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44話 本当の自分


「二階堂先生! 目を覚まして下さい!」

「……」



 亜佑はそう叫びながら潤一の風魔法を打ち消して距離を詰める。しかし潤一は相変わらず虚ろな目のまま彼女を吹き飛ばすように暴風を巻き起こした。


 あれから幾重にも亜佑と潤一の攻防は続いている。しかし状況はというと、亜佑の方が悪くなっていく一方だった。

 まずそもそものスペックが違いすぎる。方や藤月の教師といえども新任、そしてもう一方はというと教師陣の中でも指折りの魔法士である。そして暗闇の中の戦いである為亜佑の光魔法は視認しやすく、潤一の風魔法は当然目に映らない為回避しにくい。



「はあ……はあ……」



 じりじりと追い詰められ蓄積していく怪我で亜佑の動きも徐々に鈍くなってくる。ぽたぽたと地面に落ちる血と汗を拭い、亜佑は苦しげに息を吐いて潤一を見据えた。たとえ光魔法が使えたとしても、回復に回せる魔法力もタイミングもない。


 ただ救いがあるとすればそれは二つ。一つは、彼女は潤一を倒す必要はなく、とにかく光魔法をその体に浴びせられれば勝ちだということ。

 そしてもう一つは――。



「閃光!」



 亜佑が自身を奮い立たせるように叫ぶ。瞬間辺りがまるで昼間のように明るくなり、暗闇に慣れていた目を眩ませる。闇に染まりつつある今の潤一には余計に眩しく感じる光に思わず目を伏せると、その隙を狙うように彼の背後に迫った亜佑が「光弾」と声を上げながらいくつもの光の弾丸を潤一の背中に叩き込む。

 しかし潤一は振り向きざまに即座に風の防壁を作り出しそれらを全て防ぎ、更に続けて間髪入れずにお返しだとばかりに空気の弾丸を亜佑の体に容赦なく撃ち込んだ。



「!」



 あまりの返しの早さに亜佑の目が見開かれた瞬間、彼女の体に一瞬にして沢山の穴が空いた。ただの風とはいえ圧縮された空気は尋常ではない破壊力を持ち、そして正確に亜佑の心臓を綺麗に撃ち抜いたのだ。 



「……!?」



 しかしその直後、目を見開いたままの亜佑の体が、まるで陽炎のように揺らめいて闇に消えた。そしてそれに潤一が動きを止めたほんの僅かの間に、彼の死角から幾重もの光の矢が襲いかかって来たのだ。



「く……」

「っ、掠っただけ、ですか……」



 不意打ちで打った追尾式の光の矢は中々に自信のある一撃だったのだが、しかし潤一がぎりぎりで風によってそれを受け流した。直撃は避けたものの、ようやく亜佑の光魔法が彼の体に届いたのだ。

 光が掠った肩を押さえ苦しむ潤一を見ながら、亜佑は独り言のようにぽつりと呟いた。



「……普段の先生なら簡単に見破ったはずです」



 一度目眩ましをし、その間に光の屈折で分身を作り出す。そしてそちらで相手を引きつけて本体である亜佑が隙を突く。彼女が得意としている戦法で、潤一もそれを知っている。

 もう一つの救いは、潤一が操られている所為で本来の力を最大限に発揮出来ていないことだ。もし正気の潤一との戦いならば、亜佑は傷一つ付けられずにノックアウトされていただろう。



「二階堂先生! 聞こえますか!」



 たとえ掠っただけとはいえ、光を体内に取り込んだのは事実だ。少しでも彼の心に潜んだ闇を払えていないかと亜佑が呼びかける。



「……あ、」

「! 先生!」



 すると苦しむ潤一が今までに無い反応をした。やはり少しは光が効いたのだ。重たい体が少しだけ軽くなるのを感じた亜佑は一気に闇を浄化してしまおうと畳み掛けるように光を放った。



