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23話 魔法属性研究部


「よし、俺の勝ち!」

「ふざけるな、勝ったのは俺の方だ!」



 無事に戻った日常の中、現在行われている『魔法実技訓練』はいつになく騒がしい授業となっていた。

 光、闇属性担当の亜佑が謹慎中で不在の為、今回の授業は代わりに潤一が怜二と御影を受け持つことになったのだ。当然元々彼の授業を受けていた時音も一緒に授業を受けている。


 個人授業のいつもとは違い他の属性の訓練が見られるのは新鮮だ。しかし授業中でも競うことを止めない怜二と御影に時音は思わず呆れたように半眼になっていた。少し離れた場所にある的に向かって魔法を放ち正確さや魔法を使うスピードを向上させる訓練なのだが、自分の方が正確に狙っただの早く的に当てただの騒がしく言い合っているのだ。



「あの二人はあのまま自主練習だとして……周防、それで何か言おうとしていたが」

「ああはい、この前の誘拐された時なんですけど……火事場の馬鹿力か、色々出来たことがあって」



 怜二と御影の声を頭から追い出して時音はあの時のことを潤一に説明する。人一人どころか全ての時間を止めてしまったこと、そして時間を早めることが出来たことを話すと、潤一は驚いたようにまじまじと時音を見つめた。



「それは勿論、魔法装置を使わずにってことだな?」

「はい。まあ一度しか使えなかったんですけど」

「それでも十分だ。何しろそのおかげで君はあの男から逃げ出せたんだから。じゃあ今日は時間を早める練習を――」

「こうなったら直接魔法勝負で決着を付けてやる! この前のように行くと思うなよ!」

「おおいいぜ! 掛かって来い!」


「……その前に、まずあの二人を止めてみようか」



 ぎゃあぎゃあと煩く声を上げてお互いに魔法を放とうとした怜二と御影に、潤一は笑いながらそう言った。その目が笑っていないのを見た時音は少々顔を引きつらせ、慌てて二人に向かって「止まれ!」と叫んだのだった。













「周防時音さん、いるかなー?」



 そんなこんなで、ごく普通の――勿論藤月学園にとってだが――日常に戻った幸せを感じていた時音は、ある日の放課後、不意に教室の外から名前を呼ばれて顔を上げた。

 聞き慣れない声に教室の入り口を見ると、そこにはくるくるとした肩上までの茶髪が特徴的な女子生徒がきょろきょろと教室の中を見回している。見覚えのない人物だ。



「あれ、羽月はづき先輩だ」

「羽月先輩?」



 側にいた華凛が同じように女子生徒を見てそう言う。知り合いなのだろうかと考えていると、同じく近くに居た詠が「弥子やこ先輩ー」と軽く手を振った。



「あ、詠!」

「時音ならここに居ますよ」

「ああ、あなたが!」



 詠に言われて時音に視線をやった彼女――弥子はすぐさま教室の中へ入って来ると、時音の目の前に立って彼女ににっこりと笑いかけた。



「初めまして、三年の羽月弥子です」

「周防時音です、初めまして。……あの、私に何か?」

「実は周防ちゃんに折り入ってお願いがあって」

「お願い?」

「先輩のことだから部活関連ですか?」

「そうそう!」



 華凛の言葉に弥子が大きく頷いた。

 部活、そう言われて時音は少々首を傾げる。ちなみに時音は部活には入っていない。運動は苦手で中学の頃から帰宅部だったので特別何か部活をしようと思っていなかったのだ。

 時音の近くで部活に入っているのは華凛と甲斐だ。華凛は水泳部で甲斐は書道部だという。また御影は特定の部活には入っていないもののちょくちょく色んな部に顔を出したり助っ人として入ったりしている。相変わらずの顔の広さに冗談でなく友達百人ぐらい出来そうである。



「周防ちゃんは、魔法属性がどうやって決まると思う?」

「属性ですか?」

「うん、魔法力と違って親から遺伝しない……詠の所は例外だけど。とにかく、どういう法則で個人個人の属性が決まるのか疑問に思わない?」

「それは……確かに、思います」



 どうして時音は珍しい時属性になってしまったのか。この前誘拐されてからそう考えることは確かにあった。



「私の入っている部活は『魔法属性研究部』。それぞれの属性で出来ることを増やす為に研究したり、そもそも属性がどうやって決まるのか、そのメカニズムを独自で調査したりしているの」

