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16話 課外授業


「と、常盤、俺と一緒に」

「華凛ー、バスの席隣座ろーぜ!」

「え、うん。いいよ」

「椎名貴様ああっ!」



 緊張した面持ちでたどたどしく小さな声で華凛に話し掛けた怜二の声を、御影の大声がかき消す。華凛が御影に頷くのを見た怜二の叫びを聞きながら、時音は複雑な心境で溜息を吐いた。



「……怜二、隣座っていい?」

「勝手にしろよ! どうせ俺の隣なんて誰も……!」

「はいはい……」



 不貞腐れた幼馴染の隣に腰掛けた時音は、もう何度目かになる「何で私怜二のこと好きなんだろう」という疑問が心の中で過ぎった。






 本日は授業もなく、時音達は一日魔法の研究をしているという施設へ見学に行く。目的地まではバスで行くのだが席は自由ということで、時音と怜二、甲斐と詠、そして御影と華凛が隣同士で座っていた。



「……」

「華凛、どうかしたのか?」

「え?」



 がやがやと騒がしいバスの中でぼうっとしたように前方を見ていた華凛が御影に声を掛けられる。

 御影がそのまま彼女の視線の先を追うと、斜め前方に座る時音と怜二が何かを言い合っているのが視界に入って来た。



「仲いいよね、時音ちゃんと二階堂君」

「ああ。……何だ? もしかして華凛、やきもちとか?」

「そういうのじゃないけど……楽しそうだなって」



 小さく笑う華凛の表情がどこか陰って見えて、御影は訝しげな表情を浮かべた。ただ時音達を見て微笑ましく感じているだけではないらしいと思った彼がそれを指摘すると、華凛はやや言い澱んでから観念したように眉を下げた。



「……詠と鈴原君と時音ちゃんと二階堂君、それから椎名君と私。最近よく六人でいることが多いでしょ?」

「? ああ、そうだな」

「皆仲良くて、一緒に居て楽しいんだけど……たまに、ちょっと疎外感があって」

「疎外感?」

「私だけ、普通だから。皆珍しい属性で、そうでなくても鈴原君はすっごく頭が良くて……私だけ何もないから、皆と一緒に居てもいいのかなって思う時が……」



 華凛は水属性で、成績も上位ではあるが飛びぬけて高い訳ではない。魔法力も平均であり、その扱いに特別長けているということもない。中学の頃は詠や甲斐と一緒に居ようが、他に同じような子達も居たのであまり気にならなかったものの、現在よく一緒に居る彼らは皆特別だ。



「こんなこと言ったら嫌なやつだと思われるけど……私、上原君ほどじゃないけど時音ちゃんが羨ましかった」



 華凛と同じような成績や魔法力で、それでいて時属性の彼女に嫉妬心を抱くこともあった。御影の表情を見るのを恐れた華凛が俯きながらそう告げると、「え?」とあまりにも予想外と言わんばかりの声が隣から聞こえて来た。



「そんなことで嫌な人間だと思うって?」

「思わないの?」

「羨ましいと思うなんて皆だってそうだろ? 怜二なんて四六時中全方位妬んでるし……それに、むしろ時音は華凛のこと羨ましがってると思うけどな」

「私を? なんで?」

「さあ、何でだろうな?」



 何かを含むような顔で御影が笑う。華凛に答えを伝える気はないらしい。



「華凛は周りを気にしすぎだと思うけどなー。それに華凛だって、六人の中で一番なことってあるだろ?」

「私が一番? そんなもの」

「お前が一番優しい! だろ? 俺が保証するよ」



 にっと笑顔を見せる御影を華凛は目を瞬かせて暫し見つめた。



「……そんなこと言ってくれる椎名君が一番優しいと思うけどな」

「俺が? まさか」

「え?」



 即答した御影に華凛が聞き返すと、彼は一瞬真顔になって口に手をやった。しかしすぐにそれを誤魔化すように笑った彼は「とにかく、俺は華凛のそういうとこ好きだな!」とさらりと告げ、途端に華凛は真っ赤になった。













「藤月学園の皆さん、魔法研究所へようこそ」



 目的地に到着してすぐに現れた白衣の女性が発したのは、普通の日常からは全くかけ離れた発言であった。

 もう大分魔法という言葉に慣れて来た時音は、歩き出した生徒達の中できょろきょろと辺りを見回していた。白い建物が所狭しと並び、魔法を研究していると言っても特別それらしい不思議なものは見当たらない。研究員の女性は生徒達を先導して研究所内へ入ると、それぞれの部屋の扉を開けて、そこで何を研究しているのか解説し始めた。



「この部屋では魔法を使った効率の良いエネルギー供給の研究を行っています。属性は主に火、水、風。これらを従来の発電システムに組み込んで更に効率良く電力を供給できる新たなシステムを開発している所です」



