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33話 祭の準備

 時音の体感的に今までで最も長かった夏休みがようやく終了し、藤月学園には次々と生徒が戻って来た。殆ど人気のなかった校舎が途端にわっと賑わいを取り戻し、元通りの学校へと戻っていく。それが懐かしい反面、誰も居ない学校というのも何とも不思議な空間だったなと感慨に耽った。


 そして夏休みが終われば、次にやってくる大きな行事は文化祭、藤月祭である。当日は普段出入りが禁じられている保護者も入場できるとあって――無論、魔法士であることが条件だが――毎年かなりの人で賑わうという。



「えーと、それじゃあうちのクラスの出し物は飲食店ってことで決まりだな!」



 教卓の前に立った御影がまとめるようにそう言うと、クラスの大部分は同意するように小さく頷いた。

 時音のクラスの文化祭実行委員は御影になった。ちなみに実行委員は一人なので結局時音はなっていない。最初に委員を決める時に御影が率先して「はいはーい!」と立候補したのだが、潤一はそれに苦笑しながら「勉強もちゃんとやるならいいぞ」と一言釘を刺していた。

 黒板には演劇、お化け屋敷、ダンスなど先ほど出た意見が箇条書きにされている。色々と候補が上がったものの、最終的に決まったのは飲食店であった。



「文化祭かあ……」



 わいわいと盛り上がるクラスをぐるりと眺めて時音が呟く。こうしているとこの学園も普通の高校と変わらず、魔法を学ぶ学校であることを忘れてしまいそうになる。


 しかしながら時音のクラスの出し物は普通だが、勿論魔法を使った出し物を考えているクラスも勿論あるのだ。特に部活関連はそちらの色が濃く、弥子の所属する魔法属性研究部などはその最たるものである。また華凛も所属している水泳部も毎年プールで水魔法を使ったショーを行うのが恒例だという。その所為か水泳部は水属性の部員が半数を占めている。


 そして詠も手伝うという真宮寺の星詠み……所謂占いの館のようなものも、毎年恒例の人気の出し物だ。当日詠はそちら中心に動くことになるのでクラスの方の参加は免除されている。



「で、どんな店をやるかだけど……皆それぞれ希望を紙に書いてもらうって形でいいか?」

「あ、私メモ帳持ってるから配るね」



 御影が提案すると、すぐに一番前の席に居た女子が立ち上がり小さなメモ帳を切り離して配り始めた。

 思った以上に御影はしっかりと役目をこなしていた。普段は周囲を振り回すことの多いムードメーカーだが、案外こうして皆をまとめるのも得意なのかもしれない。少なくとも知り合いは驚くほど多く、他の人の心を掴むのは前から上手かったのだから。



「焼き肉とかがいいって!」

「それ今お前が食べたいものだろ」

「やっぱりパンケーキとか可愛いやつかなあ……」



 様々な声が教室中を飛び交う中、回ってきた紙に時音も思いついた食べ物を記入する。あらかじめ情報収集しておいたが、毎年喫茶店のような出し物は飽和状態になっているらしいので他の食べ物がいいだろう。


 祭りということ、そしてふと顔を上げた先にクラスを見守る潤一が居た為、反射的にお好み焼きと書いたところで紙が回収される。

 ちなみに潤一がお好み焼きが好きになったきっかけが、昔上手くひっくり返せたのが嬉しくてたくさん焼きたがった所為だというのを時音はしっかりと覚えている。中学生の潤一が家族や遊びに来ていた時音の為に妙にご機嫌でヘラを使いこなしていた光景は今でも忘れられない。彼にしては珍しく年相応なはしゃぎようだったのだから。



「えーと、まずはパンケーキ……っと」



 全ての紙が手元にやってきた御影が黒板に一つ一つ投票結果を書き込んでいく。

 パンケーキ、焼きそば、お好み焼き、ホットドッグ、焼き肉、わたあめ、クレープ等々……先ほどどんな出し物にするか決めた時以上にたくさんの意見が並べられる。

 一通り書いたところで殆どが一票か二票しかない状態に御影は困ったようにクラスを振り返った。



「全員に聞いてみたけど……うーん、見事にばらばらだよな」

「じゃあいっそ全部メニューに詰め込んだカフェとかは?」

「というか俺とか料理全然出来ねえんだけど大丈夫か? そもそも料理できるやつとかいるのか?」

「あ」



 一瞬で騒がしかった教室が静かになる。囁くような声で「できる」「できない」とひそひそと確認しあっているのを見た御影は「じゃあ料理全然出来ないやつー」と手を上げさせた。

