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46話 終幕、とはならず


「椎名君! 目を覚ますんだ!」



 月野と御影の戦いは、まだ続いている。

 月野は自分の生徒である御影を必要以上に傷付けられないが、御影は殺す気で魔法を放って来る。繰り返される魔法の攻防の合間に、月野は何度も何度も御影――その意識に向かって声を掛けるものの、反応が返って来たことは一度もなかった。



「無駄だ。御影の意識は既に奥深くまで沈ませてある。聞こえることはない」



 御影は月野に向けて歪んだ笑みを見せた。すぐに鋭く尖った闇が月野に向けて襲いかかったが、彼はそれを払うようにがむしゃらに強い風を起こす。


 結果的に闇が月野に直撃することはなかったが、今ので大きく魔法力を使った。肩で大きく息をしながら、月野は顔を歪めて膝を着いた。状況は何も打開できていない。亜佑達に御影を必ず助けると約束したというのにこの体たらくだと、立ち上がる気力も無くしそうだった。


 御影は止めを刺すべく月野に近付こうとする。しかしその前にふと目の前の老人を見下ろした彼はぽつりと消え入りそうな声で話しかけた。



「……なぜ、表世界を襲うのか。そう言ったな」

「? 急に、何を」

「なに、光が潰されるまでの暇つぶしだ。……それに、貴様らが何も知らずに、正義面したまま死ぬのが許せない。罪を自覚させなければ、許せないからだ」

「……」



 月野は訝しげに御影を、その中に潜む影人を見上げた。先ほども影人が表世界を壊すのは当然のことだと主張していたのだ。しかし彼にはその理由など分かりはしない。



「お前達は……影人は、どうしてこんなことをする。表世界に恨みがあるのか」

「表世界に恨みがあるのはお前達の方だ」

「……それは、どういう」

「お前達が世界を、他人を憎むから。だから私達が壊す。それが私たち影人の本質だ」



 言葉を重ねれば重ねるほど月野を見下ろす視線はどんどん冷たく、そして憎悪を纏い始める。



「裏世界、そして影人を作り出したのは表の人間自身だ」

「何……!?」

「お前らの水面下の後ろめたい感情……憎悪、悪意、嫉妬。表に出さずに全て裏にしまい込んで来たその淀んだ感情で形作られたのが裏世界、それに私達影人」

「そんなことが……」

「お前らの身勝手な感情が私達を生み出した。私達が表を襲うのはお前らの隠された意志だ! だというのに表の人間は、勝手に生み出したくせに勝手に私達を消そうとする!」



 御影が一歩、足を踏み出す。ぎらぎらと殺意に満ちた目で月野を射貫いた彼は、闇を揺らめかせ、目の前の人間を殺そうと一気に闇を放って叫んだ。



「お前達の感情だ! 自らその報いを受けろ!」










 学園中のスピーカーから、場違いなほど伸びやかなバイオリンの音色が響き渡ったのはその瞬間だった。



「な……」



 周囲から一斉に聞こえてくるその音を耳にした途端、月野に向かっていた闇が一気に失速する。目の前に迫る闇を力を振り絞って魔法で弾いた月野は、それが今までのものとはまるで違う今にも消えそうな闇だったことに驚いて目を見開いた。

 学園中の闇が、一気に力を失っていくのが手に取るように分かった。



「なんだ……この音は!」

「光の、魔法力」



 亜佑か怜二のどちらか、あるいは両方がやってくれたのだとすぐに分かった。

 今にも諦めかけていた月野の心が活気づいていく。まだいけると、立ち上がれると不思議なほど戻った気力のまま立ち上がると、逆に目の前の御影は頭を押さえ苦しむように呻いた。



「御影……止めろ!」

“止めない!”



 御影――影人がまるで溺れているかのように息苦しそうにもがく。ずっと押さえ込んでいた御影の意思が、光に鼓舞されるように一気に力を付けて浮上していたのだ。


 意識を奪い合う。頭の中で影人と御影の意思がぶつかり、そして今度こそ、光の音を味方にした御影が影人の意思をねじ伏せた。



「椎名君!」

“俺は……俺は人形じゃない! 道具じゃない! 椎名、御影だ!”


