮寺、君はこういうこと、よくあるのか?」

「え?」

「見合いのことだ」

「あー……まあまあ、ですね。何度か同じようなことはしてます」



 今まで祖父に紹介されて来た人物は全員詠よりも年上で、潤一よりも年上の人物も居た。祖父が選んだ人なだけあり全員悪い人ではなかったものの、結婚したいかと言われるとそれは全く別の話である。



「嫌だとは思わないのか?」

「まあ……嫌であるんですけど、しょうがないのかなって。あたし、本家の一人娘ですから」

「……」

「そういう先生はこんな見合い受けちゃってどうなんですか?」

「どうとは?」

「だって先生は引く手数多でしょう? 選り取り見取りですよ。誰かいい人いないんですか? ほら、伊波先生とか!」



 どう思ってるんですか、と話を逸らすように切り出された言葉に、潤一は一瞬返答に迷った。


 亜佑が自分を好きだということは勿論知っている。けれど正直、理解しがたいとも感じていた。

 見てくれだけに惚れている他の人間とは違う、あれだけ潤一の“裏”を見せた挙げ句血塗れになるまで傷付けたというのに、それでも好きだという彼女は。



「……本当に、物好きな子だと思うよ」

「え? 何て?」

「何でもない。……あ、始まるみたいだぞ」



 喧噪に紛れるように小さな声で呟いた潤一は、聞き返した詠の言葉を流してプールに現れたイルカを指で示した。途端に会場が更に騒がしくなり、そして始まったショーに気を取られた詠は、いつの間にか元気に水飛沫を作り出すイルカに釘付けになっていた。

 スタッフの合図に合わせてイルカが大きく飛び上がると、詠も笑顔になってそれを目で追いかけた。



「うわあ……」

「イルカ、好きなのか?」

「はい! 可愛いし頭いいし……それに先生、イルカって空にもいるんですよ?」

「空?」



 夢中でイルカを見ている詠を潤一が微笑ましげに見ていると、彼女は得意げに指先を上……空に向けた。



「……あ、もしかして星座にあるのか?」

「はい! いるか座っていう、夏の大三角の傍にある星座です」

「流石、詳しいな」

「これでも真宮寺ですから。昔からお祖母ちゃんと一緒に天体観測して、いっぱい教えて貰ってたんです」



 星属性が発現するよりも前からずっと星が大好きだったと話す詠に、潤一は学園の事務員であり詠の祖母の言葉を思い出した。彼女は誰よりも星に好かれている、と。

 そしてきっと、同じように彼女も星を愛しているのだろうと思った。



「――それでは、ご協力頂けるお客様は手を上げて下さい」



 マイクを持ったスタッフの声に潤一は意識を引き戻される。先ほどからイルカと良いコンビネーションを見せていた女性スタッフの腕にはいくつかの輪っかが掛けられており、どうやらそれを観客が投げるらしい。よくある参加型のショーだ。



「真宮寺、やらなくていいのか?」

「いいですよ、小さい子だっていっぱいいるんですから――」

「はーい! 俺やりたい!」



 スタッフに指名されるために元気よくアピールする沢山の子供達の声。そしてその中にどうにも聞き覚えのある声を聞いたような気がした詠と潤一は、途端にぴたりと会話を止めた。



「……え?」



 振り返った先に居たのは沢山の子供と数人の大人。そして彼らに紛れるように立ち上がってぶんぶんと手を振って挙手する少年――御影と、彼を座らせるように腕を引く時音達だった。



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