 すぐにばばば、とクラスの三分の二以上の手が上がる。一気に視界が手で埋まるのに合わせて、御影も笑いながら片手を上げた。



「これじゃあ飲食店は駄目かもな」

「でもせっかく決まったし……練習すれば大丈夫じゃない?」

「練習すると食材の予算がなー、色々機器も借りないといけないし。藤月なんだからもうちょっとくれてもいいのに」

「で、結局何作るんだ?」

「……少しいいか」



 どうしたものかとざわめくクラスメイト達の中で一つ手が上がった。静かな声だというのに一気に視線が向けられ、すぐに御影が彼を指名する。



「甲斐、何かいいアイディアあるのか?」

「クラスの出し物は飲食店に決まった。だが難しい料理は少ない得意なやつに負担が掛かりすぎるし、そもそも意見がばらばらで売るものも決まっていない。練習するにも何度も行うには予算が足りない。……ならいっそ、屋外に場所をとってバーベキューのような形にしたらどうだ?」

「バーベキュー?」

「出された意見は焼く料理が多い。焼き肉、焼きそば、お好み焼きあたりなんかはまとめて出来ていくつかの意見を取り込めるし、焼くだけならそんなに得意なやつじゃなくても出来るだろうからそこは注文によって作る人間を分担できる。設備も大きな鉄板を借りれば後はそんなに必要なものも多くない。……と、思うが」



 誰もが黙って甲斐の言葉に耳を傾けており、彼は話し終えると少し居心地が悪そうにして御影を窺った。

 目が合った御影はにっ、と甲斐に笑いかけた。



「俺はいいと思うぞ! 皆はどうだ?」

「……うん、いいんじゃない?」

「肉とか野菜焼くだけだったら俺でも出来そうだな、あとは誰か頼む」

「でも甘い物も欲しかったなー」

「じゃあ焼きマシュマロとかメニューにしたらどう? 上手くやればクレープとかも焼けそうだし!」



 御影の言葉を皮切りに賛成の声が次々と上がる。意見を出した本人が静かに着席したのを見ながら、時音もそれだったら色々作れそうだな、と頷いた。



「じゃあ甲斐の意見で賛成のやつー」



 最後に御影がそう言って挙手を促すと、満場一致、とまではいかなかったが多くの生徒が頷いて片手を上げた。













「でも、もし雨が降ったら色々と困るよね。どうするんだろう……」



 わいわいと文化祭の準備が進行していく中で、時音はぽつりと疑問を口にした。今彼女の目の前では試食会と称して屋外でバーベキューが行われている。借りてきた鉄板の上で予算節約の為に持ち寄ったいくつかの食材がジュージューといい音を立てながら焼かれており、まもなく出来上がりそうな焼きそばのソースの香りが漂って来てお腹が音を立てそうだ。



「晴れるから大丈夫だよ」

「え?」



 至極あっさりとした口調で時音の呟きを拾ったのは、隣に居た詠だ。既に出来上がっていた焼きトウモロコシを咀嚼し、飲み込むと「もう決まってるからね」と口を開いた。



「うちのお母さんも星属性なんだけど、天気だけならピンポイントで分かる人でね。それで学園に頼まれて文化祭とかのイベントの日は絶対に晴れる日を選んでるの」

「へ、へえ……」



 流石藤月学園、と時音は驚きを通り越して少々呆れたような表情を浮かべた。この学園に来て何度目かのカルチャーショックである。



「先生、なんか手付きが怖いですけど……」

「だ、大丈夫! 上手くひっくり返してみせるから!」



 大きな鉄板の端では余ったお好み焼きのタネを使って一緒にと誘われた亜佑が危なっかしい手付きでヘラを握っており、隣にいる女子がはらはらした顔をしている。うっかり手を火傷させてしまいそうだ。



「これ、もうちょっと火力欲しいよな。火属性ってうちのクラスにどれだけ居たっけ」

「風属性にも手伝ってもらったら楽になるな」



 そして少し離れた場所ではそんな会話もごく普通に飛び出している。ちなみに屋外での食材の保存には水属性の子達が頑張り氷を大量に作っておくという。属性的に時音が出来ることはないので、当日は調理の方で頑張る予定である。





「誰かー、ちょっと買い出し行ってきてー」



 時音が出来上がった焼きそばを分けてもらい口に運ぼうとしたその時、鉄板の側に居た一人の女子が声を上げた。どうやら紙皿や紙コップが足りなくなっているらしい。夕食も兼ねているので皆調子に乗ってたくさん食べた結果だろう。文化祭をする前から完全に打ち上げのような状態になっている。



「あ、じゃあ私が行ってくるね」

「うん、お願い」



 そんな中一番に買い出しに名乗りを上げたのは華凛だった。ちょうど食べ終えていたらしい彼女に買い出しのメモを渡した女子は「あ」と小さく声を上げると何やら思いついたようににやりと笑った。