「俺の体を、返せえええっ!!」



 自分の体を奪い取った御影が喉を震わせて叫んだ瞬間、彼の体から大量の闇が一気に外に出て溢れかえった。

 月野が息を呑むほど、止めどなく闇は御影の体の中から出て行く。しかし体外に溢れた闇は未だに響き続けるバイオリンの音を聞いてどんどん夜の闇に溶けて無くなって行った。

 消えずに残った闇が人型を作る。気力を使い切ったように両手を地面に付けた御影の背後で、その人影は手を大きな鎌のような形にして振り上げた。



“御影、貴様あああ!”

「刻まれろ!」



 振り上げられた鎌、そしてそれを手にしていた人影もろとも、ナイフよりも鋭利な風によってばらばらに引き裂かれる。



「!」



 崩れ落ちる人影に気付いた御影は、それを信じられないような目で凝視した。自分の体を乗っ取っていたもの、ずっと従い続けて来たもの、そして……自分を作り出した存在がこんなにも無残にばらばらに散らばっている。


 御影は何とも言えない気持ちを抱えて人影を見つめる。しかしやがてそれが消滅しかけるのを見ると、何かを言おうとして……そして、決意したようにそれに向かって告げた。



「俺は裏世界で、あんたに作られて生まれた。表の傲慢さも何もかもあんたと一緒に見てきた。表の人間が憎たらしくなったことだってあった」

“今更……何を……”



 裏世界を裏切ったというのに、今になって急に何を言い出すのかと、消えかけた意識の中で影人は思う。



「……けどそれ以上に、この世界が愛おしくて堪らなくなった。だから皆が傷付くのを黙って見ていられなくなった。……皆を、守りたくなったんだ」



 もう顔などどこにあるか分からない影人に、御影は少し照れくさそうに、しかし真剣に訴えた。



「だから俺はあんたに反抗した、裏切った。後悔はない」

“……そうか、ならば――お前も他の人間と同じように、この世界が壊れていくのを見ているんだな”



 影が溶けるように消え、上空へ立ち上る。


 それでもまだ、闇の声は呪いを残すように聞こえていた。



“人間がいる限り、裏世界は消えない。広がる、影人も増える。私のような者も、また現れる。

 生きている限り、闇はずっとついて回る。いつだってこの世界を裏返そうと狙い続ける。――せいぜい、一生抗い苦しみ続けろ”



 少しずつ声が遠くなりながらもそう言い残して、闇は完全に暗い空に消えていった。 

 それを静かに見上げながら、月野は決意を改めるように表情を引き締めて呟いた。



「――肝に銘じておく。影人……いや、もう一人の私達」













 御影が、影人が放った闇は学園から全て消え去った。御影の体に取り憑いていた影人は学園長によって倒され、御影もまた意識を失って倒れた。


 魔法力の限界までバイオリンを奏でていた怜二、そして大きな怪我と魔法力の消耗でその前から倒れかけていた亜佑はその後すぐに倒れて医務室に担ぎ込まれ、そして夜遅いが他の機関――政府などにも連絡が行き大勢の魔法士が学園にやってきた。

 しかし倒れているのは怜二達だけではなく、学園中の生徒が闇にやられてあちこちで倒れている。幸い多くは眠って回復を待つばかりの症状で、各々寮の自室へと運び込まれて行った。



「……怜二」



 下手な診療所よりも設備が整っている医務室を出た時音は、辛そうに眉を顰めて意識を失っていた怜二を思い出して俯きながら寮へと歩き出した。


 怜二はいくつかの軽い怪我と急激な魔法力の消耗による昏睡状態だという。命に別状はないらしく、ただ魔法力が回復するまで絶対安静にしている必要があると診断を受けていた。

 時音もいくつか手当を受けたが大したものではない。ガーゼを付けられた手のひらをじっと見つめた時音は、あと数時間で日が昇るであろう空を見上げた。あれだけ学園中を覆っていた闇はもうどこにもない。



「疲れた、な……」



 今日はもう色々ありすぎて頭が全く回らなかった。人生で一番長い日だったなと思いながら遠目に見え始めた寮へ重たい足を動かしていた時音は、ぐらぐらと揺れる頭を俯かせて足下を見ながら歩いていた。


 その視界に、彼女のものではない足が入って来た。



「ん?」

「周防時音」



 なぞるように足下から視線を上にやった彼女は、そこに立っていた人物を見上げて絶句した。



「一緒に来てもらう」



 目の前に立っていた人物――男は、凹凸のないのっぺりとした仮面を被っていた。



 人生で一番長い日は、まだ終わっていない。



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