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35話 不穏な預言



「二階堂先生! あの、宜しければ時間が空いた時に一緒に見て回りませんか!」

「いえ、すみません。弟達の為に両親が来るので案内しなくてはいけなくて」

「あ……そ、そうなんですか……」



 藤月祭当日、勿論のこと晴天である。

 まだ始まる前から興奮や熱気に包まれている学園内の一室、職員室でそんな会話が交わされていた。


 先ほどから何度も似たような誘いを受けている潤一は少し疲れた様子で、そしてそれらのやり取りを少し離れた席から見ていた亜佑も人知れずため息を吐いた。やはり潤一はモテる。亜佑も最初は同じように誘うタイミングを窺っていたのだが、尽く断られていく人達と段々疲れが見えて来た潤一を見てその意欲はどんどん萎んでいった。

 彼の両親も当然藤月出身なのだから案内など不要だろう。つまりただ断る言い訳に使っているだけだ。だからこそ尚更、言い訳をしてでも断りたいという雰囲気が亜佑にも感じ取れてしまった。



「どうかしましたか、伊波先生!」

「っは、はい!?」



 と、肩肘を着いてぼんやりとしていた亜佑の背中にに突如として声が掛かる。思わず音を立てて立ち上がった彼女が振り返ると、そこに居たのは少々気遣うような表情を浮かべた月野学園長だった。



「学園長」

「何やら浮かない顔をしていますが」

「だ、大丈夫です! 元気ですから!」

「そうですか?」

「はい!」

「ならいいですが。教師としては初めての文化祭で色々と気を回すことも多いでしょうが、先生もぜひ楽しんで下さいね」

「ありがとうございます……」



 それだけ告げると月野は亜佑に背を向けて離れていく。そんな学園長の背中を会釈で見送ると、彼女は気持ちを切り替えるように軽く頬を叩いて心の中で「よし」と呟いた。

 潤一を誘えなかったのは残念ではあるが、それはそれとして教師としての初めての文化祭を存分に満喫しようと、亜佑は早速自分のクラスへと向かった。












 そして、藤月祭は無事に幕を開けた。朝早くから保護者や関係者がぞろぞろと普段は入れない学園内へと足を踏み入れ、各々目当ての場所に向かって散らばっていく。



「焼きそば三人前注文入ったよ」

「おっけー、ちょうどもうすぐ出来るよ」

「とうもろこしはまだ焼けないー?」

「まだ!」



 たくさんの客が訪れた学園は色んな出し物が繁盛している。時音達のクラスも大きな鉄板にたくさんの食材を並べたり、調理をしたりして慌ただしく動いていた。



「おい周防! 時魔法とかで焼く時間加速できねえのか!?」

「ええ? そんなことやったことないけど……」



 クラスメイトに無茶ぶりをされて、時音も困った顔をして額の汗を拭った。火属性の生徒が時短の為に先ほど火力を上げたものの、火が強ければ当然焦げやすくなり、中まで火が通る前に黒焦げになってしまう。



「は、早くなれ……? って」

「えええ!? ホントに焼けやがった……!」



 強い力で引っ張られた時音は戸惑いながらとうもろこしの時間を加速させてみた。するとどうだろうか、あっという間にとうもろこしにこんがりと良い焼き目が付き、香ばしい匂いが漂ってきた。



「時魔法って便利だな」

「周防さん! こっちもこっちも!」

「俺の方も頼む!」

「ええ……」



 とうもろこしの変貌を見ていた調理担当の生徒達が途端に時音に詰め寄って来る。まさか時魔法をこんなことに使う日が来るとは、と時音は他の食材の時間も加速させながら少々複雑な気持ちになった。




「時音ちゃん!」

「え?」



 ある程度客も捌け少し調理も落ち着いた所で、時音は不意に大きな声で名前を呼ばれて反射的に顔を上げた。



「あ、おばさんおじさん」

「周防さん達の分まで時音ちゃんを見に来たわよ」



 軽く手を振って現れたのは二階堂夫妻だった。ちょうど手が空いたので彼らの元へ近付くと、クラスを監督していた潤一も二人に気付いて側にやってくる。



「そういえば潤一の教師姿も初めて見るなー、随分様になってるじゃないか?」

「やめてくれ、恥ずかしいだろ」



 興味深そうに父親に観察され、潤一は気恥ずかしいのか少々不機嫌な表情を浮かべた。彼がこんな顔をするのは珍しい。



「怜二達が入学したから今年は久しぶりに藤月祭に行こうってなったものね。……で、怜二はどこ?」

「……あそこに」



 二人が来たというのに未だに姿を見せない怜二をきょろきょろと探す彼の母。そんな彼女に、時音は潤一と一瞬何とも言えない視線を交わし、そしてすぐにある一方を指差した。



「……」



 今回の出し物の目玉である巨大鉄板の端も端で、俯いたままひたすら無言で肉を焼き続けている怜二はこちらに見向きもしない。彼は数日前からずっとこんな調子であった。



「おーい怜二、来たぞー」

「……」

「何か妙に暗いな、何かあったのか?」

「……」

「お前が静かなんて珍しいじゃないか。一体何が――」

「煩い! 放っておいてくれ!」



 父親に話しかけられてもひたすら無言を貫いていた怜二だったが、耐えられなくなったように怒鳴る。そんな息子の様子に、彼は「また何か怒ってるな」とぼんやりと考えて潤一と時音を振り返った。