「せっかくだし椎名君といっ」

「常磐! 俺も一緒に行ってやる!」

「え?」



 言いかけた言葉がもっと大きな声に掻き消される。声を上げた人物――少し顔を赤くした怜二は戸惑う華凛の表情をあえて見ないようにしながら、彼女の返事を待たずにそのまま腕を掴んで引き摺るようにクラスの輪から出て行った。

 あれだけ騒がしかったクラスメイト達が水を打ったかのように静まりかえったかと思えば、数秒後今までよりもずっと騒がしく喧噪が沸き上がった。



「ええ!? 二階堂って常磐のこと好きだったのか!?」

「マジか、てっきり周防の方だと思ってたが……というか三角関係じゃん!」

「御影! 何ぼさっとしてるんだよ! 常磐取られるぞ!?」

「いや、けど二階堂だろ? あいついつも怒ってるし椎名の方がよっぽど分があるって」



 各々が好き勝手に声を上げる。何人かは御影を焚き付けるような発言をしていたりするが、当の本人はただいつも通り呑気に笑って「お好み焼き美味いなー、ちょっと焦げてるけど」と亜佑が焼いたお好み焼きを勝手に奪って箸を動かしている。……その隣の副担任が涙目になっているのが見える。



「……ねえ時音、あんたいいの?」

「いいのって言われても」

「今から追いかけて一緒に行ってもいいんじゃない? どうせ皆騒いでて気付かないだろうし」

「ううん……どうせ、私は外に出られないから」

「あ」



 そして小さくなった二人の背中を遠目に見つめていた時音は、心配した様子で話しかけて来た詠に苦笑しながら首を振った。元々時音は学園の外には出られない。まるでそれが自分と怜二の距離を表しているようで、時音はその姿が見えなくなってもずっと遠くを見るようにしていた。



「……」














「二階堂君、一緒に来てくれてありがとね」

「べ、別にそれくらい……」



 数十分後、近くのスーパーで買い出しを終えた怜二と華凛はメモに書かれていた紙皿や紙コップ、そして足りなくなっていたソース類を買って外を歩いていた。

 歩く怜二の手には二つの買い物袋が下げられている。華凛も持つと言ったのだが頑なに彼が拒んだのだ。紙皿などの軽いものが入った方ですら怜二は華凛に持たせる気はなかった彼に、先に折れたのは華凛の方だった。



「……」

「……」



 学園に戻るのはそう時間は掛からない。だが二人はお互いに妙に気まずい空気を感じていた。怜二は意中の少女と二人ということで普段は全くしない緊張感に包まれており、また華凛は華凛で別の意味で気まずい思いを抱いていた。



「……文化祭、楽しみだね」

「あ、ああ。常磐は食材とか冷やす準備しておくんだよな」

「うん。水属性だし、それに料理は正直得意じゃなくて……時音ちゃんは調理担当だって言ってたからきっと美味しいもの作ってくれるよね!」

「時音? まあ普通に作るんじゃないか?」



 急に時音の話題になったことに首を傾げつつ、怜二はそのまま頷く。時音の手料理は彼も口にしたことがあるので普通に食べられることは知っている。



「そういえば常磐は水泳部だったよな? 今年もあれってやるのか?」

「あ、ショーのこと? 勿論、あれは水泳部の伝統だから」

「昔親に連れて行ってもらって一度見たことあるが、凄かった」

「そうなんだ、じゃあ私もそれに劣らないように頑張らないと」

「ああ……楽しみにしてる」



 そこで再び会話が途切れた。車道を走る車の音、道を歩く人の声、かさかさとビニール袋が揺れる音。沈黙が訪れるとそれらが妙に耳に主張して来て、一層会話が無いのを意識させて来る。

 もう学園は目と鼻の先だ。



「なあ、常磐」

「……何?」

「……その、あいつ……椎名に、返事したのか」

「まだ、だけど」



 怜二の足が止まった。あと数メートルで正門に辿り着くその場所で、彼は一度覚悟を決めるように息を呑み、隣の少女に向き直った。



「もし良ければ……文化祭の後夜祭、俺と一緒に行ってくれないか」

「え」

「意味は、分かるよな……?」



 藤月祭の後夜祭は特にパートナーが居ないと参加出来ないものでもなく、そもそもダンスなどのイベントがあるわけでもない。

 しかし異性を後夜祭に誘うというのは、藤月生の間では告白と同意義を持っている。両親も魔法士で中等部から在籍していた華凛は、勿論その意味も分かっていた。



「好き、なんだ。入学式の日に一目惚れして、それで」

「二階堂君……」



 酷く緊張した様子で顔を真っ赤にしながら告げる怜二を見上げた華凛は、暫し何も言えずに黙り込んだ。

 制服のスカートを無意識に握りしめていた彼女は、動揺する心を隠すように俯いた後にゆるゆると顔を上げた。



「私――」



 自身をじっと見つめる怜二と目を合わせて、華凛は口を開いた。




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