「え」



 何の抵抗もなく光を受け入れると思ったその時、潤一は軽く魔法でそれを弾くと同時に顔を上げた。今までの虚ろな目とは違う、酷く鋭い視線で亜佑を睨み付けながら。



「先生!」

「……るさい」

「二階堂先生! いつもの、本来の先生に戻って下さい!」

「――黙れ!」



 地を這うような、聞いたことの無いような冷えた声がした。依然として亜佑を睨み付けながら、潤一はまるで全てを呪うようにぶつぶつと呟き始めた。



「いつもの、本来の、だと? 何も、私のことなど何一つ知らない癖に」

「せ、先生……?」

「知ったような口を聞くなっ!」



 その瞬間、亜佑の体を無数のかまいたちが切り裂いていた。













 あああああ、苦しい。気分が悪い。狂ってしまいそうだ。

 潤一はどろどろと頭の中を巡る黒い感情で可笑しくなってしまいそうだった。


 先ほどまで何も考えられなかったというのに、僅かな光を浴びた瞬間にほんの少し自我が戻った。そして戻ってしまったからこそ、自身を取り巻く黒い感情に――普段は表に出さずにずっと心の奥底に念入りにしまい込んでいるその感情を自覚して心をコントロール出来なくなっていた。


 潤一の目の前には血塗れで膝を着く亜佑の姿がある。これは自分がやったのだ。何も理解していない癖に分かったような口を聞く彼女に、爆発した感情が押さえられなかった。



「今まで周囲に見せてきた二階堂潤一は全部嘘だ、偽物だ! あんなもの本当の私じゃない!」

「……っ」

「上辺だけの私に惚れただけの君に、一体何が分かる」



 伊波亜佑が自分に好意を寄せていることは、潤一も察していた。誤魔化しや取り繕うことが苦手でその好意も非常に分かりやすい彼女は、怜二と同様に潤一が妬ましくなるほどに素直な人間だ。

 自分と対極な人間。だからこそ内心、好意を向けてくる彼女に対して潤一は密かに苛立ちと嫉妬を抱いていた。



「……昔、君に言った言葉だってそうだ」

「!」



 荒い息を吐きながら、亜佑ははっとしたような顔で潤一を見た。



「それ、は……」

「ありのままでいい、堂々としていればいい……なんて、上っ面だけの嘘を吐いた」



 亜佑がまだ学生の頃、やっかみを買って苦しんでいた彼女に掛けた言葉を潤一はとてもよく覚えていた。何しろ、それを言いながら心の中では「どの口が」と自嘲していたのだから。


「でも……私は、あの言葉が嬉しくて」

「綺麗事を並べただけ。ただ、耳障りの良い言葉を選んだだけだ」



 言い募ろうとした亜佑の言葉を遮って潤一が告げる。あの時の言葉は、ただ教師として、“二階堂潤一”としての正解を口にしただけの、薄っぺらい言葉だった。そこに、潤一の本心など欠片もない。



「……」

「幻滅したか。だがこれが本当の私だ。嘘で塗り固められた、くだらない人間だ」



 口を閉ざして俯いた彼女に潤一は冷えた声を出した。結局彼女も、自分に勝手に理想を見ていただけなのだ。本心を知ればどうせ離れていく、その程度の感情だったのだ。

 潤一は亜佑に向かって右手を伸ばした。未だに心の中に燻る闇が“光を殺せ”と訴えてくる。

 その声に促されるままに潤一は瞬時に目の前の空気を圧縮する。そしてそれを既に血に濡れている亜佑に向かって容赦なく放った。





「――それでも」



 かん、と甲高い音と共に空気の弾丸が光に弾かれた。僅かに驚いた潤一の目の前で、ふらりと俯いていた亜佑が立ち上がり、そして顔を上げる。



「私はあの言葉に救われた。たとえあなたにとって嘘でも、私には本当だったんです!」



 真摯な、強い眼差し。いつ倒れても可笑しくは無いというのに、彼女はそんなことを感じさせない強さで立ち、潤一に向かって声を張り上げる。


 その雰囲気に気圧されるように、潤一は無意識のうちに一歩後ろに下がっていた。



「だから……だから、先生が嘘だと言うのなら、私が本当にしてみせる!」



 一歩、潤一が離れた距離を埋めるように亜佑が近付く。血塗れの顔を乱暴に拭って、そして――笑顔を見せた。



「二階堂先生、好きです」

「っな、」

「私はあなたの言う本当の二階堂潤一を知らない。知っているなんて嘘でも言えません。……でも、あなたが自分を偽りだと言うのなら、だったら本当のあなたを教えて下さい」



 動きを止めた潤一に、亜佑が更に歩み寄る。



「別に、周りの皆全てに本心を晒せってことじゃないです。でも大事な人……本当の自分を分かってもらいたい人には、ちゃんと教えてあげて下さい。きっと、先生の大事な人なら話してくれたことを喜ぶと思います」



