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48話 かくれんぼ

 藤月祭での大事件も幕を閉じ、再び学園に日常が戻ってきた。

 倒れていた生徒達も皆後遺症も――更に言えばその時の記憶もなく、そして随分と消耗していた怜二と亜佑も無事に回復した。


 そしてあの事件の当事者の御影も監視用のブレスレットと抑制装置は着けているもののごく普通に登校して授業を受けている。以前よりもお調子者、といった雰囲気は無くなり時折気まずそうな表情を浮かべていることもあるが、それでも明るい性格は変わらず色んな人間に囲まれている。もう既にあの性格は偽りではなく彼自身のものとなっていたのだろう。

 にかっと笑う彼の頬には、大きなガーゼが主張するように貼られている。



「それじゃあ今日はこれで解散だ」



 最後の授業の後、連絡事項を言い終えた潤一がそう告げると一気に教室が賑やかになる。するとすぐに帰る支度をしていた時音に詠と華凛が声を掛けてきた。



「時音ちゃん、今日これからどこか行かない?」

「ほら、せっかく出掛けられるようになった訳だしお祝いってことでさ」



 影人の事件の後に更に引き起こされた騒ぎによって誘拐犯は捕まり、時音は晴れて外出を許可されるようになった。とはいえまだろくに出掛けられていないので、二人の提案に時音は嬉しそうに頬を緩めて頷いた。



「うん、もちろ」

「おい時音」



 笑顔を見せていた時音が、その瞬間ぴしりと固まった。



「話が……」

「ご、ごめんやっぱり今日は用事あったんだったごめんねじゃあ!」



 背後から掛かった声を掻き消した時音がワンブレスでそう言い切ると、彼女はそのまま鞄を引っ掴んで全速力で教室を飛び出していった。



「おい待て!」



 そして彼女の背後から声を掛けた少年――怜二もまた逃げる時音を追って廊下へ出て行く。そんな二人の後ろ姿を見送った詠と華凛は、苦笑を浮かべながら肩を竦める。



「二階堂君が起きてから時音ちゃんずっとあんな感じだね」

「告白したって聞いたけど、顔合わせる度にすごい勢いで逃げてるもんね」

「また逃げたのかあの子は……」

「あ、先生」



 時音達が出て行った扉を眺めながら話に加わって来たのは潤一だ。彼も多少の事情は耳にしており、昨日など怜二から逃げる為に時音が魔法まで使っているのを目撃していた。



「そういえば、時音ちゃんっていつから二階堂君のこと好きだったんですか?」

「うーん……私が覚えている限り物心付いた頃にはもう怜二の後ろをついて回っていたが」

「ええ、すごい。滅茶苦茶長い片思いじゃないですか。ちなみに先生的には時音が二階堂とくっつくのはどうなんですか?」

「……ノーコメントで」



 詠が興味津々に潤一に尋ねたものの、彼は何とも複雑そうな表情でそれを躱して教室を出て行く。背後で不満げな声が聞こえて来るのを聞きながら潤一は小さくため息を付いた。


 そして彼の頭に思い浮かぶのは時音と怜二の関係……ではなく、あの日時音を再び誘拐しようとした仮面の男のことだった。

 誘拐犯であるあの男は逮捕された……と、時音には伝えたものの実際には違う。捕まる直前に抵抗した男が自爆したのだ。現場にはちぎれた手足が見つかっており、闇属性特有の分身体でもないことは証明されている。しかし部分的に残された死体は損傷が激しく身元を掴むことは出来なかった。結局あれがどこの誰だったのか、誰にも分からないのだ。


 時音にはショックを与えると思い犯人が死亡したことについては誤魔化している。どの道彼女があの男に狙われることはなくなったのだからそれでもいいと思ったのだ。

 ……しかし、潤一はどこか引っかかりを覚えていた。

 時属性を求め、二度も時音を浚った男があっさりと諦めて自殺するものかと。対面した時に、潤一は仮面の向こう側で酷く執念深そうな目を見ている。一度失敗してからも慎重に機会を窺い、混乱した学園の隙を狙って時音を連れ去ったというのに。



「……考えても仕方がない、か」



 現に犯人は死んでいるのだ。今更想像を巡らせても無駄なことだった。













「はあ……」



 肩で息をしながら時音は必死に追いかけて来る怜二から逃げていた。様々な事件が収束し日常が戻ってくると、ようやく時音は自分が怜二に告白してしまっていたことに思い至ったのだ。

 そうなるとまともに顔を合わせることなどできなくて、更に怜二から話を持ちかけられて時音はそれを聞くことを恐れてずっと彼を避け続けている。


 あの告白を忘れているはずがなく、更に言えば彼は白黒はっきり付けたがる男だ。話など聞かずとも分かってしまう。

 普通に逃げていては体力の無い時音はすぐに追いつかれてしまう為時魔法を駆使しながら逃げてはいるが流石に疲れてきた。時音はどうしたものかと考え、そして目の前に図書館があるのを見ると飛び込むように中に入った。ここならば隠れる場所は多い。

 空調が効いた心地よい静寂の中に足を踏み入れる。途端に重たくなる体を引き摺りながら貸し出しカウンターの前を通り過ぎようとすると、不意に「あ」と静寂の中に小さな声が響いた。



