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31話 三兄弟と


「それじゃあ、最初に一つ言っておくことがある」



 祭り会場が近付き徐々に人の数も増えて来る。そんな中、潤一は一度足を止めると三人を振り返り確認するように各々の顔を見た。



「祭りは人混みもすごいし、万が一迷子になったら困る。ブレスレットがあるとはいえ、はぐれないに越したことはない。という訳で、だ。時音ちゃん」

「はい?」



 潤一はおもむろに怜二と三葉の片手を掴むと、そのまま時音に向かって二人の手を差し出してみせた。



「二人と手を繋いでおいてくれるかな」

「手、って……」



 にっこりと笑いながら潤一が言ったことに、時音は困惑しながら怜二と三葉を窺う。しかし二人も彼女と同じような表情を浮かべており、時音はその手を取るかどうか迷ってしまった。

 小学生の頃ならともかく、時音がこの二人と手を繋ぐなど何年もしていない。妙に気恥ずかしい気持ちになってうろうろと視線を彷徨わせていると、不意にぐっと片手が強く握られた。



「行きましょうか」

「三葉君」



 最初に動いたのは三葉だった。彼は時音の右手を掴むとそのまま引っ張るようにして歩き出そうとする。そして彼の冷ややかな目が一つ上の兄を捉えた。



「兄さんは恥ずかしいんでしょう? 別に時音さんの面倒を見るのは僕一人で十分ですから、兄さんが出る幕なんてありませんよ」

「何だと……」

「時音さんは僕に任せて、兄さんは勝手に一人で遊んで来ればいいんじゃないですか」

「ちょっと三葉君」

「余計なお世話だ! おい時音、手を貸せ!」

「い、痛いってば!」



 三葉の挑発に軽々と乗った怜二が対抗するように時音の左手を握りしめた。時音が声を上げればその力はすぐに緩んだものの、手を離す気はまるでないようだった。

 時音が助けを求めるように潤一を見上げるが、主犯の彼は微笑ましそうに笑っているだけだった。



「……それにしても」



 時音は自分の状況を冷静に振り返って肩を落とす。片手を繋ぐのならばともかく、両手をしっかりと拘束されているこの状況は本当に幼い子供と同じ扱いだ。今し方三葉が言った面倒を見るという言葉からも明らかに年上扱いされていない。

 おまけに祭りで両手が塞がっているというのは非常に困る。



「これじゃあ屋台で買い食い出来ないじゃん……」

「時音さん、真っ先に浮かぶ問題がそれなのはどうかと思います」

「ホントに色気より食い気……というか食い気しかないなお前」

「どういう意味よそれ!」

「そのまんまの意味しかねえよ」



 怜二の呆れ返った視線を時音がにらみ返していると、「まあまあ」と諫めるように潤一の声が割って入ってきた。



「なら、その時は私が食べさせてあげようか?」

「……結構です。本当に」



 茶化すように潤一が冗談を言うと、時音はそれを想像して一瞬血の気が引きながら必死に首を横に振った。ここは地元で知り合いも多い。もしそんなことをすれば時音は誘拐犯よりも先に彼のファンに刺されると、それこそ冗談ではなく確信した。






 どんどん増える人混みに流されるように祭りの会場へ到着すると、もう日は沈んで夜になる直前の薄暗い独特の空の色をしていた。どこからか聞こえて来る太鼓や笛の音を聞いて祭りの空気を楽しむように歩いていると、すぐに道の両脇にたくさんの屋台が見えてきた。



「時音ちゃん、何か食べたいものは?」

「りんご飴! あれは絶対に食べます!」

「あれ美味いか? 俺は好きじゃねえけど」

「だってお祭りに来たら普段は食べられないもの食べたいし」



 時音も正直りんご飴が格別に美味しいものだとは思っていないが、祭りに来たら必ず買ってしまう。たこ焼きも焼きそばも、普段口に出来るものをわざわざ買うのはもったいないと思ってしまうのだ。



「ああ、あそこに売ってるな。買って来るからちょっと待ってて」

「自分で買いますからいいですよ!」

「私が付き合わせているからね、今日は奢らせてくれ」



 時音の主張をさらりと流した潤一はそのまま屋台まで向かってしまう。左右の二人が動かないので追いかけられない時音は思わず離れていく背中を見ながら溜息を吐いた。付き合わせたなんて言っているが、実際には時音の為だろうに。