「あいつどうしたんだ?」

「え、っと、ちょっと色々ありまして……あの、そっとしておいて上げてください」

「そうか、分かった」

「せっかく来たのにタイミング悪かったわね。時音ちゃん、焼きそば二つお願いできる?」

「はい、ありがとうございます」



 お金代わりのチケットを受け取った時音はぱたぱたと鉄板の元へと戻り「焼きそば二つ追加で」と担当者に声を掛けた。









「それじゃあ後お願い」

「おっけー」



 二階堂夫妻も帰り、交代の時間がやって来た。今まで調理を担当していた時音達は自由時間になり、時音は次の時間を担当する生徒と軽く言葉を交わしてエプロンを脱いだ。



「……」

「あ、怜二ちょっと」



 同じく交代時間になった怜二がふらりと背を向けて離れていく。慌てて声を掛けてみたもののまるで聞こえていないようで時音は後を追いかけようとしたが、近くから聞こえてきた会話に思わず足を止めてしまった。


「なあ、あの二人ようやく付き合い始めたんだってさ」

「それ、椎名と常磐だろ? 知ってる知ってる。さっき椎名に会った時に自慢された。ふざけんな」



 大きな声で騒ぐ男子達の話していることは、時音ももう耳に入っていた。当然時音だけではなく、怜二にも。彼が憔悴している原因がまさにそれだった。

 昨日から付き合い始めたのだと噂で耳にしたが、彼の様子がおかしいのは数日前……ちょうど華凛と怜二が買い出しに出た後からだ。誰もはっきりと聞いていないので確実ではないが、その時に怜二が告白して振られたのではと皆そう予想しているようである。



「……はあ」



 結局見えなくなってしまった怜二の背中に、時音は小さくため息を吐いた。いや、実際に引き留めたとしたって一体何を話せばいいのかなんて分からない。自分で言ったように今はそっとしておいた方がいいのだろう。



「周防、どうした?」

「鈴原君……」

「他の所見に行かないのか?」



 ふと、肩を落とす時音に声が掛かる。一緒にこの時間を担当していた甲斐だ。彼は振り返った時音をじっと観察するように見つめた後「予定が無いなら俺と一緒に行くか?」と誘って来た。



「これから詠の所に行こうと思ってたんだが、どうだ?」

「いいの? だったら行こうかな。詠の所ってあの占いのやつだよね」

「ああ。実際には占いよりもずっと正確だから毎年すごく人気がある」

「へえ、楽しみだな」



 時音は頷くと、先導するように歩き出した甲斐に小走りで追いついて並んだ。彼は長身で足も長いので時音とは歩幅がかなり違う。いつもよりも早めに足を動かしていると「それで」と甲斐は本題を切り出すように言った。



「落ち込んでたのは二階堂のことか」

「……よく分かるよねホントに」

「どちらかと言うと周防が分かりやすいからだ。だが、どうして落ち込んでいるのかまでは分からないが。常磐と二階堂が付き合うことは無くなったのだからほっとしてるかと思っていた」

「そう、それだよ!」



 時音は思わず大きな声を出して甲斐を見上げた。



「……ちょっと弱音吐いてもいい?」

「構わない」

「ありがとう。……多分皆が言ってるみたいに怜二、あの時振られたんだと思う。それで椎名君と華凛が付き合い始めて……私、鈴原君が言うようにほっとしちゃったよ。あんなに怜二が落ち込んでるのに」

「……ああ」

「いつもそうだったの。怜二が振られる度に心の中でほっとして、だけど本人には怜二の良さが分かってくれる人だってきっといるって励まして。本当はそんな人現れなきゃいいのにって思いながら……最低だよね」



 結局告白する度胸も無いくせに。御影に指摘された言葉が密かに心の中に突き刺さったままだ。自分を責めながらも、それを直そうともしない不誠実な心境を裏表の無い誠実な彼が知ったらどう思うだろうか。



「告白はしないのか」

「振られると分かっていて? あいつは私のことそういう目で見たことなんてないから無駄だよ」

「だが、無意味だとは思わない」

「それは、どういうこと?」

「一度目を覚まさせてやるといい。お前の一番近くにいる人間はただの幼馴染みではなく、恋愛対象になり得る女であると。そうでなければあいつは一生気付かないかもしれない」

