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12話 お見舞い


「椎名! 昨日すごかったな!」

「おー、ありがとな」



 怜二と御影の魔法対決から翌日、色んなクラスメイト達に声を掛けられている御影を横目に、時音は小さく溜息を吐いていた。御影がクラスでちやほやされようが、今日に限ってはそれを妬む幼馴染の苛立ち混じりの声は聞こえて来ない。



「まさかあのまま風邪引くなんて……」



 御影が呼び出した影に放り投げられて池に落ちた怜二は、ずぶ濡れになった所為か今日は風邪を引いて寮で寝込んでいるらしい。



「でも、二階堂君大丈夫かな……」

「ただの風邪ぐらい平気じゃない? ねえ時音」

「え? ……う、うん」

「華凛達は男子寮入れねえし、後で俺がお見舞い行って見て来てやるよ! 一人で心細いかもしれねーし」



 華凛達が空席を眺めながら話をしていると、御影が明るく笑って片手を上げた。しかし見舞いに行くという御影に対し、その場にいた全員が思わず「それはちょっと……」というような表情を浮かべる。



「椎名が行くのか……?」

「怒って余計に風邪悪化するんじゃ」

「何だよ皆して、俺だって見舞いぐらい出来るぞ?」

「そういう問題じゃないからね」



 結局、自分の所為で風邪を引いたんだから見舞いに行くと聞かない御影に折れて、甲斐も仲裁役として着いていくことで話が纏まった。……しかしながら甲斐は甲斐で成績が優秀なので体調が悪くて機嫌が悪い怜二に当たり散らされないだろうか、と時音は密かに不安を覚えた。













「……あいつ、大丈夫かな」



 その日の放課後、時音はまっすぐに寮へ戻ると面倒な外出許可の手続きを取ってから学校近くのスーパーまで出向き、そしてビニール袋を提げて戻って来た。彼女は手にした袋を覗き込み、そして男子寮の目の前まで来るとそこでぴたりと足を止める。

 女子生徒は男子寮に入ることを禁じられている。だが差し入れぐらいは誰かに頼めば渡してくれるだろう。そう思ってここに来たわけだが、如何せん時音と怜二はクラスの中でも碌に会話をしていない。そんな彼女がいきなりお見舞いの差し入れを渡してと言うのはどうにも頼みにくいのだ。



「まあ……椎名君だったら気にせずに持っていってくれるかも」

「あれ、時音さん」

「……あ」



 悩んでいた時音が携帯を取り出そうとしたその時、背後から静かな声で名前を呼ばれた。



「三葉君」



 振り向いた先に居たのは、友人らしき男子と歩いていた三葉だった。彼は隣の男子と一言二言何かを言った後別れ、僅かに眉を寄せて時音の元へとやって来る。



「久しぶり、でもないか」

「そうですね。……ところで、迷ったんですか? 女子寮はあっちです」

「流石に違う! もう二週間も経ってるんだよ!?」

「はあ、じゃあこんな所で立ち止まってどうしたんですか」

「怜二が風邪引いたみたいで、それで」

「兄さんが、風邪?」



 三葉が目を瞬かせるのを見て時音が昨日の出来事を話すと「はあ、成程……」と妙に呆れかえった表情を浮かべた。



「つまり、相変わらず力量が上の相手に無謀に挑んで返り討ちに遭ったんですね?」

「いや、怜二もすごかったんだよ? 最後勝ったかと思ったし、知らないうちに何かすごく色々魔法使えるようになってて」

「はいはい、分かりましたから……ああ、そういえば時音さんの属性は何だったんですか?」

「えーっと、……属性、属性ね……あのね、なんか時属性だって」

「は?」



 興味がなさそうに兄の話題を終わらせた三葉が思い出したように時音に尋ねて来る。首を傾げる三葉に時音が答えて見せると、彼は途端に大きく目を見開いて彼女を凝視したまま固まった。



「は?」

「いや、二回言われても……時属性なんだってば」

「……高等部で時属性の人がいたという噂は聞きましたけど、まさか時音さんだったとは……。というか本当なんですよね?」

「本当だよ! おかげで怜二に睨まれてまだ仲直り出来てないよ!」

「ああ……妬みそうですもんね、あの人」

「ちなみに三葉君はどうだったの?」

「僕は土属性でした」

「あー、何か落ち着いてるしそんなイメージ」

「どんなイメージですかそれ」

「正直怜二が光属性なのは何となくイメージと合わないような……」



 どちらかと言わずとも御影と怜二は属性を逆にした方が合っている気がする、と時音は勝手な感想を抱いていた。



「あ、そうだ三葉君。お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「これ、怜二に渡して来てくれない? 持って来たはいいけど私ここの寮入れないし……」

「兄さんに? ……まあ、いいですけど」



 兄弟仲があまり良好とは言えないので断られるかもと懸念した時音だったが、三葉はやや眉を顰めただけで頷いてくれた。

 しかしいざビニール袋を手渡すと、三葉は想像以上にずしりとした重量のそれに驚き、そして思い切り呆れた視線を時音に向ける。



「時音さん、あまりあの人を甘やかさないでください」



 だからすぐに付け上がって調子に乗るのだ、と三葉は小さく溜息を吐いた。













「よー、怜二! 具合はどう――」

「帰れ!!」



 ノックと同時に騒がしく扉を開けた御影は、次の瞬間問答無用で飛んで来た枕を顔面で受け止めた。

 一気に視界を覆われた彼は「うわっ」と小さく驚きの声を上げるものの、大して痛くもなかった為そのままベッドの方に枕を投げ返してずかずかと部屋の中へ入る。

 その後ろで甲斐は気付かれない程度に室内を観察した。特に散らかっている訳でもない綺麗な部屋だ。本棚には整理整頓された教科書や参考書が並び、そして一番下の棚には楽器ケースらしきものが置かれている。

