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20話 教師の信念


「どうしよう」

「うん、本当に……」



 光の弱い明かりが一つだけの薄暗い部屋の中に、途方に暮れた声が二つ分響き渡った。背中で両手首を縄で縛られ、そして首にベルトのような物を巻かれた少女二人――時音と詠は、先ほどからずっと顔を見合わせて「どうしよう」という言葉を繰り返していた。


 研究所から誘拐されて来た二人は気が付いたらこの部屋に転がされていた。一緒に居た怜二達がどうなっているかも、そして自分達がこれからどうなるかも何も分からない。



「やっぱり、外れないね……」



 はあ、と時音が疲れたように大きく溜息を吐いた。何とか手首の縄を解こうと必死になっていた彼女だったが、かなりきつく縛られているようでちっとも緩む気配はない。むしろ血が通わない所為で徐々に指先の感覚が無くなって来た。



「ねえ、詠の魔法って私よく知らないけど、時計を見つけてくれた時みたいに他の子がどこにいるかとか分かったりするの?」

「ごめん、無理」

「そっか……」

「そもそも星魔法は空が見える場所じゃないと使えないし、仮に見えてもあたしの場合星が教えてくれるかはまだ半々ってところなんだよね……」



 詠は再度謝って少し俯いた。時音の時計を探した時以来、前までのようにちっとも星詠みが成功しないという訳ではなくなったが、それでもそう簡単に全てが上手くいく訳ではない。あの時は星が詠におまけして教えてくれたようなもので、これから地道に対話を続けて星との関係を構築していかなければならないのである。



「というかそもそも抑制装置つけられてるから魔法使えないんだけど」

「抑制装置?」

「この首に巻かれたやつ、時音は授業で使ったことない?」



 詠が時音に軽く装置の説明をしてみせる。魔法が使えなくなると聞いた時音は更に逃げ道を塞がれてしまったと肩を落とした。



「……よくよく考えてみるとさ」

「うん?」

「魔法使えても、私と詠の属性じゃあ縄を解くのは無理だよね……」

「……」



 はあ、と二人揃って溜息を吐いた。攻撃性のない属性の二人にこの状況を打開する方法はなかった。手も足も出ないとはこのことだ。事実を確認して途端に不安に駆られた時音は再び縄を解こうと体を動かしてみたが、案の定びくともしない。

 その代わりに首に掛けていた懐中時計のチェーンがずれて首に金属の冷たさが伝わって来る。それは少しだけ彼女の心を落ち着かせてくれた。目が覚めた時には所持品は全て奪われていたが、唯一首に掛けて服の下に入れてあった懐中時計だけは奪われていなかったのだ。これがあるだけで、時音の心持ちは随分と変わって来る。



「ちょっと外見てみる」

「大丈夫?」



 後ろに両手を縛らせている為バランスを崩さないようにゆっくりと気を付けながら時音が立ち上がった。そして扉の上部に開けられた格子状の窓に近付いた時音はそっと部屋の外の様子を窺おうと身を乗り出し――。

 その時、ぬっと窓の外に急に現れた男と目を合わせてしまった。



「っ!」

「おっと、目が覚めたのか。まあちょうどいいが」



 驚きで悲鳴すら上げられなかった時音がバランスを崩して尻餅をつく。ガチャガチャと鍵が乱暴な音を立てて外されるのが分かると、時音は慌ててずりずりと扉から離れるように距離を取った。

直後、大きな音と共に開かれた扉の先から男が部屋の中へ入って来る。その顔は確かに研究所で見た白衣の男のものだった。

 男――田中はじろりと怯える二人を見ると、「時はこっちだったな」と小さく呟いて時音の肩を強く掴んだ。



「痛っ」

「時音!」

「さっさと来い。時間がない」



 そのまま無理やり時音を立ち上がらせた彼は、手の力を緩めることなく彼女を引っ張り部屋の外まで引きずり出した。



「離して!」

「大人しくしろ! あいつが此処に来る前にお前だけは先にオークションに出しとかねえといけねえんだよ!」

「お、オークション……!?」



 明らかに人間に使う言葉ではない単語を聞いて時音は顔だけを真っ青にした。オークションに出される。つまり彼女は今から誰かに売り飛ばされそうになっているという事だ。



「い、嫌だ!」

「せっかくの数十年振りの時属性だ。精々稼いでもらうぞ」

「やだ、お願い、誰か」

「助けてなんて来ない。諦めて静かに――」



 どんどん引きずられて歩かされる時音の目から一粒の涙が溢れる。





 薄暗い空間を切り裂くように一筋の光が男の腕を一瞬にして貫いたのは、そんな瞬間だった。



「な、ぐあっ!」



 唐突な痛みに時音を掴んでいた田中の手が緩み、彼女はバランスを崩して前屈みにたたらを踏む。

 そのまま手をつくことも出来ずに倒れてしまうと咄嗟に目を閉じてしまった彼女は、しかしその前に何者かに体を受け止められたのが分かった。



「れ」

「周防さん!」



 男を攻撃した光を見た時音が思わずその名前を呼びかけると、その前に想像していたものとは違う女性の声が彼女の名前を叫んだ。













 最悪だ。本当に、教師失格だ。

 生徒達を守れず犯罪者の手に渡し、ましてや自分も一緒に掴まってしまった。

 誘拐犯に連れて行かれそうになっていた時音を取り戻して田中から庇うように背に隠した亜佑は、頭の中でひたすら後悔を重ねながらも目の前の男を真っ直ぐに見据えていた。


 他の生徒達と同様に拘束された状態で目を覚ました亜佑は、抑制装置が着けられていると気付くとすぐさま身に着けていた非常用の魔法力を蓄えている魔法装置を発動させ、縄から抜け出した。