「……でも、突然好きって言うなんて」



 それができていれば何年もこうして同じ悩みを抱えていない。時音が歩調を落として俯くと、甲斐は一度立ち止まって遅れた彼女を振り返った。



「なら後夜祭に誘ってみるとか」

「ん? 後夜祭?」

「知らない……か。そういえばお前は最初にこの学校は魔法を学ぶのかと聞いてきたくらいだったな」

「後夜祭って今日のだよね? 何かあるの? 別にペアで何かするようなイベントはなかったと思うんだけど」

「後夜祭に誘うというのは、うちの学校では告白同然の行為だ」

「えっ」

「二階堂の家は家族全員魔法士のようだし、あいつもその意味をきっと知っているだろう」

「……」



 甲斐の言葉に時音は考えるように黙り込んだ。

 後夜祭に誘う、怜二は恐らくその意味を知っているという。好き、という直接的な言葉でなければ時音は伝えることが出来るだろうか。



「……ちょっと、考えてみる」

「そうか」



 時音の曖昧な返答に甲斐はそれ以上無理に急かすことなく頷いた。これ以上は余計なお節介になると判断したのだ。

 再び歩調を戻しながら二人は歩き出す。そして時音はなんとなく思い立って甲斐に問いかけてみた。



「ちなみに、鈴原君は誰か後夜祭に誘うの?」

「……さあな」

「何それ」



 肯定も否定もしない甲斐の表情は相変わらず動かず、時音はその心を読み取ることは出来なかった。











 目的地に着くと、そこでは多くの人でごった返していた。



「うわあ」

「流石にすごいな」



 一つの教室の前に群がっている多くの人間に時音達は驚きの声を上げる。

 毎年の藤月祭では、学園に所属しているかも関係なしに真宮寺の星属性の人間ほぼ全員が駆けつけてそれぞれの専門分野で星詠みをしてくれるのだという。何とか二人が教室に入ると、奥の窓際で手伝いをしていた詠が顔を上げて「あ」と嬉しそうに声を上げて近付いて来た。



「二人とも来てくれたんだ! 自由時間?」

「うん。詠は忙しそうだね」

「まあ忙しいっちゃあ忙しいけど、あたし自身はまだ未熟だから一般客相手には星詠みさせてもらえないからまだ楽だよ」



 詠がぱたぱたと手で顔を扇ぎながらそう言うと、窓際で星詠みをしていたらしい若い女性――少し詠に似ているその人が彼女の名前を呼んだ。



「詠、友達?」

「うん」

「ならちょうどいいわ。混んでるし、あなたが詠んで上げなさい」

「え、いいの?」

「いい練習になるし、お祖母ちゃんには内緒ね」

「やった!」



 詠はくるりと時音と甲斐を振り返ると手招きをして「こっち」と二人を隣の教室へと連れて行った。



「さっきの人は?」

「従姉妹のお姉ちゃん。失せ物探しが得意なんだ」



 そう言いながら教室の扉を閉めた詠は「二人とも、何を見てほしい?」と期待の籠もった目で時音達を交互に見た。先ほどまでずっと雑用ばかり引き受けていたので、こうして星詠みを許可してもらえたのが嬉しいのだ。



「詠は何でも詠めるんだったな。じゃあ周防が上手く二階堂を後夜祭に誘えるか、とか」

「それは止めよ!?」



 さらりとそう言った甲斐の口を時音は即座に塞ぎに掛かると、詠はぱちりと一つ瞬きをしてから「時音、後夜祭誘うんだ?」と妙に嬉しそうな顔をされた。



「じゃあちょっと星と話して――」

「それはいいから! じゃあ鈴原君の好きな子でも占っておいてよ!」

「おい、周防」



 先ほどはうやむやにされたが、もし好きな人が居ればこの分かり難い甲斐でも星達には簡単に分かってしまうのだろう。珍しく慌てた様子で時音を止めようとした甲斐に、詠も少し興味を抱いたのか「じゃあそれで」と彼が止める間もなく楽しそうに窓の外を見上げた。



「詠、止め――」

「えーっとね、甲斐の好きな子……っ」



 にやりと口元を緩めながら空を見上げた詠の表情が、その瞬間に完全に凍り付いた。

 大きく見開かれた目は瞬きもせず、笑みを浮かべていた唇は戦慄いている。



「詠?」



 突然動かなくなった詠に不審を抱いた甲斐が声を掛けた瞬間、彼女は一言も発せずにぐらりと崩れ落ちた。



「よ、詠!? 大丈夫!?」



 床に倒れる直前に甲斐が詠を受け止める。依然として目は見開かれたまま体は小刻みに震えている彼女を、甲斐は痛くない程度に頬を叩いた。



「しっかりしろ!」

「あ……甲斐……」

「何を見た?」



 ようやく目の焦点があった詠が縋るように甲斐の服を掴む。どくどくと煩い心臓を落ち着かせるように何度も深呼吸をした彼女は、ようやく震えも収まって甲斐と時音をじっと見つめた。



「……真っ暗」

「真っ暗?」

「何も見えない、真っ暗闇。ブラックホールみたいな、吸い込まれそうな闇が、見えた。星達が何を言いたいのか分からないけど……すごく、怖い感じだった」

「……」



 怯えの混ざった目でそう言った詠に、時音と甲斐は何も言えずに顔を見合わせた。


 詠が見たものは一体何なのか。それはこの場の誰にも理解することは出来なかった。



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