「時音さん」

「……あ、三葉君」

「どうかしたんですか。何か焦ってましたし、汗すごいですけど」



 カウンターの中に居たのはきょとんとした表情を浮かべた三葉だった。彼もまたこの前操られていた生徒だが、どうやら本当に記憶は残っていないらしいと時音は内心ほっとした。もし覚えていれば、彼は自分が兄や時音を傷付けようとしたことを気にしてしまうだろう。

 そういえば図書委員だったのかと思いながら彼に近付こうとした時音は、しかし外から微かに聞こえてきた自分を探す声にびくっと肩を揺らして入り口を振り返った。



「……時音さん、こっちに」

「え?」



 時音の様子に何かを察したように、三葉は立ち上がって時音をカウンターの中まで連れてくる。そして大きな机の下に彼女の体を押し込めた。



「ちょ、ちょっと三葉君!」

「図書館では静かにしてください」

「それはそうなんだけど」

「来ましたよ」



 三葉がそう言った瞬間、カーペットが敷かれている床をどたどたと歩く足音が聞こえてきた。そしてそれは一度止まるとまたすぐに再び聞こえ始め、徐々に近付いて来るのが分かった。



「三葉」

「もう少し静かに歩けないんですか。ここは図書館ですよ」

「うるさ……おい、時音を見なかったか」



 時音の頭上で怜二の声が聞こえてくる。一度怒鳴りかけた彼だったが場所を考慮して口を噤み、時音の居場所を尋ねてくる。そしてそんな声をテーブル越しに聞いている時音は、すぐ傍に隠れているという緊張でつい体が震えてしまう。



「時音さん? さあ、僕はここに座っているだけだったので見ていませんが」

「図書館には入ってきてないんだな」

「はい。何かありましたか? どうせまた喧嘩でもしたんでしょうけど」

「違う! ちょっと話があるのにあいつが逃げるから……」

「嫌われるようなことしたんじゃないですか」

「んな訳あるか、むしろ……何でも無い」

「……」

「とにかく、時音を見つけたら教えろよ」

「はいはい、分かりました」



 不機嫌そうな声がカウンターから遠ざかっていく。時音はしばらくの間はそのまま隠れ続けていたが、頭上から「時音さん、もういいですよ」という声を聞いてようやく体を外に出した。



「三葉君、ありがとう」

「別に構いません。ですが、兄さんと何かあったんですか。逃げていたんですよね?」

「あー……うん、まあ」

「時音さんが兄さんを避けるなんてどんな風の吹き回しですか」



 時音と怜二が喧嘩することはよくあることだが、お互い避け合うならまだしも、こうも一方的に逃げたり追いかけたりしている姿は基本的に見ない。そして更に喧嘩でもないらしく、三葉は訝しげに立ち上がった時音を見上げた。

 見上げた彼女はどこか気まずそうな、また恥ずかしそうな表情を浮かべていた。



「え、っとね……ちょっと……」

「はい」

「あいつに、好きって言っちゃった……というか」

「……」

「いやでも振られると分かってるし、気まずくて逃げて来ちゃって」

「……」

「三葉君何か言って!」



 妙な沈黙のままじっと時音を見つめる三葉に、痺れを切らした時音が声を上げる。それに対して三葉はしばらく沈黙を続けた後、ぎこちない動きで口を開いた。



「……図書館で、叫ばないで下さい」

「あ、ごめん」

「事情は分かりました。それで、どうするんですかこれから」

「それは……」

「ずっと逃げ続ける訳にもいかないでしょう。あの人も大概しつこいですから」

「まあ、ね」



 怜二の性格上必ず時音を捕まえようとするだろう。それに時音もいつまでも逃げ切れるとも思えない。

 時音が考え込むように俯くと、目の前に座る三葉は何か言いたげに口を開き……そして数度躊躇った後に消え入りそうな声で呟いた。



「でも、もし逃げ続けたいのなら……ずっと、ここに隠れていてもいいですよ」

「……三葉君は優しいね」



 小さな声でも静まりかえっているこの場所であるから時音の耳にもちゃんと入った。いつもならばさっさと怜二と向き合えとすっぱりと言いそうな三葉の意外な発言に、時音は目を瞬かせて少しだけ苦笑いを浮かべる。年下の幼馴染みに随分と気を遣わせてしまったと。



「本当はちゃんと向き合わないといけないって分かってる。自分で言ったんだから、言い逃げは良くないよね」

「……そうですね」

「でもね、私……きっと振られても諦められないんだろうなって思っちゃうんだ」



 もし怜二が頷いてくれたらなんて楽観的な思考には至らない。昔から知っていて、考えていることもよく分かってしまうからこそ、言われる言葉など一つしかないのだ。

 けれども時音はそう言われたってじゃあ分かったと諦めることなんて恐らく無理だ。そう簡単に諦められるのならば、とっくの昔に愛想を尽かしている。



「三葉君邪魔してごめんね。私行くから」



 時音はようやく決心を付けて図書館の外に出ようとする。それでもその足取りは重く、逃げたいという心をねじ伏せるように足を引き摺って歩き出す。



「時音さん」

「ん?」

「……頑張って、ください」



 出て行く直前の時音を三葉が呼び止める。振り向いた彼女はその言葉を聞くと、小さく笑って頷いた。再び外に出て行く足取りは、ほんの少しだけ軽くなったかのように思えた。












「……まったく」



 時音の後ろ姿が完全に見えなくなった途端、三葉は椅子の背に体を預けて疲れたように息を吐いた。顔に片手をやり、そしてもう片方の手をきつくきつく握りしめる。



「心にもないことなんて、本当に言うもんじゃないな……」



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