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19話 生徒達の戦い


「……い、おーい華凛、起きろ!」



 自分を呼ぶ声が聞こえ、華凛は閉じていた目をゆっくりと開いた。



「お、やっと起きたな」

「椎名君……ここは」

「あー、何か俺達捕まったみたいでさー」

「ええっ!?」



 華凛の目の前で座り込んでいた御影は華凛が起きるとへらっと笑いながらとんでもないことを口にする。表情と言葉のギャップに着いていけない華凛が混乱していると、御影は「まあ焦ってもしょうがねーし落ち着けって」と呑気にそんなことを言った。



「どうしてこんなことに……えっと、何か研究所で変な黒い霧みたいなものを浴びて」

「そうそう。あれ、闇属性の魔法装置で相手を眠らせる為の物っぽかったんだけどさ、俺は属性が同じだから効果が薄かったのか途中で薄っすら目が覚めて。体は動かなかったんだけど、それでちょっと犯人の会話聞いちゃったんだよな」

「……なんて言ってたの?」

「俺達を誘拐して、それでオークションに出して売るってさ」

「……」



 言葉を失った華凛が恐怖でカタカタと震え始める。両手で体を抱きしめようとして縛られている為それも出来ないことに気が付いた彼女は、泣きそうになりながら思わず縋るように御影を見上げた。



「大丈夫だ華凛、俺がいるからな!」

「……椎名君、どうしてそんなに平気そうなの? 私達、誘拐されたんだよ」

「すぐに脱出すればいいからさ」

「そんなこと言ったって」



 華凛は御影の首に着いている制御装置を見て俯く。元々華凛が使える水魔法では縄を解くのは難しいが、御影だって制御装置が着けられている。身動きが取れない状態で一体どうやって逃げる気なのだろうか。



「じゃあ、華凛も起きたことだし行くか」



 華凛が不安でいっぱいになっているのとは裏腹に、御影は明るく声を上げると膝に手を着きながらのんびりと立ち上がった。



「……え?」



 拘束されていたはずの手をいつの間にか自由にしていた御影は「華凛、動くなよ」と前置きする。するとすぐに彼の足元で御影の影が不自然に動き出し、それは華凛の背後まで伸びた。

 ざくっとあっさり縄が切れる音がしたかと思えば、華凛の手首に食い込んでいた縄が一気に緩んだ。



「どうして、椎名君魔法が使えるの!?」

「ん?」



 御影が今更になって首の制御装置に手を掛ける。それを身に着けていたというのにごく普通に魔法を使った御影に華凛が驚愕していると、彼はなんてことないと言うように「ああ、それは」とさらりと話し始めた。



「俺の魔法力測定の結果、覚えてないか?」

「え?」

「ちょっとぐらい抑制されててもどうってことないってことだ」



 御影の魔法力は機械がエラーを起こすほどで、もっと言えば学校にいる教師を含めた誰よりも魔法力が高い。一般的な抑制装置では到底押さえられないくらいの魔法力だということだ。



「……椎名君って、やっぱりすごいね」

「だろ? そんな俺が一緒にいるんだ。心配しなくなって華凛は俺が守るよ」



 謙遜も一切なくにっと笑ってそう言った御影に、華凛は釣られるように少し笑ってしまった。

 自分の不甲斐なさに落ち込んでいたというのに、それを吹き飛ばすような頼もしい御影の言葉と笑顔に沈んでいた心が浮上していくように感じた。



「椎名君、ありがとう。ちょっと元気出た」

「いいって! さ、他の皆を助けてさっさとここから出ようぜ!」

「うん」



 御影に手を握られて引っ張られた華凛は、場違いにも少し恥ずかしい気持ちになりながらその手を握り返した。



「椎名君が居てよかった」

「え?」

「私一人だったら、きっと怖くて怯えてるだけだったから。だから、椎名君が一緒で本当によかった」



 ありがとうと、穏やかに微笑んだ華凛を振り返った御影は一瞬、虚を突かれたように僅かに目を瞬かせた後、「そっか」とほんの少し困ったように眉を下げた。













「居ないな……」



 甲斐と怜二は傍の部屋から順に中を覗き込んでいったものの、中々人影は見当たらなかった。誘拐犯に鉢合わせても困るが、扉の前に見張りもいなかったことを考えると、犯人はそう大人数ではないのだろうと推測出来た。

 しかしながらこの建物の中は予想よりも随分広い。恐らく廃墟となった公共施設を勝手に使っているらしく、壁紙が剥がれている場所があったかと思えば、先ほど怜二達が閉じ込められていた場所のように新たに頑丈に作り直された箇所もある。


 人気のない空間が続く中で怜二が苛立たしげに舌を打った。御影や教師の亜佑はともかくとして、時音達は犯人達に対抗する術はないだろう。ましてやあの白衣の男は珍しい属性と強調するように口にしていたのだから一番危ないのは時音だと考えるのが普通だ。

 普段からあまり危機感のない幼馴染の呑気な顔を思い出して再び舌打ちしそうになった怜二は、とにかくさっさと見つけなければと足を急がせた。



「吹き飛ばせ」



 しかしそうして踏み出そうとした足が、不意に背中に投げかけられた声と同時に不自然に浮き上がった。



「な」



 一瞬何が起こったのか分からなかった。気が付けば怜二と甲斐は体ごと前方に吹き飛ばされ、そして奥の壁へと思い切り叩きつけられたのだ。



「見回りに来て正解だった。やはり用心に越したことはない」

「お前……!」



 顔を庇った腕と体に痛みを感じながら何とか二人が振り返ると、通路の奥にひょろりとした細身の男が怜二達を見下すようにして立っていた。白衣の男とは顔が違う、別の人間らしい。