「へー、それ面白そうだな!」

「あ、椎名君」



 話を聞いていたのか、弥子の後ろから御影がひょっこりと顔を出す。



「俺、椎名御影です! よろしく!」

「椎名……あ、もしかして闇の子?」

「はい」

「ちょうどよかったー、あなたにも周防ちゃんと一緒に是非手を貸して欲しかったの」

「手を貸すって……部活に入るってことですか?」

「勿論それも大歓迎だけど、そうじゃなくてもちょっとしたアンケートに答えて欲しくて。今から時間ある? 部室に来て欲しいんだけど」

「大丈夫です」

「俺も俺も。詠や華凛はいいのか?」

「あたし達は中等部の頃にもうやってるからね」

「それじゃあアンケートは三人で受けるか」

「三人……?」



 二人ではないのかと時音が聞き返すと、御影はにっと笑って教室から出て行こうとしていた怜二の肩を掴んだ。



「というわけで、怜二も行こうぜ!」

「は? 何の話……って引っ張るな!」



 ぐいぐいと背後から怜二を引きずる御影に、仲がいいのか悪いのかと時音は苦笑した。御影はやたらと怜二を気に入っている。













「光の子も来てくれるなんて嬉しいよ!」

「そうですか? まあ中々光なんていませんからね!」



 廊下を歩きながら弥子の言葉に調子に乗る怜二に、御影と時音は「相変わらず」と笑う。いきなり引っ張られて来た時には酷く不機嫌だったというのに。



「あ、ここだよ」



 弥子が足を止めたのは研究棟の一室。時音が魔法実技訓練を受ける教室とも近いその教室の扉を開くと、彼女は「みんな、調査の協力者連れて来たよー」と声を掛けた。



「おお、羽月でかした!」

「もしかしてこの前言ってた時の子か!?」

「ささ、こっちに座って! お菓子もどうぞ!」



 いきなりわっと沸いた教室に時音達が驚いていると、すぐさま立ち上がった面々によって中央付近の机に連れて行かれる。大歓迎だ。

 促されるまま椅子に腰掛けると間を置かずにお菓子とジュースが目の前に置かれる。御影が早速手を伸ばして食べ始めるのに対し、怜二と時音は困惑の表情で弥子を窺った。



「二人も遠慮せずに食べて。それでアンケートだけど……これね。ちょっと項目が多いけどよろしくね」



 そう言って差し出されたのはA4の用紙一枚だ。しかし裏までびっしりと質問が書き連ねられているのを見て少し驚いた。


 内容はというと、氏名、生年月日、血液型、魔法属性から好きな食べ物、色、得意教科など様々な項目が並んでいる。

 順番に質問を埋めて表側を全て書き終える。そして紙を裏面にひっくり返した時音は真っ先に目に飛び込んできた質問にぴたりと手を止めた。


 ”――好きな異性のタイプ”



「……」



 反射的に隣に座る怜二の手元を見てしまう。さらさらと文字を書き続けている怜二は既に時音よりも先の質問まで回答しており、無論のこと彼女が気になる項目もしっかりと埋められていた。

 ”可愛くて優しい人”と簡潔に書かれたそれを見て時音は肩を落とした。それが誰のことを想像して書いたかなど言うまでもなく、そして自分がそれに当てはまらないということが分かっていたからだ。



「皆書き終わった?」

「はい」



 気落ちしながらも全ての項目を埋めるとそれに気付いた弥子が本から顔を上げてそれぞれのアンケート用紙を確認し始める。



「あの、色々質問ありましたけど属性に関係してたりするんですか?」

「そこは研究中だから何とも言えないかな。後々必要なデータが無いと困るから出来るだけ詳しくパーソナルデータを残しておきたいの。それに、部員の中でも属性が決定される要因の仮説は色々あって、それごとに欲しい情報が違うっていうものあるから」

「ちなみに先輩はどんな仮説なんですか?」

「私はね、属性決定に繋がるのはその人の性格だったり、深層心理だったりするんじゃないかなって思ってる」

「性格、ですか?」

「ここには今まで卒業していった先輩達が残してくれた魔法士の膨大なデータが揃っているけど、それを属性ごとに照らし合わせて見た結果、そうじゃないかと思ってね。例えば……」



 弥子は少し考えるようにしてから机の中にしまってあった分厚いファイルを取り出す。火属性魔法士データと表紙に書かれたそれを捲ると、ずらりと色んな人間の名前のリストが並んでいた。



「火属性の人間は何かに強く情熱を傾けるひたむきな人が多い。水属性は協調性があって、でも少し神経質な所がある。土属性は冷静で理屈っぽい人。風属性は好奇心が旺盛で少し変わった人が多い。……例外はあるけど、大体こんな感じが私の仮説かな」



 時音は頭の中でそれぞれの属性の人間を思い浮かべてみる。甲斐、華凛、三葉、潤一と考えて三葉はしっかり当てはまっていると感じた。実際に彼女自身も三葉が土属性だと言った時に似たようなことを考えたのだから。

 他の三人は何とも言えないが、彼らの全てを知っている訳でもなく、深層心理でそんなことを考えていても彼女が分かるはずもない。



「あー、華凛とかちょっと気にし過ぎな所あったりするしな」

「そうなの?」

「そうそう。甲斐はどうだろうなー、あいつ結構何考えてるか分からない所あるし」

「ちなみに羽月先輩は何属性なんですか?」

「私は風だよ。まあ私自身が仮説に沿っているかっていうのは自分ではよく分かんないけど」

「……多分、合ってますよ」

「そう?」



 変わり者かはともかく、少なくとも好奇心は旺盛そうだ。時音がそう指摘すると「あーまあ確かに気になることは調べたくなるタイプかも」と呟いた。



「……そういえばお祖父さんのあれも、そうか」

「先輩?」

「何でも無い。それで話の続きだけど、あと光と闇ね。この二つはデータが少ないから分析しにくいんだけど、一応あるだけのデータを纏めると、光属性は嘘が苦手で裏表のない真っ直ぐな人って印象かな」

