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10話 時魔法


「それじゃあ、後でね」

「うん」



 教室で友人達と別れた時音は、次の授業の教室へ向かう為に一人廊下を歩いた。


 魔法実技訓練。この科目はそれぞれの属性ごとでクラスを分け、魔法の使い方やコントロールを学ぶ、らしい。

 華凛は水属性、甲斐は火属性のクラスへ行き、詠はこの学校で事務員を務める同じ属性の祖母と特訓の時間になるという。「また怒られる……」と死にそうな顔をした詠の表情が妙に印象的だった。

 そして怜二と御影は違う属性だが一緒の教室だという。光と闇は力が相反するがコントロールの仕方が似通っているらしく――また、これ以上教員を割けないという意味でも同時に教えることになった。ちなみに担当は副担任の亜佑で、彼女もまた珍しい光属性らしい。

 新任の亜佑はやる気は十分だが、果たしてあの騒がしい二人を纏めていけるのだろうかと少しだけ心配になる。


 残りの時音はというと、勿論同じ属性の生徒も教師もいないということで個人授業になるとのことだ。生徒数が少ないからこそこのような授業態勢を取ることが出来るのだろう。



「失礼しまーす……あ」



 時音が指定された教室は研究棟にある六畳ほどしかない一室。しかも様々な本や機械が置いてある為実際よりもずっと狭く感じるそこへ入ると、既に先客が待ち構えていた。



「潤一さん……じゃない、二階堂先生」

「私が君の担当だ、よろしく」



 やあ、と軽く片手を上げて時音を迎えたのは潤一だった。彼は風属性だが、魔法の扱いが上手いと他の生徒が話していた。担任でもあるのでそれで選ばれたのだろう。

 以前のように名前を呼んでしまい口を押えた時音に、潤一は小さく笑って「いいよ、まだ休み時間だからね」と返した。



「ついでに聞いておこうか……時音ちゃん、学校はどうだ?」

「すごいと思いますけど、実はまだ魔法とか色々実感が湧かなくて。……あの、私本当に魔法なんて使えるんですか?」

「それはこの授業で徐々にできるようになっていく。中等部からの生徒も最初は碌に使いこなせなかったから時音ちゃんもゆっくりでいいんだ」

「ならいいんですけど……」

「ところで時音ちゃん、君また怜二と喧嘩したのか?」

「……何で知ってるんですか」

「全然話をしていないようだったからね」



 全て分かっているとばかりに微笑む潤一を、つい時音は恨めしげな表情で見てしまう。すると彼は「その顔怜二に似てるな」と小さく噴き出した。



「ちょっとしたことで言い争いになって」

「うん」

「それで、また怜二が他の子を好きになっちゃって」

「うん」

「おまけに珍しい属性の所為で睨まれて」

「……うん」

「入学してから一度もまともに話してません……」

「まあなんというか……タイミングが悪かったな」

「本当に」



 はーっ、と時音が酷く重たいため息を吐く。彼女だって怜二と普通に話したいというのに、華凛にでれでれしている所を見るとつい苛々して話し掛けるのを躊躇ってしまう。華凛本人はとてもいい子で時音も仲良くなりたいと思うからこそ感情の行き場が無くなって余計に辛い。



「まあ普段の喧嘩はともかく、そのことに関しては……私としても誰の味方も出来ないから頑張ってとしか言えないが」

「そうですよね……」



 潤一にとって睨まれようが怜二は弟で、彼の気持ちを差し置いて時音の味方はしてくれないだろう。




「――と、そろそろ時間だな。周防、授業を始めようか」

「よろしくお願いします、二階堂先生」



 話が途切れた所で時計を見上げた潤一の声に、時音も頭を下げる。そして椅子に座って潤一と向かい合うと彼は本のページを捲りながら「まず、君の属性のことだが」と口を開いた。



「時属性というものは、その名の通り時間を操作することが出来る特別な属性だ。水や火を操るのとは訳が違う。下手をしたら次元が歪む可能性もあって、非常に慎重に扱わなくてはならない」