「さっさと閉じ込め直さなければ――」

「おいっ! 他のやつらはどこにやった!」

「知る必要はない」



 痛みに耐えて立ち上がった怜二が叫ぶが、男――清水は冷めた声でさらりと告げてつかつかと怜二達に近付いて来る。

 今しがたの発言からこの男が誘拐犯の一人であることは間違いない。再び捕まってなるものかと、怜二は男を睨み付けながら狙いを定めた。

 そしてそんな怜二の隣で、甲斐もまた応戦しようと男を見据える。が、魔法を発動する為の言葉は中々出て来なかった。甲斐の属性は火だ。そして訓練時とは違い耐火防具を身に着けていない相手に向かって魔法を放ったことはない。ましてや甲斐は座学はともかく実技はそこまで得意ではないのだ。

 躊躇いなく人間相手に炎を向けることなど出来ず甲斐が口を閉ざしていると、その間に怜二が先に魔法を放った。



「光の矢!」



 遠距離からいくつも狙い打てるそれは使い勝手が良い。連続して二つの光線が清水に向かって放たれ、それが直撃するかと思った矢先に、しかし彼も「逸らせ」と静かに風を起こす言葉を口にしていた。

 直後、清水に向かっていた光が突然斜めに方向を変えて壁に直撃する。



「なっ……鈴原!」

「……分かってる! 燃えろ!」



 攻撃を躱されて驚いた怜二だったが、すぐに甲斐にも攻撃するようにと声を上げる。その声に今までの躊躇いを何とか振り切った甲斐が目の前の男に火炎放射器のように炎を向けた。



「吹き荒れろ」

「っ!?」



 しかし清水に向かっていた炎は突然の強い向かい風によって逆に甲斐達の方へと向かって来た。自分の炎を被りそうになった彼は慌てて魔法を止めて顔を腕で庇ったが、酷く熱い風と、先ほどの手とは比べ物にならない痛みがすぐに彼を襲う。



「お、おい! 大丈夫か! ――癒しの光!」

「そうか、光が居ると治療手段があるんだったな。……だったら手加減せずにさっさと終わらせた方がいいか」



 火傷の痛みに流石に表情を変えた甲斐を見て、怜二が急ぎ魔法を使う。しかし痛々しい火傷が元に戻っていく間に、清水はおもむろに腰に着けられていたポーチから誰もが見た目だけはよく知る鉄の塊を掴み出していた。

 薄暗い電灯に照らされたそれは、僅かに鈍く光る拳銃だった。



「銃!?」

「動くなよ、下手に心臓に当たったら困るからな」



 画面の向こう側でした見たことのないそれに怜二と甲斐は息を呑んだ。銃を撃つ速度と言葉を口にして魔法を使う速度、どちらが早いかなど言うまでもない。仮に魔法の方が早かったとして、果たして魔法――それも、まだまだ未熟な自分達の――で銃弾は防げるのか。

 動くなと言われずとも反射的に表情を強張らせて身を固くした二人に、自称慎重派の男は小さく笑う。


 そこで……彼は初めて油断してしまった。





「血痕の隠蔽も面倒だ。大人しくさっきの部屋に戻れば撃たないでやっても――」


「叩き落せ!」



 銃を構えた清水の手が何か黒いものに薙ぎ払われたのはその瞬間だった。

 強かに何かに打たれた手は思わず銃を取り落とし、からからと軽い音を立てて銃が床に転がっていく。



「な」

「華凛、今だ」

「うん――さざ波」



 聞き覚えのある声がしたかと思えば、すぐに清水の背後から足元に水が押し寄せて来た。人間が足を取られるほどの勢いはなく、しかし……拳銃はさらさらと水に流されて彼からどんどん離れていく。

 驚く男は咄嗟に拳銃を追いかけようとしてその直後に聞こえて来た「凍り付いて」という声と共にぴたりと足を止めた。……いや、足元に流れていた水が突然凍り付き、彼の足を巻き込んで凍ってしまったのだ。

 そして怜二達の視線の先、清水の背のさらに向こう側の通路からひょっこりと二人の男女が現れた。



「よし、俺の計画通り! 御影君と華凛ちゃん参上ってな!」

「椎名! 常盤!」



 清水の背後に立つ二人――御影と華凛の元気そうな姿を目に留めた怜二達は、驚きながらもほっと安堵の息を吐いた。



「常盤、無事でよかった」

「あれ、怜二俺の心配はー?」

「最初からするもんか」

「あ、信頼してくれてたってことかー」

「違う!」

「貴様らっ」



 少し場違いなやり取りが交わされ空気が緩み掛けるが、足を止められた男は苛立たしげに前方と背後を見て四人を睨み付けた。拳銃を追いかけようとした不自然な形で足を固定されている為、少しバランスを崩せばすぐに倒れてしまいそうだ。強い風など起こしてしまえば反動で自分が倒れてしまうだろう。

 そして足元の氷を破壊しようとすれば、その瞬間四人から一斉に攻撃されること請け合いである。



「さて、誘拐犯さん。これで形勢逆転だ」



 御影が一歩男へ向かって踏み出しながらにやりと笑う。その背後でゆらりと自分の影を動かしながら。



「四対一だが――か弱い子供なんだから、これくらいハンデくれよ?」



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