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26話 戦うこと、守ること


「――最後にこの時計の針を進めろ」

「はい」


 試験官の声に応え、時音は目の前にある小さな置き時計に意識を集中させた。



「……」



 それと同時に頭の中で別の時計を思い描く。いつもの聞き慣れたその音を頭の中で繰り返し繰り返し、そしてはっきりとした声で言った。



「早く!」












「これで実技試験は全て終了だ」

「ありがとうございました」



 緊張の糸が切れたように肩を落とした時音は疲れたような顔をしながら今回のテストの試験官に頭を下げた。試験官の教師は普段三年の授業を担当している為ほぼ初対面で、時音も遠目でちらりと見たことがあるくらいだ。



「それにしても、時魔法を実際に見るのは私も始めてだったよ。本当に時間を止めることが出来るんだな」

「はは……」



 感心したような、少し驚いたような教師の声に時音は乾いた笑いを漏らす。時音もまた、本当に魔法が使えるようになってしまったのだなと改めて実感して内心びびっていた。一年前まではごく普通の一般人だったのに、と。



「この力は影人との戦いも有利に進むことになるだろう。周防、期待しているぞ」

「……はあ」



 部屋を出る直前に告げられた言葉に、時音は曖昧に返事をして廊下に出た。

 研究棟の廊下を一人とぼとぼと歩く。歩きながら、時音は今し方の言葉を思い出して大きくため息を吐いた。



「影人と戦う、かあ……」














 後日、教室でテストの結果が配られた。時音は心配になりながら恐る恐る亜佑からテスト結果を受け取ったのだが、思ったよりも悪くない点数と順位に時音は気が抜けるように硬い表情を緩めた。

 苦手な数学も怜二のおかげでそこまで点数も低くなく、魔法・世界理論も必死に暗記して何とか他の教科の足を引っ張ることはなかった。

 ちなみに魔法実技訓練はテストはあれど点数は付かず、総合得点には加算されない。正確に言うと属性ごとに順位は付くのだが、言うまでも無く時音、詠、怜二、御影の四人は争う相手が居ないため順位がないのだ。



「くそっ、実技に点数が付けば……!」



 そしてその事実を一番悔しがっているのは怜二だ。総合得点であまりにも見慣れた順位を叩き出した彼は非常に恨めしい表情で甲斐を睨んでいる。



「そうだな、実技も得点になっていたら俺が負けていただろう」



 苛立つ怜二にも甲斐は冷静に頷く。彼は実技が苦手なので実際にそうなっていたら順位が入れ替わってたかもしれない。甲斐自身は本気でそう思ったのだが、勿論怜二にその意図は伝わらずに「嫌みか貴様、上から見やがって!」と理不尽に切れられていた。



「怜二、そんなに怒ってないで……ほら、怜二が教えてくれたおかげで私も数学の点数よかったよ」

「私も。前よりも点数上がったんだ。二階堂君ありがとう」

「……俺が教えたんだから当然だ」



 時音と華凛が宥めるようにそう言うと、怜二はふん、と鼻を鳴らして怒りを沈めた。



「おー皆すげーな」

「……で、椎名貴様……俺が教えてやったというのに最下位だと! ふざけるな!」



 かと思いきや呑気にへらへらと笑っている御影の順位を目に止めた怜二は再び怒り、御影に食って掛かった。



「でも最初のテストよりちょこっと平均上がってるし頭良くなったって」

「その程度で変わるか! もう二度と教えねえからな!」

「ええ、それは困る。怜二、頼むからさー」

「知るか!」



 相変わらずの会話に時音達は顔を見合わせて苦笑する。

 「あの二人案外仲いいよね」と時音がぽつりと零すと即座に「誰が仲がいいだと!?」と口論していたはずの怜二が怒鳴って来た。地獄耳である。



「そろそろ移動しないと授業遅れるぞ」

「あ、そうだった」



 甲斐に言われて時計を見上げると思った以上に時間が過ぎていた。教室に残っている生徒もまばらになっており、時音達は二人の話を止めさせて急ぎ足で次の授業が行われる教室へと向かった。