 時音が部屋を覗き込むとそこでは数人の研究員がパソコンを操作していたり、手首に機械を取り付けて何かを測定していたりしているようだった。



「魔法は影人と戦う為だけのものではありません。ここでは他にも私達の生活に役立つ魔法装置の開発も行っています」

「堀田君、藤月の子達だね」

「室長」



 やあ、と片手を上げて部屋の奥に居た中年男性が近づいて来る。彼はにこにこと微笑みながら生徒達を見回し「君達に聞きたいんだが」と口を開いた。



「ここでの研究は今彼女に聞いたと思うが、頭の柔らかい君達なら他にどんなことに魔法を活用できると思うかな」

「え」

「普段研究ばかりしていると凝り固まった意見しか出なくなってしまってね。毎年来る生徒達に聞いてみると意外な意見が出たりして面白いんだ」



 白衣の男の言葉に周囲がざわつく。それぞれ囁くように相談していた生徒達は、少ししてちらほらと片手を挙げ始めた。



「地震の予測とか」

「災害の救助するときとか、何か出来そうな気が」

「うん、そうだね。実際に災害時の救助活動には魔法士が呼ばれることもあって、一般人でも使える魔法装置は試験的にもう使われ始めている。他には……医療機器にも魔法装置を導入したいと思ってはいるが、光属性の人間が少ないからこちらはまだほとんど研究段階だな。確か今年の一年には光の子が居たと聞いたが」

「俺です!」



 怜二が自信満々に手を上げる。名指しされたのが嬉しいのか明らかに調子に乗っている様子の怜二に、室長と呼ばれた男はにこにこしながら視線をやって「そうかそうか」と頷いた。



「他にも自分の属性で出来ることを考えてみるといいね。魔法はまだどの属性も発展途上だから、いくらでも伸びしろはある」

「自分の属性……」



 では、時属性は何が出来るのか。


 時音が今教わっているのは物の時間を止めることだ。そして時間を早めたり遅めたりも出来ると聞いている。

 時間に関わる魔法装置。そう言って真っ先に思いついたものがあったが、時音はすぐにそれを打ち消した。



「タイムマシンとか……まあ無理だよね」











「君、ちょっと待ってくれ」



 大まかな説明も終わり、他の生徒達の波に乗るように退室しようとした時音達は、不意に背後から声を掛けられて思わず振り返った。



「そこの黒髪の男の子」

「俺ですか?」

「ああ」



 傍に居た御影が自分を指さして見せると呼び止めた室長は大きく頷いた。立ち止まって振り返った御影に釣られるように彼の傍にいたいつもの面々もつい足を止める。



「名前は?」

「椎名御影です」

「椎名! やっぱりそうか!」

「あの、どういうことですか」

「昔、君にそっくりの男がここで働いていたもしかしてと思ったんだ。椎名彰人しいなあきひとという男なんだが」

「椎名って」

「君は彼の子供じゃないか?」



 確信めいた室長の言葉に皆の視線が御影に集まる。そして当人はというと、いつも通り明るく笑ったかと思うと、そこに小さく苦笑を織り交ぜた。



「そうらしいです」

「らしい?」

「俺、両親の顔見たことないので」

「……え!?」



 さらりと告げられた言葉に衝撃が走り、室長は元より傍に居た時音達も言葉を失う。特に同じ境遇の時音は思わず御影を凝視してしまった。



「入学前に調べた戸籍ではそうなっていました」

「……あいつは今どこに?」

「さあ。死んだのか、それとも蒸発したのかは知りません」



 いつになくドライな口調で御影は肩を竦めた。そんな彼を見ながら、華凛はおずおずと室長に向かって口を開く。



「あの、椎名君のお父さんって研究員だったんですか?」

「ああ。随分前に突然ここを辞めたけど、ちょっと変わり者だがかなり優秀な男だったよ。属性は……風、だったかな」

「変わり者?」

「革新的な魔法装置をいくつも開発していたが、他にもまず実現不可能だろうと思われるものまで手を伸ばしていてね……例えば、時属性を使ってタイムマシンが作れないかだとか」

「え」



 今度は時音に皆の視線が向けられる。それに気付いた室長が不思議そうに首を傾げていたが、すぐに「あ」と声を上げて手を打った。



「もしかして、君が噂の時属性」

「はい」

「今年は豊作だなあ。光も闇もだが、時属性の研究は本当に進んでいなくてね。椎名も結局、時属性の協力者が見つけられなくてタイムマシンは断念していたよ。ただ、理論は素晴らしいものだった」

「……タイムマシンって作れるんですか?」



 先ほど自分ですぐに打ち消した考えを口にすると、室長は「どうだろうね」と少し困ったような表情を浮かべた。



「けど、仮に作れたとしても作ってはいけないものだと思うよ。もしそんなものが生み出されたら大変なことになりそうだからね。……特に政府は黙っちゃいないだろう、やつらは本当に何を仕出かすか分かったもんじゃない」

「ちょ、室長……」



 傍で仕事をしていた研究員の一人がその発言にびくりと肩を揺らして小声で窘める。そんな彼を振り返って、室長は「ま、所詮は税金で研究している私が言ってはいけないことだが」と苦笑して見せた。




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