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45話 光の音


「怜二、大丈夫……じゃないよね」

「……平気、だ!」



 ぜえぜえと荒い息を吐く怜二は、心配する時音の手を振り払って強がるように声を上げた。


 亜佑と別れてから時間が経ち、怜二はますます消耗している。心に宿る闇を払えるのは光属性だけで、サポートしか出来ない時音達は彼が苦しむのを歯噛みして見ていることしかできないのだ。

 それでも各々出来ることをやっている。闇に紛れて襲いかかってくる生徒は詠が予知して皆に伝え、怜二に攻撃が届く前に時音、甲斐、華凛がそれぞれ怜二を囲むようにして対処する。炎には水を、水には炎を、そしてそれ以外に対処できないものは時間を止めて何とか怜二を守って来ている。



「止まれ!」



 目の前に迫る虚ろな目をする先輩の動きを止めた時音は、それが成功したことにほっと息を吐いた。自分でも怜二を守る力になれている。その実感が少しでも彼女の気力になっていた。


 そう考えながらふと、時音は以前御影と話した言葉が突然頭を過ぎった。影人と戦うことに対して問うた彼女に、御影はできれば戦いたくないが、それでも戦うと告げていた。


『だって皆を守りたいからさ』


 あれは一体、“誰を”守ろうとして口にした言葉だったのだろうか。



「く、そ……」

「怜二!」



 とうとう膝を着いた怜二を時音が支えると、今度は彼も抵抗しなかった。しかしそれだけ余裕がないのだ。ぐっと体重を掛けてくる怜二の体を抱きしめるようにして、時音はどうしたものかと眉を顰めた。



「ねえ、私の魔法力を分けたりとか出来ないの?」



 怜二と比べてまだ時音には余裕がある。それを彼に与えることはできないかと三人を振り返ると、すぐに「無理だ」と甲斐が首を横に振った。



「魔法力を分けること自体は可能だ。相手の体に触れてそこから魔法力を送り込む。……ただ、それが出来るのは同じ属性の人間か、もしくは光属性だけだ」

「光……逆は、出来ないの?」

「輸血と同じだ。本当に少量ならともかく、別の属性だと普通は拒絶反応が起きる。今回倒れている生徒も恐らく、闇の魔法力を体に取り入れてしまったから体が拒絶したんだろう。むしろ光は他の属性と混じっても問題がないからこそ、唯一体内に取り入れて治療が出来る属性なんだ」



 甲斐の説明に、時音は困ったように寄り掛かる怜二を見上げた。魔法力が足りていないのは怜二だというのに、皆に分け与えられるの怜二だけだという。同じ属性にしたって、亜佑も同じような状況であると考えればこの状態を打開する方法はない。



