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42話 裏側に生まれた人間

 椎名御影は、物心付いた時から人には聞こえない声をずっと耳にしていた。



“お前は表世界を破壊する為に作られた人形だ”



 御影の頭の中に響き渡るその声。御影を作った張本人だと告げた“彼”はいつも御影に向かって何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。

 表世界をひっくり返す。裏世界の為に表を壊す。御影はその目的を遂行するだけの存在だと。


 幼い頃からずっと聞き続けたそれに御影は疑問など抱かなかった。それが当然であるとずっと考えていた。それ以外の価値観など彼には存在していなかったからだ。御影自身も、自分達が作り出したというのに影人を身勝手に排除しようとする表の人間が嫌いだった。

 だから御影は何の疑いも躊躇もなく自分を作ったと言う彼の言うことに従って生きてきた。御影が怪しまれない程度の表世界の知識を得て魔法力が目覚めるのに妥当な年齢に達すると、すぐさまずっと計画されていた作戦は実行に移された。


 魔法士を養成する教育機関――藤月学園へ生徒として入学し、内部から魔法士の戦力を削ること。それが御影の使命であり、クローン人間として生まれた意味だった。



「うわあああっ!」

「危ない!」



 まず手始めに御影が行ったのは、魔法士に自分の存在を見つけてもらうことだった。表と裏の境界近くに行き、わざと影人に自分を襲わせる。それを影人を討伐しに来た他の魔法士に目撃させ、更にそのタイミングで御影がパニックに陥った振りをして魔法を使う。

 目の前の影人を影で切り裂いて消滅させると、途端に魔法士達は御影に慌てて近寄り騒がしくも想像通りの言葉を口にした。



「君、もしかして魔法士なのか?」

「魔法士……って、何ですか……? 俺、何か変な黒いのに襲われて何が何だか……」



 混乱しているような表情を作り魔法士に説明を促す。何も知らない振りをすればあっという間に彼らは御影の言うことを信じ、あっさりと彼に魔法のことを教えて入学手続きを整えてくれた。


 一般人に魔法のことを広められるのも困る、そして魔法士は一人でも多く確保したい。そんな政府の思惑に乗れば非常にスムーズに事は運ぶ。頭の奥で“彼”がほくそ笑んでいるのを感じながら、御影は藤月学園の庇護下へ潜入することに成功したのだった。



“御影。お前がまずこの学園で行うのは、出来るだけ多くの人間の心に闇を植え付けることだ”



 御影は彼の指示に黙って頷いた。学園にいる多くの人間に接触し、その度に気付かれない程度の微量な闇をそっと与えていく。その為に、御影はまず様々な人間と知り合うことから始めた。

 クラスメイトには満遍なく話しかけ、色んな部活にも顔を出しておく。知らない人間を見たらとりあえず話しかけてみる。そうして御影は周囲も驚くほど顔が広くなった。


 気を付けたのは椎名御影という人間の人格である。明るく人懐っこく、かつ少々空気の読めない馬鹿っぽさを演出する。相手を油断させて決して怪しまれることがないように、内心では慎重になりながらそんな人物を演じた。

 悪気のなさそうな顔をしながら心の隙を突き、矛先が自分に向かないように気をつけながら密かに相手の心の闇を育てていく。御影はそれを非常に上手くやっていた。



「怜二はどんな分野でもトップクラスですげーよなー! ひとつもトップじゃねえけど」

「椎名貴様! 喧嘩なら買うぞ!」



 へらへらと笑う御影に怒気を撒き散らした怜二が掴み掛かる。そしてそれを見たクラスメイト達は「またやってる」と誰も止めることなく各々別に意識を向ける。

 そう、いつものことだ。そしてこれも、御影が“彼”に指示を受けていたことだった。


 裏の反対は表、闇の反対は光だ。闇を打ち消す光は、御影達裏世界の勢力にとっては非常に厄介なものだった。

 だからこそ“光属性の人間は特に強く追い詰めて闇に堕とす”というもう一つの命令を御影は受けていた。この学園で光属性は現在二人。どちらも運良く御影の身近な存在だ。


 ちっとも空気が読めない振りをしながら怜二の劣等感を煽り、亜佑の恋心を揺さぶる。華凛に近付いたのも勿論その為だった。自分に自信のなさそうな彼女は大げさに褒めればすぐに照れてこちらに好意的になった。そうして彼女の好意をこちらに向けさせて、怜二の心を折ろうとしたのだ。


 しかしこちらはあまり上手くはいかなかった。怜二も亜佑も、流石に光属性だということもあってしぶとく、中々闇に堕ちて来ないのだ。亜佑は落ち込んだかと思えば潤一の言葉一つですぐさま気を取り直し、怜二に至ってはどれだけ煽っても折れずに立ち上がり噛み付いてくる。

 光に闇――裏はない。逆に言えば、裏の心を持たない人間が光属性になるのだ。だからこそ光は厄介で仕方が無い。あれだけ本心だけをぶつけてくる人間など中々いない。



「眩しいなあ」

“どうした”

