表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/71

13話 紛失


「……って言う感じかな」

「へー」



 昼休み、学食で昼食を取りながら時音は詠と華凛、そして甲斐と四人で話をしていた。内容はというと、つい先ほどまで受けていた授業『魔法実技訓練』のことである。個別に授業を受けている時音が他のクラスはどんな風に授業をしているのか気になっていたのだ。


 華凛から水属性のクラスは屋内プールで水を操る訓練をしているのだと聞いた時音は、続いて「じゃあ鈴原君は?」と静かに温かいうどんを啜る甲斐に話を振った。



「火属性は水や風と違ってうっかりコントロールを誤ると他に燃え移るからな、基本的には屋外の運動場で行っている。まず火を出す所から始まって、今は火力を強めたり弱めたり、とにかく制御に重点を置いた訓練が多い」

「そっか、火だと危ないもんね」

「ちなみに時音はどういう訓練なの?」

「地味だよ。最初は正確に時間を計れるようにってストップウォッチ持たされたし」



 とはいえその課題は一瞬でクリアしてしまったのだが。時音は懐中時計を取り出して蓋を開けるとカチコチ動く針の動きを目で追う。



「時計を見ずに三十秒数えろ、とか」

「うわあ……あたしそういうの絶対に無理だわ」

「私も駄目そう。時音ちゃん、その時計かっこいいね」

「そう思う? ありがとう、大事なものなんだ!」



 時計の蓋を閉じてポケットに入れながら時音は笑顔で華凛に言葉を返す。彼女にとってこの時計には並々ならぬ思い入れがあるので褒められるとつい表情が綻んでしまう。



「詠の訓練は? 星属性ってどんなことするの?」

「え? あたしは……おばあちゃんと一緒に星を見ながらひたすら集中してることが多いかな」

「星? でも授業って昼間だけど」

「見えなくても星はそこにあるから、だから明るさは関係ないんだってさ。……どのみち、夜で星が見えていてもそこまで成功率が上がる訳じゃないんだけどね」



 詠が苦い顔で笑う。



「あたし去年ようやく魔法力が出て、まだ一年ぐらいしか訓練してないんだ」

「え、そうだったんだ」

「まあそのうち上達するかもしれないしね! これからこれから! ……それより御影達遅いよね、何やってるんだろ?」

「……大方、また一方的な喧嘩でもしてるんだろう」



 明るく笑って話を終えた詠はすぐに話題を変えてきょろきょろと辺りを見回す。その話題に合わせた甲斐は同じように遠くに目をやり「噂をすれば」と食堂の入り口を箸で指し示した。



「貴様! 俺に着いて来るな!」

「何言ってるんだよ、一緒の所に行くんだから当たり前だろ? お、皆あそこにいるぞ。おーい!」

「おい、腕を掴むな!」



 ぐいぐいと怜二の腕を掴んで自分達の元へとやって来る二人に、時音は相変わらずだな、と小さく笑った。











 その日の最後の授業は体育だ。持久走をへとへとになりながら走り終えた時音はふらふらになりながら華凛達と共に更衣室から教室へと戻る。



「疲れた……」



 もっと時魔法が上手く使えるようになったら体育の時間を早く終わらせることなんて出来ないだろうか。時音がそんなことを考えてのろのろと机に座ると、いつものように机の中を探り――そして固まった。



「え」



 無い。

 慌てて椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった時音はすぐにしゃがみ込んで机の中を見る。そして中に入っていた教科書を全て机の上に出し、再度見てみるがそれでも見つからない。



「無い……無い!」

「時音ちゃん、どうかしたの?」

「華凛……時計がないの!」

「時計?」

「お昼に見せた私の時計! ……確かにさっき、更衣室に行く前にちゃんと机の中に入れたはずなのに」



 血相を変えた時音を不審に思った華凛が近づいて来る。同じように傍にいた詠も集まって来て、酷く動揺している時音を見て少し驚いた顔をした。

 時音は普段はずっと懐中時計を持ち歩いている。しかし体育の時は流石に壊れるといけないので教室に置いていくのだ。今日も確かに机の中へ入れたというのに。時音は机の周辺やポケットを探り、鞄もひっくり返して見るが一向にあの見慣れた金色が見つからない。


 顔を真っ青にして探し続ける時音に他の生徒も何かあったのかとちらちら彼女の方へ視線を向け始める。そんな時、同じく更衣室へ行っていた男子生徒達がまとめて教室の中へ入って来た。



「ん? 時音、どーしたんだ?」

「椎名君……私がいつも持ってる時計が無くなっちゃって」



 不思議そうな顔をした御影にも状況を伝えるが、彼には時計を見せたことがないのでピンとこないようで首を傾げている。一方、その後ろから自分の机に戻ろうとしていた怜二は時音の声を聞いてその足を止めた。