「それにしても、伊波先生大丈夫かな……」

「……」



 時音と同じく亜佑のことを連想した華凛が呟くと、その場に居た全員が口を噤んで黙り込んだ。何せ相手が相手だ。楽に勝てる相手どころか、無事でいる保証もない。



「兄貴め、簡単に操られやがって……ん?」

「どうしたの?」



 汗を拭いながら怜二が毒づいていると不意に夜の静寂を切り裂くようにぴぴぴ、と電子音が響き渡った。



「誰のだ?」

「……俺」



 のろのろとした動きで怜二がポケットに入れていた携帯を取り出す。こんな時に一体誰だと思いながら画面を覗き込んだ彼は、その瞬間ぴしりと固まった。

 着信を告げる音は依然として続いている。



「誰?」

「兄貴、だ」

「え!?」



 一斉に怜二の携帯を全員で見ると、確かにそこに“兄貴”と表示されていた。怜二の兄など勿論一人しかいない。



「伊波先生が正気に戻してくれたんだ!」

「いや……もしかしたら罠かもしれない、気をつけろ」



 電話を掛けてきた潤一が今どんな状態なのか。不安と期待をまぜこぜにした四人に見つめられながら、怜二は恐る恐る携帯を耳に当てた。



「……もしもし」

『怜二! 無事か!?』

「兄貴……」

『話せはするんだな? 怪我は? 他の子達も大丈夫か?』

「……こん、の、馬鹿兄貴が!!」



 いきなり携帯に向かって怒鳴った怜二に時音達は少し驚いたものの、その表情を見れば潤一は大丈夫だったのだろうとすぐに分かった。



「心配掛けやがって!」

『心配してくれたのか、ありがとう』

「ちが……」

『私も伊波先生も何とか大丈夫だ。時音ちゃん達も無事か?』

「……ああ。全員居る」



 安堵は伝染し、時音達の間にほっとした空気が流れる。妙に不機嫌な顔を作った怜二に時音がつかの間表情を緩ませた。



『謝罪は後でいくらでもする。とにかく怜二、今どこにいるのかは分からないが、すぐに放送室に向かってくれ』

「放送室?」

『ああ、私達もすぐに向かう。上手く行けば一気に学園中の闇を浄化することができるかもしれない』

「ホントか!?」



 耳を澄ませて潤一の声を聞いていた時音達にも驚きが広がる。そんな方法があるのかと顔を見合わせているうちに通話は終了し、怜二は携帯をしまって時音から体を離した。心なしか先ほどよりも元気になっているようだ。



「詳しくは分からないが放送室に行けと」

「潤一さんのことだしきっといいこと思いついたんだよね」

「電話の様子だと本当に元に戻ったみたいだしな」

「じゃあ早く行こ! 放送室ってそんなに遠くないしね!」



 潤一のいつも通りの声を聞いて一気に活気が戻ってくる。それだけ先ほどの虚ろな目をした彼の衝撃が強かったのだ。

 放送室は職員室などの主要な場所が集まるメインの建物の中にある。広い敷地内の中でもさほど遠い場所でもなく、時音達は足を早めて放送室を目指した。





「放送室って何階!?」

「確か……三階だったはずだ」



 建物の中に入り残りの体力を使い切るようにして走る。躓きそうになりながらも重たい足を持ち上げて階段を駆け上がると、ようやく廊下の奥に放送室と書かれたプレートが見えた。



「やっと着い――」

「……捕まえろ」



 目的地が見えて気が抜けかけたその直後、突然全員の足下にヒビが入った。



「は」



 廊下の床が割れ、全員の足を飲み込もうとする。慌てて飛び退くが、廊下が狭い所為で完全には逃げ切れず、床板に足が挟まるような形になってしまった。



「あと少しだって言うのに……!」

「ごめん、空見えて無くて予知出来なかった……」

「……今の声」



 時音は何とか足を引っ張り出そうとしながら、今し方微かに聞こえた声を頭の中で思い返す。足下を壊した魔法、これは土属性によるもので、そして今の声の主は――。



「……憎い」

「あ……」



 再び聞こえてきた声は、放送室のすぐ近くからだった。



「三葉君!」



 ゆらりと体を揺らしながら薄暗い廊下の奥から近付いて来るのは時音もよく知る少年だった。顔を俯かせた彼は徐々に足を早め、そして不意にぱっと顔を上げた。



「あああああああっ!!」

「三葉!」



 怜二に向けて憎悪の眼差しを向け、そして唸るように叫びながら彼は手に持ったカッターナイフを容赦なく兄に突き出した。

 突然のことに怜二も反応しきれなかった。何せ仲が悪いとは言っても弟が凶器を向けてきたのだ。いくら操られているのが分かってもすぐには頭が働かず、ただ目の前に迫るカッターを見つめることしか出来なかった。





「駄目!」



 足は動かない。思考も動かない。そんな怜二にすぐ隣に居た時音は、頭で考えるよりも先に無理矢理足を引き抜いて怜二の前に飛び出した。



「な」

「時音!」



 驚愕に染まる怜二のと詠の叫び声を聞きながらも、時音は無我夢中で迫り来るカッターを止めるべく三葉に向かって手を伸ばした。魔法を使い慣れていない時音に時間を止めるなんてそんな余裕はどこにもなく、突き出された三葉の手を必死に掴んだ。



「いっ……」



 手を掴み損ねた。勢いを殺さぬままカッターの刃に手を切り裂かれた時音は小さく悲鳴を上げて、それでも三葉を止めなければと彼を見返した。



「三葉く……」



 しかし時音が止めようとするまでもなく、彼はすでに動きを止めていた。突き出されたカッターはそれ以上時音を傷付けることはなく、三葉は手を振るわせながら眼鏡の奥の大きな目を見開いて時音を凝視していた。