 所持品は全て没収されている。が、藤月の教師陣はこのような事態を想定して決して奪われることのないようなものを魔法装置として身に着けることになっている。



「お前、どうやってあの状態から抜け出した!」

「……」



 驚愕する誘拐犯に亜佑は何も答えなかったが、その代わりに無意識に右目の瞼にそっと触れていた。

 魔法力を蓄えていたのは、度の入っていない特殊なコンタクトレンズなのだ。



「伊波先生」

「周防さん、後ろの壁に背中を付けて動かないで。それと、出来れば目を閉じて何もしゃべらないように」

「わ、分かりました!」



 今すぐ怖い思いをさせてしまった時音達に謝りたい。だが亜佑は背中越しに時音にそう指示を出すと今にも彼女を取り戻そうと向かって来る田中を睨んで声を上げた。



「閃光!」

「うわっ」



 以前御影との勝負で怜二が使っていたのと同じ――そもそも、元々教えたのは彼女だ――強い光が薄暗かった通路を余すことなく白に染める。目を焼かれるような感覚に陥った男が思わず目の前を腕で遮ると、数秒後光が収まる前に再び前方から鋭い女の声が飛んで来た。



「光弾!」

「――防げ」



 消えかけていた光に紛れるように幾重もの光の弾が田中に降り注ぐ。しかし彼はまだ目が見えない状態ながら魔法を使い、自身の目の前に固い石の壁を足元から出現させたのだ。

 壁に当たった光は石を傷付けながらも破壊することは出来ずに次々と消えていく。そしてそれらが全て止むと、ようやく通路内は本来の暗い空間を取り戻した。



「はっ、声さえ聞けばどこから攻撃が来るかなんて分かるに決まってるだろうが」



 壁に守られた田中は無傷の姿で亜佑を馬鹿にするように笑う。しかし彼女は挑発に乗ることはなく無言で男に向かって飛び掛かった。



「打ち出せ!」



 真正面から走って来る亜佑に、今度は田中が魔法を放つ。壁にしていた石から作り出したいくつもの礫が彼女に向かって飛び出したのだ。

 しかし亜佑はそれを魔法も使わずにひらりと飛び上がって躱し、田中の正面にある壁を足場にくるりと男の背後に着地する。



「な」

「私だって藤月の教師だ――舐めるなっ!」



 振り向きざまに繰り出された亜佑の回し蹴りが綺麗に田中に入った。続けて「光弾!」と先ほど同様の光の弾が倒れかけた男に降り注ぎ、今度は防ぐことも出来ずに直撃する。



「く、そ……」



 衝撃を殺せないまま床に転がった田中だったが、まだ意識は残っていた。気絶させようと亜佑が彼に近付きかけたその直後、踏み出そうとした彼女の足が不自然に歩みを止めた。



「こいつがどうなってもいいのか!」



 ずっと隠し持っていたのか、上半身を起こした田中は上着の裏側から拳銃を取り出してそう叫んだのだ。その銃口を、亜佑ではなく時音に向けて。


 時属性は貴重な人間だ、だからこそ田中は勿論時音を殺すつもりはない。だが要は最低限死ななければそれでいいのだ。傷付けることに対して躊躇いなどは一切なかった。

 教師は生徒を守らなければならない。だからこの状況で亜佑が動けるはずがない。田中はそう確信して立ち止まった亜佑を勝ち誇るように見上げた。



「お、おい!」



 しかし見上げた先の亜佑はそのまま足を動かし始めていた。男に向かって躊躇いもなく近づく彼女に予想が外れた彼は一瞬動揺したが、そのまま時音を振り返ると拳銃を持つ右手に力を込めた。



「そっちがその気なら本当に撃ってやるよ!」



 田中はそう言った瞬間、本当に時音に照準を合わせていた拳銃を発砲した。

誰も止める間もなく弾丸は隅で固く目閉じている時音へと向かい、そして彼女の体へと吸い込まれ、撃ち抜いた。





「……は?」



 ――ところが、田中が気が付いた時には既にそこに時音の姿はなかった。発砲した弾丸は今まで彼女がいた真後ろの壁にめり込み、そこに血痕など一切残ってはいない。



「どういう、」



 ことだと呟きかけた田中の声は、強烈に脳を揺らした亜佑の掌底によって途切れた。



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