「……いや、太陽が」



 うっかり呟いた声を拾われた御影は、誤魔化すように頭の中に向けてそう言った。


 あそこまで他人を僻んでおきながら、それでいて誰かを陥れようと考えたり陰口を叩いたりすることがない――まあ直接叩きのめそうとはするが――怜二。彼は御影にとって眩しくて、そして何より接していて非常に愉快な人間だった。



「椎名、おはよー」

「椎名、宿題は終わらせたのか?」

「それは言うなって!」



 怜二だけではない。時音も詠も甲斐も華凛も、潤一も亜佑も。彼らと過ごす日常はいつも眩しくて、裏世界の人間である彼は目が潰されそうになる。


 御影が彼らに親しみと罪悪感を抱くようになったのはいつ頃からだっただろうか。最初は心から彼らを陥れることしか考えていなかったというのに、いつの間にか彼らと一緒にいる時間を楽しんでいる自分に気付き、その度に我に返って表情を無くした。


 誘拐された時も“やつらを助けずに一人で逃げればいい”と頭の中で囁く声があった。しかし御影は静かに首を振り、そして彼らを助けるべく動いた。一人で逃げるのは“椎名御影”には似つかわしくないと、怪しまれるだけだと言い訳をして。

 華凛のひかえめな笑顔を、怒鳴りながら魔法勝負を仕掛けて来る怜二を、親しげに話しかけて来る皆の顔を見る度に、御影の心は悲鳴を上げるように軋んでいった。


 それでも御影はずっと見ない振りをして、壊れそうな心に気付かない振りを続けた。












 けれどいつかは、限界はやってくる。



「もう、止めないか」



 藤月祭のその日、御影は初めて彼に歯向かった。華凛達を、この世界を壊すのが正しいともう盲目に従うことができなかった。

 そうして反抗したというのに、けれどあっさりと返り討ちに遭った。元々彼の力を借りているだけの御影に勝てる余地などなかったのだ。結果御影の意識は影に封じ込まれ、代わりに彼が御影の体を乗っ取って動き出した。


 自分の意志とは無関係に動き出す体、喋り出す口、吐き出される罵倒と嘲笑。けれど目だけは逸らすことは許されず、御影は目の前のその光景を直視せざるを得なかった。

 華凛を、時音を酷く傷付けた。顔色を失い涙を流す彼女達を間近で見て、御影は何度も何度もやめろと叫び続けた。けれどその声が届くのは“彼”だけだ。どれだけ御影が声を上げようが、彼は意に介さず魔法士達を害するべく動き続ける。



「御影、よく見ていろ。これが今までお前がやってきた結果だ。お前が植え付けた闇のおかげで、多くの魔法士が苦しみ悶えている」



 倒れ伏した時音達を前に、彼は酷く楽しげに御影にそう言い聞かせた。学園中を一気に闇が覆い隠し、今まで心に潜ませて来た闇を一気に増幅させる。それに耐えきれずに皆が目の前で苦しんでいる。

 彼の言う通りだった。これは今まで御影が行ってきたことだ。自分の所為なのだ。今更後悔したって、もう遅すぎたのだ。



「さて、次はまだ闇を植え付けていない人間を――」



「光の矢っ!」



 鋭い声と、そして光が一気に余裕ぶった御影の体を貫いた。



「な――」



 全く想定していなかった状況に、流石に彼も動揺で目の前に迫る光を避けることができなかった。

 亜佑が苦しみながらも膝を着き前を見据える。そして魔法を放った怜二は、その足でしっかりと立ち上がってこちらを睨み付けていた。 


 何故。御影は喜ぶよりも先にそう思った。光属性の二人、特に怜二には強く闇を植え付け、その上でさんざん煽ってきたのだ。しかし立っているのは他の誰でも無い彼なのである。


 何だよお前、心強すぎるだろ。こんな状況だというのに、御影は思わず笑ってしまいそうになった。



「貴様っ、何故闇に堕ちない!」

「闇? そんなもん知るか! もう一度食らえ!」



 動揺する彼の意識に、その時隙が出来た。一度体を貫いた光の所為で、御影の支配に綻びが生まれたのだ。

 怜二がくれたチャンスを御影は逃すことなく必死に彼に抗い、その意識を僅かな時間奪い取った。



「光だ……光で、打ち消せ」



 光と闇は混じり合うと相殺される。だから御影が植え付けた闇も、光魔法を浴びせれば中和され、元に戻る。何とかそれだけを告げると、再び体はあっさりと彼に乗っ取られてしまった。


 このまま、彼の予定通りに世界は裏返ってしまうのか。自由に動けないまま、それを見ていることしかできないのか。



 ……嫌だ。

 嫌だ、嫌だ嫌だ! そんなの絶対に、嫌だ。


 体は動かない、声も出せない。だが――心だけは、まだ自由だ。



“俺はまだ、諦めたくないっ!”


 誰にも聞こえなくても、それでも御影は叫ばずにはいられなかった。



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