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37話 時音の一番

 夕暮れに差し掛かり、藤月祭は一旦終わりを迎えた。大勢居た保護者らが帰り生徒達は軽く片付けをし、そして夜になると今度は後夜祭が始まるのだ。


 時音は後夜祭が始まるまでの空いた時間校内を回り、ふらりと居なくなった怜二を探していた。携帯に連絡を入れても全く反応も無かった為、彼女は幼馴染みが居そうな場所を考えて、そしてその場所へ向かっているのである。



「……やっぱり居た」



 ガラガラと音を立てて扉を横に引くと、奥の窓際に見慣れた背中を見つけた。

 怜二が居たのはいつも時音達が授業を受けている教室である。今は文化祭で使われていない為彼以外の誰もおらず静まりかえっている。

 以前時音に魔法力が発現して怜二が家を飛び出した時もそうだったが、彼が怒りやら何やらで衝動的にどこかへ行った時は、大体は無意識のうちに通い慣れた場所へ行ってしまうのだ。



「……お前か」



 静寂に包まれていた教室に突然響いた時音の声。それに反応した怜二はゆっくりと背後を振り返り彼女の姿を捉えた。酷く力の無い声色に無意識のうちに時音は眉を顰めてしまう。



「携帯ぐらい見てよ、どこ行ったかと思ったでしょ」

「……ああ、ホントだ。悪い……それで、何の用だ」

「あー……、えっと、ね」



 時音は怜二に近づきながら、曖昧な返事をしてぎこちなく笑った。時音が怜二を探していたのは、勿論まったく連絡が付かなくなって心配だったということもあるが、第一に甲斐が言っていたことを実践しようと思ったからだ。



「あのさ、もうすぐ後夜祭始まるよ」

「そうだな」

「……それで、もしよければ、私と一緒に後夜祭行って欲しいな……って」



 時音にしては随分と勇気を使った。心臓はばくばくと音を立てているし、いっそ口から出てしまいそうだ。しかし雲行きが怪しくなれば意味を知らない振りをしてとぼけてしまえばいいんじゃないかと、つい逃げ道を用意してしまう。むしろそうした誤魔化しが出来るからこそ今までの関係を崩しかねない言葉を告げることが出来たのだ。



「……時音」



 怜二は彼女の言葉を聞いた途端、ぴくりと眉を動かして僅かに目を見開いた。が、すぐに彼はまるで睨むように目を細め、苛立ったような低い声を出した。



「それ」

「ん?」

「……誰から、そんなことを言えと吹き込まれた? 俺の反応を見ろとでも言われたのか!」

「え……なんで、そんなこと」

「どうせ振られた俺を面白がって揶揄うつもりだろうが! 言え! 誰に嗾けられた!?」

「い、痛い!」



 いきなり詰め寄られたかと思うと肩を強い力で掴まれる。思わず顔を歪めた時音を見て、怜二ははっとしようにその手を緩めた。


 いくつかの予想とは全く異なる反応に時音は困惑した。想像以上に彼は傷付いていて、そしてそれ故に酷く疑心暗鬼になっている。彼女は知らないが、怜二が華凛に思いを告げたのがまったく同じ台詞だったのが余計にそれを煽っていた。実は誰かがあの時見ていて、それであえて時音に同じ言葉を言わせているのだとそう思い込んでしまったのだ。



「悪い……だが、お前は知らないだろうがこの学校でその言葉を言うのは――」

「……知ってる」

「何だと」

「知ってるよ、後夜祭に誘う意味。鈴原君に教えてもらって、それで自分で言った!」



 時音が自棄になるように声を上げると、彼は一瞬意味を理解しかねてぽかんと口を開けた。

 ほんの少し前に考えていたことを即座に撤回し、わざわざ逃げ道を自分で潰してしまった。けれどこのまま誤解させておく訳にはいかなくて、時音は言ってしまってから僅かに体を振るわせて赤くなった顔を怜二から隠すように俯く。

 意味を理解していると告げた。だからこそ返ってくる言葉など分かり切っている。怜二が自分のことを何とも思っていないと分かっているのだから、彼女はこのまま逃げ出したくてしかがなかった。



「だったら……尚更だ」



 しかし沈黙の後に怜二が告げた冷ややかな言葉は、またしても時音の予想から外れていた。



「俺を憐れんで、同情しているのか?」

「ち、ちが」

「可哀想なやつだと、そう思って慰めようとしているんだろ。お前は知ってたもんな、俺が常磐のこと好きだって!」

「……怜二」

「また無謀だったのに好きになって振られたと、椎名に勝てるはずもなかったと呆れてるのか? いつものことだと、懲りないと思ってるんだろ! そうだよ、どうせ俺はいつも誰かに勝てない、万年二番だ!」