「ここって初めて使うよね」

「そういえばそうだね」



 普段授業では使われない校舎にある大教室。始めてその場所を訪れた時音は開口一番にまず「広い……」と呟いた。

 建物の二階部分までぶち抜いた作りになっているその教室は長い机がいくつも並び、そして後方に行くにつれて徐々に床が高くなっている。後ろの席からも前がよく見えるようにという配慮だろう。

 そして全体の三分の一程度の前方は机も椅子もない広々とした空間が広がっている。隅には何らかの機械が並び、足下は普通の床とは違い滑りにくいものになっているようだ。



「ねえ、今日の授業って魔法実技訓練だけど合同なんだよね?」

「うん、特別な授業って言ってた」



 空いている席に並んで座りながら時音が確認するように問いかけると詠が「珍しいよね」と頷く。いつもならば実技は属性ごとに分かれて行うが、今回は一学年全員で行うのだ。


 どんなことをするのかと考えているうちに頭の上でチャイムが鳴り響く。そしてすぐに前方の扉が開くと、ぞろぞろと数人の教師陣と、そして月野学園長が教室内へと入ってきた。



「本日は特別授業を行う。今までの実技訓練の授業のおさらいとして、今後君達も出番が回ってくるであろう影人討伐の模擬戦闘を行う」

「! せ、戦闘って……」



 学園長の言葉にざわざわと教室中が騒がしくなる。不安と興奮が入り交じった空気の中、時音は気持ちの殆どを不安に傾けながらじっと月野を見ていた。



「では最初に、既に学んでいることだろうが改めて影人について説明する」



 ぱっと前方の白い壁が光に照らされ、その壁をスクリーンにして映像が映し出される。真っ黒な人型の物体――影人の映像である。

 スクリーンに映像がちゃんと映されているのを確認した月野はマイクを側にいた教師に渡し、続いて彼が説明を始めた。



「これが影人だ。実際に見たことがあるやつもいるかもしれない。彼らは表と裏、二つの世界が重なるその境界から現れる。調査はあまり進んでいないが、分かっている限りでは知能は低く意思疎通は不可能だ。そして何より大事なのは、影人には物理的な干渉が殆ど行えない。つまり魔法を使うことが出来る我々……魔法士しか倒すことができないということだ」

「……」



 その話は何度も授業で聞いていることだ。この前のテストにも当然出題されたくらい、大事な内容である。

 しかし毎度この話を聞く度に時音が疑問で仕方が無い。どうして影人には魔法しか効かないのだろう。影人自体の研究が進んでいないから不明だとは言うが、本当に、一体影人とは何なのだろうか。



「だからこそ我々は日々境界線を見張って影人がこちらの世界を害さないように守っている。。藤月の教師にも年に数回巡回の番が回って来るように、専門の職に付かなくても討伐任務を請け負うこともあるかもしれない。将来的に戦う君達は実践に慣れてもらう必要があるわけだ」

「戦う……」

「今からここに影人の動きをプログラムした訓練用の敵を用意します。呼ばれた生徒から順に訓練を開始し、他の生徒も戦いを見ながら自分の戦い方を模索するように。では最初は……遠山、上原、相川の三人。前に来なさい」



 生徒が名指しされるとざわめきは一層大きなものとなる。クラスメイトの上原も含む三人が少し緊張した様子で前方へと歩いて行くと、教師の一人が何やら隅に鎮座する機械を操作し始める。

 数秒後、三人の目の前に黒い人影――影人を模したものが現れた。以前影人に襲われたことのある時音は、写真とは違う立体的なそれを見て離れた場所にいるのに関わらず思わず身震いしてしまった。あれとこれから自分は戦わなければならないのかと。



「この影人はここにある機械で生成しています。実際の影人よりも攻撃は弱くしていますが、もし怪我をした場合は伊波先生の元へ行くように。また、魔法は他の生徒を傷付けないように気をつけなさい。実践でも複数で戦闘になる場合も多い、いい練習になるだろう。……それでは、開始する」



