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43話 堕ちた人々


「クローン、人間……?」



 時音は信じられないとばかりに目を大きく見開いて冷酷に笑む御影をじっと見つめた。クローン技術というものがあるのは知ってはいるものの、実際に目にする機会なんてない。ましてやそれが人間のクローンであれば尚更だ。



「表世界に潜入する為に人間が必要だった。だから一から裏世界の人間を作り上げ、魔法士達に紛れ込ませた。……まあ、結局こいつは人間達に絆されて役立たずになった訳だが、今までこいつがやってきたことは有効活用させてもらう」

「何を……っ!?」



 言い掛けた月野が不意に何かに気付いたようにその場から飛び退いた。その瞬間、今し方彼が居た足下の地面が割れていくつもの礫が吹き上がる。

 目の前の御影はまったく動いた様子もない。そもそも闇を操る彼が土魔法を使えるとも思えない。一体誰が、と素早く周囲を見回した月野は、すぐ背後から「あ」と小さく時音が声を上げたのを聞いて振り返った。



「加藤君……」



 少し離れた場所に、夜に紛れるようにひっそりと立ち尽くしていたのは時音達のクラスメイトの男子生徒だった。普段から大人しい彼はどこか目を虚ろにさせて何かをぶつぶつと呟いている。

 そういえば彼は土属性ではなかったかと時音が考えた所で、再び傍の地面が割れて地震のようにぐらぐらと足下が揺れた。



「これは、彼が……!」

「先ほどこの学園中の闇を増幅させた。それによって、あらかじめ御影が接触し心に闇を潜ませておいた人間は全てこちらの手中だ。特に、普段裏に隠しているものが多い者ほど容易く闇に同調し操れる」

「浄化っ!」



 怜二が先ほど見た亜佑の魔法を見様見真似で加藤に向かって放つ。間を置かずに飛んだ光が加藤を貫くと、彼はすぐにぐったりとして地面に倒れ込んだ。その表情はどこか安らかなもので、闇が取り除かれたのだとすぐに分かった。



「一人どうにかしようが無駄だ。出来るだけ多くの人間に接触するように御影に指示していたからな。この学園の多くの人間はお前らの敵だ。……だがやはり、光は邪魔だな」

「怜二っ! 先生!」



 何度目かの闇が二人を狙う。しかしそれをすぐに察知して風の防壁で闇を弾いた月野は、御影から視線を外さぬまま背後に向かって声を上げた。



「皆、ここから逃げなさい。彼の相手は私がする」

「でも、学園長」

「大丈夫だ、椎名君は必ず取り戻してみせる。だからその間に、どうか他に操られている子達を少しでも多く助けてほしい。それは君達に頼むことしかできない」

「……分かりました! 二階堂君、あなたもお願い!」

「分かってます!」



 亜佑の声に怜二が真剣な顔で頷くと、時音達も含めた六人は急いで夜の学園を走り出した。



「……」



 背を向けた彼らを攻撃するかと月野は警戒していたが、予想外にも御影はただ走って行く彼らの後ろ姿を黙って見送っただけだった。

 どういうつもりだ、と警戒を強めた月野に、御影はにやりと意味深に笑った。



「まさかこれで私を上手く足止め出来たとでも思っていないか」

「……どういうことだ」

「この学園の多くの魔法士は私の手中だと言ったはずだ。光や、ついでに少々厄介な星や時を潰すように全てのやつらに一斉に指示を出すこともできる。……というよりも、もうそう指示したがな」

「な、」

「むしろ危険なのはあっちだってことだ」



 すぐさま身を翻そうとした月野の足下に闇色の矢が突き刺さる。



「足止めしたのはどちらの方だったかな。光達が死ぬまで私の相手をしてもらおうか」

「く……」

「ああでも、どうせすぐに決着は着くだろうが」



 御影は不敵に笑いながら何本もの闇の矢を月野に放つ。生徒である御影の体を必要以上に傷付けられない月野は圧倒的に不利で、しかし逃げる間もくれない。



「御影の身近に居た人間は他の人間よりも多く闇を植え付けている。そう例えば……あの優秀な担任とかね」

「っ!」



 月野の表情が歪められるのを見て、御影はますます笑みを深めた。



「さて、あいつらはどれぐらい持つかな」













「浄化!」



 亜佑と怜二の光魔法によって、虚ろな目で襲いかかって来た女子生徒はぱたりと倒れ伏した。

 既に何人目かの生徒の心から闇を取り除き、怜二達は疲れたように息を吐く。学園内を回ると闇に耐えきれずに倒れた生徒と、そして逆に襲いかかってくる生徒の二通りに分かれていた。

 前者は闇を取り除くだけでいいが、問題は後者だ。何人もの生徒が操られて攻撃してくるのを時音達四人が何とか防ぎ、そしてその隙を狙って亜佑と怜二が浄化する。


 特にまだ魔法を使いこなせていない一年ならまだしも、上級生や教師だと非常に厄介だ。一度実際に教師とかち合いそうになったが、気付かれる前に背後から不意打ちで光魔法を放って事なきを得た。



「ホントに、キリが無いね……」

「椎名の交友関係が異様に広かったのはこういう理由だったんだな」

「あの野郎……元に戻ったら殴る、ぜってえ殴る」



 怜二が苛立った様子でぶつぶつと呟くと、その発言にずっと黙っていた華凛がほんの少し笑った。御影を嫌っておきながら、しかし怜二も内心では彼が元通りになることを願っているのだ。



