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18話 誘拐


「はっ、拍子抜けするほど楽勝だったな」



 速度を上げて走る大型トラック。その助手席に座っていた男――田中は着ていた白衣を脱ぎながらにやにやと上機嫌に笑った。

 研究所へ見学に来る珍しい属性を持つ藤月生を誘拐する。その計画を持ち掛けられた時は上手く行くものかと懸念していたが、まさかここまで順調に進むとは思っていなかった。荷台のコンテナの中に眠らせた生徒達を詰め込んだ田中はのんびりと首の後ろに両手を組んで寛ぐように背凭れに体を預けた。



「まったく、研究員のやつらも馬鹿ばっかだ。白衣着てりゃあ顔もよく見ようとしないんだからな。それにしても……光に闇に時に星。やつらをオークションに出したらどれだけ儲かるだろうなあ」

「それは楽しみだが……田中、お前どうして余計なやつらまで連れて来たんだ」

「あ?」



 上機嫌の田中がぺらぺらと話していると、それを静かに聞いていた運転席の男――清水が険しい顔で田中にちらりと視線をやった。



「誘拐する人数が増えればそれだけ見つかる可能性も高くなるし、生徒が居なくなったと気付くのは早くなるだろう。ましてや四属性の生徒など必要ない」

「一人二人増えたくらいじゃ変わらねえよ。それに特別な属性じゃなくても一般人には十分受ける」

「おまけに教師まで連れて来るなんて何を考えているんだ」

「教師つってもぺーぺーの新人だぞ? おまけに光属性だ。清水、お前はいつも心配性過ぎるんだよ」

「俺は慎重派なだけだ」



 田中と清水はよく二人で組んで表沙汰に出来ないような仕事をしている。主に魔法を使って詐欺や密輸などを行っていたが、こうして複数の人間を誘拐するなどという大掛かりなことをするのは正直初めてのことだった。

 自称慎重派な清水は当初この計画に首を横に振ったが、成功時に得られるであろう金額の高さに目が眩み、さらに今回はもう一人協力者がいるということで田中に説得されてとうとう彼は頷いた。



「……お」

「どうした」

「電話だ……“仮面”か」



 音が鳴らないようにしていた田中の携帯が震える。彼はそれを取り出し画面を覗き込むと途端に顔を顰め、それを耳に当てた。

 すぐに低い男の声が耳に入って来る。



『――首尾は』

「上々だ。これから合流地点へ向かう」

『了解した』



 田中が通話している相手は、この計画を持ち掛けて来た張本人だった。名前は聞いても答えられず、常に顔をのっぺりとした仮面で隠した奇妙な男。自分は顔を見せられないからと田中達に研究所へ侵入するように依頼して来たのだ。

 仮面の男が田中達に提供したのは、今日藤月生が研究所を訪れる為施設の警備が緩くなるという情報や比較的侵入しやすい経路の情報、そして誘拐する生徒達を眠らせることが出来る闇属性の魔法装置。お膳立ては十分だった。

 更に仮面は誘拐した生徒を売った金も全て田中達に渡すという。ならば男は一体何が目的なのか。訝しんだ二人に仮面の男は一言、ただ一つだけ要求を口にした。



『確認するが、時のガキはいるんだな?』

「勿論だ」

『ならいい。もう一度言っておくが、時だけは俺がもらう。忘れるなよ』



 それだけ言うと間を置かずに電話がぷつりと切れた。田中は通話終了の画面を暫し見つめた後一つ舌を打つ。

 仮面の男が望んだのは、時属性の人間ただ一人。時だけは売らずに自分が貰うと最初に計画を話された時から既に告げられていたのだ。



「……時なんてどれだけ振りに現れたっつーのに。売ればどれだけになると思ってんだよ……」

「そう言うな、時以外だけでも十分だろ。下手に仲間割れなんて起こしたらそっちの方が問題だ」

「へーへー、慎重派さんの言う通りですねえ」



 軽口を叩いて肩を竦めた田中に清水は何も言うことなく前を向き、アクセルを踏んだ。













「……う、ん」



 ゆっくりと、自然と目が覚めるように怜二は瞼を押し上げた。頭がぼうっとする。微かにぼやけた視界の中で顔を上げた彼は緩く首を動かしながら辺りをゆっくりと見回した。



「起きたか」

「……な、」



 怜二は目の前の光景と自分の状況を理解した途端、ぎょっとしたように声を上げて目を大きく見開いた。狭く薄暗い、コンクリートで取り囲まれた何もない部屋。唯一の扉には上部に鉄格子の窓があり、まるで牢屋のようだ。窓などもなく、今が何時なのかは分からない。

 そして目覚めた怜二に声を掛けて来たのは彼の目の前で座り込んでいる甲斐だった。彼は手を後ろに回し、そして首に奇妙なベルトのようなものを身に着けている。そしてそれは怜二も同じだ。自分では確認できないが首元に何かを巻かれており、更に両手は後ろに回されて――縄でまとめて縛られていた。