「……はい」

「主に時間を早めたり遅めたり、そして時に完全に時間を止める。周防を襲った影人の動きが止まったのも、君が影人の時間を“止めた”からだ」



 潤一はそう告げると然程厚くない本をぱたんと閉じた。その表紙には『時魔法理論』と書かれている。



「これから時魔法の訓練に入るが……何分、時属性の人間はほぼ存在しない。だからこそ指導方法は完全には確立出来ていないんだ。そこだけは了解しておいてほしい」

「分かりました」



 時音が神妙に頷くと、潤一はそれを見てから目の前の机の引き出しを開け、そこから何かを掴み取った。



「まあそれでも、時魔法を使う上で一番大切なことは分かっている。最初にやっておかなければならないのは、本来の時間の流れを正確に把握しておくことだ」

「本来の、時間の流れ? どういうことですか?」

「時間を操ろうにも元の時間の感覚が分からなければ操作しにくい上に、元に戻すのも困難になる。……つまり、だ」



 潤一が手にしたものを時音に差し出す。彼女がそれを覗き込むと、それは何のことはない普通のストップウォッチだった。



「まずは何も見ずに正確に時間を計れるようにならなければならない。地味で大変だと思うが、まずはそこからなんだ」



 きょとん、と時音はストップウォッチと潤一の顔を交互に見る。そしてややあって「あのー、先生」と彼女は少し言い辛そうな表情で小さく片手を上げた。



「それ、できます」

「ん?」

「私、特別成績がいい訳でもないし運動神経も悪いですけど……唯一の特技が、時計を見ずに秒数を当てることです」

「……じゃあ、試しにやってみようか」



 潤一にストップウォッチを渡される。「十秒、二十秒、三十秒で止めてくれ」と言われた彼女は目を閉じて深呼吸をすると、そっと手にしたボタンを押した。










「終わりました」



 三十秒を数え終えてストップウォッチを潤一に返す。そして受け取った潤一がその結果に目を落とすと、彼は一瞬呆気にとられたような顔をした。



「……ちょっと、想像以上だった」



 9.93、19.95、30.11。


 三十秒数えて誤差が常に一秒以下になるまでは進める気はなかったというのに、あっさりとその上を行った。普段あまり自分に自信があるとは言えない時音がはっきりと「できます」と言ってこの結果だ。



「なら次は実際に魔法を使う所もやってみようか」



 これならばやり直しても誤差一秒以下は確実だろう。潤一はそう判断して続いて棚から小さな機械の付いた腕輪を取ると、それを時音の手首を装着した。

 これは主に魔法を学ぶ初心者が使うもので、魔法力を引き出す補助をする機能がある。



「今から消しゴムを上から落とす。周防は床に落ちる前にそれを“止める”んだ」

「どうすればいいんですか?」

「そうだね。これは他の属性でもそうなんだが、基本的に魔法は声を出すとやりやすくなる」

「声? 止まれって口に出せばいいんですか?」

「それでもいいし、自分が分かりやすい言葉でいい。例えばゲームとかでもそれぞれの魔法に名前があるだろう? ああやって自分が実行したい魔法のイメージと名前を結び付けておくと使いやすくなる」



 名前は扱う人間によって千差万別で、人によっては自分が分かればいいと「一番」「二番」など数字で魔法を管理している人もいるという。ちなみに魔法の扱いに慣れた潤一クラスの人間になると大体は何も言わずに扱えるようになるらしい。



「じゃあ落とすよ」

「はい。……止まれ!」



 集中して目の前に落ちて来る消しゴムに向かって時音は声を上げる。しかし無常にも消しゴムはころりと床へ転がり、やっぱり自分の魔法力などないのではないかと懸念が過ぎった。