 カタン、と軽い音を立ててカッターが廊下に落ちる。



「と……き、ねさ……」

「浄化!」



 その瞬間、三葉は背後から光に貫かれた。



「え」

「皆無事!?」



 魔法を使ったのは怜二ではない。では誰なのかと考えれば勿論一人しかいない。

 時音が崩れ落ちる三葉の背後を見ると、そこには潤一と、そして彼の背に背負われた亜佑が慌ててこちらへ向かって来る所だった。



「三葉……」



 倒れた弟を苦々しい顔で見た潤一は、背負っていた亜佑を下ろすと三葉の体を起こして廊下の壁に寄り掛からせた。

 三葉が倒れたことで魔法が効果を失い足が自由になる。すると怜二は真っ先に時音に向き合い血が流れるその手を掴んだ。



「馬鹿か、何で庇ったんだよ! ……癒やしの」

「怜二、治さなくていいよ」

「は?」

「今はそんな余裕、ないでしょ」



 怜二の手を外してじくじくと痛む腕を背に隠す。手も、そして無理矢理動かした足も確かに痛いが、それでも今怜二の魔法力を余計に使うわけにはいかない。時音だけではなく皆どこかしら怪我をしているのだ。特に亜佑の方が酷いというのに自分だけ傷を治してもらう訳にはいかなかった。

 平気だというように軽く笑って見せるとじとりとした目で睨まれたが、やがて「分かった」とため息を吐かれた。



「それで……どうすればいいんだよ」



 ひとまず血だけを華凛に洗い流してもらい放送室に入る。しかしここへ来た理由は結局分かっておらず、苛立った様子の怜二が急かすように潤一を見上げた。



「伊波先生」

「はい。二階堂君これを」

「え?」



 亜佑が背負っていたものを怜二に差し出すと、彼は拍子抜けしたように目を瞬かせる。今まで目に入っていなかったものの、亜佑は潤一に背負われながら自分も荷物を背負っていたのだ。



「バイオリン……」

「流石に音楽室にあったものでお前のじゃないが、弾けるな?」



 手渡されたのは楽器ケースだった。そこに入っているものは開かずとも分かり、しかし渡された意図が分からずに怜二は困惑する。



「弾けるけど、こんなの何に使うんだよ」

「今からここで演奏しろ」

「はあ!?」

「勿論ただ弾くだけじゃない。魔法力を込めて、だ。この放送室からなら学園中に音を響かせることが出来る。上手く行けば、音が響く範囲に一気に魔法力を広げることが出来る」

「音に魔法力を乗せるなんて、そもそもそんなこと可能なんですか」

「ああ。現に怜二はやったことがあるしな」

「え?」

「前に周防が」

「その話はいいだろ!」



 言い掛けた潤一の声を怜二が掻き消す。何かあったかと時音が首を傾げるものの、今は悠長に尋ねている場合ではない。



「……とにかく、弾けばいいんだな」

「ああ。放送機材はこっちでやっておく。お前はすぐに準備をしてくれ」



 ガチャガチャと鍵を掛けた放送室の扉が外側から開けようとする音が聞こえてくる。時間はない。魔法があればすぐに壊されてしまうその扉を守ろうと、時音達はすぐに周囲の物を扉の前に移動し始めた。



「二階堂君!」

「先生」

「残りの魔法力、分けておくわ」



 慌てて慣れないバイオリンをチューニングしている怜二に亜佑が近付く。そして彼女は力づけるように強く怜二の手を握った。

 その瞬間、手から温かい、気力のようなものが流れ込んでくるのが分かった。

 徐々に手を握られる力が弱くなっていくのが分かった怜二が亜佑を見ると、彼女は力ない笑顔を浮かべ、そして崩れ落ちるように座り込んだ。



「先生、音楽とか、全然駄目だから……任せて、ごめんね」

「……いえ」



 ひゅうひゅうと危機感を覚える呼吸を繰り返す亜佑に静かに首を降った怜二は手早くチューニングを終えてすぐにバイオリンを構え直した。



「怜二、準備はいいか」

「ああ」



 すぐにでも扉は破られるだろう。どんどん激しくなっていく音を遮断するように意識から遠ざけた怜二は、大きく深呼吸をしてからすっと弓を弾いた。


 楽譜などない。だから今彼が弾くのは、楽譜が無くても弾ける曲……昔、いつも時音にせがまれて弾いたその曲だった。



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