 合図と共に、三人は一斉に魔法を放った。掛け声と共に炎を、風を、水を操って影人へと攻撃する三人に対して、影人はあの時のように手を鋭いナイフのように姿を変えて襲いかかって来る。

 しかし生徒が怯んだのは一瞬のことで、真剣な表情で各々攻撃を繰り返す。そしてそんな彼らを姿を見た時音は、無意識のうちに自らを抱きしめるようにして息を呑んでいた。

 あの影人は本物ではない。分かってはいるがそれでも怖いと思った。自分を害そうと凶器を向ける影人も、そして今後それと戦わなければならないという状況も。



「時音、どうした?」

「……椎名君」



 瞬きも忘れて目の前の光景を食い入るように見つめていた時音は、御影に呼ばれたことにしばらく気がつかなかった。



「震えてるけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫」

「無理すんなよ?」

「ありがとう。……ねえ、椎名君ってさ、この学校に来る前から魔法のことって知ってたの?」

「ん? ……まあな。実は結構前から魔法は使えたんだ」

「え、そうなの?」

「けど親もいないし周りに魔法が使えるやつもいなかったからこの学校のことも知らなくてさ。それで去年、うっかり魔法使ってる所ここの先生に見られて勧誘されたって訳」

「そうだったんだ……」

「で、それがどうかしたのか?」



 首を傾げた御影に、時音は本当に聞きたかった本題を口にした。



「……皆、戦うの怖くないのかなって。私は去年突然裏世界とか影人とかのことを知ったけど、戦うのが当たり前なんて正直信じられない。だって私たち、まだ高校生なのに……」



 そうでなくても、警察官など特殊な職業でも無いのに命を脅かす存在と対峙しなければならない、そしてそれを当然だと認識している周囲にも酷く違和感と不安を覚えたのだ。昔から魔法という存在に慣れてきた面々とは、どうしても価値観が違って来てしまう。

 それとも、ただ時音が臆病なだけだと言うのだろうか。



「椎名君は影人と戦うの、どう思うの?」



 だからこそ時音は自分と同じようにこの世界を知らなかったであろう御影にそう問いかけた。



「私は怖いよ。……椎名君は平気なの?」

「俺は……そう、だな。出来ればあんまり戦いたくはないかな」

「そっか……」

「あ、いや何て言うか、倒さなくても、もしかしたら違う世界のやつらとも仲良く出来るかもしれないかな、と」



 あまり戦いたくないと言った御影だったが、その理由は時音とは大きく違っていた。曖昧な表情で何かを誤魔化すように笑った彼は、しかし付け足すように「でも」と口を開いた。



「それでも俺は戦うよ」

「なんで?」

「だって皆を守りたいからさ」

「……」

「次、周防」

「ほら、時音呼ばれてるぞ」

「うん」



 立ち上がって教室の前方に向かって歩き出しながら、時音は御影の言葉を反芻していた。



「周防は攻撃手段がないから戦闘も基本的にサポートのみとなるだろう。今回は影人の動きを封じることを考えろ」

「はい」



 教師に促されて、時音は目の前に現れた作り物の影人と対峙する。時魔法を見る機会など滅多にないことから、多くの視線が自分に集中しているのを嫌でも感じた。



「守る、か……」



 本当は怖い。偽物だと分かっていても恐怖は拭い切れず、足が震える。視線は助けを求めるように泳ぎ、そして無意識のうちに怜二を見てしまっていた。


 あの時――影人に襲われたあの時は怜二が庇おうとしてくれた。魔法も使えなかったというのに、時音を守ろうとしてくれた。潤一が一歩遅かったら怜二は時音の代わりに傷付いていたかもしれない。

 それだけは、絶対に嫌だと思った。怜二が、そして他の皆が怪我をするのは嫌に決まっている。ならば自分の力で、彼らを守ることは出来るのだろうか。



「開始!」



 合図と共に影人が時音に向かって来る。その光景があの時とダブって見える。

 怖い。だがそうであっても、時音は震える声で呟いた。



「止まれ」



 心の中で、規則的に動く針の音をそっと止めた。




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