 少なくとも、私なら嬉しいですよ。


 亜佑の手がそっと潤一の手を握る。温かいその手をされるがまま呆然として見ていた潤一は、しばらく黙り込んだあと静かに目を閉じた。

 何も見えなくなった暗闇の中、殺せと騒ぎ立てていた声はいつの間にか小さくなっていた。




「……本当の、私は」

「はい」

「決して、完璧じゃない。兄弟の誰よりも面倒臭がりで、好き嫌いも多くて、負けず嫌いで。……だから周りに負けたくなくて頑張っていたら、いつの間にか天才だと囃し立てられるようになってしまった。何でも出来ると勝手に決めつけられるようになって、そんなことないと言っても謙遜していると思われて……誰にも、理解されなくなった」

「……はい」



 天才で完璧な二階堂潤一という人間を演じなければいけなくなっていた。そうあることが当然のように扱われた。その時にはもう、後戻り出来なくなっていたのだ。



「本当は、怜二のやつが心底羨ましくて堪らなかった。生き辛くても、あいつみたいに何もかも正直に生きられればと何度も考えてた」

「なら、今からでもいいじゃないですか」

「……え?」

「周りがどう思ったって、先生は先生のまま、堂々と生きて下さい。私も出来ることなら手伝いますから。だからほんの少しずつでも、変わっていきましょうよ」

「少しずつでも、か」

「はい!」



 亜佑が手に込める力を強くする。元気づけるように、力を分け与えるように笑う彼女を間近で見下ろした潤一は心のどこかで敗北感を覚えた。

 ああ、本当に眩しい。消え入りそうな声で呟き、彼は亜佑の手を解いた。



「伊波……怪我の詫びと、目覚ましの意味で一発、思いっきり叩いてくれないか」

「え、思いっきりって……いいんですか、私結構力強いですよ」

「ああ、知ってる。女とは思えない腕力だな」

「ひ、酷いです!」

「正直に思ったことを言っただけだ」



 くく、と小さく笑みを零すと、亜佑は少し驚くように目を瞬かせ……そして、嬉しそうに笑った。



「先生、案外意地悪な所あるんですね」

「幻滅したか?」

「まさか。……それじゃあ、思いっきり行かせてもらいます」



 右手に浄化の光を込めて、亜佑が大きく振りかぶる。


 清々しく大きく響いた音と、想像以上に強い力を込めて打たれた衝撃に、潜んでいた闇は元より、心を縛り付けていた鎖が勢いよく弾け飛んだような気がした。













「本当に済まなかった」

「いえ、先生の所為じゃないですから」



 心に植え付けられていた闇も払われ正気に戻った潤一は、ひとまずぼろぼろの亜佑に向かって酷く申し訳なさそうに頭を下げた。

 顔や服は血で汚れていて、体も多少は彼女自身で治したものの今はできるだけ魔法力を残しておきたいが為に、治療は動くのに支障がないくらいに留めていた。



「……だが、これではキリがないな」



 肩で息をしながら、ひとまず近くに居る生徒達の闇を浄化しているのだが圧倒的に魔法力が足りない。そもそも光属性が二人しかいないのだ。怜二だって別れる時点でかなり疲れていた。



「もっと、何かいい方法はないですかね……」

「ああ、一人一人浄化していくのでは時間も魔法力も足りない。もっと効率のいい方法は……」



 亜佑が頑張っているというのに、潤一が出来るのは精々襲いかかってくる生徒や教師に応戦し、浄化する隙を作るくらいだ。自分の所為で余計に消耗させてしまったことに申し訳なさを感じながら、潤一は考えるように口元に手をやった。


 何か方法はないのか。だが学園中の人間を一気に浄化させられるような、そんな都合のよい方法など――。



「……あ」

「先生?」

「伊波先生、もしかしたら上手く行くかもしれない」

「ほ、本当ですか!?」

「確証はないが、やってみる価値はある」



 潤一は期待に目を輝かせた亜佑に頷いてみせると、すぐに懐から携帯を取り出した。今考えた作戦には、勿論のこと怜二の力が必要なのだ。



「どんな方法なんですか!?」

「実は――」



 電話が怜二に繋がるまでの間、潤一は亜佑に説明をしながら目的の場所まで早足で歩き出した。



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