「うん、そうだね。私もそうしようかな」

「あたしも!」

「……俺も、一発ぐらいしておこうか」

「はは……椎名君大変なことになりそう」



 冗談めかして華凛がそう言うと、それに便乗するように詠と甲斐も頷いた。皆の発言に時音は思わず苦笑してしまう。彼女も時計の件で怜二に殴れと言われていたのだから、実際にその時が来たら御影は酷い目に遭うことだろう。


 御影が元に戻ったら、そんな話をして少し場が明るくなったものの依然として状況は変わらない。

 何しろ本当に数が多いのだ。御影が接触していない生徒達もまた、学校を覆った闇に当てられて体調を崩している生徒もいる。こちらに手を貸してくれる人間は居ないと考えた方がいいのだ。



「二階堂君、後は先生がやるから休んでいて」

「……そんなこと出来るわけない。それに俺の魔法力は先生より上です」

「それはそうだけど……」



 疲れたように額の汗を拭った怜二に亜佑が気遣うように声を掛けるが、しかし負けず嫌いな怜二は睨むようにして彼女を見返して首を横に振る。確かに怜二の魔法力は高く亜佑は平均程度だが、しかし効率的に魔法を使うことに掛けては教師だということもあって亜佑の方が遙かに上だ。



「周防さん、二階堂君を――」

「先生! 何か来る!」



 とにかく少しでも休ませようと亜佑が時音に怜二を任せようとしたその瞬間、警戒するように空を見上げていた詠がはっとしたように大声を上げた。


 そしてその声と同時に、ぞわりとした嫌な悪寒が亜佑の全身に走る。頭で判断するよりも先に背後を振り返った彼女は一瞬にして光の障壁を作り出していた。

 直後、間髪入れずに障壁を何か強い衝撃が襲う。壁にぶつかったのが何かは肉眼では確認できなかった。

 土でも水でも炎でもない、ましてや光でも闇でもない見えない衝撃。それを引き起こせる魔法属性は一つしかない。



「風……」

「――邪魔が、入った、か」

「!?」



 聞き覚えのありすぎる声に亜佑が視線を暗闇の先に向ける。するとふらふらと覚束ない足取りでこちらに近付いて来る一人の男の姿があった。

 彼を見て、その場の全員が息を呑んだ。



「潤一、さん」

「兄貴……!」

「光は……消す」



 男――虚ろな目をした潤一の手が力なくふらりと持ち上げられたかと思うと、容赦ない強さの突風が吹き荒れた。



「皆っ!」



 即座に亜佑もぐるりと全員を囲むように障壁を作るものの、魔法力も技術も圧倒的に上の潤一の攻撃を受けきることができず、障壁は数秒で掻き消えた。

 壁がなくなるとすぐさま時音達は後方へ数メートルは吹き飛ばされる。地面に転がるようにして体が止まると、再び魔法を放とうとする潤一を制するように亜佑が先んじて浄化の光を放った。

 しかしそれはあっさりと躱される。それでも時音達に近づけまいと亜佑は連続して魔法を使い続けた。



「皆早くここから離れなさい! ここは先生に任せて」

「でも二階堂先生ですよ!? 伊波先生一人じゃ……」

「情けないけど、先生じゃあなた達全員を守りながら戦うことは出来ない。だから!」



 亜佑は苦く険しい表情で唇を噛む。何しろ相手は潤一だ。これまでの生徒や不意打ち出来た教師とは話が違う。生徒の誰一人として犠牲にさせてはいけないこの状況で、潤一と戦いながら彼らを気にする余裕など彼女にはありはしないのだ。



「ですが」

「いいから行きなさいっ!!」



 背後にいる生徒の声を掻き消して亜佑が叫ぶ。今までに聞いたことのないような彼女らしくもない鋭い怒声と共に、亜佑は魔法を止めて潤一に飛びかかった。

 素早く懐に入り込んで光を浴びせようとするが、その前にいくつもの空気の弾丸が彼女を狙う。しかしそれをひらりと避けた亜佑は、いくつもの読めない軌道を描く光の矢を生み出し同時に彼女自身も潤一に足を振り上げた。



「……すごい」



 教師二人の攻防に時音達は圧倒される。普段は温厚な亜佑の容赦ない体術と光魔法、そしてそれを全て迎え撃つ潤一の風魔法。どちらも時音達が割って入れるようなレベルの戦いではなかった。



「……俺たちがいると先生の邪魔になる。行くぞ」



 甲斐の言葉と共に時音達はすぐに走り出した。亜佑を一人置いていくことに罪悪感がない訳ではないが、ここに居れば時音達を守ろうとして亜佑が更に苦戦を強いられるのは間違いなかった。



「待て」

「させない!」



 走り去る生徒に気付いた潤一が亜佑から視線を外して彼らの背中にかまいたちを放つ。しかしそれよりも僅かに早く間に入った亜佑が障壁を作り、半分は弾くことが出来た。

 もう半分は彼女の体を所々切り裂いたが、それでも亜佑は毅然とした表情で憧れの教師の前に立ちはだかった。



「あなたの相手は私だ! 掛かって来なさい!」



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