「……何かすごく甘やかされてる」

「しばらく生徒として接していたからじゃないですか? きっと兄さんは久しぶりに妹を甘やかしたいんだと思いますよ」

「でも悪いような……」

「好きにさせとけよ、どうせあいつがやりたくてやってることだ」



 それでいいのだろうかと時音は物言いたげに口元を動かす。潤一が教師になって実家を離れてからはあまり会うこともなかったので、彼にとっての“妹”は小学生くらいで止まっているのかもしれない。



「お待たせ、はい」

「ありがとうございます……潤兄さん」



 戻ってきた潤一が手に持つりんご飴を時音に差し出す。彼女は怜二達の手を離して受け取り、そしていつもとは違う呼び方で彼を呼んでみた。

 案の定潤一は僅かに目を瞬かせ、そして優しく微笑んだ。



「そういえば昔は潤兄ちゃんって呼ばれていたな、懐かしい」

「はい。あと怜二は怜ちゃんで、三葉君はみっちゃんだったなー」

「そういえばそうでしたね」

「何でちゃん付けなんだ」

「それは昔の私に聞いて。……そうだ、三葉君も久しぶりにお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

「遠慮します」

「即答!?」

「こんな頼りない姉は嫌です」



 以前時音が想像していたのと寸分変わらない言葉で切り替えされ、時音は少しがっかりしながら手にしたりんご飴を口に運んだ。


 その後すぐに、りんご飴を持った所為で片手が塞がった為怜二と三葉の間で一悶着起きたが、先程挑発された意地か断固として怜二が引き下がらなかった為、「ホントに子供ですね」と怜二に辛辣な言葉を吐きつつ三葉が手を離すことになった。

 最初は人気が無かった自分の手の需要がやけに上がっていることに時音が首を傾げていると、その目の前で弟達のやりとりを見ていた潤一が「大岡裁き、とは少し違うが……」とぽつりと呟いていた。




 そんなこともありながら再び祭り見物を再開する。徐々に涼しくなって来る風に心地よさを覚えながら下駄をかこんかこんと鳴らしながら歩く。多くの人混みに紛れて進みながら、時音はふと祭りを楽しむ人々を観察した。


 これだけの人が――一般人が居て、しかしここに固まる四人が魔法を使うことが出来ると一体誰が思うのだろうか、と。更に言えば、時音はその貴重な魔法士の中でも更に珍しい属性だ。

 そしてそんな彼女は属性の所為で狙われている。しかしあの仮面の男は、どうしてそんなにも時属性を求めているのだろうか。


 騒がしい祭りの喧噪の中で、不意に対照的だったあの誘拐された森の静けさを思い出す。無意識のうちに手に力が入り、そしてそれに気付いた怜二が彼女を見下ろした。



「どうした?」

「別に……」

「別にって何だよ」

「何でもない、そのラムネ美味しそうだなって思っただけ!」



 誤魔化すように怜二が飲んでいるラムネをりんごで指し示すと、彼は「飲みたいのか?」と何の躊躇いもなくそれを差し出して来た。が、時音は首を横に振る。



「ううん、いい」

「後から言ってももう無くなるからな」



 そう言うと怜二は残り少なくなっていた透明の瓶を傾け始める。そしてそんな彼の横顔を見ていた時音は、本当にまったく意識されて居ないんだなと改めて再認識されて軽く打ちのめされたような気分になった。