「一度で出来るやつなんて早々いないよ。よく消しゴムを見て、時計が止まるようなイメージを思い浮かべて」

「はい」



 時音は言われるまま消しゴムに集中し、頭の中で時計の文字盤を思い浮かべる。いつも手にしているそれを思い出すのには全く苦労せず、秒針が規則的に頭の中で時を刻む。


 カチ、カチ、カチ――。


 頭の中で鳴り続ける針の音を聞きながら、時音は消しゴムが落ちて来る瞬間、その針を止めた。



 カチ。





「止まれ!」



 時音は叫んだその瞬間にきつく目を閉じた。そして恐る恐る、ゆっくりと目を開くと彼女は絶句した。



「あ……とまっ、て……」



 未だ消しゴムは時音の目の前で静止していた。驚きのあまり彼女がそれを凝視していると、不意に拍手の音が彼女の耳に入って来る。

 意識が逸れたからか、その直後消しゴムは重力に従って床に落ちた。



「じゅ、潤一さん! 今! 止まってましたよね!?」

「うん、ちゃんと止まっていたね。おめでとう」



 混乱と喜びでいっぱいになって潤一を見る時音に、彼も呼び方を訂正せずに誉めた。時音は感極まった様子で床に落ちた消しゴムを拾い上げ、しげしげと眺めている。



「それにしても……今年の一年には驚かされるなあ」



 潤一は独り言のように小さく呟いて時音をじっと見つめる。補助器具があるとはいえ、まさか二度で成功させるとは思わなかったのだ。


 そして時音だけではない。あまり発現することのない光と闇、そして星と時属性。これらが一学年に集まるなんてことはほぼあり得ない。普通は光か闇、どちらかが学年に一人いるかいないかというところだ。

 そしてその闇属性の御影は更に前代未聞の魔法力を保持しており、怜二は怜二で入学前から両親に無理を言って魔法の練習をし、すでに多少は扱えるようになっていた。あの弟の努力を欠かさない所は、潤一も素直に尊敬している。



 それからは集中力が途切れたのか何度も失敗したがそれでもいくらかは成功し、時音はようやく自分が本当に魔法を使えるのだと大いに実感することになった。

 終了のチャイムの音が鳴ると、時音は疲れたように肩の力を抜いてから潤一に頭を下げた。



「ありがとうございました」

「お疲れ。……それにしても驚いたよ。君にあんな特技があったなんてね」

「いつも聞いてますから」



 時音は言いながらポケットに手を入れて懐中時計を取り出す。潤一にも見覚えのあったそれに「ああ、そういえば昔からずっと持っていたね」と思い出したように口にした。

 時音は時計を耳に当てて音を聞く。ずっと聞き続けて来たこの音は、彼女の中にしっかりと刻み込まれているのだ。



「じゃあ名前もそうだが、時音ちゃんには本当にぴったりな属性だったんだね」

「……」

「時音ちゃん?」

「潤一さん……私の名前なんですけど、今の両親じゃなくて産んでくれた人が付けてくれたみたいなんです。それにこの懐中時計も、施設に拾われる時に一緒に持っていたものだったって言われて」



 入学前に時音の戸籍を確認した潤一は、彼女の家族のことをもう知っている。



「魔法力って親から遺伝するんですよね? だからきっと私の産みの親も時属性の魔法が使えて、だから遺伝すると分かっていて名前やこれを残したんじゃないかって……」

「……残念ながら時音ちゃん、魔法力は遺伝しても属性は遺伝しない」

「え、あれ」



 指摘を受けて時音ははた、と思い出す。そういえばそんな話を聞いたことがあったような気がした。



「真宮寺の星属性を除いて、普通の属性は家族でもそれぞれ異なるのが普通だ。おまけに時属性なんて、そもそもが相当に低い確率でしか発現しない」

「そう、ですよね……」

「だが……そうだというのに、時音という名前を付けて懐中時計を託した。ただの偶然かもしれないが、それでもまるで最初から時音ちゃんが時属性を持つと分かっていたかのように感じる」

「……」

「不思議なものだね」



 最後に呟かれた潤一の言葉は、妙に時音の心の中に残った。













 翌日からも毎日、現代文や英語などの日常的な科目と魔法などの非日常的な科目が当然のように行われる。時音は目まぐるしい日々を過ごしながら少しずつ魔法や世界についての理解を深めて行った。

 しかし彼女はまだ怜二と碌に話すことが出来ていなかった。周囲に幼馴染だと言いそびれた所為で話しかけ難く、以前は一体どうやって何を話していたのかさえ思い出せなくなっていた。



「大変だ!」



 どうしたものかと頭を悩ませて二週間が経とうとしたある日のこと、慌てて教室に駆け込んで来たクラスメイトの言葉に時音は頭を抱えることになった。



「二階堂が椎名に魔法勝負吹っ掛けたぞ!」



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