 一度見に行ったことのある御影の部屋は入学して間もないというのに酷い有様だったので、余計に綺麗に見えた。



「貴様ら、俺を笑いに来たのか! ――っげほ」

「大声出すなよー、悪化するぞ」

「誰の所為で大声出してると思ってるんだ!」



 御影に怒鳴る怜二はベッドの上で上半身を起こし、赤い顔でぜえぜえと荒い呼吸を繰り返している。やはり御影は無理にでも止めた方がよかったか、と甲斐は少し後悔した。



「二階堂、具合は」

「……チッ」

「よくはなさそうだな。何か入用の物があれば貰って来るが」

「……別にいい、ほっといてくれ!」



 ばさっと頭まで布団を被った怜二に、御影と甲斐は顔を見合わせた。見たところ傍に水もなければ薬を飲んだ形跡もない。



「怜二ー、意地張るなよ。りんごとか食べるか? 買って来てやるぞ」

「少なくとも薬はいるだろう。寮監に貰って来る」

「だから、いらないって言ってるだろうが……!」



 げほげほと咳き込みながら力なく怒る怜二の言葉を二人とも無視する。甲斐は怜二のことを特に好きでもなかったが、彼は元々世話焼きで病人を放置出来る性格ではない。御影に関しては言うまでもなかった。


 そうして甲斐が部屋を出ようとドアノブに手を掛ける直前、目の前にある扉からノックの音が聞こえた。



「あ」

「ん? あれ」



 開かれた扉の先に立っていたのはきょとんとした顔をした眼鏡の少年だった。彼は甲斐を見上げると首を傾けて一度外のネームプレートを確認する。



「ここって二階堂怜二の部屋ですよね」

「ああ、そうだ。二階堂に用だったか? 今風邪で寝込んでるんだが」

「はい、知ってます」



 甲斐にも見覚えのない、恐らく年下の少年は軽く頭を下げて部屋の中へと入る。そしてそれに気付いた御影が「誰だ?」と不思議そうに呟くと、布団越しにそれを聞いたらしい怜二が僅かに顔を出し、そして少年を見てがばりと起き上がった。



「っ三葉! 何しに来た!」

「何って、風邪を引いたと聞いたので様子を見に来たんですよ」

「はあ? ……兄貴のやつ、勝手に言いふらしやがって」



 潤一が三葉に怜二のことを伝えたのだと勘違いしている兄に、しかし三葉も面倒になってわざわざ訂正しなかった。



「それよりも……もしかして、兄さんのご友人ですか?」

「そーそー。俺、椎名御影って言うんだ。あっちは鈴原甲斐だ」

「椎名……ああ、兄さんと勝負したとかいう」

「お前は怜二の弟?」

「はい、大変不本意ながら」

「三葉!」



 怒鳴る怜二をいつも通り肩を竦めるだけで流した三葉は「愚兄がご迷惑をお掛けしています」と丁寧に頭を下げてから、つかつかとベッドの傍に近寄った。

 その途中で棚に楽器ケースが置かれているのを目にした三葉は、無意識のうちに眉間に皺を寄せる。



「思っていたより元気そう……でも、無いですか」

「ああ、熱も高そうだし薬も飲んでいないようだからな」

「煩い! 大体何でお前がわざわざ来るんだよ!」

「僕だって来たくて来た訳じゃありません」



 息絶え絶えになっても怒るのを止めない兄に冷めた口調できっぱりと反論した三葉は、右手に持っていたビニール袋を思い切り怜二の体の上に置いた。



「おい、重っ! 何だよこれ!?」

「それ食べてさっさと風邪治せ馬鹿」

「はあ!?」

「その荷物と一緒に預かった伝言です。僕の用事はこれだけなので」



 それでは、と三葉は御影と甲斐に頭を下げて三葉はさっさと部屋を出て行く。ぱたん、と扉が閉まると、無意識のうちに三人の視線が三葉の置いて行ったビニール袋へと集中する。



「何なんだよあいつは……!」

「それ、何持って来たんだ?」



 御影が興味津々に袋を覗き込もうとするのを反射的に躱した怜二は、改めて重たい袋の中を見て、そして一つ一つ布団の上に出してみた。

 風邪薬、冷却シート、スポーツドリンク、レトルトのお粥、そして桃の缶詰が三つ。それらを見た怜二は軽く目を瞠って黙り込んだ。



「弟、三葉だっけ。優しいなー」

「……」



 御影の声を聞きながらも、怜二は何も返さなかった。

 三葉からではない。それは今しがた聞いた『預かった』という言葉もそうだが、三葉がこんな風に怜二に気を遣うはずがないということでもある。

 では三葉は誰から預かったのか。伝言の内容を考えれば、怜二にわざわざ憎まれ口を叩きながらもこれら――特に、怜二が風邪を引いた時にいつも食べる桃の缶詰――を買って来る人物など一人しかいない。



「……馬鹿は余計だ」

「何か言ったか?」

「何でも……というか、お前らいつまでここに居るつもりだ! 帰れ!」



 我に返った怜二が改めて二人を部屋の外へと追い立てる。そんな彼に肩を竦めた御影達は「ちゃんと食べて薬飲めよ」と一つ忠告をしてようやく彼の部屋を後にした。



「ったく……」



 やっと静かになった部屋の中で怜二は息を吐く。そして手元にある桃の缶詰を見て、ふらふらとフォークを取るために立ち上がった。



「……さっさと食べて治せばいいんだろ」



 先ほどまでちっとも食欲がなかったが、今は少しだけ食べられそうな気がした。



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