 怜二は時音と瓶の飲み回しをしてもちっとも気に留めない。誰にでもやる訳ではないし、逆に華凛ならば意識し過ぎてそんなこと言えないだろう。


 華凛だったら。

 その言葉を、時音はこれまで密かに何度心の中で呟いただろうか。



「おお、潤一君じゃないか、祭りに来るなんて久しぶりじゃないか?」



 時音が小さく俯いていると、突然知らない声が頭上を通り過ぎた。



「お久しぶりです」

「せっかくだからやって行かないか?」



 顔を上げた先にあったのは射的の屋台だ。近頃はあまり見ないその屋台の店主はどうやら潤一を知っているようで射的用の銃を彼に差し出している。



「では、せっかくですから」

「毎度あり。ここの的に当てて、その点数で好きな商品を選んでいいから。まあ潤一君にはちょっと簡単かもしれんがな」

「いえ、そんなことないですよ」



 潤一君は天才児だったからなあ、と笑う店主に潤一は謙遜するように苦笑する。



「……俺もやる」

「え?」



 しかしいざ潤一がお金を渡した所で怜二が急に時音の手を離した。そしてつかつかと屋台の前に行くと「一回」と小銭を台に置いた。



「ああ、潤一君の弟君だったよな。毎度」

「……ぜってえ負けねえ」



 あくまで潤一の付属品としか覚えられていなかったことに苛立ちながら、怜二は銃を受け取って潤一を睨むように見上げる。その目はメラメラと強く対抗心に燃えていた。



「またやってますね」

「あ」



 潤一が大人な対応で噛み付きかねない雰囲気の弟を受け流す。時音がそれを見ていると、先程まで怜二に捕まれていた手が別の手に触れた。



「三葉君……律儀だね」

「兄さんの頼みですから」

「付き合わせてごめんね」



 再び握られた手を見ながら時音が謝ると、三葉は「構いません」と感情を込めずに口にし、銃を的に構えている二人の方を見た。 



「三葉君はやらなくていいの? 私のことは気にしなくていいんだよ?」

「いえ、別に時音さんのことが無くてもやりませんでした。潤一兄さんと張り合う気もないので」



 最初の一発が二人同時に発射される。最初だからか感覚が掴めなかったようで、どちらも的から外れた所に当たった。



「三葉君は潤一さんに対抗意識とか持たないの? やっぱり怜二と一緒で弟だからって比べられるでしょ?」

「そうですけど……別に対抗意識とかはないです。兄さんのことは尊敬してますし、それに正直勝てるとも思いません。僕は勝てない戦いはしたくないので」

「そっか」



 二発目。怜二の方が先に撃ち、的の端ぎりぎりに当たった。しかしそれを観察していたらしい潤一の二発目が中心に近い場所を撃ち抜く。その瞬間怜二が一気に苛立ちを強くしたのが端から見ていた時音達にも容易に分かった。

 苛立ちで集中が途切れたのか怜二が三発目を外したのを見た時音は「ああ、これは」とこの先の展開を予想して肩を落とした。いつもの流れだ。



「……でも」

「ん?」

「たとえ、どうせ、勝てなくたって……」

「三葉君?」



 消え入りそうな声で呟く三葉の言葉を聞こうと耳を澄ませた時音だったが、それは潤一が放った三発目の発砲音と、そしてそれが的のど真ん中を撃ち抜いたことで上がった周囲の歓声によって完全に掻き消された。



「――僕にだって、負けたくないことだってある。あるんです」











「こんなに貰っても困りますって!」

「気にしない気にしない」



 射撃勝負を終えた後、時音は食べ終えたりんご飴の代わりにいくつもの菓子を抱えていた。しかも全て持ちきれずに、三葉達も空いた手に時音が貰った菓子を持っている。

 勝負は例によって潤一が勝った。……のだが、一度負けても諦めの悪かった怜二によって何度も再勝負が行われ、結果戦利品の山が出来上がりそれを二人が時音に押しつけたのだ。



「もー」



 文句を言いながらも時音の表情は緩みきっている。それは菓子が貰えたからではなく、こうして三人に色々と気を遣って貰っているのを改めて実感したからだ。

 ご機嫌の時音にそろそろ帰ろうかと声が掛かったそんな時、不意に前方から来た男が人混みに押されるようにして時音にぶつかった。



「あっ」



 お互い軽くよろめいたが転ぶ程ではなく、時音が顔を上げるよりも早く男はすれ違って行く。時音が咄嗟に追いかけるように振り向くと、祭りで買ったのかその男は狐の面を被っていたのが分かった。



「時音、行くぞ」

「うん」



 立ち止まっていた時音が怜二の声に反応して前を向く。三葉に手を引かれて、時音はすぐに小走りになって人混みの中を進んでいった。






「……」



 狐面の男が振り返る。人混みの中に消えていく少女の後ろ姿を見て、彼はその面の裏で僅かに目を見開き、しかしすぐに緩く首を振った。



「――いや……気の所為、か」



三兄弟は皆、方向性は違いますが全員時音には甘いです。

潤一は昔から妹として可愛がって何かと構って物を与えたり、怜二は困ったり泣きそうになっていたりすると真っ先に駆けつけて解決しようとし、三葉は何かと文句は付けるものの頼み事をされると絶対に断れなかったりします。

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