「お前……」

「どうやら、俺達はどこかに誘拐されたらしい」



 いつも感情を込めずにしゃべる甲斐だが、流石にその声には精神的な疲労が見受けられた。

 怜二は混乱する頭をそのままに、こうなる前の状況を思い出していた。今日は課外授業で魔法の研究所を訪れていた。研究所内を見学してから昼食を取り、そして……あの白衣の男に着いて行った所で急激に眠気が襲ってきたのだ。

 そして怜二達は今縛られて見知らぬ場所にいる。甲斐の言う通り白衣の男に誘拐されたのだとしたら、何故怜二達しかいないのか。時音達は一体どこにいるのか。



「他のやつらは……」

「分からない。ただきっと、俺達と同じようにどこかに監禁されていると思う。……悪い、俺がもっと早く気付いていれば」

「なんだと」

「少しおかしいと思ったんだ。属性に限らずに調査数が必要ならば何故あらかじめ学園に要請して全員分の調査を頼まなかったのか。それに他の研究員は知らなかったのにどうしてあの男だけは俺達の属性を把握していたのか。……だが結局、それを確かめる前に捕まってしまった」

「……チッ」



 今更何を言い出すのかと、怜二は無意識に舌を打った。それは何も考えずにほいほい着いて行った自分への嫌味かとすら思ったが、流石にこの状況でそれを口に出すことはなかった。

 苛立ったまま背中側で縛られている両手を動かしてみるが、しかしまったく縄が緩む気配がない。



「こうなったら光で……って」



 手首は動かないが無理やり魔法でどうにかしようとした怜二だが、けれども一向に薄暗い空間を照らす光は現れない。彼自身には見えていなかったが、ほんの少し手元が光っただけだったのだ。



「駄目だ。首に抑制装置が付けられている」

「これか……くそっ」



 首に巻かれたベルトは頭を動かしても全く外れる気配はない。目の前の甲斐が着けられているものと同じだとすると手が使えれば容易に外せそうだが、しかし拘束されたままの手ではどうしようもない。

 どちらかが外れれば、と怜二が歯を噛みしめていると「大丈夫だ、もう少しだから」と冷静な声で甲斐がそう言った。



「もう少し、だと?」

「火属性のクラスでは魔法の細かい制御が重要視されていて、だからこの抑制装置もよく使う。抑制が一番強めに設定されていても完全に封じるのは不可能だ。ほんの少し……本当に僅かな火花くらいは出せる」

「!」

「後少し、縄を焼き切れば……っ」



 ぷつん、と何かが切れたような音がしたと思うと、直後甲斐の背後にはらりと縄が落ちた。

 先に目を覚ましていた甲斐は状況を理解するとすぐに手首の縄に向けて魔法を使い始めていた。普段の甲斐ではこれほど弱い火の制御などできなかったが、むしろ抑制装置が付いていたことが功を奏した。じりじりと少しずつ少しずつ縄を焼き続け、そして今ようやく解くことに成功したのだ。



「そっちもすぐに解く」



 甲斐はそのまま首の制御装置を外すと、次に彼は驚いた表情を浮かべる怜二の背後に回った。

 今度は両手が使えるので火を使う必要はない。随分固く縛ってある縄を力を込めて引っ張ると、数分してようやく怜二の両手を解放できた。



「……」

「とにかく、すぐにここから出た方がいいな」



 怜二が自由になった両手を無言で見つめていると、甲斐はすくっと立ち上がって扉の方へと急いだ。ドアノブを捻ってみるが案の定鍵が掛かっており、彼は眉を顰めて怜二を振り返った。



「二階堂、鍵を壊してくれるか」

「……分かった」



 自分の炎では難しいと甲斐が怜二に頼むと、彼は何か言い掛けた後に不機嫌そうに頷いて首の制御装置を外した。



「光の矢」

 ドアノブに手を寄せた怜二がお得意の魔法を使うと、鍵穴を貫通するように光が走った。再度開こうとすれば今度は何の抵抗もなくぎい、と軋んだ音を立てながら呆気なく扉が開かれる。



「まずは詠達を探さないといけない」

「……おい、鈴原」

「何だ?」

「貸せ」



 すぐに部屋を飛び出そうとした甲斐を怜二が止めると、彼は有無を言わせず甲斐の手首を掴んだ。

 怜二が自分の名前を覚えていたことに場違いに驚いていた甲斐が――実際にそう言ったら「そんなに記憶力がないと思うのか!」と怒られるだろう――そのことに気を取られているうちに、怜二は苛立たしげに掴んだ手首を睨み付けて「癒しの光」と小さく呟いた。

 瞬間、甲斐の手首に残っていた痛々しい鬱血の痕や火傷がみるみるうちに薄くなって消える。



「……悪い、二階堂。助かる」

「俺は借りを作るのが嫌いなだけだ!」

「そうか」

「さっさと行くぞ!」



 ずんずんと薄暗い廊下を出て行く怜二の背中を見ながら、甲斐はほんの少し口元を緩ませた。



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