「どうしよう……」

「どこか心当たりないの?」

「ちゃんと机の中にしまったはずなんだけど……」



 あれが無いと時音は駄目だ。生まれた時からずっと手にしていたもので、何より時音の本当の両親との唯一の繋がり。今の両親のことは勿論大事だが、だからと言って本当の両親のことがどうでもいい訳じゃない。あの時計を手放すなど考えられないことだ。

 前に学校に置いて行った時とは違い、どこにあるのかさえ分からない今、時音は酷く動揺して泣き出しそうになっていた。



「おい、時音――」

「うるせえなあ、たかが時計をどっかやったぐらいでぎゃーぎゃー騒いで」



 唇を噛みしめていた時音にとうとう怜二が声を掛けようとした時だった。教室の静かな喧噪を切り裂くように、一人の男子生徒が大袈裟に迷惑そうな声を上げたのだ。



「お、おい上原……」

「お前らだってそう思ってるんだろ。時属性の人間は時計が無いと生きていけないとでも言うのかってな」



 しん、と静まり返った中でそう言った男子――上原が時音を睨むようにして嘲るような笑みを浮かべると、こそこそと囁くような声で他のクラスメイトたちが何かを話しながら時音に視線を向け始めた。時音にははっきりとそれらの内容は聞き取れなかったものの、それがよくないものであることはすぐに分かる。


 言うまでもなく時属性の人間は貴重だ。だからこそ怜二は元よりそれを妬む人間も少なくない。だがこうして面と向かって言われ、そして周囲もはっきりと言わずともそう思っていたことを知って言葉が出なかった。

 くすくすと笑う声に耐え切れなくなった時音が俯くと、傍にいた詠が苛立たしげに立ち上がって上原を睨んだ。



「あんた、いい加減に……」

「おお、出来損ないの星属性さん。同じ希少属性同士、周防を可哀想とでも思ったのか?」

「な」

「時計時計って、そこまで自分は時属性なんですよーって他のやつにアピールしたいのかねえ。大体あんな高そうな懐中時計なんて持って来るのが悪いんだ。どうせお前が時計を無くした所で、皆ざまあみろとしか思わねえだろうが――」


「黙れ」



 にやにやと笑いながらぺらぺらしゃべっていた上原の声が不自然に途切れる。

 ずっと俯いて両手を握りしめていた時音は、ざわつく周囲の声に反応してゆっくりと顔を上げた。



「黙れよ」



 その視線の先で、怜二が上原の胸倉を掴み上げていた。



「な、なんだよ二階堂には関係ないだろ。むしろお前が一番あいつを妬んで」

「黙れと言ってるんだ! お前にあいつの何が分かる!」

「は」

「あいつが、時音があの時計をどれだけ大切にして、どんな思いで持ち続けているか何も知らない癖に外野がごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」

「れ、怜二!」



 唖然とした顔の上原を怒鳴りつける怜二を見て我に返った時音は慌てて彼の元に駆け寄って腕を引いた。

 ぎろりと時音を振り返った怜二に、彼女はぶんぶんと首を横に振る。



「怜二、もういいから!」

「時音、お前もお前だ! なんで何も言い返さない!?」

「え」

「大事なものなんだろうが! だったら言われっ放しじゃなくてちゃんと自分で守れって言ってるんだ!」



 怒りの矛先を時音に変えた怜二は上原から手を離して時音に向き合うと、そのまま彼女の腕を掴んで教室から出て行こうとする。



「ちょっと怜二、何を」

「どうせ教室はもう十分見たんだろ。更衣室とか、他の授業で使った教室だとか探すぞ」



 有無を言わせずぐいぐいと引き摺る怜二に時音はそのまま連れていかれ、ぴしゃりと勢いよく教室の扉が閉められる。






「……」



 誰もが口を開くタイミングを逃したとばかりに教室が静まり返る。ちらちらと周囲を窺う者が多く、話しにくい雰囲気が漂う。



「おい、少しいいか」



 しかしそんな中、重い空気の中をすたすたと歩き上原に話しかけたのは、普段から決して口数が多いとは言えない甲斐だった。



「な、なんだよ鈴原」

「ひとつ聞きたいんだが……上原、お前なんで周防の時計が懐中時計なんてこと知ってたんだ?」



 静かに淡々と疑問を提示した甲斐に、ぴくりと上原が肩を揺らした。



「そ、それは、さっき食堂で周防が時計を見せびらかしてるのがちらっと見えたんだよ。その時に懐中時計だったのは分かったんだ」

「成程」



 たどたどしく答える上原に甲斐は無表情でこくりと納得したように頷く。



「ちらっと、な。お前が座っていた居た席からよくそれで高価なものだって分かったな。近くで見た俺ですらそんなによく見えなかったのに」



 さらりと付け足された言葉に、甲斐の目の前の男は固まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