 がつん、と側の机の足を蹴飛ばすようにして、怜二は時音から顔を背けた。

 誰にも負けたくなくて、一番になりたくて今まで何度挫折しても歯を食いしばって立ち上がってきた。けれども結果はいつだって同じだ。

 これまでも何度も何度も心の中で「お前には無理だ、諦めろ」と囁く声があった。それに屈せずにいつかはと頑張って来たというのに、その努力は決して報われない。



「俺はどうせこれからもずっとこのままだ。何の、誰かの一番にも一生なれやしない。二番目がお似合いだと、そうに決まってる……」



 一番だと思っていたことには必ずもっと上が居た。好きになった子には必ず自分よりも好きな男が居た。自分など誰にも必要とされない、いくらでも代わりが利く人間だと認めたくなかったというのに、現実では認めざるを得ないところまで来ている。


 怜二も時音も黙り込んだ教室は再び静寂に包まれている。夕日の赤が窓から差し込み教室を染め上げていく中、重苦しい空気はどこまでもこの場に沈殿していた。





「――馬鹿」



 たった一言。静寂を破ったのは時音の声だった。



「ばか…馬鹿馬鹿馬鹿! 怜二の馬鹿! アホ! この鈍感男!」



 時音の口から次々と言葉が溢れてくる。大声で叫んだ彼女は、今度は逆に怜二の肩を強く掴んで自分の方を向かせた。

 そして、そのままの語気で躊躇いなく次の言葉を口にする。



「好き」

「は……」

「怜二が好き! ずっと前からあんたが好きだった!」

「とき、」

「そんな風に自分を貶めないでよ! 私は……私にとっては、昔からずっと! 私の一番は怜二だったんだから!」



 怜二の目が驚愕に見開かれる。驚きに固まって、時音を凝視するように見つめている。


 ぜえぜえと息が切れるほどの勢いで叫んだ時音はそこでようやく冷静になった。そして冷静になるやいなや途端に自分のやらかしたことを理解して色んな意味で一気に顔が沸騰した。


「あ……」



 肩を掴んでいた手がするりと落ちる。時音は自分を凝視する怜二の視線に狼狽えて、そして言葉にならない声を上げて教室から逃げ出した。









「……」



 再び一人になった教室で、怜二は言葉も出ずにただ扉の先の廊下を呆然として見つめていた。追いかけるなんて発想は浮かんで来なかった。今目の前で起こったことが思考が処理しきれず思考が完全に停止していたのだ。いや思考だけではない、体もまた、まるで時魔法をかけられたかのように動きを止めてしまっていた。

 ややあってようやく頭に血が巡って来ると、怜二はぐらりと体をよろめかせて傍の机に寄りかかった。



「時音が、俺を、好き?」



 言葉にすると余計に意味が分からない。そして、決して冗談や慰めで言ったのは無いと流石に分かった。



「……はは、俺が一番なんて、そんなの当然、だろ……」



 動揺を誤魔化すようにそんなことを口にするが、ひたすらに虚しいだけだ。乾いた笑いを止めた怜二は前髪をくしゃりと潰し、そして様々な感情で荒れ狂う心を落ち着かせるように息を吐いた。

 そんなこと知りもしなかった。気付きもしなかった。



「なんで、今まで何も言わなかったんだよ……」



 昔から好きだとそう言っていた。ならばどうして今まで何も言わずに傍に居たのか。そう考え、怜二は苦い表情を浮かべていた。

 知ってさえいれば、時音に華凛のことを伝えるはずもなかった。


 夏休み終盤のあの日、時音が怜二に「華凛が好きなんだよね」と問いかけて来たことが頭を過ぎる。あの時の彼女はどこか泣きそうな声色で、けれども怜二は勝手にそれをホームシックだと勘違いした。時音の気持ちを知った今、それが間違いだったとはっきりと分かってしまう。



「俺は、どれだけあいつのこと傷付けて来たんだ」



 華凛のこと、それだけじゃなく高校以前からの好きになった人だって時音は知っている。平然と、時に興奮気味に怜二が彼女に話をしていたからだ。そして時音はその度に、きっと彼が思い当たるよりもずっと多く心を押し殺して怜二に「頑張って」と告げていた。

 怜二にとって時音は大事な幼馴染みだ。彼女のことならきっと誰よりも理解していると無自覚にそう考えて、驕っていた。



「っくそ」



 怜二はようやく動き出し、そして教室を飛び出して時音を探す為に廊下を走り出した。

 結局の所、自分は時音のことをこれっぽっちも理解していなかったのだと思い知らされながら。













「……はあ」



 勢いのまま教室を飛び出した時音は息を切らしながらふらふらと校舎内を彷徨っていた。

 言ってしまった。とうとう十年来の想いを告げてしまった。



「終わった……」



 壁に手を付いた時音ががくりと肩を落として俯く。次に怜二に会った時、一体どんな顔を向ければいいのやら。

 時音は一度ちらりと背後を振り返る。追ってこられなかったことに大きな安堵と僅かな落胆の混ざった複雑な心境だった。



「……あれ」



 もうすぐ後夜祭が始まってしまうと考えていると、薄暗い廊下の奥に時音も見慣れた男を見つけた。朝から華凛と手を繋いで楽しそうに笑っていた御影だ。

 どうやら今は一人でいるらしく、壁に背中を預けて無表情で宙を見上げている。まるで詠が星詠みをしている時のようだ。


 一人で何をしているのだろうかと、時音は首を傾げながらも足を進めて声を掛けようとした。



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