アトランティスの学生2-3〝袖縁〟
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入学式は、退屈の一言に尽きた。
偉いらしい年配の方々が檀上に上がって、小難しい話を長々と垂れ流して――繰り返すこと十数回。いい加減寝てしまおうか……――と朝月が欠伸を噛み殺していた頃、日本人校長の式辞を以て閉会が言い渡された。
「――……ん? ふぁ~……。……もう終わった?」
朝月の隣の椅子に座って居た火巫女は、欠伸を上げながら両手を持ち上げ――その後に目尻の涙を拭った。
最初に檀上へ上がった初老の男が、その第一声を発する前に火巫女は寝息を立て始めた。朝月の右肩に凭れ掛かって。一度起こして、二度起こして――その内、起こすのも面倒になってしまった。
口の端から涎が垂れようとも、アトラス・ドージェ異世界学校の一期生として入学する火巫女は良いところの息女。誰も気にすることはないだろう、と朝月は諦めた。
「ボクが言うのも何だけど、火巫女って結構図太いな」
「んっふふ~。大物でしょ?」
「自分で言っちゃあ、お終いだろ」
「バカだなぁ~アサちゃんは。自分で言わないと分からないから言うんだよ!」
「だから、それが小物なんだって」
じゃれ付いてくる火巫女を適当に躱しながら、凍子担任の案内に従って講堂を出る。
新しくも旧い傷跡が残る石畳。その上で、先まで『講堂』として利用されていた建物を朝月は振り返った。歴史書や美術書で何度も見たことがある。今は亡き伊国の海都に建造されたサン・マルコ大聖堂。
しかも、それだけではない。
サン・マルコ広場に鐘楼。そして、ドゥカーレ宮殿。
写真で見た通りの英姿で、アトラス・ドージェ異世界学校の校舎として利用されている。
それらが本物であるのかどうか、朝月には分からない。
しかし、偽物であったとしても――かつてナポレオン皇帝が愛したと言われる風景と同じものを見られるだけで、朝月にとっては感動の極致だ。それだけで、ここまで来た甲斐があると言っても過言ではない。
勿論、第一目標は友達を作ることだが――……。
「――そうだ、火巫女」
「んー? なぁになぁに~?」と、火巫女は「トーコ先生のマネ~」とか言って一人で楽しそうだ。
「ボク達って、友達か?」
「んぅ~? アサちゃんって変なこと言うね」
「火巫女には言われたくないな」
「えぇ~、なにそれー。友達にヒドくなぁい?」
「……そうか、友達か」
「当たり前じゃーん。……っていうか、しばらく前からアサちゃんさ。あたしの話聞いてなかったよね?」
「父さんに聞いたことがある」
「ん?」
「友達の過ちは許すものだ、って」
「その過ちを怒ってあげるのも、友達だよ?」
「……なるほど!」
火巫女らしからぬ格言に、朝月は感銘を受けた。
「……今さぁ~、絶対失礼なこと考えてたでしょ?」
「そんなことは……ない」
「……――」
「……ことも、ない」
「もぉ~っ!」
その後、火巫女は三割増しで煩くなった。
うるさい=五月蝿い=煩い
「五月蝿い」は初夏の蚊を思い出すので「煩い」を普段から使っています。