「あー」

「分かる分かる」

「……そうか?」



 時音と御影が揃って怜二をまじまじと見つめると彼は首を傾げる。怜二に光属性は似合わないと思っていた時音だったが、そう言われると確かにしっくりくる。



「亜佑先生もだけど、これはイメージが合うな」

「先生も嘘付けない感じだもんね。闇はどうなんですか?」

「闇はね……腹に一物も二物も抱えた疑り深い人、なんだけど……」

「……」



 今度は御影に視線が集中する。へらへらと笑う御影をじっと見た時音は次第に首を傾げて訝しげな顔になった。仮説に近いか悩む甲斐達とは違い、考えるまでもなく正反対な人間だ。言いながら弥子ですら、今日あったばかりの御影を見て眉を顰めた。



「俺ってそんな感じ?」

「いや、全然」

「こいつは絶対疑うとかそんな頭使って他人を見てないだろ」

「ひでー、俺だって色々考えるって!」

「どうだか」



 馬鹿にするような目で御影を見た怜二に不満げに御影が言い返す。しかし正直時音も怜二の言葉に頷いてしまった。



「……まあ、椎名君のことはひとまず置いておくとして、最後に時属性なんだけど、本当にデータがほぼ皆無なんだよね。比較対象がないから分析は不可能、ってことで、椎名君と二階堂君、二人から見た周防ちゃんってどんな性格かな?」

「意地っ張りで強がりで泣き虫だ」

「頑張り屋だよな。あと何より一途。片思いも長そうだ――」

「椎名君!」



 慌てて御影の声を遮るように時音の声が被さる。一体怜二の前で何を言ってくれようとしているのだと焦りやら何やらで顔を赤くした彼女に、御影はにやにやと楽しげに笑みを浮かべた。

 ……潤一に亜佑の気持ちをばらそうとした時もそうだが、実は意外と愉快犯な所があるのかもしれない。



「片思い?」

「怜二には関係ないでしょ!」

「はあ? お前何怒ってんだよ」

「まあまあ、周防ちゃん落ち着いて。……それにしても、やっぱり闇の分析し直した方がいいかなあ」



 時音のデータに二人の意見を書き足した弥子が小さくため息を吐く。明らかに仮説からかけ離れていると言っていい御影を見て彼女が頭を悩ませていると、不意に彼女の肩にぽん、と背後から手が乗った。



「ほら見ろ、だから俺の仮説の方が合ってるかもしれないだろ?」

「水野」



 弥子が振り向いた先に居たのは同じ部の三年、部長の水野だった。眼鏡に掛かる長い前髪を鬱陶しそうに払った彼は机に手をつくと身を乗り出してきらきらした笑顔で御影に詰め寄った。



「俺の仮説では、遺伝子の中の配列のどれかが属性を決める要因になると思っている。真宮寺の星属性は勿論のこと、他の属性だって全く遺伝しないと決まった訳じゃない。両親と違っても隔世遺伝とかしている可能性もあるし、何かしら別の因子と組み合わさって属性が決定されているのかもしれない。だからつまり――採血させてくれ!」

「え」

「ちょっとぐらいいいだろ? 菓子食ってたから血が足りないとは言わせない!」



 ずい、と注射器を持っていい笑顔で近づいてくる水野に御影が逃げるように勢いよく身を引く。



「い、いや俺注射とか苦手で……」

「大丈夫だ、俺採血に関してはプロ級だから! すぐ終わるすぐ終わる」

「……怜二、あと任せた!」

「はあ? おい待て!」



 珍しく狼狽えた御影は、怜二を振り返るとすぐさま逃げ出して素早く教室の扉から出て行ってしまう。



「ああ待ってくれ! 貴重な闇のサンプルが!」



 しかし水野も注射器を持ったまま御影の後を追って走り出す。インドアそうなひょろりとした体からは想像も出来ない早さで教室を飛び出して行った彼の背中を呆然として眺めていた時音は弥子がいつの間にか隣に移動していたことに気が付かなかった。



「ところで周防ちゃんって、隣の二階堂君のこと好きなの?」

「っ!?」



 こそっと耳打ちされたそれに弾かれるように顔を上げる。そこには弥子が時音のアンケート用紙をちらりと見下ろして楽しげに笑っていた。



「時音? どうした」

「な、何でもない……」



 怜二から目を逸らして顔を見られないように俯く。そして彼女は先ほど自分が書いたアンケートの内容を思い出していた。



 ――好きな異性のタイプ


 ”努力家で裏表がない、誰にでもはっきりと自分の意見を言える正直者”



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