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黒猫と私

作者: 宮城

暗くて狭い夜道の真ん中に、その黒猫は佇んでいた。

 狭い路地を曲がると黒い猫が見えた。その黒猫のギョロリとした目は私をじっと見つめている。気味の悪い猫だ。なんでもお見通しというわけだ。私の邪な考えも、表面上聖者ぶっていることも、おまえは全てお見通しというわけか。だからといってお前は猫だ。私に対してできることといえば、そういう風に見つめることと、あってもその鋭い爪で私の顔をひっかくくらいだろう。さあどいたどいた、私は今からそこを通るんだから、脇へどいてくれ。黒猫は相変わらず、こっちをずっと見つめている。瞬き、猫は瞬きをするのだろうか。そもそも猫は瞬きをするのだろうか。黒猫は瞬きもせずずっとこちらを見つめている。狭い路地の両側にはブロック塀が、その路地が永遠に続くかのように向こう側まで続いている。どこまで続いているのかは、暗くてよく見る事はできない。黒猫の先、黒猫から5メートルほど先は、そいつの毛並みよりも真っ黒な闇が広がっている。私はその先に行かなければならないのだ。向こう側に用事があるのだ。お前などに構っている暇などありはしないのだ。だが何事だろう、私は蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれなかった。私はじっとしながら様々なことを考えていた。実を言うとそれらの様々なことが入り混じり、何を考えているのかわからなかった。ぼーっとしているにもかかわらず、脳が様々なことを私の中に送り込んでくるあの感じ、人間ならおそらく経験したことのあるだろうあの感じをまさにこの瞬間、私は感じていた。物凄い勢いで押し寄せてくる思考の波、それをせき止める防波堤。この波が永遠に続けばダメージは蓄積され、必ず決壊するだろう。幸いなことに、波は波である。ひいては寄せ、寄せては引くのが波である。今を耐えて明日を生きるのだ。明日の来ない日は地球が滅ばない限りない。科学技術が進み、他の星に人類が定住する日に私は存在していないだろう。ああ猫だ。黒猫はどうした。一瞬目を話した隙に、黒猫は私めがけて飛びついて来た。

 「しっかりしとくれよ。それでも男かえ?」

 いよいよ私は頭がおかしくなった、いや前々から少しおかしいとは感じていたが、それは今核心に変わりつつある。猫が言語を扱えるのは何かの物語限定ではなかったか。

 「なんなんだお前は」

 「猫に決まっとろうが。お前にお前呼ばわりされたくはないが、もっとしっかりせんかい」

猫、猫、猫。今はこの現実をしっかり受け止めるしかないだろう。私は受け止める事は得意だ。どんな現実が我が身に降りかかろうとも、現実として受け止め消化し、血肉として生きていける自信は持ち合わせているつもりだ。とりあえず猫が私に話しかけているという現実をしっかり受け止め、消化する。黒猫は今私の足元にいる。今ならこいつを巻く事ができるかもしれない。私は走り出した。黒猫の毛並みよりも黒い暗闇へ向かって走り出した。私はそこに行かなければならない大事な用事があるのだ。もしかしたら引き返す事が出来ないかもしれない。向こう側、こちら側。どちらが本当の世界なのか、それは誰にも決める事は出来ないし、誰かが決めるものでもない。だんだんと景色が霞んでくる。私は一瞬振り返って黒猫を見た。私をじっと見つめていた黄色い目だけが、かすかに見えた。しかしその目は今、はじめに見つめていた時の目が宿していた見透かすような目ではなく、憐れみと慈しみの目だった。息が切れて来たころにはもう、向こう側に私は生きていた。猫、猫、猫、また会えるのか、もう会えないかもしれない。この世界は二つの世界に分ける事ができる。「した」世界と「しなかった」世界。私はどちらの世界をも生きてみたい。というよりも、そんな枝分かれの続く先の見えない世界にうんざりしていた。私は私を生きるのだ。力強く、もっと力強く泥臭く、生きてみたい。きめ細かで繊細で、弱々しく女々しく、そんなものはもう辞めだ。黒猫の目よ、私を見ていてくれ。私は私を生きてみせる。今度はお前の前を堂々と、歩いて横切れるように。

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